実店舗に学ぶ、企業サイトの設計と管理

河本孝之(Takayuki Kawamoto)

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First appeared: 2022-12-29 12:51:04,
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1. はじめに

『お客様がずっと通いたくなる小さなサロンのつくり方』 https://www.amazon.co.jp/dp/4495593110/

古本屋で偶然に見つけた『お客様がずっと通いたくなる小さなサロンのつくり方』(初版、向井邦雄/著、同文館出版、2011)という本には、ウェブサイトのデザインについても参考になる点が幾つもあります。それらは、かつて僕が当サイトで公開していた「ウェブ業界はどこを向いているのか」という古い記事(2008年5月13日に初めて公開)で述べた内容にも通じることなので、本稿で改めて一つの論説として取り上げることとしました。それから、店舗とウェブサイトとで多くの点に違いはありますが、ただの雑な比喩とか比較で議論するつもりはありません。寧ろ、内容をそのままコーポレート・サイトの設計やデザインや運営のアイデアとか方針として参考にできる点だけを取り上げて議論します

なお、僕が手にしているのは『お客様がずっと通いたくなる小さなサロンのつくり方』の初版です。現在は2018年に出た『最新版 お客様がずっと通いたくなる小さなサロンのつくり方』として改訂されているため、こちらの「最新版」を手にしている方は初版と内容が違っている可能性があるため、ご注意ください。

お断りとして、これ以降の本稿では、『お客様がずっと通いたくなる小さなサロンのつくり方』を「本書」と表記します。また、本稿で採用した各節の見出しは本書の各章に付けられた見出しから取っており、必ずしも本稿で議論する内容を全て表しているわけではありません。

それから、念のために注釈しておくと、僕は本書の著者である向井邦雄氏や彼の事業とは何の利害関係もありませんし、上記で紹介している商品ページのリンクには、僕のアマゾン・アフィリエイト ID は付けていませんから、アフィリエイトを目的に本稿を書いているわけでもありません。本稿はウェブサイトの設計、デザイン、制作、構築、運用、運営のプロとして、本書に有益で参考になる内容があると評価したうえで、本書の内容をご紹介するとともに、僕の思うところを議論することが目的です。僕は美容業界やサロンの経営について明らかに無知ですから、本書が扱っている業界とか業務について何か言えることや言うべきことを僕は一つも持っていません。したがって、逆に本稿を読んでサロンの経営に活かそうとか、あるいは本稿を読んで『お客様がずっと通いたくなる小さなサロンのつくり方』という本の要約や感想文だと思ってもらっては困ります。

そして、本稿のタイトルでお分かりのとおり、僕は本稿では企業サイト(コーポレート・サイト)についてだけ議論します。確かに、コーポレート・サイトは実店舗のように顧客へ直にサービスを提供するわけではないため、寧ろオンライン・サービスのサイトや EC サイトの方が参考になりそうに思えるでしょう。しかし、本書は顧客へのサービスについてだけ書かれているわけではなく、開業にあたって準備することや立地、宣伝、経営など、直に顧客と接する際の態度や話し方といった対人関係よりも、事業基盤や経営方針と言っていい話題に多くの内容が割かれています。そして、そういう内容はコーポレート・サイトの設計やデザインにも当てはまる議論があって、よい参考になると判断しました。

さらに、タイトルでは簡単に「管理」と表していますが、本来なら立案、設計、ビジュアル・デザイン、制作、運用、運営、そして PR 施策としての管理業務などが含まれます。本稿では(いや僕の場合はウェブ制作業界で仕事を始めた頃から言ってることですが)、特に企業がコーポレート・サイトを運営することは一つの事業であり、大半の事例において public relations, branding, sales marketing などの分野にまたがる複雑な機能や目的や用途に関わっています。本書の中にも「HPはもうひとつの店の顔、いわば支店のようなものだ」という記述がありますが [向井, 2011: 14] 、僕はウェブサイトの立案、設計、制作、デザイン、開発、構築、そして運用の実務家として、このフレーズを単なる比喩だとは考えておらず、実際に企業サイトは一つの事業所であると考えています。ただし、後から何度か強調しますが、企業サイトがオンラインでの事業所に相当するからといって、コーポレート・サイトを公開したくらいで「世界中に商品が売れる」などと言い出す IT コンサルや SEO 業者の理屈は間違っています。他の国や都道府県に設立する支店や事業所は、周辺での販売網や取引関係を構築する目処がつくから作るのであって、支店を作るだけで商品が売れるようになると思っている経営者はいないでしょう。

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2. 繁盛するサロン経営のために何を知るべきか

あなたがこれから開こうとしている店が個人規模の小さなサロンだとしたら、立派な経営学や王道と言われる経営理論はまったく当てはまらない場合がほとんどです。また、その時々の状況によっても答えは変わってきます。実は私も店を始める前に何人かのプロのコンサルティングを受けたことがあります。でも今になって思えば、彼らの言うこととまったく逆のことを始めた時から店がうまく行き始めたのは皮肉な話です。

[向井, 2011: 12]

もちろん、本書は個人経営の小規模なサロンについて書かれており、大規模なチェーン展開や巨額の資本を投下する事業について書かれているわけではありません。よって、企業サイトの運営主体である「企業」の経営に関わる人々からすれば小さな話をしているという錯覚が生じるかもしれません。しかし、国内の大企業や国際的なスケールの外資系企業のウェブサイトを設計したり構築・制作しているウェブ制作会社で色々な事例を見てきた経験から言えば、大半の「企業」と称する事業者も、個人経営のサロンと比べて経営基盤や経営手法のスケールは大して変わりません。確かに、もしも御社が SHARP や JR 西日本のような企業と同じスケールであれば、少しは話が違ってくるかもしれませんが、どうでしょうか。そのようなわけで、本稿では少なくとも上場企業と「大企業」を除く、大半の中小企業を対象として議論します*

*本稿では、法人税法で言う「中小企業」を対象として議論することとします。中小企業庁が公表している『2022年度版 中小企業白書』によると、2016年度の数字として(非一次産業だけに限定した数ですが)3,578,176 という数が「中小企業」として出ています。そのうち、サービス業などで従業員数が5名以下の「小規模事業者」(個人事業主はこれに含まれます)が 3,048,390 です。それから、『中小企業白書』では「大企業」も 11,157 社という数字が掲載されており、もちろんこの中に上場企業が含まれているわけですが、おおよそこれらの数字を元に議論してよいでしょう。ちなみに、JPX(日本取引所グループ)のサイトで公表されている情報によると、2022年11月25日の時点で、上場企業は「グロース」のようなランクも含めて約4,000社です。

もちろん、みなさんもご承知のように、登記していない個人事業主が屋号を掲げて企業のように振舞っている事例が数多くあるため、実態としての企業活動は更に数が多くなるでしょう。しかし、ここではコーポレート・サイトの設計やデザインの参考になる議論をしたいので、法人税も払っていないような名目だけの企業など眼中になく、そういう事業者がクズみたいなサイトを作って運営し、機会損失やトラブルを被ろうと、僕の知ったことではありません。したがって、「企業」とか「事業者」と呼ばれる中でも上場企業は正確な数が簡単に分かるわけですが、それ以外に国内で事業を展開している企業や事業者の総数を実態として知るのは、毎月のように開業や廃業があるという動向の激しさという理由だけではなく、そもそも公に数を捕捉できるとは限らないという理由からも、難しいと言えます。ともあれ、前の段落で示した数字から、本稿では約50万社の中小企業のコーポレート・サイトを対象にできる筈です。

