はじめに
2022年の暮れに剃刀に興味が湧いて、しかも替刃式の剃刀を使ってみたいと思うようになりました。理由は幾つかあったのですが、一番の理由は、それまで使ってきた安全剃刀のカートリッジが無くなったので買い足そうとしたときに、たまたまアマゾンで double-edged の替刃が10枚で500円などと安く売っていたのを見て、他にも色々な剃刀があることを知ったのです。そういう別の剃刀を見ていると、安全剃刀とは別のタイプの剃刀があることにも気づきます。そして、それは安全剃刀の替刃を半分に折って使うという興味深い扱い方をするものでした。そこで、どう剃っているのか、あるいは危なくないのかという点について、YouTube で幾つかの動画を暫く観ていたのです。そして、足立区でヘア・サロンを営む GORO さんや、シカゴで Shave Nation Shaving Supplies という髭剃り用品の会社を営む Geofatboy さんらの解説を色々と観て、正しく扱えばいいと分かりました。こうして、数週間後には実物を手に入れて髭を剃り始めたわけです。本稿では、そうやって手に入れて使い始めた替刃式の剃刀、英語では “replaceable blade straight razor” という、やや長い名前で呼ばれている剃刀をご紹介します。
僕はこのタイプの剃刀については全くの初心者であり、経験も技能もありませんから、本稿では髭剃りの技術について是非を論じたり、製品の良し悪しについては書きません。本稿は髭の剃り方をどうこう指南したり、商品の良し悪しを自分勝手に論評することが目的ではなく、あくまでも安く手に入る剃刀を使って traditional wet shaving にチャレンジしてみませんかという紹介だけです。なので、ここで書いているのは誰でも手に入れられる資料を使った解説だとか、実際に僕が購入して使ってきた経験や感想だけです。
当サイトで提案している “La pogonotomie contemporaine” というフレーズで表現しているコンセプトは、髭剃りを含めたスキン・ケアというものは、各人の肌の質や使う用具の組合せ、それから同じ人でも体調とか髭を剃る場所の湿度や気温など、色々な条件で作業内容の良し悪しや最適な方法が変わるということです。そうした色々な条件での経験があるのは、実際に多くの方の髭を剃っている理容師でしょう。したがって、あなた自身の髭剃りの技巧や用品について最もよい情報を得たいのであれば、ネットで検索して適当なことを書いてる人たちの文章を眺めるだけではなく、お住いの周辺にあるサロンや理容室で理容師に相談するのが良いと思います。シェービングのオプション・サービスとしてコンサルティングしてくれる理容室もあるようです(カミソリ倶楽部)。
名称について
主に顔の髭や産毛や頭髪(更には身体の他の部分の毛。女性だと足や腕の毛を剃る人もいるでしょう)を剃る用具として、日本の文章では「剃刀」、「カミソリ」、「かみそり」、「レイザー」、「レザー」、「レーザー」といった書き方があります。本稿では、「剃刀」を採用します。他人が書いたり呼んでいる事例の引用として「カミソリ」とか「~レザー」と表記することはあっても、僕自身が自分の書いている本文で「剃刀」を「カミソリ」とか「レザー」と表記することはしません。(特に「レザー」と書いて普通に発音すると、たいていの英米人には “leather”(皮革)にしか聞こえないと思います。)
本稿でご紹介する替刃式の剃刀は、厳密には替刃を装着しなければ「替刃ホルダー」とか「替刃ハンドル」という商品あるいは部品として扱われますが(実際、貝印では「ホルダー」と呼んでいます)、ただの部品としてではなく刃を装着して髭が剃れる状態で「直刃剃刀(SR: straight razor、あるいは traditional straight razor とか cut-throat razor とも言われます)」(「直刃」を「じかば」や「ちょくば」と呼ぶ人もいますが、僕は刀剣業界の呼び方に倣って「すぐは」と読んでいます)の一種として扱われています*。SR は、刀やナイフや包丁のように鉄鋼を加工して髭が剃れる刃を造作した剃刀であり、本稿がご紹介する替刃式の剃刀とは違って刃を砥いだり stropping というメンテナンスが必要です。これに対して、僕が使っている剃刀は替刃式であるため、刃は(実は替刃も砥ぐことで再び何度か使えたりするのですが)基本的に使い捨てですから、砥ぐというメンテナンスは不要であり、そうしたメンテナンスに使う用具や技能は使いません。
*「替刃ホルダー」のような表現が不適切である理由は、他にもあります。たとえば DOVO Solingen 社のページでも分かるように、替刃を装着するスライダーという部品だけを “blade holder” と呼んで、剃刀全体とは別の意味で使っている事例があるからです。こういう事例に該当するような呼び方を剃刀そのものの呼称として採用すると、読者に混乱を引き起こすかもしれません。
実は、この替刃式の剃刀には正式な名前がありません。「正式な」とは、剃刀を製造する業界で統一した名称がなく(それどころか剃刀の製造事業者には業界団体がありません)、またそういう名称の元になるような規格もないということです。しばしば、このタイプの剃刀について一般名詞のように “shavette” と呼んでいる例もありますが(アクセントは最初の “e” にありますから「シェヴェット」ですね)、もともとこの “shavette” という言葉はドイツの DOVO Solingen 社が一つのブランドの剃刀に使っている名称です [DOVO Solingen, 2022: 33]、しかも替刃式の剃刀としては短い替刃(安全剃刀に使う、いわゆる両刃の替刃)だけでなく、頭髪を剃るための “hair shaper blade” とか “injector type” 呼ばれる長い特殊な替刃にも対応している特別な商品なので、これを短い替刃だけに対応する剃刀の名称として使うことは混乱を招くと思うので、不適切ではないかと思えます。実際、DOVO Solingen 社との取り引きなどでのトラブルを避けようとするバイヤーや理容師は、オンラインの解説動画や通販サイトでも、敢えて “shavette style razors” という遠回しな表現を使うことがあります(“shavette” という単語を避けると、逆にその言葉で検索するユーザにアクセスしてもらえないので、遠回しにでも使わざるを得ないという事情があるのでしょう)。また、“shavette” という単語をキーワードにすれば商品が検索にヒットするようになっていても、商品ページでは直に “shavette” と表記することを避けて違う名称を使っている事例も多々あります。更には SR と一緒くたにして扱っている EC サイトも多いですし、その名称は色々あって困惑させられると言ってよいでしょう。たとえば、呼び方としては次のような事例があります。
- barber straight razor
- disposable straight razor
- changeable blade razor
- replaceable blade straight razor
- replaceable blade razor
- barber cut throat shaving razor
- straight razor with dispozable blades
- straight razors with interchangeable blades
多くのサイトや動画で “shavette” という言葉が使われてしまっている現状では、これを無視することもできないでしょう。しかし、僕には DOVO Solingen 社の brand equity をむやみに低下させるような意図はありません。それに、DOVO Solingen 社の shavette は独特です。ということで、(1) DOVO Solingen 社の製品と他社の製品を混同するリスク、そして (2) DOVO Solingen 社の shavette と同じようなスライド方式で替刃を装着する剃刀と、そうでない方式の剃刀とを混同するリスクがある以上、本稿では DOVO Solingen 社のブランドでない剃刀について “shavette” という名称は使いません。
商標としての “shavette” について調べてみると、まず EU では2014年に商標登録が完了しています(EUTM registered and published on January 10th, 2014)。アメリカでは、実は1962年に JULIE MARIE という会社が “shavette” という商標を登録していたのですが、更新が止まったらしく(更新費用を払わないと保護されない)、その後に DOVO Solingen 社が出願して1985年に商標登録されていましたが、2006年に更新が止まりました。再び2016年に改めて出願されているようですが、正式には登録されておらず、少なくともアメリカでは “DEAD” の扱いであって、DOVO Solingen 社はアメリカでは “shavette” を registered trademark だと言い張ることはできません(なので、DOVO Solingen 社が言っている “registered” という表現は、「EU で登録された」という意味なのでしょう)。よって、ここまで広く替刃式の剃刀が “shavette” と呼ばれている現状は、DOVO Solingen 社が自ら招いた結果だとも言えます。
さて、上記の一覧から分かるように、本稿で紹介するタイプの剃刀には色々な呼び方があります。ですが、(ネイティヴでもなければ翻訳家でもない日本人が英語の語感をあれこれ言うのは傲慢であるか的外れかもしれませんが)飽くまでも僕の英語の感覚として評価すると、不適切な表現が大半だと思います。
まず、“disposable straight razor” と言ってしまっては、ちょうど使い捨ての安全剃刀みたいに、替刃だけでなく本体も含めて disposable であるように思えてしまいます。もちろん本体も替刃を外せば刃物としての規制に縛られないで廃棄処分できるでしょうし、AliExpress や Etsy などで買えば数百円からせいぜい2,000円くらいと安いものが多いので、贅沢な店にとっては本体すら disposable としてお客さんごとに廃棄できるかもしれませんが、ふつうは替刃のことだけを replaceable なり disposable だと言っているので、この名称はおかしいです。
次に、“changeable” という表現は言葉の意味としては不正確だと言えます。なぜなら、“change” という言葉は替えたものを元に戻せるという意味合いを持つからです(アメリカン・フットボールの選手交代とかがいい例です)。これに対して、替刃は古いものを元に戻して使ったりはせずに捨てます。したがって、「使い捨て(disposable)」や「取り替え式(replaceable)」という言葉を使っている事例が適切だと思います。
