2018年03月05日に初出の投稿

Last modified: 2018-03-06

色々なテーマについて、話題としていっとき多くのメディアで取り上げられてから、だいたい1年以上は様子を見る。しかし情報セキュリティや IT といった、それを専門にしている人間が幾らでも読み書きしているウェブにおいてすら、ウェブの利用者の素養なり見識を底上げするような著作を公表したり作ろうとする人が、日本はもともと殆どいないのだが、アメリカでも減りつつあるように見受ける。

例えば、僕は「秘密分散(secret sharing、なぜか訳語は逆の意味の言葉を使っている)」や「差分プライバシー(differential privacy、これも、実は「差分」という表現には問題があると思う)」や「認証技術・規格(それこそ OpenID なりゼロ知識証明も含めて)」といった、とりわけ情報セキュリティに関連する、いっときの流行語について情勢をフォローしているのだけれど、なかなか展開しない。やはりポイントはマネタイズなのだろうか。大企業や官公庁への太い販路を築けるかどうかとか、一般ユーザへの広く薄いサービスを提供できるかどうかという観点から芳しい成果が上がっていないからか、せいぜいサービスや企業の安全性というブランドを維持するていどの貢献しかしない技術や知識と見做されるからか、やはり社内にいる技術者や取り巻きのライターなり研究者が関心をすぐに失ってしまうのかもしれない。1年も経たずに話題からは消えてしまい、ソーシャルブックマークの専用カテゴリーとか専用のメーリングリストは話題が全く追加されずにゴーストタウンと化してしまう。上記の三つの話題については、IPUSIRON さんの幾つかの著作でそれぞれ取り上げられていてさすがだとは思うのだが、彼の書いた基礎の知識を得た後に何も展開されず、やれ Apple が差分プライバシーをどうしたという、初心者レベルの話題の焼き直しが延々と書き直されるだけである。非常に皮肉なことだが、ウェブに存在する技術的な記事の大半は、どんどん新しい記事が書かれていようと、内容については時間が止まっているのだ。

こうなってしまう理由は、おおよそ想像できる。つまりブログ記事やウェブページをせっせと作る意欲は、学生や若手の技術者にはあるが、やはり歳をとると仕事や技術そのものについての関心だけでなく、それについて公に物を書いて論評したり他人に解説するということへの意欲も減退するのだ。そんなことをしても出世できるわけでもなし、誰からか感謝されるわけでもなし、目の前の幼女フィギュアが実体化するわけでもなし、というわけだ。これは、欧米のように(一時は日本でも肩書きとして流行したのがいかにも皮肉だが)evangelists という人々を或るていど尊重する風土、もちろんキリスト教という脈絡に関わってはいるが、そういう風土が醸成されているかどうかということにも関わるのだろう。知ったこと(とりわけ「真実」)を世の中に広めることには価値があるし、そうすべき義務があると考えるのが自然だという人が、まだ日本よりもたくさんいるわけである。ただ、見ているとアメリカでも一つのテーマについて丁寧に調べたり考えてコンテンツを積み上げていくという人は減っているように思う。ブログツールや CGM サービスの普及によって、気軽に短い内容でものが書けて「貢献」できるようになったことが、逆に個人として documentation という体系の構築にチャレンジするというスタンスを軽視する結果になっているように思えてならない。

よって、少なくともこの分野に興味があるという意欲をもった人は、ブログ記事をフォローしたり、ソーシャルブックマークをフォローしているだけではいけない。内容が分かろうと分かるまいと、専門分野のプレプリントサーバを見つけてタイトルだけでも毎日のように眺めることをお勧めする。自分が無能と同じ歩調で歩いているかどうかに気づくには、やはり最速で走っていると想定しうる人々を眺めていなくてはならないのだ。こういう「詳しくは分からんけどフォローしておく」という習慣、は、連れ合いもウェブ制作に関して続けていることらしく、よいことだと思う。

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