まず、企業サイトを立ち上げようとするにあたって大切なことは、自社にとって企業サイトがそもそも本当に必要なのかという問いに、差し当たっての答えを出すことです。いまどきコーポレート・サイトを公開するくらい当たり前じゃないかと思うかもしれませんが、特に中小企業については当たり前でもありません。試しに、お住いの地域にある中小企業が企業サイトを公開しているかどうか、調べてみてください。恐らく半分もあれば多い方だと思います*

*資金や人材の少ない中小企業では、財務状況に応じて過去に決めたことをすぐに改めなくては事業が継続できなくなる場合があります。よって、最初は必要ないと思っても、後から必要になったり必要だと考え直すかもしれません。確かに、朝令暮改と言ってもいいような思い付きだけの変更では、人もお金も追いつかないため、安易な経営方針や事業計画の変更そのものが企業の経営基盤を壊してしまうこともありますが、中小企業においては周囲の状況を見計らった臨機応変の対応ができないという、情報不足や人材不足による変更なり決断の遅れが多くの倒産を引き起こしているのも事実です。

そのようなわけで、冒頭に引用したとおり、企業サイトを立ち上げるという計画についても、その必要があるかどうかをしっかり調べて堅実に判断しなければ不要なコストをかけることになりますし、いい加減に制作したサイトでは事業にコストだけではない悪影響が生じるリスクもあります。かといって、いったん作って公開したからといって、そのサイトを必要に応じて修正したり、あるいはサイトそのものを閉鎖するような判断の基準がない状態を続けても、別のリスクにさらされます。企業サイトを立ち上げるというテーマ一つをとっても、そういう色々なリスクを、現時点という限られた条件ではあれ、少なくとも不合理と言えるような状況だけは放置せずに回避するためには、自分たちの置かれている状況をできるだけ正確に把握して理解することが望ましいでしょう。

自社あるいは自分たちの事業が置かれている状況は、なにもポーターやドラッカーの本など読まなくても分かりますし、マッキンゼーやアクセンチュアの人間に相談しなくても分かります。企業を経営し事業を始めようと志す意欲なり、中学生ていどの読み書きができれば、たいていの人は正確に自分の置かれた状況を知ったり理解できるのです。まず最初に大切なのは、自社の事業が単純に言って黒字なのか赤字なのか、そしてどういう理由で黒字だったり赤字なのかを知ることです。これは、ポータやマッキンゼーの人々には(御社が上場企業として大きな嘘にはなっていないていどの財務諸表を公開したり、あるいは上場していなくても相手に情報を開示しない限り)分からないことです。そして、自社の企業サイトを自分たちの工数を使って制作するなり、もしくは制作会社などに依頼して制作してもらって、どのていどの予算を投じるつもりなのかを想定しましょう。もちろん、必要に応じて予算は変わります*。そして、自社の企業サイトを制作し公開するにあたって(もちろん既存のサイトをリニューアルする場合でも同様です)、割ける予算が潤沢ではないという自覚があり、ましてや赤字であれば、ウェブサイトの制作という予定はいちど見直すか保留した方がよいと言えます。

*たとえ自社で制作するとしても、必要なページが1ページで工数が1週間ていどかかるなら、必要なページが10ページだと更に工数がかかるのは自明でしょう。他社に依頼する場合にも同じことが言えます。金を払ってるから10ページでも1ページでも同じ工期で納品させる等という、自分たちが他社から言われても困惑するようなことを相手に頼んだら、その結果がどうなるかは自分たちでも分かる筈です。徹底した手抜きの作業で制作されたり、担当者として新卒やインターンが宛がわれたり、安い費用で丸投げしたクラウド・ワーカーが対応させられたり、場合によってはオンライン・サービスで自動出力したテンプレートのコードやデザインが使われたりします。誰も御社のコンテンツや、企業サイトの目的など考えてはくれません。また、御社が素材として渡した文章や写真についても、何の検査もしないまま使われてしまうので、仮に元の文章が個人情報保護法や労働法などの法令や条例に従っていない内容だったとして、それに受託側が気づいたとしても、指摘や助言などしてくれません。

なるほど、企業サイトを公開して仕事の依頼を呼び込む機会を逃す方が事業継続にとってリスクがあると考えるかもしれませんが、企業の役職者という立場で言わせてもらえば、企業サイトを公開・運営するていどのことで見込まれるような商機に頼るしかない時点で、御社の経営は間違っていると思います。もし御社がオンライン・サービスの事業会社だったとしても、御社の企業サイトを作るよりも前に、自社で提供しているオンライン・サービスを充実させることが優先されるべきでしょう。オンライン・サービスを展開する企業であればこそ、その企業の価値を正しく評価してもらえるサービス内容の向上こそが大切だからです。つまり、実店舗やオフラインの事業会社であれ、オンラインの事業会社であれ、企業サイトの優先度は IT コンサルの類が力説するほど高くはないのです。これは、ウェブの制作会社にいる僕だからこそ言えることでもあります。ウェブ制作業界の中にも錯覚している人がたくさんいますが、企業サイトの広告・宣伝効果なんて、実はコンサルや広告関係者が言うほど大きくないのです。もちろん、僕は過小評価しているわけではなく、逆に IT コンサルやウェブ制作業界の未熟な人々、あるいはオンラインの広告関係者たちの方がオンラインのブランディングやコーポレート・サイトの効用を根拠もなく過大評価しすぎなのです。冷静に考えてほしいのですが、彼らはそれでお金を稼いでいるのですから、自分たちの仕事や事業を過大評価するバイアスがかかっているのは仕方ないことです。

ここで、どのていどの予算があれば「潤沢」と言えるのかという基準が知りたいという方は多いでしょう。しかし、これは必要とするページやコンテンツによって大きく変わるため、一概に幾らという一般論はできません。寧ろ、発注を決める前にコンテンツや費用を相談できそうな制作会社を先に見つけておくことが重要です(もちろん、そういう相談もコンサルティングの一種なので、有料で相談することが前提です。無料の「ホームページ調査」とか検査とか診断などというものは、たいてい何の見識も資格も学位も持っていない口先だけの無能な制作会社がやっている、キャバクラの客引きみたいなものにすぎません)。また、制作会社で経営どころかマネジメントにも加わっていない末端のスタッフが書いているブログ記事とか、制作会社のリストを収集・公開している胡散臭いカタログのようなサイトを見ても、正確なことは何もわかりません。もちろん、制作会社の人間が自社を客観的に評価して紹介できるわけがありませんし、制作会社の人材は大半が数社ていどで働いた経験しかなく、また似たような業容やレイヤーでしか仕事をした経験がないので、ウェブ制作という業界で働いてはいても殆ど一部のことしか知らないという人ばかりです。少なくともウェブ制作会社で経営陣として働いている経験がない人に、ウェブ制作の業界や関連する事業や法令などについて語る能力や見識は、ほぼ無いと断言してもいいでしょう。したがって、Google などで「web(あるいはウェブ、ホームページ)制作会社」と検索して出てくるページに、参考になるようなページやサイトは皆無と言えます。それらは、これからウェブ制作の業界に就職したり転職するような素人向けに、同じ程度の(プロとして働いてはいても業界の動向や事業経営の知識がないという意味での)アマチュアが書いている世間話、あるいは無責任で場当たり的な感想みたいなものなのです。