それから、この剃刀が特に理容室で使われるようになった過去の事情を考えると、“barber (style)” という表現を使っていることにも理由はあるのでしょうが、それはこのタイプの剃刀についての本質をぜんぜん言い当てていないので、これも不適切だと思います。そもそも歴史的には SR こそが理容師の使う剃刀だったのですから。実際、法律で定められた滅菌や殺菌の処理をすれば、SR を理容室で使っても構わないのですから(後から説明しますが、理容室で SR の使用が禁止されたという誤解が、アメリカの理容師のあいだですら広まっているようです)、いまでも SR や日本剃刀を敢えて使う理容師もいます。
あとは、上記の呼び方のリストでは最後の二つが該当する “straight razor with dispozable blades” のような表現だと、僕の英語の感覚では “with” 以下の物が付属品のような意味合いに取れてしまいます。つまり、“straight razor with dispozable blades” と言われたら、まるで「どういうわけなのか、使い捨ての替刃がおまけに付いてくる SR」と言っているように取れるのです。これは明らかに奇妙な印象を与えかねません。しかも最後の事例に出てくる “interchangeable” という言葉は、複数の対象どうしのあいだでお互いに何かを交換できるという意味なので、これは英語の用法として全く間違っています。
ということなので、もし “shavette” という言葉を避けるなら、どう呼べばよいのでしょうか。ここで参考として他の国や言語で調べてみると、まずフランス語の Wikipedia では SR を «rasoir droit» とか «coupe-choux» あるいは «sabre»(剣)と呼んだりするようです。中でも、本稿で取り上げている替刃式の剃刀は «rasoir droit à lame interchangeable»(替刃式の直刃剃刀)とだけ呼ばれていて、これは名前というよりも説明的な描写です。フランスの通販サイトを幾つか見てみると、«shavette» という言葉も使われていますが*、全く使わずに «rasoir droit de barbier»(英語で言う “barber straight razor”)と書いている業者も多く見られます。僕が見たところでは、やはり英米のサイトと同じように「替刃式の直刃剃刀」という、記述的で回りくどい表現も使われているのが実情だと思います。
*«shavette» という言葉を解説までしている通販サイトもありますが、DOVO Solingen との関わりについては記載していません。
次に、DOVO Solingen 社の本拠地であるドイツのサイトを幾つか見てみると、ドイツ語版の Wikipedia にある „Rasiermesser“ の項目では „In Abgrenzung zum klassischen Rasiermesser wird ein Rasiermesser mit Wechselklinge als Shavette bezeichnet.“(古典的な剃刀と比べて、交換可能な刃を備えた剃刀は Shavette を呼ばれる)と解説しています。フランス語の通販サイトを見ていても感じるのですが、替刃式であるかどうかは、セールス・ポイントとして強調されてはいても、呼称として使い分けるためのポイントとしては重視されていないという印象を受けます。つまり、替刃式であろうとなかろうと折り畳み式の直刃剃刀はひとまとめにして扱われたり販売されていて、その中に替刃式のものがあるというくらいの扱いに思えます。ドイツの通販サイトでも替刃式の剃刀を „Shavette“ と呼んでいるサイトもあるわけですが、特に DOVO Solingen 社との関わりを強調するでもなく*、気軽に使っているようです。ちなみに、同じドイツの会社である Böker 社でも似たような替刃式の直刃剃刀を製造していて、彼らのサイトでは „Barberette“ という、果たしてブランド名なのか何なのか分からない奇妙な名称が使われています。これも、明らかに „Shavette“ を意識したネーミングでしょう。
*フランスの通販サイトと同じく DOVO Solingen 社に言及しないまま言葉の解説を掲載しているサイトもあります。
他方で、丁寧に以下のような注意書きを掲載しているサイトもあります。
こうした中で、イタリア語の Wikipedia を読むと、既に分類としての «shavette» があるらしく、«Shavette o rasoio da barbiere, usati attualmente dai barbieri. Come i precedenti (a mano libera) ma con la parte tagliente della lama costituita da una lametta sostituibile.»(Shavette は、現在の理容師が使う理髪店の剃刀です。以前のタイプ(フリーハンド)と同様でありながら、刃は交換可能になっています)のように説明されているため、イタリアでは “shavette” がかなり普及している言葉なのかもしれません。
いずれにしても、色々な国の実情を見ると、やはり広く普及している一般的な呼び方が決まっていないと言えそうです。そして、寧ろ一般名詞として使うには不適切と思える “shavette” も無視できないくらい使われてしまっている現状では、どう呼んでおけばいいのでしょうか。これは僕が決めることでもありませんから、もちろん本稿での呼び方というだけの問題に尽きてしまいます。そして、それを誰かに使うよう推奨したり求める意図は全くありません。しかし、少なくとも僕が思うところでは、やや面倒な呼称になりますが “replaceable blade straight razor“(替刃式の直刃剃刀)が余計なニュアンスを含めていないだけに最も適切だと思えます*。(ただし、替刃式の直刃剃刀を “shavette” という言葉で検索する人もいるとは思いますから、メタ情報やファイル名の一部に “shavette” という言葉を使っているので、ご容赦ください。)
*“replaceable blade straight razor” という表現は、たとえば、West Coast Shaving や Classic Shaving など多くの通販サイトでも使われています(ただし、“shavatte” というキーワードでもページをヒットさせる必要があるからか、適度に “shavatte” という言葉も使われていますが)。
なお、まったくの余談ですが、この件について面白半分に ChatGPT に質問してみたことがあります。(“philsci” は、僕が Twitter や掲示板やメーリング・リストで使っていたハンドル・ネームです。使い始めた頃は珍しい造語だった筈なのですが、最近は科学哲学という分野の略称、あるいは大学の科学哲学専攻を著す略称として普及しているようです。)
“modular” という言葉も確かに使えます。刃を取り換えられるとか使い捨てるといった点にばかりこだわらず、刃を交換したり組み合わせられる(modular)というアプローチで表現してもいいわけです。いまのところ “modular straight razor” と呼んでいる人はいないようですが(検索すると、僕自身が過去にこの件について書いた投稿はヒットしますが)、英語のコロケーションとしても不自然さはないと思えますし、悪くない発想だと思います。ただ、“modular”(組み立て式)という言葉の機械部品的なニュアンスを嫌う人は多いかもしれません。
僕が替刃式の直刃剃刀について “shavette” という言い方をしたくないと思った理由は、何も DOVO Solingen 社の(EU 圏内での)商標だからというだけではありません。替刃式の剃刀を調べてゆくと、実際には「替刃式」とは言っても色々なタイプがあって、殆ど互換性がない商品もあるからです。その典型は、フェザー安全剃刀から発売されている「アーティストクラブ」だとか、貝印から発売されている「キャプテンホルダー」などの業務用剃刀でしょう。これらは、安全剃刀用に製造・販売されている替刃(DE: double-edged blade)とは全く互換性がない専用の替刃しか使えません*。また、既に説明したように DOVO Solingen 社の本家 “Shavette” も、安全剃刀用の替刃よりも長い形状の替刃を使えるようになっているため、独特の製品と言うべきものです。よって、他に販売されている大半の商品と互換性がない独特の用途や交換品を必要とする商品の名前を一般名みたいに使ってしまうのは良くないと思ったのでした。みなさんは紙に色々な用途があることはご存じだと思います。ノートに使うもの、新聞紙、段ボール、サイン用紙、千代紙、トイレット・ペーパーなど、身の回りには多くの用途に適した紙が作られて使われています。でも、これら色々な紙を十把人柄毛で無差別に「人工紙」という風変わりなブランドの紙の名前で呼ぶ人が現れたらどうでしょうか。確かにどれもが人工的に作られた紙ではありますが、やはりおかしいですよね。
*細かい話になりますが、安全剃刀の替刃については日本でも “DE” という略称が普及しているようです。その元になっている英語の表現は、実際には ̴double-edged blade” と “double-edge blade” の二つがあります。それからハイフンがない場合もありますが、僕は当サイトでは “double-edged” という表現に統一します。理由の一つは、“edged” と “edge” の違いにあります。“edged” は、もちろん “edge” を動詞として使ったうえでの形容詞的用法であり、“edge” だと名詞です。“double-edge” という表現からは “double” と言われているにも関わらず名詞が単数形なので奇妙な印象を受けるかもしれませんが、こういう言い方が間違いなのかと言えば、そうでもありません(“twofold” という単語もあります)。よって、「double-edge である一個の替刃」という意味であれば通用するわけです。よって、どちらが文法として正しいとか間違っているという問題として比較しているわけではありません。僕が両刃の替刃を “double-edged” と言う方が自然に思えるのは、それを半分に割ったようなタイプの替刃も製造・販売されているからです。それはもともと片方にだけ刃が付いているので、“single-edged” つまり片方に刃があるように作られている替刃なのです。単に刃が二つあるとか一つだけという形状としての様子を表すだけではなく、そういう風に作られたという意味合いを持たせたいので、動詞の形容詞的用法として使われている方を選んでいます。
色々な剃刀について
僕がここでご紹介する替刃式の直刃剃刀の他に、剃刀と言っても色々な種類の製品があります。『メンズタイムス』というオンライン・メディア(株式会社 TRAVEL TIGER が運営)が実施して公表した「ヒゲを剃る際に使用するガジェット」のアンケートによれば、髭を剃るときに使っているメインのガジェットとして、ヒゲトリマーや毛抜きなどを除いて上位三つは次のようになっています [PR TIMES, 2021]。僕は、普段は男性コスメとかスキン・ケア関連のサイトは情報源として未熟でデタラメな調査にもとづくコタツ記事が多いので無視しているのですが(自分で髭を剃ったことすらない中学生や主婦が髭剃りや毛染めやカラーコンタクトの記事を書いてたりする)、それなりに手間や予算をかけた調査の結果については、参考になるものだけ利用しています。
