船場センタービルのエスカレータ

SEMBA - serial number 2 (it's not a real magazine) 河本孝之(Takayuki Kawamoto)

Contact: takayuki.kawamoto [at] gmail.com

ORCID iD iconorcid.org/0000-0002-7867-2654, Google Scholar, PhilPapers.

First appeared: 2018-06-09 11:13:23,
Modified: 2018-06-12 21:43:13,
Last modified: [BLANK].

このページで “[Name, 1990: 13]” のように典拠表記している参考資料の一覧は、「References - 船場センタービル」をご覧ください。また、そのページでは船場センタービルに関連する紛らわしい表現を整理するために、幾つかの言葉を定義して使っているので、あらかじめご確認ください

なぜエスカレータなのか

船場センタービルの、しかもエスカレータについて調べるなどという奇妙な関心をもつようになったのは、次のような文章を読んだからでした。

ところで、時々お客様から船場センタービルの館内で、目的のお店に行こうと思っていたのに迷ってしまったというお話を伺います。

南通りと北通りのほぼまっすぐの通路に面して商店が立ち並ぶ、極めて分かりやすいように思われる船場センタービルで、お客様が館内で目的のお店に行けず迷われるのには、船場センタービルならではの理由があるように思われます。

というのも、船場センタービルでは、両通路のお人通りが平等になるように、エスカレーターの昇り、降りの方向が毎日変わります。

ですから、エスカレーターを目安にお気に入りのお店の場所を覚えて頂くと、日によっては全く反対の方向に向かってしまうという事があるので、船場センタービルで快適にお買い物をして頂くには、"エスカレーターの昇降の方向が、毎日変わるという事"をぜひ覚えておいて頂きたいと思います。

「船場センタービルで快適なお買い物をして頂くための3つのポイント」, 株式会社美光ハシモト, 2017-11-30 00:06:00 , http://r.goope.jp/bikohashimoto/info/1823113, accessed on June 9th, 2018.

これと比較して、2014年なので更に三年ほど前にはなりますが、素性の分からない人物が「Yahoo! JAPAN 知恵袋」で「通常は上り下りの変更はありません」と答えています。もちろん、事業社名を掲げているブログに書かれた情報と、知恵袋などという掃き溜めに書かれた情報とでは、事前確率の差があまりにも大きいので信頼性を比較するまでもないと断じる人も多いとは思います。しかし、僕も上記の文章を読んでから、エスカレータの運行する向きが変わっているように感じてはいましたが、どう変わっているかを正確に調べようとはしていなかったのです。そこで、実際にどうなっているかを調べてみようと思ったのでした。知恵袋でエスカレータの運行する方向が変わっていることを質問している人物は、「1・2号館、とくに2号館のエスカレーターは毎日方向がかわります」と補足しているので、エスカレータの運行する向きが変わるという事には気づいている(であれば、どうして「変わらない」という回答がベストアンサーの扱いになっているのかが分かりませんが、ベストアンサーは第三者が内容の正否に関わらず投票すれば決まってしまうので仕方がありません)。よって、2014年の当時でもエスカレータの運行は(どのように変わったのかはともかく)変えられていたと考えてよく、2018年に調査した結果をもって2014年の当時の運行状況に関する(恐らくは杜撰な)回答を遡って批評しても不当ではないと言いうるでしょう。

そして事実の話に興味があったからというだけではなく、エスカレータについて関心をもったのは、そうすることの是非について、導線設計なりマーケティングという観点から疑問を感じるからです。先に結論を書いておくと、上記で株式会社美光ハシモトの方が説明されている「両通路のお人通りが平等になるように」というビル側の意図と、「館内で目的のお店に行」くという利用者側の意図は、明らかに相反しています。確かにモールやテナントビルの導線設計にも都市計画の考え方を採用して、人の流れをうまく制御しようと計画したくなるのは分かりますが、商業施設の場合は利用者の心理を誘導するという方法が優先されるべきであって、物理的に利用者の通行を支配しても殆ど商業的な効果はなく、それどころか「迷う」「使いづらい」「反対側に回りこむのが面倒臭い」という悪い印象を残すだけではないかと思うのです。なんでこんなことを続けているのか。運行の方針について誰かに話を聞いたり取材までするほどの必要性は感じませんが、企業の役職者という観点からすれば商業活動としてナンセンスだと思えるような管理方針を、もし何十年も前から続けているのだとすれば、これは管理体制なり自己評価システムにも不備があろうと思うので、それなりにマネジメントのケース・スタディにもなりましょう。

冒頭に戻る

エスカレータの運行方向

では、まず観察できる範囲の事実を示します。2018年6月4日(月)から2018年6月8日(金)にかけて、毎日8時30分頃に船場センタービルの各棟の一階は北通りを通行して、各棟のエスカレータの運行方向を示す掲示板を確認しました。