では、どういう基準で相談できそうな制作会社を選べばよいのでしょうか。もちろん、何も情報がないところから「ウェブ制作会社」というだけで探すわけにはいきません。いまや、日本国内だけでもウェブの制作会社は約2万に達すると言われており、個人事業主として受託している人を入れたら更に多くなりますが、それらを一手に集めたカタログのようなサイトは存在しません。また、そういうカタログのようなサイトに限って、紹介するから幾ら費用を払ってくださいとか相互リンクしてくださいという登録費用や見返りを要求するため、まず僕らのような大手の広告代理店案件を担当するクラスの制作会社や有名な制作会社に限って、そんなところに登録なんてしないという実情があります。逆に、そんなカタログのようなサイトに登録してるウェブ制作会社こそ、まず最初に相談するべき候補から除外しなくてはいけない「ヘタレ」だと思った方がいいくらいです。

それから、ウェブ制作関連の雑誌やオンライン・メディアに登場する有名な制作会社も除外した方がよいでしょう。なぜなら、予算感が確実に合わないと思うからです。多くの中小企業の方々は、企業サイトを10ページほどで制作するのに2,000万円ほどかかると言われても信用しないと思いますが、大手の広告代理店から発注を受けてウェブサイトを制作する会社では、もちろんコンテンツの質や量にもよりますが、数百万円のオーダーが普通です。これを額面の数字だけで高いとか安いと言うのは、それこそ目先のことしか考えていない「主婦感覚」とか「お茶の間感覚」というものであって、刹那的な損得や数字の大小だけでものを考える人々の愚かな判断です(もちろん、「主婦」と書いていても女性を蔑視したり嘲笑する意図はありません。企業の財務を理解せずに家計と混同しているという意味では「主夫」でも同じことです)*

*一時期は、不当なサービス内容でウェブサイトの制作や運営をリース契約で販売した「ホームページ詐欺」と呼ばれる手法が流行したため、高額な制作費用に疑問をもつ方がいるのは分かります。しかし、5人程度(ディレクター、デザイナー、コーダー、エンジニア、そして会社の経理や人事)の担当スタッフが、他の案件も担当するからとはいっても、半年間に渡って何度も打ち合わせに参加したり、テストのページを繰り返し作り続けるのですから(コーポレート・サイトの制作となると、ヒアリングから公開まで半年くらいはかかります)、御社のスタッフを5人くらい雇う人件費を考えたら、2,000万円という費用に何の違和感もなくなるでしょう。それを20万円くらいでなければ暴利だ違法だと騒ぐなら、あなたは年収が8万円でもいいんですかと逆に質問したいくらいです(単純に20万円を頭数で割って計算してください。まさか割り算くらいできるでしょう)。現実のウェブ制作会社は、たとえ一つの案件で2,000万円の売り上げになったとしても、他に幾つもの案件を並行して処理しなければ、事業として成立しません。もちろん、こう言っては語弊があるかもしれませんが、たかだか2,000万円で5人のスタッフを雇い続けられるわけがないからです。企業の経営者や財務担当でなくても、掛け算や割り算ができれば、それくらいのことは分かるでしょう。それを、わざと分からないふりをして自社に都合のいい値引きを持ちかけるのが、いわゆる「剛腕経営者」とか「辣腕営業」などと呼ばれる人々ですが、そういう人たちは社内で昇進するか取引の現場から距離を置かない限り、やがて誰も相手にしなくなるというのが現実です。制作会社も、そんな相手からは二度と仕事を受けたくないでしょうし、意外とウェブ制作という業界では、相手にしない方がいいクライアントというものはすぐに話が広がります。発注金額が安いことで有名な某公共放送はもとより、いわゆる地方公共団体の案件も、実績を作りたいか仕事がない制作会社しか寄り付かないのが実情でしょう。また、最近では上場企業に限ってウェブに関するキャンペーンや広告の予算が減らされていて、発注金額が極端に減っている事例も見受けます。よって、上場企業のサイトですら、レンタル・サーバに WordPress をインストールして制作するという事例が増えています。

とは言え、中小企業にそこまでの費用をかける必要があるかと言えば、中小企業のコーポレート・サイトに必要とされる標準的なコンテンツから言って、差し当たってないと言えるでしょう。よって、企業サイトの構築・制作に三桁後半以上の費用がかかる「有名」ウェブ制作会社に相談したり依頼する必要はありません。また、有名な会社に安く作らせて他人に自慢したいなどという腹黒い願望をもっていたとしても、それはあなたの個人的な願望にすぎず、御社の企業サイトがビジネスという脈絡で発揮する効果とは殆ど関係がありません。極端なことを言えば、〇ジネスアーキテクツやバ〇キュールやキ〇トロープといった(過去の、かもしれませんが)有名な制作会社が格下の制作会社と比べて発揮できる差というものは、どういう評価の指標を持ち出そうと、せいぜい5%以下といったところでしょう。つまり、彼らが凄い業績を上げているように見えるのは、彼らの発注元がそもそも大企業だからであり、認知度の評価で言って10000スコアの商品を10500スコア(5%の効果)にしているからなのです。それに比べて、街中のありきたりな制作会社は有名な制作会社と比べて2%は効果を発揮できるとしても、発注元も小規模であるために、認知度の評価で言って10スコアとか5スコアにとどまるため、効果を発揮してもスコアは10.2などと殆ど上がらないわけです。簡単に言えば、有名ウェブ制作会社の実績というものは、発注元である巨大企業・有名企業の知名度やパブリシティに寄生・依存して増幅されているだけのことでしかありません。確かに、彼らは有能であり一流のクリエイターですが、せいぜい二流との差は数パーセントしかないというのが、僕からみた評価です。もちろん、巨大企業はその数パーセントが収益や反響の大きな違いになるかもしれないので、ウェブサイトの予算に数千万円を費やす意味があると判断しても、これを僕は否定するつもりはありません。そして、仮に数パーセントの違いであっても、たいていのウェブ制作会社には乗り越えられない数パーセントであるかもしれないのです。