- 電動シェーバー (1,691人:49.2%)
- T字カミソリ (1,454人:42.3%)
- カミソリ(西洋カミソリ/日本カミソリ) (174人:5.1%)
このように「電動シェーバ」(本稿では「電気シェーバ」)と「T 字カミソリ」(本稿では「安全剃刀」)だけで 90 % を越えるシェアになっていて、これら二つで圧倒的な利用者がいます*。
*なお、この統計で示された比率をそのまま母集団(日本の成人男性)にまで適用できるかと言えば、それは難しいでしょう。仮に、西洋剃刀や日本剃刀の利用者が、日本の男性人口(生産年齢)の 5% だとします。実際の人数として割り出すと、総務省による2021年の人口推計では男性の生産年齢人口が3,772万人なので、単純に言って188万人が西洋剃刀や日本剃刀を使っていることになります。上記の統計は「メインの」道具を尋ねているのですから、安全剃刀をメインに使っていても西洋剃刀を所持している人はいるでしょうから、西洋剃刀や日本剃刀の所有者は更に合計が増えるかもしれません。しかし、果たしてそんな規模の市場が日本にあるでしょうか。理容師の全員が個人として所有していたとしても(理容師は約22万人ですから)、22万人にしかなりません。よって、理容師を除く一般の成人男性が150万人くらい西洋剃刀や日本剃刀で髭を剃っていることになりますが、これは考えにくいでしょう。
まず電気シェーバ(電動シェーバ、「家庭用品品質表示法」では「電気かみそり」)ですね。写真の製品は連れ合いから誕生祝いに貰った品で、それまでにも電気シェーバは何回か買い替えてきました。おおよそ二年以内に外刃が破損して穴が開いてしまって交換することが多く、交換部品は大抵の店で4,000円弱となっています。本体はピンキリで、安いものは1,000円以下の商品もあります。写真でご紹介している Braun Seris 5 (530-s5) だと15,000円前後です。
剃刀としての特徴は、外刃と内刃で挟むようにして髭を切るという、剃刀というよりもハサミのような構造により、どうしても外刃の厚みだけ剃り残しがあります。剃り残しが少なくなるように外刃を薄くすると、肌へ密着させたときに内刃との摩擦が原因で外刃が破損しやすくなるからか、剃り心地と耐久性とがトレード・オフになると思われます。しかし、プレシェーブ・ローションを塗るていどの下準備だけで剃れるため、出勤時に時間がないという多くの人にとっては効率のよいシェービング・アイテムと言えるでしょう。そういう効率の良さという理由から、僕も高校時代から幾つかの製品を取り替えて使ってきましたが、あまり剃れない割に肌が負けやすいので、そう頻繁には使っていませんでした。なお人によっては、電気シェーバは剃刀というよりも「髭を剃るためのバリカン」だと評しています。
先にご紹介した調査の結果では、次に利用者が多いのは安全剃刀(丁字型かみそり、T 字剃刀)です。西洋剃刀や日本剃刀のような製品と比べて刃の角度を固定して皮膚に食い込みにくくしてあるため、“safety razor” と言われますが、もちろん刃が出ている以上は無条件に安全で傷ができないという意味ではありません。上記のタイプは刃をカートリッジ式に交換できるようになっていて、現在は圧倒的なシェアがあります。4枚刃や5枚刃という多くの刃で一気に髭を刈り取ってしまう剃り味なので、電気シェーバに比べるとよく剃れますが、同じ場所を何度も剃ると剃刀負けしやすくなります。上記の写真でご紹介しているのは、僕がいまでも使っている Schick の HYDRO 5 という製品で、本体は800円ていど、そして替刃は四個入りが2,500円前後で販売されています。僕は仕事がリモート・ワークになったことから、髭剃りそのものの頻度が一週間に2回ていどと少なくなったため、替刃の交換頻度は二ヵ月くらいになりました。なので、四個入りの替刃パックを年に2回も買ったら多い方だと言えます。
安全剃刀には刃だけを交換する “classic safety razor” などと呼ばれるタイプもあって、歴史としてはこちらの方が古く、100年以上前から製造されています。後から詳しくご紹介する替刃式の直刃剃刀は、この安全剃刀に使う替刃をわざと半分に折って使うことから、逆にこの安全剃刀が「両刃剃刀」と呼ばれたりもします*。
*ただし「両刃」という言葉には、安全剃刀の替刃である “double-edged blade” という意味で「両刃」と言われる場合と、直刃剃刀の刃(bevel)について日本剃刀のような表裏がある片刃と比較して、SR が「両刃」だと言われる場合があるため、安全剃刀の替刃を「両刃」と呼ぶのは混乱の元になります。このため、安全剃刀の替刃は “double-edged” に由来する “DE” という略称が日本でも使われています。なお、替刃式の直刃剃刀は DE を半分に折って使うわけですが、現在は最初から半分に折った形状で製造されている替刃もあり、これは “single-edged” に由来して “SE” と呼ばれたりします。
安全剃刀の特徴は、もちろん電気シェーバと比べて奇麗に剃れるという点は、誰が剃っても明らかでしょう。ただし、プレシェーブのローションやオイル、あるいは髭を濡らすとか温めるといった下準備をしないと、いきなりこれで髭を剃るのは非常に痛いですし、肌も痛めてしまいます*。電気シェーバを使うときに比べて下準備が更に必要なので、髭剃りには電気シェーバよりも時間がかかるというデメリットはあります。また、電気シェーバだとプレシェーブとアフターシェーブのアイテムだけで済みますが、安全剃刀では髭を実際に剃るときのシェービング・クリーム(シェービング・フォーム)あるいはシェービング・ジェルも必要です(洗顔石鹸を代用するのは、手で触る限りでは滑らかになったと感じますが、刃との摩擦に対しては不十分で負けやすいため、やめた方がいいです)。
*YouTube では若い人が何も下準備せずに、いきなり安全剃刀で髭を剃る動画を見かけますが、そんな真似をしたところで得るものはありません(ちなみに、cold water shaving というスタイルはありますから、必ずしも熱いタオルを用意しなければいけないというわけではありません)。髭剃りはたいていプライベートな作業であって、これ見よがしに動画を配信して承認欲求を満たしたり広告費を稼ぐためだけに無茶なコンディションで髭を剃るなんていう、無知の自己証明や野蛮な真似を繰り返しても、せいぜい仲間内のネタになるていどの意味しかないでしょう。
それから参考までに、髭剃り用とは言えませんが剃刀の一種として*、上記のような化粧用の剃刀があります。主に女性用として発売されていて、顔やうなじの産毛、眉、腋毛、あるいはデリケート・ゾーンの毛を処理するために使われており、細かい箇所を処理するためか、最近の商品は刃線が短くなっています。このタイプの剃刀は業界標準とか法令で決まった名称がないらしく、各社で異なる呼び方をしていますが、安全剃刀の別名である「T字剃刀」との比較から「L字型カミソリ」とか「L型カミソリ」とか「I字型カミソリ」などと言われている場合もあります。僕が子供の頃には、この手の剃刀は貝印から発売されているピンクかゴールドの剃刀しかなかった印象がありますが、現在は色々なメーカーから発売されていて、特に最近では男性も使います。上記の写真でご紹介している製品は、Schick から男性用として発売されている3本セットの顔・眉毛用という剃刀で、1セットが200円前後で手に入ります(ドイツでは、剃刀ブランドである Wilkinson Sword の商品として発売されています)。ただし、髭や眉毛の一部を整えるとか、瞼や耳の産毛を剃るといった用途でなら男性でも使いますが、これで顔全体の髭を剃る人は殆どいないでしょう。
*なお、フランスの話だと女性は脱毛処理する場合が多いらしく、このタイプの剃刀は現地で手に入らないといいます [立神, 2022]。なので、逆にフランスの女性はムダ毛の処理をしないという誤解がいまだにあるようです。
そして、上記が西洋剃刀、あるいは「直刃剃刀」(SR: straight razor)と呼ばれているタイプの製品です*。呼び方としては、“traditional straight razor” とか “real straight razor” あるいは “cut throat razor” などと言われたりします。特にロシア(旧ソ連)では欧米の「安全剃刀」という替刃式の(当時は贅沢な)製品に対抗して、この SR にこだわって使い続けていた人たちから、敢えて«опа́ска»(オーパスカ、つまり「危険」という意味)と呼ばれていました。本稿でご紹介する替刃式の直刃剃刀とは違って本体に刃が造作してあり、定期的に刃を砥石や皮砥でメンテナンスする必要があります。
*多くの方がご存じのとおり、日本では「本レザー」という呼び方があります。しかし、この呼び方の由来はよく分かりません。例えば全国理容生活衛生同業組合連合会が発行した『理容史』という書籍にも「レザー(西洋剃刀)」としか書かれていませんし、理容師の養成機関で採用されている『理容技術理論2』という教科書にも「レザー」という言葉しか使われておらず、また理容師資格について書かれた解説本にも「レーザー」としか書かれていません。また、「本レザー」の何が「本」なのか説明している理容師のサイトやブログ記事もないようです。後日、図書館で調べてから追記しますが、いずれにしても「西洋剃刀」と同じく日本だけで使われる類の呼称でしょうから、本稿ではこの呼び方を採用しません。もしかして、海外の表現によくある “real”(本格の)という意味なんでしょうか。
[追記: 2023-03-12] 本日、大阪市立中央図書館で調べてきました。まず、595.6(ファッション、衣類)の十進分類で辞典や事典を調べたり、『広辞苑』などの大型辞書にも当たりましたが、「本レザー」もしくは「本レーザー」という項目は立てられていません。また、美容やファッションについてはともかく、理容についての辞書や用語集というものがそもそも全く公刊されていないため、他には理容師が書いたエッセイや解説書の類をしらみつぶしに調べる他にないと思いますが、そこまでの意義はないと思っています。なお、念のために剃刀の関連では唯一の社史だと思われるフェザー安全剃刀株式会社の社史を貸出禁止の棚で調べましたが、開架式に置かれている筈なのに見当たらなかったため、誰かが持ち出して読んでいたのかもしれません。ともかく、理容に関する公刊された書籍というものは非常に少なく、巷にあふれているのは圧倒的に美容の本ですし、理容に関する本が出ているとしても 595.6 の分類、つまりはファッションの本として扱われているため、スキン・ケアを初めとする皮膚医学や cosmetic science という独立した観点から理容について議論したり解説している書籍は、ほぼ理容師を目指す人たちが専門学校で使う教材しかないと言ってもいいでしょう。
僕は、Etsy で購入した1970年代のヴィンテージの SR を所有していますが、その剃刀は剃れる状態ではないので、SR で剃るという点について自分の経験から言えることは何もありません。