船場センタービルのエスカレータの運行方向
2018-06-04 (MON), 1F
10 9 8 7 6 5 4 3 2 1
-
-
船場センタービルのエスカレータの運行方向
2018-06-05 (TUE), 1F
10 9 8 7 6 5 4 3 2 1
-
-
船場センタービルのエスカレータの運行方向
2018-06-06 (WED), 1F
10 9 8 7 6 5 4 3 2 1
-
-
船場センタービルのエスカレータの運行方向
2018-06-07 (THU), 1F
10 9 8 7 6 5 4 3 2 1
-
-
船場センタービルのエスカレータの運行方向
2018-06-08 (FRI), 1F
10 9 8 7 6 5 4 3 2 1
-
-

幾つか注釈しておきます。まず上記ですぐに分かるとおり、10号館(いちばん西端の棟)は何も記録していませんが、エスカレータが無いというわけではなく、10号館のエスカレータは運行方向が変わらないので図示していないだけです。下の写真が10号館のエスカレータ(地下一階)なのですが、よく見ていただくと左手に北通りの通路がエスカレータと平行しているのが分かるでしょう*。つまり、10号館のエスカレータは他の棟に敷設されているエスカレータとは設置方法が異なっており、左右の二本ある経路の進行方向も調査した期間を通じて入れ替わらなかった(写真は地下一階のエスカレータなので、僕が確認した状況を表しているわけではないことに注意してもらいたいが、北側が常に昇りで、南側が常に降りである)ため、図示していないわけです。

船場センタービルの10号館のエスカレータ

*北通りと南通りの簡単な目安として、通路の天井にある掲示版や柱に据え付けてある各棟での行き先表示板を見ると良いでしょう。それらが赤色なのは北通りで、水色なのが南通りです。したがって、この写真は東に向かって撮影しているということが分かります。地上一階のエスカレータは反対側なので、似たような構図で撮影すると左手には天井の掲示板が水色になっている南通りが映る筈です。なお、地上一階のエスカレータの手前にドアはありません。

船場センタービルの10号館のエスカレータ

参考までに、上の写真はさきほど(2018年6月12日)帰宅するときに撮影してきた10号館の一階のエスカレータです。この写真は西を向いて撮影していることになるので、天井にある行き先表示の掲示板は、右手の北通りを指す赤い色と左手の南通りを指す水色に分けられていますが、困ったことに右手には北通りにも関わらず水色のプレートがあります。これでは混乱する人がいるのも無理はありません。

次に、上記の調査は特別な事情がないと思える任意の日付に行った結果なので、ちょうどエスカレータの運行方向を入れ替える必要のある特別なイベントの影響があったとは思っていません(7, 8, 9号館で「盛夏物大売り出し」を6月4日から6月6日までやっていたのは知っているが)。よって、任意の機会に調査した結果として、通常もエスカレータは同じような運行になっていると考えてもよいと思います。ただし、休館日の日曜日はともかく土曜日は僕が出勤しないために通行しておらず、土曜日にどうなっているかが分からないので、一定の規則で運行方向を入れ替えているとしても、正確な規則性を推測するためには、もっと長い期間にわたって観察しなければならないでしょう。つまり、平日の調査だけでは、曜日で運行方向を決めているのか、それとも一日ごとに入れ替えているのか、どちらの規則なのか断定できないのです。これを、僕の専門である科学哲学では “underdetermination”(不十分決定)と呼ぶわけですが(笑)、そんな大袈裟なことを言わなくても、もう少し何度か観察してみれば推定はできると思います。もちろん、エスカレータを管理している株式会社大阪市開発公社に問い合わせれば済むと言えば済むかもしれませんので、本当に明解な答えを知る必要を感じたら、回答をいただけるかどうかはともかく、問い合わせるかもしれません。

なお、非常に些細なことですが、ご自身でエスカレータの運行方向を確認する場合は、東から西へ向かって歩くと、4号館だけはエスカレータがエレベーターホールの東側に敷設されているため、振り返らないと向きが分からなくなっています。

冒頭に戻る

導線の一部としてのエスカレータ

冒頭に書いたとおり、来訪者の流れを分散させるためにエスカレータの運行方向を替えるという管理方法について、僕は問題があると思っています。仮にみなさんが訪れるポータルサイト(例えば Yahoo! JAPAN なり Google News なり)で、クリック率を分散させたいという目的でサイドバーが毎日のように左側と右側で入れ替わったら、利用者はそんなサイトが使いやすいと思うでしょうか。なぜ、そんな変化に利用者として慣れなくてはいけないのか、不思議に思う人もいることでしょう。他のあらゆる工業製品にしても同じです。最近の電子機器はボタンも液晶表示になっていますが、毎日のように「戻る」と「進む」のボタンが逆になるビデオデッキや音楽再生プレイヤーなど、売れると思って企画書を出してくるマーケティング担当者がいたら(企業が事業を継続するために、僕らのように並外れて有能な社員がいることは十分条件ではありませんが、無能を説得したり教育したり、場合によっては追い出すことが必要条件なので)、暫くは何かの研修に送り出す必要があるでしょう。