では、予算の見積もりも含めて自社の企業サイトを立案したり設計してくれそうな制作会社をどう見つけたらいいのか。建前としては、そういうことができるウェブ制作会社は世界中にあります。もし、あなたがドイツ語に堪能なら、ドイツの会社を探すという選択肢があってもいいでしょう。しかし、リモートで連絡したり相談したりファイルをやりとりできさえすれば、相手がどこにいても問題はないし違いもないというのは、はっきり言えば錯覚です。この議論は、顔を突き合わせるのが大切だと逆の錯覚に陥っている人たちと、リモートで成果を出せば仕事になると思いたい人たちとが、お互いに錯覚を元にして対立している状況だと言えます。現実には、対面で話すことが効果的な状況と、対面でやりとりする必要がない状況とを、それぞれ必要に応じて判断しセット・アップして実施するのが企業活動なり業務の的確な進め方や設計というものであり、マネジメントやディレクションというものです。無条件に会って話すのがいいとか、無条件にリモートで成果物のファイルだけ渡せばいいとか、それらはどちらもがロボット同然の機械的な思考や判断でしかなく、ビジネスというものは他人同士の連絡や相談や命令や交渉や協力や依存が必要であり、対面ロボットや出力ロボットの条件反射で成立するのではありません(実際、毎日のように上司と酒場で騒いでいるような人たちに限って、結果が出たり行動や考え方を修正するまでに時間がかかったり、数年も経たずに転職する人が多いという印象を持っています。毎日のように顔を突き合わせて喋っていようとも、サラリーマンとしてのスキルやパフォーマンスやモチベーションとは何の関係もないのです)。つまり、結論としては、どちらの場合であっても必要に応じて対応できる、あなたの会社から極端に遠くない場所に制作実務や本社機能の現場がある会社を選ぶという、ごく常識的な判断が基本だと思います。

では、御社の周囲 5 km 圏内にあるウェブ制作会社を探してみましょう。大都市圏なら簡単に検索するだけでも10社くらいは見つかる筈です。地方でも、主要な公共交通機関の大きな駅の周りを探せばいい筈です。もちろん周囲の 10 km 以内にウェブ制作会社どころか他社や住宅すら一軒も存在しないという立地の中小企業だってあるとは思いますが、もちろん特殊な環境に置かれている自覚があれば、他の事案でも何をどう探すかくらいはわきまえているでしょう。ということで、自社から近かろうと極端に遠かろうと10社くらいの候補を並べることに大きな苦労はない筈です。もちろん、交通費を出すなどの対応をとって自社まで来てもらえる場所に限られます。たとえ、御社までいちばん近い場所にあるウェブ制作会社から来てもらうのですら車で数時間かかったり、あるいは彼らが途中で追剥や山賊に襲われるようなリスクがあるとしてもです。もちろん、そうやって選んだときに自社まで来てくれない制作会社は候補から外さなくてはなりません。全ての業務プロセスをオンラインだけで完結できるとか、あるいは寧ろオンラインだけで完結したいという錯覚に陥っているような相手は、そもそもビジネスの相手にもならないからです。もちろん繰り返しますが、僕は、顔を突き合わせたい系の昭和オヤジではありません。本当に必要なければ一か月でも半年でも一年でも同じ場所へ集まる必要などないと思います。単に、必要になったときにまで対応できないような相手とはビジネスにならないと言っているだけです。

必要なら集まったり相手の事業所に行けるべきだと思う理由は、僕が情報セキュリティの部長として幾つかのリスクを想定しているからでもあります。確かに、大災害に見舞われたときにコーポレート・サイトのデザインなんて喋っている場合ではありません。しかし、NTT や KDDI などの通話キャリアや、それぞれの会社で契約しているインターネット接続のプロバイダが通信障害に陥るという事例は、今年(2022年)に入ってもたびたびありましたし、そもそも一年を通して通話や通信に何の障害もないなんて幸運が当たり前だと思ってはいけないというのがリスク管理の理屈です。言うまでもありませんが、我が国はロシア、北朝鮮、中国、そして北朝鮮や中国と紛争になりかねない韓国や台湾という具合に、仮想敵国や紛争当事者と呼んでよい国々と海域で国境が接しています(念のために書いておきますが、北朝鮮と韓国は休戦状態でしかなく、いわゆる「38度線」は国境線ではありません)。何かあれば各種の通信回線が途絶したり、通信が妨害されたり、色々な施設や設備が破壊されたりサイバー攻撃を受ける可能性なんて、常にあると言っていいでしょう(いや、既に北朝鮮や中国やロシアの情報工作部隊とは事実上の戦端が開いていると言ってもいい筈です)。ということなので、いつでも通信が使えなくなるという前提に立つと、やはり直に交渉したり連絡できる手段として、直に会うということが一つの選択肢にできない相手とはビジネスをするべきではないと思うわけです。数多くの支社や子会社をもつ大企業やコングロマリットであれば、逆にどこか一つの地域や場所でビジネスをしているわけではないので、どこか一つの地域や場所で会うということに固執しなくてもいいかもしれませんが、中小企業の多くにそういう融通は利きません。

次に、もちろんですが企業サイトの制作を相談して対応できるかどうかを確かめます。制作を発注するわけではなく、一種のコンサルティングとして独立した役務を引き受けられるかどうかを確認するわけです。もちろん、適格な制作会社でも忙しくしている場合は断られますし、ほいほいと二つ返事で対応するからといって適格な制作会社だとは限りません。しかし、断る場合でも断り方というものはありますし、引き受ける場合でも引き受け方というものがあります。断られる場合でも、いつなら対応できそうかという質問に答えられる制作会社であれば、それは仕事を自分たちで適正にコントロールしながらやっている証拠になりますから(要するにクライアントの都合で適当に扱き使われているわけではないということ)、急ぐ必要がない限りは対応できるときまで待つという選択肢もありえます。最も困るのは理由も分からずに即座に断る場合ですが、そういう相手は無視しても実は大して影響がありません。先にも述べたように、ウェブ制作会社の実力の差なんて、せいぜい数パーセントの範囲なので、他の(業界内の評価ではワンランク下と見做されるような)制作会社であっても、御社のブランディングやパブリシティや情報管理に与える影響など数パーセントでしかありません*

*ただ、これまで書いてきたように、だからといって「どこでもいい」などというわけでもないのです。なぜなら、僕が比較しているのは、そもそもウェブ制作会社と呼ぶに値するまともな会社の比較だからです。屋号としてだけなら、会社のようなネーミングを使う個人事業主はたくさんいますし、デザイナーやクリエイターっぽいネーミングの企業も山のようにいるわけですが、はっきり言えばコーポレート・サイトの構築や制作を発注するに値する個人事業主や会社は、1/5 もないと言えます。その多くが、個人事業主だとデザイナーあがりやコーダーあがりの中途半端な経験だけで独立している人だとか、それどころか実務経験が殆どないディレクターや営業あがりですし、ただの印刷屋や DTP 事務所の業態変更だったり、ウェブ制作会社を名乗る法人であっても、クラウド・ワーカーに大半の実務を丸投げしているだけのブローカーという事例も多くあるからです。僕は現職の会社へ採用されるまでに、色々な種類のウェブ制作会社の面接を受けてきて、数多くの事例を知っています。もちろん、いま紹介したようなブローカーまがいの自称制作会社とか、美容業界や建設業界専門でテンプレートしか扱わない制作会社、あるいはアダルト専門の会社にも面接で訪れたことがあります。町の小さな事務所から、堺筋本町に広いオフィスを構える大手の会社まで、色々な業容の会社で業務の様子を眺めたり、相手の応対の仕方を観察しましたし、短い間ですが何社かのウェブ制作会社で仕事をしたこともあります。