それから、本稿に限らず当サイトでは詳しくご紹介しませんが、同じく「直刃剃刀」と言われていても、折り畳み式ではなく持ち手も真っ直ぐの形状になっている剃刀として、「日本剃刀」というものもあります(海外でも “kamisori” と呼ばれることが多々あります)。非常に質の良いものが多く、海外にも愛好家がいます。また、フェザー安全剃刀など各社から発売されている「日本剃刀タイプ」や「日本剃刀式」の形状をしている商品もあります。ただ、製造の手間や品質を考えたら当たり前の値段だとは思いますが、最低でも数万円の高価な商品が多く、またメンテナンスにも研ぐための特別なコストや手間がかかりますし、剃るときの扱いも難しいことから、daily usage を目的として自分の顔を剃る大半の人にとっては縁遠いものと言わざるを得ません。趣味的に購入したりコレクションする芸術品の類と言うべきものでしょう(良い悪いの話はしていません)。ただ、西洋剃刀や日本剃刀を所有していなくても、これらの剃刀で剃ってもらった経験なら大多数の男性にある筈です*。
*理容室(理髪店、散髪屋、床屋、法律では「理容所」と言う)を利用した男性には、SR や日本剃刀で剃っもらった経験がある筈だからです。僕が高校生や大学生だった前世紀にあって、髭や産毛を電動シェーバや安全剃刀で剃る理容師はいませんでした(揉み上げやうなじの産毛はバリカンを使う場合がありました)、理容師が手にする SR や日本剃刀で剃ってもらっていたときの、寝てしまいそうな心地よさを感じた人であれば、高価な商品が多いですし誰にでも扱えるわけではないとはいえ、SR や日本剃刀を使うメリットについては説明するまでもないでしょう。
なお、販売されている剃刀の中にはデタラメな商品も多々あります。たとえば「ダマスカス鋼を使っている」と宣伝されている剃刀の大半は刃に模様を出すために使われる鋼材が高いだけです(つまり、ダマスカス鋼に模様を似せただけの模造品です。剃刀として使えるとしても、特に性能が優れているわけではありません)、あるいは “artisan” と呼ばれている(だけの技能があるのか、実は誰も保証できないわけですが)ハンド・メイドの剃刀などは、高いものだと数千ドルで販売されていたりしますが、実際のところ髭剃り関連のフォーラムなどを見ると、剃刀としての性能は殆ど評価されていないというのが実情です。知り合いに剃刀を作っている人物がいて、制作現場の様子なり会話などで技量や品質が直に信頼できると納得できないなら、そういうものは素人相手の陳列用として買うべきでしょう。(もちろん剃刀を実際に使ってる人間が見れば、そんなガラクタを陳列しているだけでも嘲笑の的になるからです。)
そして、上記の写真が本稿でご紹介する替刃式の直刃剃刀です。この用具については次節で詳しく見てゆきましょう。
替刃式の直刃剃刀(Replaceable Blade Straight Razor)
替刃式の直刃剃刀(replaceable blade straight razor)は、既に何度も説明しているように SR と似た形状をしている替刃式の剃刀です。日本剃刀のような折り畳めない形状のものも、フェザー安全剃刀や貝印やオリエント大阪などから発売されていますが、国際的なスケールで見ると非常にマイナーな形状となるため、当サイトで言う「替刃式の直刃剃刀」の範疇からは除外もしくは例外扱いとします*。日本剃刀タイプの替刃式の剃刀を除外すればいいのだから、「替刃式の西洋剃刀」と言えばいいと思うかもしれませんが、「西洋剃刀」という言い方は日本人しかしないので、これも使いません。
*もちろん、僕は本稿で定義を議論しているわけでも提案したいわけでもないので、本稿では折り畳み式になっている直刃剃刀という形状に限定しておくというだけの理解に留めてください。だからといって、ここで扱う剃刀を「替刃式で折り畳み式になっている直刃剃刀(collapsible straight razor with replaceable blade)」などと更に細かく表現しても、あまり得るところはないでしょう。それならいっそ、“CSRRB” とか略称にしてしまう方が合理的というものかもしれませんが、これだと本稿を読んでいない人には何のことか分かりません。
替刃式の直刃剃刀とは言っても、安全剃刀の替刃(DE)を流用できるという点が一致しているくらいで、替刃の取付方法は幾つもの方式が考案されています(現在は最初から半分に折った形状の替刃もあるため、必ずしも流用だけしているわけではありません。また、Durham-Duplex の剃刀で知られるように、DE を半分に折る必要すらないタイプの剃刀もあります)。シェービングやグルーミングについて解説した多くのサイトで「シェベット」だ “shavette” だと言って決まった形状の剃刀であるかのように書いている人が多いわけですが、実際には上記の写真で分かるとおり DE の替刃を装着する剃刀と言うだけなら色々なタイプの商品があるわけです。それこそ、古くは Durham-Duplex 製の100年以上も前の剃刀もありますし、最近では 3D プリンターを使って個人が考案している風変わりな形状の剃刀もあります。「替刃式」で「直刃剃刀」に似た形状の剃刀だというだけで何か一つの扱い方の剃刀を想像するだけでは不十分です。「名称について」の末尾で書いたように、これが本稿で “shavette” という言葉を使わない積極的な理由です(商標の方は消極的な理由にすぎません。仮に商標の問題がないとしても、僕は “shavette” という呼称を一般名のようには使わないでしょう)。 ということなので、実は本稿でご紹介できるのは替刃式の直刃剃刀の一部でしかありません。他にも替刃を装着する色々な方式があるため、僕が所有している二つの方式しか具体的に説明できないからです。
替刃式の直刃剃刀の替刃を装着する方式は、僕が調べて知っている限りでは以下のような種類があります。
- Hinged lever (locking lever) style
- Slider style(DOVO Solingen の Shavette はこれです)
- Irving Barber style(回転する刀身と磁石を組み合わせた新方式です)
- DE style(DE をそのまま装着します)
- others(クリップで留めるタイプなど)
最初の三つは、上の写真でいちばん上段の行に並んでいる方式のことです。残りは Durham-Duplex が発売していた剃刀と同じく DE をそのまま折らずに装着する方式があったり、他にも DE を折って装着する別の方式に見える剃刀もありますが、それらは『ヤフオク!』で見つけた写真でしか分からず、詳細が不明なので、ここでは others として説明も割愛させていただきます(この一点だけでも、本稿が全ての替刃式の直刃剃刀を扱っているわけではないと分かる筈です)。以上の中で、僕が所有している hinged lever style(ヒンジで刃を挟みこんで刀身にレバーを掛ける方式)と slider style(スライダー方式)の二つだけを元にして解説します。これら二つの方式で製造された商品が世界規模でも圧倒的に多く出回っているため、ひとまずこれらを解説すれば、おおむねどのようなものかはお分かりいただけるでしょう。
ちなみに三つめの Irving Barber style というのは Irving Barber Company というシェービング用具の会社がオリジナルに開発した方式の剃刀で、刀身が回転して刃を装着するようになっています。公式チャネルの動画で確認できますが、DOVO Solingen 社の Shavette と同じく injector type と呼ばれる長い形状の替刃も装着できるらしく、刃の取り換えも簡単に思えます。しかし、刀身に巨大な回転器具があるため、必然的に一定以上の刃の角度で剃ることになり、慣れるまで注意が必要でしょう。ちなみに、どういうわけか、YouTube でこのタイプの剃刀を紹介している動画は、この器具がどれくらいの厚みを持っているのか、横から撮影してはくれないという奇妙な傾向があります。ひょっとして、そういう厚みに関心が向かないということは、実際に彼らがこの剃刀で髭を剃っているのかどうか疑わしいと言わざるを得ません。実際、この剃刀を紹介する動画は大半が剃刀の造りを紹介するだけで、実際に自分で髭を剃っている様子は撮影されていないのです。
Hinged lever (locking lever) style
レバーを回転させて固定する方式は、世界中の理容室で使われています。YouTube などで海外の理容師が公開している髭剃りの様子を見ると、多くの理容師がこれと次のスライダー式のどちらかを使っていることが分かると思います。レバーでヒンジを固定するタイプの剃刀は、安いものは AliExpress などで販売されている数百円の商品もあるようですが、高い部類の Parker の製品でも、せいぜい $25 = 3,300円前後です(Böker の Barberette と呼ばれるタイプは1万円を越えますが、あれは例外的な部類でしょう。価格設定の根拠が不明であり、比較対象にすべきかどうか疑問です)。その他、アマチュアが見よう見真似で作ったようなハンドメイドの商品が Etsy などで販売されていたり、オンラインでは積極的にプロモートされていなくても、各国で小規模な事業者が製造している商品もあるでしょう。僕が所持している上記の商品は、アマゾンで「西洋剃刀」と検索すれば簡単に見つかる「Kazakiri」というブランドの剃刀です。大阪の会社が販売していますが、製造元はよく分かりません。色やハンドル(スケール)の材質などに多くの種類があって、だいたい2,500円前後で販売されています。なお、“hinged lever” と書いていますが、刀身を hinge と言っている事例があったり、あるいはレバーも含めて hinge と呼んでいる人もいるので、ご注意ください。僕は開閉できる部品という意味で「ヒンジ(蝶番)」と呼んでいて、レバーはあくまでも “lever” として呼び方があるため、“hinged” という形容詞は「ヒンジのように開閉できる部品(刀身)が付いた」という意味合いになります。(「ヒンジ」は、何も蓋のように開くタイプだけではなくスライドさせて開くタイプもあります。)
Slider style
次に、DOVO Solingen 社の Shavette でも採用されているスライダー式の剃刀です。実際には、このスライダー式にも Shavette のように長い刃を装着できる特殊なタイプがあったり、あるいは(法的な問題を回避するためか)スライダーの形状にも各社で細かい違いがあります。呼び方についても、他に “slide-out style” とか “cartridge tray style” とか色々あるのが実情です。このタイプの剃刀も色々な会社が製造したり販売していて、たとえばトルコの Ali Bıyıklı という事業者の製造している剃刀は、26.95TL = $1.43 = 192円でした。もちろん、このタイプで最も高価なのは DOVO Solingen 社の Shavette でしょう(おおよそ $50 = 6,700円といったところです。それ以上の値段がついている場合は、何か特殊な部品が使われているか、あるいは既製品に異常な利益を乗せて転売しているだけの詐欺商品です)。なお、上記の剃刀は僕が Etsy で購入した SharpyCo というイギリスのブランドの剃刀です。でも、事業者の所在地を Google Street View で調べると単なる住宅だったので、恐らくロゴだけ付け替える OEM の商品でしょう。製造業者は全く違う筈です。これは試しに海外通販してみようという理由で購入しただけなので、値段は(剃刀と替刃とケースも付属して)1,000円もしませんでしたが、輸送料が £10.99 = 1,700円もしました。