ひとくちに来訪者の導線を替えると言っても、エスカレータの運行方向を逆にしたていどで、本当に来訪者が別の店なり北通り・南通りを変えて棟内を歩いてくれると見込めるのでしょうか。いったい、どういう根拠があってそんなことができると思っているのかは分かりませんが、少なくともそういうことができるには、(1) 来訪者は何度も来訪する、(2) 来訪者には目的の店がない、(3) 来訪者はどこを歩いていることになっていようと不安を感じたりしないという、はっきり言って非常に特殊な条件が必要だと思うわけです。このような条件を満たす来訪者というのは、頻繁に船場センタービルへ来ているリピータなのに、目当ての店がなく、ぶらぶらと当て所もなく歩き、どちら側のエスカレータに乗って、どこを向いて歩いているかも不安に感じないというのですから。しかし、そういう特性の来訪者が船場センタービルで買い物や食事をしてくれる人物の特性と、どのていど一致すると考えられるのでしょう。また、リピータが来訪するたびに違う経路で船場センタービルに入るとは思えないので、おおよそビルに入る経路が同じであるとすると、そのたびに北通りのエスカレータに乗ったり、南通りのエスカレータに乗ったりと、その場に応じてエスカレータに乗る場所を変えなくてはなりません。すると、そのような人が多くなれば、エスカレータが設置されているエレベーターホールは環境デザインにおける「コモンスペース」としてモザイク状の人の流れになり易く、常に混雑して利用者の負担が増えることになります。

ここで導線設計の基本から復習してみると、「導線(または動線)」には店舗や会場等を設計する側からサービスを提供するにあたって効率的な経路として誘導するための「サービス導線」と、店舗や施設等に入ってきた来訪者が自然と行動して流れを作る「顧客導線」があります。これらサービス導線と顧客導線を合致させようとすると、上野動物園でパンダを公開するときや、国立国際美術館で初公開される有名な美術品の展示会が典型とされるように、主催側の設計したサービス導線に顧客導線を合わせて一定の行動を強要するような状況になります。このように窮屈な誘導で行動するように強要されていても、パンダを見たいとか、一目でいいから誰それの作品を実物で観たいという欲求が勝るので、多くの人が上野や中之島へ集まってくるわけです。何も悪気があって書くわけではありませんが、船場センタービルは、そこまでの価値があると多くの人々(利害関係のある取引先など、はっきり言ってどうでもいいです)に認められている施設でしょうか。僕には、大阪に関連する建築学や経営学の学者がリップサービスせざるをえない利害関係や牽制材料があるのかどうかは知りませんが、そんな評価はできません。

次に、導線の道具である方向指示のプレートについて私見を述べます。上記で取り上げたエスカレータの運行方向を調査した結果を図で示そうと思って、アイコンに使おうとエスカレータの傍に掲げてある「UP」「DOWN」というプレートの写真を撮影しました。

エスカレータの方向 エスカレータの方向
エスカレータの方向 エスカレータの方向

すぐに分かったのは、色で UP / DOWN を区別することはできないということでした。なぜなら、このプレートは UP だろうと DOWN だろうと北通りに掲げてあるプレートは必ず赤であり、南通りに掲げてあるプレートは必ず空色だからです。そして、エスカレータの方向によって「右向きのプレート」と「左向きのプレート」があるので、船場センタービルへ来訪する人は全部で8種類のプレートを目にする可能性があります。よって、アイコンの大きさを小さくしても赤と青の違いだけでエスカレータの向きを図示できると思ったのですが、それは無理なのです。

冒頭で紹介したブログ記事によると、こうしたエスカレータの運用は来訪者の行動を均等にしたいという意図でやっていることらしいのですが、これはプレートだけでも利用者を混乱させやすく、逆効果だと思います。たとえば、こういう例を挙げてみましょう。着色してある数多くのプレートを順番に相手へ見せて、赤のプレートを見たら相手は腕を上げ、青のプレートを見たら相手は腕を下げるというルールの遊びをご存知でしょうか。赤と青が着色してあるプレートの中に、赤なのにわざと「下げる!」などと書かれてある、紛らわしいプレートが含まれていて、それに引っかかる人もいるわけです。船場センタービルのエスカレータに使われている方向指示のプレートは、それとは逆の状況です。つまり、色は通りの南北を表しているだけであり、エスカレータの向きとは全く関係がないということ(先の遊びでは色が重要であり、文字は全く関係がない)を利用者が覚えるまでには、その利用者が常連客のように何度も来て「ああそうなのか」と納得しなければいけないわけです。しかし、常連客なら色で区別する必要はなく、目的は決まっているのだから逆の通りは歩く必要がそもそも最初からありません。よって、そのような体裁のプレートはルール(しかも、覚える必要が全くないルール)が分かっていない人を困惑させるだけのものでしかありません。

冒頭に戻る


※ 以下の SNS 共有ボタンは JavaScript を使っておらず、ボタンを押すまでは SNS サイトと全く通信しません。

Twitter Facebook