簡単に言うと、御社の周辺で検索してみて10社を選んでくださいと書きましたが、それらの中で、僕がここで言っている意味での「ウェブ制作会社」に値するのは、せいぜい二社か三社です。それ以外は、デタラメなスキルで法人ごっこをやっている脱サラのアマチュアとか、特に地方では競合が少ないせいで未熟な人間が簡単に周りの手伝いをするだけでプロの水準に達したと錯覚しやすいので、僕らから見れば箸にも棒にもかからないような無能がデザイナーやプログラマや IT コンサルタントを名乗っていたりします。また、これだけネットに比較できる情報があるにもかかわらず、やはり「田舎」に行くほど、世間知らずの巣窟と言ってもいい地方公共団体のデジタル案件で、どうしようもない無能が顧問や出入り業者になったりするのも簡単です。

次に注意したいのが、企業サイトの見積もりや制作の相談に乗ってほしいと言われて、ほいほいと話に応じてくる相手です。もちろん、暇な制作会社はスキルがないからこそ暇である可能性が高いわけですから、二つ返事で応じてくる相手の出方を幾つかの基準で評価した方が望ましいと言えます。スキルとして適格であって、企業としても適正な体制が整っているなら、そのような相談だけの事案に対応するだけの実績とか用意がある筈です。すると、相談に応じるから話を聞きたいと言ってくるまではいいとしても、実際に相談するにあたって何が(どういう情報が)必要なのかを、ウェブ制作会社から具体的に指定されるかどうかを観察するのがいい筈です。オンライン会議だろうと実際に会うのであろうと、何も必要がない、つまりは手ぶらで構わないなどと言ってくる相手は、まず九割の見込みで、真面目にコンサルティングをする気もなければ、スキルも準備もない制作会社だと断言できます。したがって、そんなことを言われた後で具体的な日程を決めようと言われても、はっきり断りましょう。そういう制作会社に関わっても、僕が言う意味での「まともな制作会社」である見込みはありません。

日程の相談ができそうだと判断したら、もし僕が発注する側の人間であれば、可能な限り月曜日の午前に予約します。なぜなら、クライアントのコントロールができていない会社の典型は、土日も仕事をさせられたり、朝方まで作業をしているせいで、月曜あるいは朝に仕事をする都合がつけにくいとか、出てきてもパフォーマンスが低いといった問題があるからです。これは、国や時代や都会か地方かの区別なく、ウェブ制作会社の殆どが印刷会社やデザイン事務所やイベント設営会社やシステム開発企業などと同じく、協業あるいは提携先としてではなく下請けとしてしか事業が成立しない産業構造になっているからです。それでも、ディレクターや経営者の資質という属人的な事情があるとは言え、クライアントのコントロールができている制作会社だと、土日に仕事をして当たり前だとか、終電で帰宅するのは「敵前逃亡罪」だとか言われたりしない企業文化をもっているものです*。(ちなみに、発注する側の御社がブラック企業だと、月曜の朝に相談へ出向いたり自宅のパソコンで Zoom を立ち上げるのは難しいかもしれませんね。でも、それは僕の知ったことではありません。)

*確かに、そういうブラックな会社にも有能なスタッフがいるという偶然はいくらでもありますし、いわゆる decent work の会社だからと言って適正なウェブ制作会社だとは限りません。世の中には、残念ながら「善良な無能」という社会人が膨大な数でいるからです。しかし、これも繰り返しになりますが、まともなウェブ制作会社の実力の差は数パーセントだと思えば、無理をして嫌々ながらに仕事をしてもらうよりも、リラックスして相談に応じたり仕事に取り組んでもらう方が、依頼する方も安心できるというものでしょう。それとも、あなたは下請け会社の人材というか他人が、血でも吐きながらパソコンに向かってくれる姿を眺めることにエクスタシーを感じるといった性癖の人物なのでしょうか。サイコパスなら何も感じないでしょうから、それでもいいと思うかもしれませんね。でも、サイコパスを相手に物事の良し悪しを語るのは無意味なので、そういう方は本稿を読む必要が最初からありません。このページは即座に閉じてください。(「残念ながら」というフレーズを加えても、その脈絡すら理解できないでしょう。)

かなり長く書いてきましたので、幾らでも書けそうな話題ではありますが、最後に一つだけ、相談できそうな(まともな)ウェブ制作会社の評価基準について加えておきます。それは、そのウェブ制作会社自身の企業サイトが的確に制作されているかどうかで判断すればいいわけです。もちろん、相談できそうなウェブ制作会社を見つけるに当たって、制作会社自身のコーポレート・サイトへアクセスする機会が多くある筈です。そこで、次のようなポイントを参考にしてみてください。これは、もちろん本稿のテーマそのものにも関連があるポイントなので、サイト設計や制作にかかわる独立した話題として後から再び取り上げます。

まず注意しておくと、上記のポイントを全て満たしていなくてはいけないと言いたいわけではありません。特に海外の企業サイトだと、役員や出資者どころか社長の名前すら分からない場合がありますし、上場している企業ですら本社の所在地がどこなのかも分からないコーポレート・サイトがたくさんあります。これは、国や文化、あるいは治安状況によっては具体的な情報を書かない方がいいという public ralations としての判断がありえますから、僕もこれらがコーポレート・サイトにとって必須の記載内容だとは思っていません。日本でも、新型コロナウイルス感染症の蔓延という状況にあって、リモート・ワークを採用する企業が増えたことから、問合せ先として電話番号を記載しなくなり、メールやウェブ・フォームだけを企業サイトへ公開するという会社も増えています。置かれた状況や経緯によって、日本でも企業サイトに何を掲載するべきかは変わるのでしょう。ですが、日本では企業サイトに代表者名を記載しないということは、かなり変わった印象を現在も多くのビジターに与えるのは確かなので、一つの指標や判断基準としても不当ではない(つまり、「(企業)文化の違いだ」と抗弁する余地はなく、不信感をもたれても当然だ)と言えます。

ここで一つずつポイントを取り上げて議論すると、いまの倍くらいの分量になってしまうので、このくらいのポイントはあるということだけ把握していただくとして、具体的な内容は後から議論します。差し当たりここでは、自社のコーポレート・サイトを適切に制作・運用できないウェブ制作会社に、他社のコーポレート・サイトを適切に制作したり運用できるわけがないという明白な真理を書いておけば、おおよそ納得していただける筈です。もしウェブ制作会社の経営者として、「顧客企業とは違って、弊社は零細なり下請けだから不十分なサイトでもいい」などという、甘えとか、いわゆる下請け根性をもっているなら、それは再考した方がいいでしょう。そういうスタンスは、経営者から従業員まで簡単に浸透します。そして、結局のところそれは仕事の成果にも現れます(大多数の、下請け根性が染みついたデザイン事務所やウェブ制作会社が、どれほど徹夜で Illustrator や InDesign をいじくりまわそうとも、どこも似たような凡庸でどうしようもないデザインしかできないのは、それが理由でもあります)。また、忙しい有能な会社ほど自社のサイトを作る暇がないために、中途半端で未熟な出来栄えのコーポレート・サイトになっているとか、他の制作会社に丸投げで作らせていたりするなどと言われたりしますが、それは都市伝説の類であり、ウェブ制作業界に20年以上もいる者として証言できますが、何の根拠もありません。

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3. あなたにとってのサロンとは?