各部の名称
ここでは、剃刀の部品や各部の名称を説明します。殆どは、従来の SR(traditional straight razor, 西洋剃刀)や安全剃刀(safety razor)について、理容師、理容師の職業団体、養成機関、それから行政機関(理容師と美容師は国家資格であるため、日本では厚生労働省が監督官庁です。なお美容師はシェービングしないので、昔は理容師団体との縄張り争いという事情もあって都道府県レベルで管轄していましたが、現在は美容師も厚生労働省の監督下にあります)での呼称や定義を調べています。ただし、広く使われている呼称でも、それらの authority と言える団体や人々によって言葉の由来や定義が与えられていない俗称については、ここでは紹介も説明もしません。たとえば、外国製品であるか国産であるかに関わらず SR を日本では「本レザー」と言う場合がありますが、この言い方について由来や定義を説明している事例を僕は全く知りません。
そして何度も説明していますが、そもそも替刃式の直刃剃刀ですら幾つかの呼び方があって、職業団体や製造者の団体が統一する様子は全くありません。したがって、このヒンジ式でレバーが付いたタイプの剃刀や、スライダーを使うタイプにも、ヒンジやレバーやスライダーには色々な呼び方があるようです。ただし、海外の通販サイトや剃刀愛好家や理容師のサイトだとかブログを見ても、そのタイプの剃刀の呼び方なのか、それともそのタイプが含まれる替刃式の直刃剃刀全般をそう呼んでいるのかが区別できない場合も多々あるため、ヒンジやレバーやスライダーの名称はともかく剃刀の異なる呼び方については、敢えてご紹介しません。たぶん、未熟な博物学のように、検索結果として出てきた文字列を並べるだけの愚行でしかないでしょう。
なお、SR については、各部の名称を解説しているサイトは多々あるため、そこでの名称を替刃式の直刃剃刀にも使える場合はあります。しかし、替刃式の直刃剃刀について位置や部位の呼び名として使えても、剃刀としての機能や性能には殆ど関係がない事例もあります。例えば SR の刃の根元あたりを “heel”(刃元)と呼びますが、替刃式の直刃剃刀では用を為しません(替刃式では替刃の刃線でしか切れないため)よって、「剃刀の根元に当たる箇所」という意味で heel だ刃元だと言えるだけに過ぎず、そこが替刃式の剃刀で髭を剃るために何らかの役割や機能をもつという前提では語れません。
SR の一般的な部位について呼ばれている、少なくとも英語と日本語での名称を替刃式の剃刀に当てはめて紹介しました。もちろん SR であれば、替刃式の直刃剃刀には殆ど見かけない部品ですが、他にも heel から pivot pin までの tang / shank という箇所で、指の滑りを抑えるために底部へギザギザの形状が造作してある剃刀が多く、その個所を “jimps”(「細い切れ目」という意味)とか “fluting”(「襞状の飾り」という意味)と呼んだりしますし、スケールのピン(留め金)も、商品によっては中央に “spacer pin” とか “plug” と呼ばれるピンが付いていたり、それから pivot pin とは逆の先端部に “wedge pin” とか “heel pin” と呼ばれるピンがあったりします。確かに替刃式の剃刀に jimps があっていけない理由はないですし、替刃式の剃刀で採用されているスケールに wedge pin がついていてもいいわけですが、何と言っても替刃式の直刃剃刀には装飾や耐久性よりも低価格が求められているため、DOVO Solingen や Böker や Parker や Proraso といった会社が発売している高級品の剃刀を除けば、世界中の理容師が使っている替刃式の剃刀の大多数には、そういう髭を剃るために不可欠とは言えない無駄な部品は付いていない(でも、髭を剃るのに殆ど支障はない)のが実態だと思います。トルコやインドで街中の通路で髭を剃っているような理容師・・・という資格があったり資格の保有者なのかどうか分かりませんが、ともかく他人の髭を剃っている人の動画などを YouTube で観てください。良い悪いは議論できるかもしれませんが、彼らも髭を剃っていることに変わりありません。
それから、上の図では「刃先」とか「刃元」とか切れ刃の部位について説明していますが、もちろん替刃式の剃刀では実際に剃る部位は DE である替刃ですから、DE 自体に刃先とか刃元のような位置関係の区別はありません。いったんは装着した替刃を、改めてひっくり返して装着しなおしても問題なく使えるでしょう。そして同じ理由から、刃元から刃先までの切れ刃の様子を「刃線(はせん)」と言い、「刃線が曲がってる」とか何とか言ったりするわけですが、工場で大量生産された替刃に曲がった刃線の商品などありませんから、替刃式の直刃剃刀について「直刃」とか「刃線」という言葉を持ち出すのは、やや大袈裟で滑稽な印象があるかもしれません。
次に、替刃式の直刃剃刀で替刃を装着する箇所についても、製造業者や理容師の団体で決めた正式な名称がないと思われるため、販売サイトや男性エステのサイトや理容師のブログやユーザのフォーラムなどなど、人によって色々な呼び方があります。検索すれば何かしら変わった別の呼び方が見つかりますし、とりわけアメリカでは人名の発音についても言えることですが、要するに何のことなのか分かればいいというプラグマティズムがあるため、正直なところどれが「正しい」とか「有力」だといった実態調査や統計をとる意味はあまりないでしょう。こういうわけで、上記にご紹介している呼称を使っていない人もいます(たとえば、左のスライダーを使うタイプではスライダーを “tray” と呼ぶ人もいます)。
それから部品の名称についてだけではなく、そもそも替刃式の剃刀そのものを “blade holder” と呼んでいる通販サイトもありますから、こうした呼び方については、現状では何を指しているのか脈絡で判断する他にないという気がします。確かに幾つかの呼称については、公式であれなかれ少なくとも他のサイトで使われている呼び方を知らないせいで、素人が勝手に呼んでるだけだという可能性はあります(自分の扱っている商品について知識が殆どない、ブローカーの通販サイトではよくあることです)。でも、公式の呼び方がない以上は、そういう呼び方を最初から無視したり否定しても有効ではないかもしれません(たとえば検索するときに無視すると、一定の検索結果を呼び方の是非だけで除外することになり、そのこと自体は商品の良し悪しとは実は関係がない取捨選択である可能性があります。もちろん、ブローカーの単なる不勉強で勝手に名前を付けているだけあれば、その不勉強やデタラメを弁護する意図はありませんが)。
刃の装着
次に、hinged lever style と slider style の剃刀について、刃の装着を説明します。
DOVO Solingen 社の Shavette や Irving Barber style の剃刀などのように、長い形状の替刃を装着できる一部のタイプを除いて、替刃式の直刃剃刀で使う替刃は、安全剃刀の替刃(DE: double-edged blade)として製造・販売されている替刃を使います。たいていは、この替刃を半分に折って使うわけですが、替刃式の直刃剃刀を使う理容師が増えたことから、最初から DE を半分に折った形状の替刃(SE: single-edged blade)も販売されています。製造メーカーやブランドによって切れ味や耐久性などが違うため、いまのところ僕はアマゾンで1箱ずつ販売されている替刃を幾つか購入して、自分に合う剃り具合の替刃を探しています。替刃は10枚の値段で安いものなら300円くらい、高いものだと1,000円くらいします。多くの商品は、100枚や200枚の単位でも販売されていて割安になるため、自分に合うものが見つかったらまとめて買うのがよいでしょう。ただし、使わないあいだに錆びては無駄になるので、湿度の高い洗面所に置かないよう、長期の保管には注意が必要です。
では、替刃を装着します。まず、ケースから替刃を取り出します。紙製のケースなら替刃をつまんで取り出すだけですし、プラスチックのケースは底を人差し指で押し上げながら最上層の刃をケースの側面にある切れ込みから滑り出すように取り出します(大昔の話ですが、学習用の単語カードを収納するケースにこういうのがあった筈です)。替刃を取り出すと、上の画像のように刃がコーティング紙(更に一般的な言い方なら “wrapper” あるいは “envelope” と呼ばれていますが、コーティングされていない紙や他の素材で替刃が包まれている事例を見たことがないので、本稿では「コーティング紙」としておきます)に包装されています。
コーティング紙にくるまれたまま、替刃を半分に折ります。YouTube などの動画で、コーティング紙から取り出した状態の刃を直につまんで折っている事例も見かけますが、これは危険ですから真似しないようにしましょう*。コーティング紙で包んでいるだけでも、刃が滑って指を切ってしまう危険を抑えられます。また鋏で切るという事例もあるようですが、これは単純に洗面所で鉄鋼製品が切れるていどの鋏を常備しなければなりませんし、実際のところ指で挟んで折るよりも奇麗に半分に切れる保証もありません。なんだかんだ言っても刃物ですから、完全に安全なやり方というものはないと思って慎重に扱いましょう(半分に折ってから剃刀へ装着するときや、取り替えるために剃刀から刃を取り出すときにも指を切る危険があります)。具体的な折り方には幾つかありますが、上の写真のように両手で挟んだまま「パチッ」と音がするまで力を入れるのがスタンダードだと思います。片手の親指と人差し指で刃の真ん中をつまんで折る人もいるようですが、これは折りたい箇所から指つまり力を入れるポイントが遠くなって折る力が弱くなりますから、そういうやりかたで必ずしも折れるとは限りません。
*“EZ-BLADE” という屋号で通販サイトを運営したり、オリジナルの商品を提供している会社の YouTube チャネルでは、登場人物が色々な動画で DE を袋から出した状態で半分に折る様子が出てきます。酷い場合は、折れる個所を上から挟むようにつまんでいますが、そんなことをしなくてもブレードは少し離れた箇所で力を入れたら正しく折れます。DE を扱う方は、このような動画を真似しないようにしましょう。そもそもシェービングについても、この動画の登場人物は標準的でない手順や剃り方を紹介しているため、概して参考にするべきではないと思います。
上の図で分かるように、折った際に「パチッ」と音がして切断されるのは端の二か所ですから、真ん中をつまむと力が伝わりにくくなります。そのせいなのか、真ん中で折る習慣がある人は 勢いを付けてつまもうとするらしく、却って指を切るリスクが増えてしまいます。したがって、料理人の真似をして玉子を片手で割っても指を切ることは滅多にないでしょうが、剃刀の刃を格好や自意識だけでイージーに扱おうとするのは止めた方がよいでしょう。実際、YouTube で海外の理容師が配信している動画を見ても、どれほどありふれた(とりわけ貧しい)地域の理容師であろうと片手で刃を折っている人は、まず見かけません。過剰に怖がる必要はありませんが、刃物を気軽に扱うことは避けるべきです。(これは、本来は鋏や爪切りにだって言えることでしょう。)
刃を折ると二枚に分かれるため、残りの片方はコーティング紙にくるんだまま保管しておき、一枚を慎重に取り出します(残りは元のケースに入れてもいいですし、Etsy などでは専用の storage box も販売されています)。こんなことに細かいノウハウや作法やレギュレーションなどありませんから、できるだけ慎重かつ安全に扱うなら、扱い方はそれぞれ工夫の余地があるでしょう。僕のやり方としては、残す方の刃の真ん中をコーティング紙にくるんだままつまんで、取り出したい方の刃の真ん中をつまんで取り出します。こうする理由は、刃を折ると切断された箇所がわずかに折れ曲がって突起状となり、危険だからです(下の写真を参照のこと)。 このようにして替刃を用意したら、そのまま剃刀に装着します。もっと初めの方で書いておくべきかもしれませんが、この作業は実際に髭を剃ろうとするよりも前にやっておいた方がいい筈です。特にプレシェーブ・オイルやローションを塗ったり、シェービング・クリームやフォームを塗った後に刃を装着するのは、手がローションやクリームで滑るため危険です。
まず hinged lever style の剃刀に刃を装着する手順から説明します。
- レバーを引き上げる。
- ヒンジを外す。
- 刃を所定の位置に固定する。
- 刃が動かないようにヒンジを戻す。
- レバーを戻してヒンジを固定する。
(1) のレバーを引き上げる作業は問題ないとして、(2) のヒンジを外す作業と (4) のヒンジを元に戻す作業では幾らかの工夫が必要です。このタイプの商品では、刃とヒンジを固定するために突起と突起が填まる穴があるため、レバーを引き上げただけでは (2) のように刀身を分離できません。多くの場合に刀首(剃刀の先端側)が爪を引っ掛けられるようになっていて、ここでまずヒンジを開いて突起を穴から外してから垂直方向へ回転させるように外します。逆に (4) でヒンジを元に戻すときは、開いたヒンジどうしに隙間を作ったまま回転させてから突起を穴にはまるように戻すわけです。そうしないと、ヒンジを元へ戻す操作の途中で刃が刀身から外れてしまうことがあるからです。やってみれば誰でも分かることですが、替刃は全く動かないよう固定されるわけではなく、単に所定の位置で挟まれているだけにすぎません。刃を固定する役割もある突起と替刃の凹凸が噛み合って、少なくとも突起の位置よりも刃が刀背の方へ動かないようになっているだけであり、逆つまり切れ刃の側に力がかかると幾らでもズレてしまいます(したがって、(4) の作業は切れ刃をやや上に向けて、作業の途中で替刃が刀身から脱落しないように注意します。Geofatboy さんの動画で紹介されているように、刃をテープで固定する人もいるようです)。また、特に刃を突起に固定してヒンジを元へ戻すときは、先に説明したとおり替刃の両端が折ったときに反り返っていることが多いため、思ったよりも両端がヒンジに引っかかることがありますから、なるべくヒンジどうしの間隔を空けた方が安全です。ただし、ヒンジを回転方向とは違う向きへ何度も開いていると、だんだんリベットの締まり具合が甘くなってきて、レバーがグラグラになってしまうという問題が起きます。そのため、hinged lever style の剃刀はリベットの締まり具合を再調整できる工具などでメンテナンスしない限り、何年も使える道具ではないと思います*。
*人によっては、このレバーを人差し指で抑えるように剃刀を持ってシェービングするため、あまり気が付かないか、レバーのぐらつきを抑えるために敢えてそう持っている場合もあるようです。しかし、剃刀の扱い方なり運行とは関係のない理由で特定の持ち方をするのは良くないと思うので、レバーがぐらついてきて抑えていないとシェービングの途中で外れてしまうようになったら、そのような剃刀は交換するか補修しなくてはならないでしょう。実際、僕が使っている Kazakiri の剃刀は1ヵ月もしないうちにレバーがグラグラになって、とりわけシェービング・ソープで滑りやすくなった状態だと肌に触れるだけで簡単にレバーが外れてしまうようになったため、現在は使っていません。逆に、わざとレバーの隙間をペンチで締めてからヒンジに強く嵌め込んで固定し、髭剃りの運行を練習する器具(刃を顔に当てる角度や、剃刀の持ち方などを工夫するため)として手元に置いています。もちろん、運行の練習用なので替刃は装着していません。
次に、slider style の剃刀に刃を装着する手順を説明します。
- 刀身からスライダーを抜き取る。
- スライダーに刃を取り付ける。
- 刀身にスライダーを戻す。
これは、殆ど詳しく補足する必要もないほど簡単でしょう。ただし、先にも説明したように、このタイプでも替刃は剃刀に全く動かないように固定されるわけではないため、スライダーに刃を取り付けた状態で刀身に戻すときは、刃が幾らか傾いて刀身から刃の出る長さが揃わなくなることがあります(上の写真でも、刃の出方が僅かに傾いています)。こういう場合は、hinged lever style の場合も含めて、刃を何かに当てて刃線の傾きを揃え整えると良いでしょう。理容師の実務を動画で観ていると、(1) 爪の先に当てる事例、(2) わざわざ解説する話題として取り上げて替刃のパッケージに当てるといいと説明している事例、(3) 適当にどこかしらの調度品に当てる事例などがあるようです。もちろん理容師の中には従来の用具を置いていて、皮砥などに当てて刃の出方を揃える人もいると思います。ちなみに、僕はプラスチックや金属に当てるよりはマシだと思って、木材であるシェービング・ブラシのハンドルに当てていましたが、現在は別のやり方をしています。それは、使い終わって不要になった替刃のコーティング紙を折り畳んで、そこに刃を当てるというやり方です。いずれにしても、刃の出方を揃えるためだけに刃が傷むほど堅い物体に当てるのは馬鹿げています。また、理容室で感染症の予防などを目的として替刃を使っているのに、調度品や自分の爪に当てるなどというのは本末転倒の見本みたいなものでしょう。
使用感(ヒンジ式)
替刃式の直刃剃刀として初めて買って使ったのが、このヒンジが付いたレバーのタイプです。装着方法については前回の記事でご紹介した通り、レバーを外してからヒンジを開き、ヒンジにある突起部にブレードを固定して閉じるという手順をとります。次のスライダー式にも言えますが、たいていは装着するあいだにブレードが固定した個所からズレて傾いてしまうため、あまり堅くない物体に当ててブレードの出方を補正してから使います。この、直刃剃刀の形状をした剃刀で初めて剃ったのは2022年の12月7日でした。まずは丁寧に恐々と、あまり深く剃ったり逆剃りも出来ずに終えましたが、予想外に大過なく終わったという印象が残っています。GORO さんの動画を観ていて、とにかく寝かせて剃るという話があったので、かなり寝かせていたからなのでしょう。そのせいもあって、剃るには剃りましたが剃り残しが非常に多く、結局は後から大半の個所を T 字剃刀で剃り直した覚えがあります。所要時間も、最初にヒンジ式で剃ったときは30分以上もかかり、後からプレシェーブ・ジェルだけを塗った顔を T 字剃刀で剃り直すのは1分ていどだったと思います(T 字剃刀は30年くらいのキャリアがあるので、いまは鏡がなくても剃ってしまえるくらい慣れているからです)。
ブレードの品質も関連していますが、刃の当たり方は柔らかくて操作しやすいと感じました。ただし、2023年2月6日には Etsy で注文したスライダー式の剃刀が到着したので、このヒンジ式は使わなくなりました。いまは剃刀の運行を練習するための器具として使っており、ブレードを装着せずにレバーを堅くペンチで挟んでからヒンジに押し込むように取り付けて、簡単にはレバーが外れないようにしてあります。「退役」となった理由は、使い始めてから二週間ほどすると、髭を剃っているあいだにレバーが外れてしまうようになったからです。もちろん、個体の問題かもしれませんし、YouTube で髭剃りしている動画を観ていると堅く締まるように作られているレバーもあるようなので、このタイプの剃刀が全般としてそうなっていると言うつもりはありませんが、ヒンジ式のものにはレバーが緩くなるものもあるのは事実です。ヒンジ式の Parker SRX を愛用している GORO さんの動画でも、レバーのあたりに指を当てて剃刀をしっかり掴んでいる(しかし手首は自由に動かせるようにする)という説明があり、そういう持ち方を習得すれば対応はできるのかもしれません。ただ、剃刀をしっかり掴むことで結果的にレバーも外れないように握っている体裁ならいいのですが、レバーが外れやすいから剃刀の特定の箇所を握らざるを得なくなるという制約は受けたくないので、そもそもレバーを使っていないタイプがある以上は、そちらの剃刀も試してみようと思ったわけです。
使い始めてから一ヵ月くらいが経過すると、少しでもシェービング・ソープやプレシェーブ・オイルが隙間に入るだけでレバーが外れるようになりました。もちろんレバーが外れるとヒンジも外れてしまい、要するにブレードが脱落したり角度がおかしくなって、端的に言って危険です。なんだかんだ言っても手首の動かし方一つで人が殺せる刃物であり危険物ですから、リスクが顕在化する兆候を見つけたら潰すのが望ましいでしょう。僕がもつ職責の話題に置き換えて言っても、それは情報セキュリティの実務家の役割でもありますから、気づいたときに何らかの対処を考えるなり書き留めておくなり、あるいはその場で可能なら対策をとらないといけません。情報セキュリティのマネージャとしては PDCA のようなスキームに従うことも大切なのですが、情報セキュリティの技術者としては、その場で脆弱性を見つけたら(対応が可能であり、妥当な判断にもとづくなら)即座に弱点や欠陥や問題を叩き潰すことも大切です。そういうわけで剃刀の話に戻すと、これ以上は使えないと判断しました。ただでさえ、髭を剃っているときの剃刀はシェービング・ソープでかなりヌルヌルとして滑りやすくなっていることを、実際に使っている方であればお分かりだと思います。形状がどうであれ、腕や手首や指の使い方一つで切り傷を作る恐れがあるわけですから、対策は実行できるときにやる。それこそ、「やるなら、いまでしょ。」という名言のとおり、必要に応じて実行しなくてはなりません。軍隊でも、拳銃の雑な整備や扱い方一つで自分の腕を吹き飛ばしてしまう可能性があるくらいです。用途が争いとは関係のない髭剃りだからといって、道具が危険でなくなるものではないのです。
ただしヒンジ式の剃刀が全て仕組みとして危ないと言いたいわけではないので、ここでは具体的にどこの製品を使っているという話はしません(それに、僕が実際に使っていた製品は、前回の記事で既に書きました)。
使用感(スライダー式)