大事なのは理由を明確にし、ハッキリとした将来のビジョンを持つこと。

[向井, 2011: 13]

本書の著者や読者には気の毒なことを書くようですが、企業サイトの設計や制作という話題に関連させて「あなたにとっての企業サイトとは?」と問うなら、その答えは殆どビジネス目標としては自明です。サロンについては、「お客様の笑顔」とか「自分の技術を試す」とか「金儲け」とか色々な目標との関わりを考えたり設定できるかもしれませんが、企業サイトは企業そのものとは違っており、そして目標は決まっているのであって、逆にそれ以外の目標を設定してはいけないと思います(デタラメにふざけているような昔のバスキュールやカヤックの企業サイトであっても、実は同じことが言えたのです。彼らは効果的かつシビアにふざけていました)。企業サイトの目標とは、自社について伝えるべきことを伝えることです。確かに、それはビジターが知りたいことを伝えるという意味(プル・コンテンツ)でもありますし、自社からビジターへ伝えたいことを伝えるという意味(プッシュ・コンテンツ)でもありますから、目標がたった一つだと言いたいわけではありません。しかし、目標は色々ありえるとか、企業によって目標は違うなどと言っていては、企業サイトの設計やデザインなんてどうにでもなってしまいますし、良し悪しの評価基準もビジュアルの良し悪しと同じように(実際のところは)デタラメな好き嫌いに堕してしまいます。それでは、まるっきりビジネスの役には立ちません。子供がアニメや漫画や芸人や YouTuber を観て面白いのキショいのどうのと喚いているのと同じです。

したがって、ここでは「自社について伝えるべきことを伝えること」がコーポレート・サイトの目標だと明確に理解することだけが求められます。他にも目標があると考えたり想定しても構いませんが、それが何なのかを明確に文章とか図表で表現できなければ、中小企業によくある話ですが、「経営理念」や「企業理念」や「事業目的」を公に発表するためだけに、無駄な時間を延々とコンサルとの打ち合わせや社内会議で浪費するのと全く同じような愚行を犯すことになります。もし僕がウェブ制作会社のコンサルティング担当者だとすれば、「たとえコーポレート・サイトで伝えたり表現したいことが別にある(かもしれない)としても、それを最優先で見つけたり考え出さなければ、御社は倒産するんですか?」と聞きたいですね。企業の経営者であれば、ことコーポレート・サイトの立案においても物事の是非や優先順位は適切に決めたいものです。後でも改めて議論しますが、コーポレート・サイトの立案や構築に関わる全ての決裁は、実質的には「経営判断」と言うべきものです(もちろん、サイトの制作や運営に関わる実務上の判断なら、財務、企画、広報、人事、法務といったバック・オフィス系の部署で構わないでしょう)。

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4. ホームページは中途半端でもいいから公開しちゃいましょう

作成途中の中途半端な状態でもいいからすぐに公開してください!

[向井, 2011: 22]

この一節はサイトの構築・制作・公開・運営に関わる内容なので、コーポレート・サイトの話と直に関係があるように思えるでしょう。しかし、僕がこの一節を企業サイトの設計や構築という観点から取り上げたいのは、SEO として有利だから早くサイトを立ち上げるべきだと言いたいためではありません。後からも説明しますが、本当のところコーポレート・サイトにとって SEO の効果なんてどうでもいいのです。そうではなく、非常に多くの事例で(それこそ僕が担当してきた上場企業や大手企業の広告代理店案件でも)ウェブサイトを構築したり制作する順番が不適切だったからこそ、本書の内容を使って正しい順番を強調したいのです。しかし、大手の広告代理店案件としてウェブサイトやオンラインのコンテンツを制作してきたという経歴をもつディレクターやデザイナーに限って、それまでやってきた手順と同じような調子で、間違った(つまり、上場企業や大手企業だからこそ軽視しても良かった)順番でサイトを構築してしまうのです*。これを強調するために、敢えて本書の一節を取り上げました。よって、僕は企業サイトを中途半端でもいいから先に公開せよなどとは全く思っていませんので、ご注意ください。

一例としてよくある(お勧めできない)事例を紹介すると、大手企業や上場企業がキャンペーンやブランドの専用サイトなどを企画するときに、まず最初にやることはコンテンツの見かけだけのデザインです。その次に、文章やページの表示内容が、法令や法律に違反していないかどうかを法務部や顧問弁護士にチェックしてもらったり、画像の素材として利用した芸能人の写真のレタッチを事務所にチェックしてもらうことです。そうして最後に、サーバやドメインを決めます。さすがにサーバが後回しになるとテスト表示のウェブ・ページがアップロードできないので(もちろん、ウェブ制作会社がテスト用のサーバを「サービスで」用意することはあります)、サーバをどこにするかはキック・オフの後に決まったりしますが、大手企業だと自社でサーバを運用部署ごともっていたりするため、得てして公開用のサーバ(その大手企業のためにセキュリティや動作という点で特殊な仕様でカスタマイズされた、異様なサーバだったりします)の情報がきわめて遅い時点で制作側へ通知されたりして、どう対応すればいいか困ることもあります。そして、ドメインが公開の数日前に決まって、クレジット・カードでドメインを即座に取得し、キャンペーンが始まる直前にキャンペーン・サイトを公開するという、困った進捗の案件が非常に多いわけです。こういう事例が多いのは、何もディレクターのプロジェクト管理能力が低いことだけが理由ではありません。ありがちな他の事情として、納品して売り上げにしたい費目の順番が恣意的に変わったりすることです。これを財務会計では「収益認識」と読んでいますが、額面として大きくなる費用の納品を先行させて売り上げを先に大きく確保したいという、制作工程の理屈とは何の関係もない事情で順番が変わったりするわけです。更には、大手企業の案件だと、テレビ・コマーシャルや OOH(街頭のポスターや列車内などの広告)で URL を告知することも多いわけですが、まだ取得できてもいない(当然、こちらにも知らされていない)ドメインを勝手に印刷して事前に告知していた事例すらあります。こういうことは、もちろん発注側の無知無教養という事情もあるにせよ、中小企業のコーポレート・サイトを構築・制作する多くの事案でもお目にかかるので、せめて本稿ではこういう事例が増えないように助言なり提案をしておきます。