次に手に入れたのが、スライダー式の剃刀です。ヒンジ式とは違った剃刀を探していたのですが、どうも Amazon.co.jp では胡散臭いものばかりですし、海外通販を試してみたいという動機もあったため、Etsy で注文しました。まず届いて気づいたのが、軽さです。剃刀の重量については、一概に是非は言えないと思っていますが、やはり軽いという事実は安っぽいという印象に繋がります。剃刀の重量が最も大切なのではなく技能が最も大切なのだという話は同意できますが、剃刀を扱う当事者の実感としては、やはり軽いというのはどうにも不安を感じてしまいます。ここで安物(僕が買った剃刀は日本円で1,000円もしませんでした)と言えるなら話は簡単ですが、他の剃刀を調べてみても、DOVO Solingen の Shavette は 27g と軽いわけであって(僕が購入した剃刀でも 40g はあります)、必ずしも値段と重さは比例しないのでしょう(もちろん Shavette がスライダー式の剃刀として高額商品だからといって、高性能だとまで言えるかどうかは知りません)。
ということで、到着した剃刀を使って剃ってみると、まず最初に気づいたのが「重い」ということでした。軽い剃刀なのに重いとはどういうことかというと、要するに剃刀の重量がシェービング・ソープの抵抗に勝てず、剃刀自体の重さでは動かないという意味です。ふつう、シェービング・ソープは石鹸として肌の汚れを落とす効能だけではなく、剃刀の滑りを助ける表面活性剤の効能もあると解説されるわけですが、その反面で表面張力によって泡が抵抗になる場合もあります。したがって、石鹸と水を混ぜ合わせる比率やラザリング(シェービング・ソープを水に解き交ぜて泡立てること)の時間とか強度などで、ソープを抵抗感の少ない状態(つまりは混ぜる水を増やすわけです)にしないと、剃刀を運行するのに強い抵抗感が出てきてしまいます。ただ、これは剃刀を剃る力の入れ具合や肌の質など髭を剃る状況や習慣など多くの要素が関連しますし、抵抗を感じるていども各人で異なるため、僕もシェービング・ソープについての使用感をブログ記事で書かれている K(Q!)AWASE Hirohisa さんの意見と同じく、無条件に一律の評価ができると想定するべきでないと思います [Kawase, 2017]。
Shavettes: The Truth About Disposable Straight Razors
ここでは、The Shave Den という髭剃り関連のフォーラムに掲載されている、替刃式の直刃剃刀について書かれた “Shavettes: The Truth About Disposable Straight Razors” という解説記事を紹介します。筆者は PLANofMAN というハンドルネームの、オレゴン州に住んでいるボイラー技術者です。
他の論説で書いたように、shavette だろうと「替刃式の直刃剃刀」だろうと、その範囲や歴史は定義によって幾らでも変わります。ですが、標準的な見方として上記の説明は妥当な範囲だろうと言えます(ただし、Durham Duplex は Personna という、医療用も含めた替刃式の剃刀で使われる替刃も製造しているので、犬のグルーミング業界で生き残っているというのは言い過ぎのようにも思います)。
当サイトでは「替刃式の直刃剃刀」と読んでいますが、SR の一種であると言っているつもりはありません。見た目というか、刃線が単に straight であるということと、折り畳み式の形状で扱い方が似ているということを理由に、刃を交換できる直刃状の剃刀だと言っているわけです。したがって、外見を除けば殆ど一致する点がないという上記の解説には同意できませんし、初心者が最初に手に取る剃刀として、彼が言う shavette よりも(たいていは高額商品である)SR を薦めるかと言えば、それにも同意できかねます。とにかく、SR は、Gold Dollar のような数百円で販売されている剃刀を除外すれば、まともな運用環境を整えようとすると初期投資がかかりすぎて、とても「生活道具」とは言えません。いまや欧米で製造されている SR は、ただの贅沢品です。人が生きるために不可欠のデバイスでは絶対にないと断言できます。でも、好きな人は贅沢だと割り切って、何万円だろうと買って使えばいいわけであって、それに文句を言うつもりはありません。(僕にしても、哲学者として生きるだけなら、何千冊の洋書を買って読む必要など全くないですし、大学院の博士課程にまで進んで総額800万円くらいの奨学金を50歳近くになるまで返済し続けることなど無駄でしかないでしょう。しかし、自分が必要だと思えば、贅沢だろうと人に文句を言われようとやってもいいわけです。)
SR と替刃式の剃刀とで、外見の他にも共通点があると考える理由は、まことに簡単です。最近の養成機関では替刃の剃刀しか使わないようですが、少なくとも理容師であればどちらも扱えるからです。たとえ一度も手にした経験がない日本剃刀だって、理容師の資格をもって何年も他人の顔に剃刀を当てている限りは、少し練習すれば使えるようになるはずです。つまり、僕は剃刀を扱う技巧は剃刀の種類と関係ない、何か本質的な運用とか操作の技能があると思っているので、たとえ直刃剃刀でしかできない技巧があるとしても、現在の理容師は大半が替刃の剃刀を使うのですから、そんな技巧が無くても髭が、それどころか他人の髭ですら剃れるなんてことは明白ではないでしょうか。そうであれば、簡単な話ですが、替刃式の剃刀が直刃剃刀のエントリー・モデルになりうるかどうかなんて、実は些末な話でしかないのです。
床屋談義*
では最後に、替刃式の直刃剃刀に関わる幾つかの想定問答や、このタイプの剃刀について調べると行き当たる話題について取り上げておきます。なお、剃刀についてだけ説明して髭剃りはどうしたんだと思われるかもしれませんが、僕自身が全く未熟な段階であるため(電動シェーバやT字剃刀なら、おおよそ40年くらいの経験があるので語ることはいくらかありますが、直刃剃刀については乳幼児ていどの経験しかありません)、何ほどか経験を詰んだ時点で稿を起こす機会があるかもしれません。ひとまず、いまの時点で他人に説くような経験談や技巧は何も持ち合わせていないため、シェービングそのものについては割愛します。
*「床屋談義」あるいは「床屋政談」と言われたりしますが、これは理容室で客と店主が話す(あるいは客同士が話す)世間話や四方山話のことです。四方山話というのは、単に色々で雑多な内容の話という意味であり、それらが常に法螺話や無責任な話というわけでもありません。たまに誤解した人が「理論的裏づけのない、感情的で無責任な政治談議」であるなどと勝手に決めつけて使っていたりしますが、残念ながらそういう理解は言葉についての不勉強だけでなく、こういう人が想像しているであろう登場人物の理解についても未熟であると言えます。床屋談義を繰り広げている人の中には、そういう誤解をしている人々を遥かに超える学歴や学識をもつ人間もいるからです。たいていの人が散髪屋や居酒屋で世間話することに政治的な意図や何かを議論しようという目的はありません。殆ど挨拶を交わすようなふるまいの延長にすぎない習慣に、責任だの理論だのと無暗に情報量や資格といった基準を持ち込むこと自体が、自分自身の知性や思考力や経験に自信がない人のコンプレックス丸出しだと言ってよいでしょう。
替刃式の直刃剃刀はいつ考案されたのか?
これは、本稿の冒頭で議論したように定義が決まっていないので、正確には分かりません。SE を使った、安全剃刀とは違う SR の形状という意味では、下の写真で紹介している形状の剃刀、つまり Durham-Duplex Company が1907年に特許を登録した剃刀が最も早い時期の商品だと言えそうです。また、同じ頃に Charles W. Speece という人物が “RAZOR-BLADE HOLDER“ (US854915A) として安全剃刀のブレードを使うホルダーの特許を取得しており、この時期に似たようなアイデアが複数の人々によって提案されています。しかし、DE を半分に折って装着するといった条件を付けたり、あるいは “shavette style” などと他の(あまりはっきりしない)条件を付けると、また別の結論になるかもしれません。ちなみに DOVO Solingen Shavette については、EU で商標を登録したと称する1986年よりも前に開発されていたことは間違いないのでしょうが、具体的な考案の時期は公表されていません。
それから、直刃剃刀の形状として製造された剃刀としてブレードを交換できるというアイデアで記録を遡ると、1885年に Samuel J. Dyer というアメリカの人物が以下のような図で示された剃刀を考案して特許を取得しています。したがって、ブレードを交換できる剃刀というアイデアを replaceable blade straight razor の起源として考えるなら、遅くとも19世紀には遡ってよいと言えるでしょう。
理容室では替刃式の剃刀しか使えない?
替刃式の剃刀は理容室で普及するよりも前から商品として発売されていましたが、現在のように多くの理容師が使うほどの道具ではありませんでした。そういう状況の変化は、まず1980年代に HIV による後天性免疫不全症候群の症例が増えたという事情に由来しています。HIV が血液や精液を媒介としているため、多くの国で理容師や美容師が使う器具の殺菌・滅菌について、養成機関で衛生関連の教育内容を増やしたり、国や地方行政機関や業界団体での規制やレギュレーションが拡充されていきました。その後、ここ数年の新型コロナウイルス感染症の蔓延という事情もあって、ますます理容室では使い捨ての替刃を使った剃刀を使う事例が増えているようです。
しかし、従来の SR や日本剃刀が禁止されているわけではありません。これは、日本でもアメリカでも同様です。多くの理容室で替刃式の剃刀が使われるようになった理由は、簡単に言うと従来の剃刀よりも滅菌や殺菌の処理が簡単であることと、自宅では使い捨ての安全剃刀を使っているであろう、多くのお客さんから見て「剃刀の使い回し」に見える心理的な不安を取り除くことにあると言ってよいでしょう [Fendrihan, 2016]。つまり、備品や用具の衛生に関する法令やレギュレーションを守って、お客さんにも十分に説明して不安を取り除けば、従来の SR や日本剃刀も使えるわけです。しかし、替刃の剃刀が増えて従来の剃刀が使われなくなった理由として、剃刀という用具の材質にかかわる特殊な事情も関係していました。
*実際に、僕が手に入れた SR を最初に熱湯消毒した際に、プラスチックのスケールが変形してブレードが収納しにくくなってしまいました。
つまり、従来の剃刀を消毒して使おうにも材質が消毒剤、あるいはオート・クレーブを使う高温高圧の滅菌処理に耐えられなかったわけです。こういう事情もあって、SR の多くは炭素鋼で作られていたため、使われなくなったということのようです。
しかし、これまで紹介してきた替刃式の直刃剃刀の写真をご覧になれば分かるとおり、現在の主流である替刃式の剃刀でも、スケールは安物のプラスチックです。そして、特に海外の理容室でシェービングしている動画を観ていると、用具を滅菌したり殺菌するような装置から取り出している様子もなく、酷い場合は胸ポケットから取り出しているような事例さえあります。よって、業界の慣例として替刃式の剃刀は普及しているものの、それは実質的に「客ごとにブレードさえ取り替えておけばいい」という意識が広まっているだけでしかなく、僕は丁寧に従来の SR や日本剃刀を消毒して使っている理容室よりも或る意味では危ないという印象を持っています。
替刃式の直刃剃刀は安全剃刀などと比べて何がいいのか?
これは答え難い質問です。まず最初に僕の考えを述べておくと、安い趣味だという点が大きいと言えます。かなり雑な前提で、SR と、Schick や Gillett から発売されているカートリッジ式の安全剃刀(T字剃刀, safety razor)と、そして替刃式の直刃剃刀(replaceable blade straight razor)とを比べてみました。
初期費用やランニング・コストの内容は、もちろんスケールや剃刀本体と替刃だけです。SR に替刃はありませんが、メンテナンスに最低でも皮砥か砥石を持っている必要があります(もちろん、もっとコストを抑えたいなら手のひらや皮のベルトを使ってもいいとは言われますが)。なお、プレシェーブ・オイル、アフターシェーブ・ローション、あるいはシェービング・クリームなどは、どの剃刀でも使うものですし、メーカーなどによって値段が色々あるため、除外してあります。よって、剃刀を使った髭剃りについて、上記の表に掲載した用具だけでコストが済むわけでなく、あくまでも剃刀について必要最低限の比較をしているだけあることはご承知ください。当たり前ですが、細かいことを言えばタオルも10年のあいだに買い替えるでしょうし、髭を剃っているときに使う水の量だとか、タオルをレンジで温めるコストの合計も無視できない筈です。
ただ、どういう試算をするにしても、やはり安全剃刀のコストがかなりかかるという結果になるでしょう(それゆえ、カートリッジを使い回しできるメンテナンス器具が開発されたりしているわけです)。実際、ソビエト時代に製造された剃刀について取り上げているサイトの説明だと、ジレットの安全剃刀を使うランニング・コストは「危険」を使う髭剃りのコストに比べて20倍くらいのブルジョア的な浪費であったと宣伝されていたようです(ちなみに、いまジレットの工場はロシアにあるわけで、皮肉な話です)。それから、10年間のランニング・コストの合計だけを見たら SR のコストの低さは魅力的なのですが、本体の初期費用が高くなるという問題があります。もちろん、Etsy や Amazon などでは2,000円くらいで売ってたりしますが、直に刃を作ってあるものは包丁と同じで、安物を使うのは怖いです。いくら初心者とは言え、誰が製造したのかも分からないような道具を肌に当てたくはありません。かといって、ヤフオク! などでビンテージの SR を買うかと言われても、補修するだけの技能や道具に時間もお金もかかるでしょう。これらの点を考慮すると、替刃式の直刃剃刀はコストを抑えて SR で剃るスタイルを味わえるという趣味的な要素が強いと思います。替刃式の直刃剃刀も理容室の多くで使われているのは事実ですが、彼ら理容師は国家資格保有者なので、極端なことを言えば道具なんて大した問題でもない筈です。でも、僕らは技能がないため、僕自身の実感として言えば、手間をかけずに安全かつ奇麗に剃るだけなら、こういうページを公開していて言うのも変ですが、僕自身は既に40年近くも使ってきているカートリッジ式の安全剃刀が絶対にいいと思います。なので、僕にとって替刃式の直刃剃刀を使う髭剃りは、簡単に言えば緊張感を伴う趣味の時間というわけです。
どの剃刀が良くて、どうやって手に入れるのか?
まず最初に、“shavette” だろうと他の呼び方だろうと、僕が本稿でご紹介している剃刀は利用者が限られていて、国内で製造している事業者はないと思っていいです。理容師の方々が職場で使っている替刃の剃刀は、ここでご紹介している替刃とは違うタイプのブレードを使っている、フェザー安全剃刀や貝印から販売されているホルダーです。他に Be-Glad などという業務用の剃刀も国内では販売されていますが、これらもフェザー安全剃刀のブレードに対応しており、安全剃刀(社名と混同しないように)の短い替刃を使うわけではありません。したがって、replaceable blade straight razor を手に入れる方法を具体的に分けて列挙すると、次のどれかになるでしょう。
- (1) アマゾンや楽天で販売されている Parker や Proraso の輸入品を購入する。
- (2) 国内の販売代理店が販売している(たぶん中国製か韓国製の)“Kazakiri” というブランドの剃刀を手に入れる。
- (3) 海外の通販業者から購入して個人輸入する。
まず気軽に試してみたいという方には、コストという点から言っても (2) の Kazakiri を薦めます。(1) のような、アマゾンや楽天で販売されている Parker や Proraso の剃刀は最低でも5,000円くらいしますし、(3) で海外の通販業者だと、本体が1,000円ていどでも送料が3,000円くらいかかったりしますし、そもそも海外に発送してくれない業者も多いです。
もちろん、他にも僕が試したように Etsy や AliEpxress で購入するという選択肢もありますが、はっきり言って経験したからこそ「お勧めしない」と言えます。Etsy で “shavette” などと販売されている替刃式の剃刀は、中国製の部品を組み立てているだけであって、AliExpress で買うのと殆ど同じ商品であるにもかかわらず輸送料が非常に割高なので、Etsy で買うのは無意味で浪費だと思います。かたや、AliEpxress には数十円で販売されているような剃刀もたくさんありますし、実際に送られてくる剃刀が劣悪な商品なのかというと、実際にはそうでもありません*。でも、それだけのためにクレジット・カードなど決済情報をむやみに海外のサイトへ登録するのはお勧めできません。既に国内で使っている通販サイトがあれば、そこで手に入る商品を買うのが無難でしょう(別件になりますが、AliExpress で革製の定期入れを注文して、何に使うのか不明な紐が1本届いたことがあります。国内の事業者でこんなのいないでしょう)。それに、2,500円で手に入る Kazakiri を買いたくないからといって、それなりにリスクがあると言わざるをえない AliExpress で250円の剃刀を買わなくてはいけないような経済事情の方には、そもそもこういうタイプの剃刀はお勧めしません。カートリッジ式の安全剃刀を、カートリッジの使い回しができるメンテナンス用品を使って低コストで運用する方が長期的なメリットはあると思います。(実はカートリッジが高いという事情で替刃式の直刃剃刀を使い始めたのですが、替刃のメンテナンスをやればカートリッジの安全剃刀も長期的なランニング・コストにおいて優秀だと思います。)
*そもそも、replaceable blade straight razor という道具そのものの造りが、どこの商品であろうと材質や製造法において大同小異だからです。実物を使ったことはありませんが、DOVO の本家 Shavette であろうと、中国製の無名な剃刀と大きな違いはないと思います。どのみち、この手の剃刀の本質は替刃の性能であり、スケールやホルダーの部品は見よう見まねで簡単に複製できてしまいます。そこには、何の技法も修練も必要ないのであって、それこそ素人が 3D プリンターでも同じものが作れると思います。
最後に
上の写真は、替刃式の直刃剃刀を使って髭を剃る習慣を始めてから一ヵ月くらい経過した、2023年2月の浴室で髭を剃るときの一式です。剃刀はスライダー式を使っていますが、先の節で書いたようにシェービング・ソープの抵抗に勝てない(そもそもコンケーブがないため、刃身に泡が付くと逃げられず、泡と剃刀が接する面積も広い)ため、初心者としては相当に危険なくらい剃刀を立たせて剃らなければならず、当たり前ですが何回かおきに今でも切ることがあります。脅かすつもりはありませんが、軽微な切れ方ならともかく、風呂から上がっても血が出続けるくらいの傷であれば、治って上から再び剃れるまでに一週間はかかるため、対面でお客さんと接する職業の方や、女性、男性、あるいは LGBTQ でも気にする人は、慎重に刃の角度を保って、剃刀を不必要に動かしたり肌に当てないよう気を付けましょう。 それでは本稿の最後に、ヒンジ式とスライダー式について簡単な比較をしてみます。どちらのタイプもメーカーや商品の個体差によって、部品の良し悪しとか歩留まりとかがありますから、たまたま問題があったかもしれない部品などのトラブルだけを理由に優劣や是非を語ることはできません。したがって、設計とか構造とか、あるいは僕自身が使った限りでの使用感などで比較しておきます。
まず、YouTube で海外の理容師なり理容室が公開している動画を観ている限り、普及率に優劣は付けられないと思います。それに、国によって製造・販売されているタイプの偏り(更に言えば、その国や州などの各種団体が薦めていたり、職業学校で採用されてるタイプがどちらかに偏っていたりする可能性もあるでしょう)が影響している可能性もあります。少なくとも、どちらのタイプも職業人としての理容師が使っているという事実だけは否定できないと思うので、どちらのタイプも使えるのは確かです。よって、どちらのタイプを使うのが正解であるなどという議論は、おおむねナンセンスだと言っていい筈です。
また、僕が前の節でそれぞれのタイプについて書いた使用感についても、同じタイプで他のメーカーが製造している商品なら、僕が感じた問題が改善されていたり、いやそれが個人の好みにすぎなくて問題だとは限らないとしても、少なくとも違う特徴や性能を備えている可能性があります。したがって、一律にヒンジ式はこうだから良いとか悪いと議論できるとは限りません。例えば、僕が使っているヒンジ式の剃刀はレバー(クリップ)が髭剃りの途中で外れてしまうという問題があるため、これはレバーの締まり方を堅くしても扱いが面倒になりますから、使えないと判断しました。でも、ヒンジ式の剃刀を使って髭を剃っている幾つかの動画を観ていると、レバーをかなり堅く締めている事例があり、商品によってはレバーの機構が違っていて外れにくくなっている場合もあるのでしょう(海外の商品には、レバーを根元のネジで締めて固定するものもあるようです)。あるいは、僕が使っているスライダー式の剃刀は、その使用感を説明したときにご覧いただいた写真で分かるように、刀身がまっ平になっていてコンケーブ(“concave” と言い、内側に湾曲している形状のことです。ぜんぜん湾曲していない直線的な楔形だと “wedge” と呼びます)がないと、シェービング・ソープと接する面積が広いために抵抗が大きくなります。しかし、商品によっては結果として実質的に肌と当たる面積が狭くなるような凹凸やなんらかの部品が付いていたりするかもしれません。もちろん、それは設計と言うよりも、たまたま肌と接する面積が狭くなってコンケーブが付いた刃で剃るような感覚になってるというだけですから、それだけのことで特定のスライダー式が剃り易くなっていても、是非を語る理由にはならないでしょう。
こういうわけなので、ヒンジ式とスライダー式とを比べて全般的にどうこう言えるような比較は難しいわけですが、それぞれのタイプで発売されている剃刀の大半が似たような特徴をもっているがゆえに比較できることがあります。特に、重量についてはヒンジ式の方が重い商品が多いと言えるでしょう。ヒンジ式の典型だと、Parker の商品では 1.7oz = 48g(SR1)から 2.3oz = 65g(SRX)までありますし、MD というアメリカのメーカーなら 3.2oz = 90g だったり、Equinox の商品には 4.34oz = 123g というものもあるようです。他方でスライダー式だと、重い剃刀として Sanguine というメーカーから 4.16oz = 118g という商品が出ていますが、たいていは 0.8oz = 22g から 1.7oz = 48g くらいの商品であり、概してヒンジ式よりも軽いものが多いと言えそうです。なるほど、僕が使っている商品にも言えますが、スライダー式はスライダーを収納するために刀身がステンレス製の中空素材になっていますから、軽くなるのも分かります。したがって、商品によってどちらのタイプでも軽いものや重いものがあるのは事実ですが、概して重い剃刀なら 40~50g が多いヒンジ式を選び、軽い剃刀を使うなら 30~40g の商品が多いスライダー式を選ぶのが良さそうです。もちろん、重いからいいとか軽いからいけないという理屈はありませんから、どちらを選んでも使う当人によってしか是非は分からない筈です。
参考
書誌情報は、「References - Shaving」のページにまとめてあります。こちらをご参照ください。