僕がコーポレート・サイトの適正な構築・制作フローだと考える順番は、以下のようになります。与件や特殊な事情によって一部の順番が変わるかもしれませんが、少なくともサイトを公開する直前までドメインが決まらないといった杜撰なプロジェクト管理は許されません*。それから、以下のフローでは、実制作に入るまでの準備や設計に工数や留意するべきことや判断することがどれくらい必要であるかを実感してください。また、ビジュアルのデザインはコンテンツのレイアウトや内容をデザインする工程に組み込まれており、適正な構築・制作のフローにおいては、少なくともコンテンツを決める前にビジュアルのデザインなどやりませんし、クライアントに見せてくれと言われてもデザイン・カンプ(見本)など作ったりはしません。この点だけは、ご理解いただきたいものです。初回の相談からビジュアル・デザインを先に決めるだけでいきなり実制作に入るなどというウェブ制作会社が、いかに情報設計やコンテンツのデザインという段階で手抜きをしているかが(あるいは適正な設計をするスキルや知識を持っていないかが)、これで分かると思います。

  1. 公開するサーバを決める。
  2. ドメインを決めて取得する。
  3. 公開するべきコンテンツを決める。
  4. 情報構造を決める。
  5. コンテンツの実装で採用するテクノロジーを決める。
  6. 各ページの論理構造を決める。
  7. プル・コンテンツのレイアウトと内容をデザインする。
  8. プッシュ・コンテンツのレイアウトと内容をデザインする。
  9. コンテンツの掲載内容についてリーガル・チェックする。
  10. 実制作に移行する(制作中にクライアントの確認をとると、一定の修正や変更や追加がありえます)。
  11. アクセシビリティとユーザビリティをテストする。
  12. 利用ケースを想定して UX をテストする。
  13. セキュリティ監査を実施する。

*僕は建築業の事例をウェブサイトの構築や制作に持ち込むのは好きではありませんし、はっきり言って間違った比較や不当な喩え話が多いので自分でもウンザリさせられることが多いのですが、ドメインやサーバを決めずにコーポレート・サイトの(起案や設計はともかく)制作を行うのは、周辺の環境や周囲の建築物を無視して「ポスト・モダン建築」と呼ばれる、思想としても未熟な人々によるデタラメな見てくれだけの建物を設計するのと同じ愚行でしかありません。実際、建築デザイナーを「思想家」などと呼ぶのは建築業界の中だけであり、建築家が思想家や哲学者としての業績を認められた事例など、古今東西で一例も存在していません。彼らは、せいぜい哲学や社会思想の(出来の悪い)学生または「ユーザ」でしかないのです。

また、コンテンツの取捨選択や設計もなしにウェブ・ページのビジュアル・デザインをやるのは、再び建築業の比喩を使うなら、誰がどういう生活をする家なのか知らずに、建築家が建物を木造にするか鉄筋にするかを勝手に決めたり、外壁の素材だとか、何階建ての家にするかも決めてしまうようなものなのです。そして、僕はウェブサイトやウェブ・ページの設計・構築・制作・デザイン・プログラミングなどを手掛ける業界に入って20年以上のキャリアを持つ人間として言いますが、無能な人間に限って「作業を始めれば、やっているうちにデザインが固まってくる」などと言うのです。少なくとも僕と同じ程度に有能なデザイナーであれば、そんなことは絶対に間違っていると思うでしょう。なぜなら、未熟で中途半端な状態の考えを実際に描いたり形にしてしまうと、人はその成果に引きずられてしまうからです。デザイナーを名乗るくらいの人間なら、それがいかに危険で避けるべきことであるかを、職業人としても、「デザイナー」を名乗る才能をもつ人間としても分かっている筈です。よって、準備や設計もなしに限られた工期の中で、直感という名の思い込みだけを頼りにデタラメに仕事を遂行できる商業デザイナーやプロダクト・デザインの実務家などおらず、だからこそ事前に設計が必要なのです。商業デザインとは、手を動かしながらアイデアを探る芸術とは別の技巧ですし、好きなだけ試行錯誤していられるアマチュアの暇潰しとは違います(それらのどちらが良いか悪いかという話をしたいわけではありません。ビジネス目標や職責にとって適切か不適切かという違いです)。

顧客によっては、予算がない中小企業だと十分にありえることですが、まだ公開していないサイトのためにサーバを事前に借りておいてお金を払うのは勿体ないと言ってくる場合もあるでしょう。もちろん、半年後に工期を設定したウェブサイトのサーバを半年前から借りる必要はありません。繰り返しますが、早くサイトを公開した方が有利であるといった、些末な SEO の知識や小手先のテクニックは、アクセス解析の数値には関連があっても、企業としてサイトを運営する本来の目的にとっては、殆ど関係も影響もないのです。

しかし、発注側の方に忠告しておきますが、だからといって、サイトを公開する直前にサーバを借りたらいいというクライアントの態度は、狡猾とか経済合理性という以前に、作業する側にとっては顧客の余裕のなさ(本当にお金を払ってくれるのだろうか?)という印象になって残ります。また、公開予定日の一か月前にサーバを契約するくらいのことに目くじらを立てるような発注者は、理解できないことや目に見えない物事について、自分たちの都合だけで良し悪しを勝手に決める可能性があり、モンスター発注者とまでは言いませんが、物事を一つずつ納得してもらうのに酷く工数がかかる面倒な顧客である可能性が高いと受託側から警戒されるということだけは覚えておいた方がよいでしょう。後でも議論しますが、ウェブサイトの制作は一度だけの受発注という関係なのだと誤解していると、迷惑をかけようと構わないという態度は、他の(御社の主事業にかかわる)取り引きでも不満足な結果を招きます。

上記の一覧で全てのプロセスを説明するつもりはありませんが(本稿は、全くの素人に解説しているわけでもないので)、もう一つだけ詳しく解説しておきたいのは、リーガル・チェックについてです。企業サイトの制作にあたっては、法的要件を軽視するウェブ制作会社が予想外に多いため、発注側の担当者は注意が必要でしょう。また、受託側のウェブ制作会社でも、発注企業が適法な原稿や素材データを提供するとは限らないという前提で対応するべきです。僕のようにサーバ・エンジニアやプログラマやデザイナーとしてサイトの構築・制作実務にあたるだけでなく、プライバシーマークの規格や社内規程、あるいは NDA といった法務関連の業務も担っている立場での経験から言うと、実は上場企業や大手企業でも法令や条例などに違反している実態があります(もちろん職責から事前に軌道修正しています)。これまでの20年くらいの経験から言うと、次のような法令違反や他社のサービスの規約違反が(どこの企業サイトについて、どこのウェブ制作会社が担当したかはともかく)頻繁に繰り返されています。

なお、注釈として書いておきますが、JIS に準拠する規程を15年以上にわたって運用しプライバシーマークの使用許諾を受けている企業の実務家として言っておくと、問い合わせフォームなどのページで SSL サーバ証明書を使った HTTPS 通信を提供することは、個人情報保護法の法的な要求ではありません。HTTPS 通信を提供していないからといって、それを個人情報保護法違反などと騒ぐのは無知無教養というものです。したがって、SSL サーバ証明書をウェブ・フォームで利用していないことは、違法行為や不正の事例としては数え上げていません。しかし、企業として個人情報を取得するにあたって、相手から取得する情報の正確さだとか、相手の情報を自分たちのサーバまで安全に通信する信頼性について、なにほどかの投資をしないという態度については、やはり一定の非難があっても当然でしょう。しかも、ここ数年で大半のレンタル・サーバ会社が、安いプランのユーザでも無料で使える SSL サーバ証明書を提供するようになったのですから、これを使わない企業は寧ろ無知であるという評価になる筈です。

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5. アクセス、家賃、通行量 ⸺ 店の場所選びで優先すること

もちろん好立地に越したことはないですが、一般に言われているような条件ばかりにこだわっていると、見失ってしまうこともありますので注意が必要です。

[向井, 2011: 28]

これは企業サイトの「立地」についても同じことが言えます。では、ウェブサイトにとって「立地」とは何でしょうか。もちろん、ウェブサイトを構築するレンタル・サーバや IaaS のパブリック・クラウド・サービスという意味です。人によっては、検索エンジンの検索結果での順位も、或る意味ではウェブサイトの位置取りという意味で「立地」だと言いたくなるに違いありません。しかし、ここまで何度か書いてきたように、企業サイトにとって SEO や検索結果での順位は殆ど意味がありません。小売業や自営業の店舗を紹介するウェブサイトならともかく、企業サイトがランキングの上位に表示されたからといって、自社で扱う商品が売れるようになるとか儲かるなどというわけではないのです。自分自身の立場に置き換えて考えてみましょう。企業人として、そんな短絡的な思考や判断で、委託先や取引先を決めているでしょうか。第2節で、コーポレート・サイトの設計や見積もりを依頼できそうなウェブ制作会社をどうやって見つけるかというテーマで、検索した結果の上位にあるかどうかを、僕は条件としていませんでした。そんな結果や基準は何の役にも立たないからです。寧ろ、必死になって SEO やリスティング広告に力を入れているような、不適切としか言いようがない投資を企業としてやってしまっているようなウェブ制作会社こそ、委託先の候補としては逆に除外した方がいいくらいです。

というわけなので、ウェブサイトの「立地」とはサイトを構築するサービスという意味で理解してください。すると、もちろんサイトを構築し制作する予算や、サイトの設計プランに応じて、色々な条件で選択の余地があります。ただし、サロンを開業する立地の条件と、ウェブサイトを構築する「立地」とでは、条件も、それから良し悪しの評価基準も違っています。

まず最初に、ウェブサイトへアクセスしてコンテンツの情報を得るという仕組みについて、おさらいしましょう。僕たちがスマートフォンやパソコンのウェブ・ブラウザ(WWW ブラウザ)というアプリケーションを使って、或る企業のコーポレート・サイトの URL へアクセスし、トップ・ページを表示せよとリクエストします。これは、ご承知のとおりインターネットというネットワーク通信網を利用して、物理的には皆さんの会社にあるルータやプロバイダなどの局内にある通信機器を経由して、或る企業のコーポレート・サイトのコンテンツを運用するウェブ・サーバにリクエストが届き、ウェブ・サーバから HTML ファイルや動画ファイルといったコンテンツのデータがレスポンスされ、再び色々な通信機器を経由して(リクエストとレスポンスで同じ経路をたどるとは限りません)、皆さんの使うウェブ・ブラウザでコンテンツのデータが処理され、ウェブ・ページや映像としてスマートフォンやパソコンで表示されます。もちろんパソコン教室をやっているわけではないので、詳しく正確な解説をするつもりはありませんが、要するにクライアントとサーバとのデータのやりとりという仕組み(「C/Sモデル」と言ったりします)があって、初めて企業サイトは多くの人々に閲覧されるわけです。したがって、何をどう設計したりデザインしたり制作しようと、通信機器やクライアントとサーバに該当するコンピュータがない限り、経営目標や事業目的にとっては全く成果がないと言えます。寧ろ設計を委託して費やしたコストだけがかかるという結果に終わります*。というわけなので、ひとたび企業サイトが必要だと決めて構築・制作する準備を始めることとしたのであれば、クライアント側に当たるビジターはこちらで準備する必要などないのですから、サーバ側に当たる企業サイトとしては「立地」に相当するウェブサイトのインフラを選定して、投資の予算を配分する計画を立てましょう。

*そういう設計や相談をしているあいだに、事業や経営にとって何かの参考になる発想とかアドバイスが出てくる可能性を無視したり否定したいわけではありませんが、企業サイトを現実に不特定多数の人々へ公開するという結果の方が重要であるという事実は動かないでしょう。企業サイトを制作してオンラインでの情報公開に参加すること、いやそれどころか企業を設立して市場取引へ参入することに「参加賞」はありません。参加するだけで何らかの業績が上がったり、成果として何かが得られるなどという前提で、企業サイトを設計したり公開するものではないのです。

企業サイトと呼べるものが殆ど存在しなかった30年くらい前(日本で民間のインターネット接続サービスが始まったのは1993年と言われています)なら希少価値だけで有名になったかもしれませんが、既に現在は企業サイトなんて珍しくもありません。逆に、オンラインでのパブリシティや情報伝達という本来の目的に特化した手法だけに限定するなら、ウェブサイトという体裁でのリソースや情報提供は企業にとって必須ではないという判断もありえます。実際、業種や業態や事業内容によっては、企業サイトがなくても取引や売り上げに全く影響がないとか、企業サイトとは別のアプローチで認知度を高めたりできている可能性があるわけです。ウェブサイト、とりわけ企業サイトの目的や機能や役割それから限界について、実制作の技術者やデザイナーという職能上の立場だけでなく、企業の経営に加わる立場からも正確に理解できるからこそ、僕は、中小企業の情報公開やブランディングにとってウェブサイトは必須のメディアではない(あるいは、業容や業種などの条件によって経営目標や事業目的に応じた効果はある)と言えるわけです。ともあれ、会社の経営者なら誰でも知ってることだと思いますが、社内にコンピュータが一台もなくたって会社を設立して仕事を受けて稼ぐことはできるのです。世界を相手にどれほど有名になりたいとか、ネットを使って手軽に幾ら稼ぎたいという野心をもつ人がいてもかまいませんが、事業や仕事とはそういうことだけを意味しているわけではなく、インターネットやコンピュータとはその程度のものだという冷静な態度が必要です。

C/S(クライアント / サーバ)モデルにおいて、ウェブサイトのコンテンツをリクエストし閲覧するクライアント側のビジター(ユーザ)と、ウェブサイトのコンテンツをレスポンスするサーバ側のウェブ・サーバやアプリケーションとの「距離」は、地理上の距離ではありません。ウェブサイトが提供するコンテンツすなわち情報リソースへの「遠さ」や「近さ」は、簡単に言えばコンテンツをリクエストしてからレスポンスされて、みなさんのスマートフォンやパソコンの画面にウェブ・ページとか映像が表示されるまでの所要時間(レイテンシ)という観点で測られます。これは、原理的にインターネット接続のデータ通信が実際にどういう経路のネットワークを経由してリクエストされたりレスポンスされるのかは、あらかじめ誰も分からないし決められないという原因によるものです。地理的に、中国の通信機器を経由しないでほしいとか、アメリカの通信会社を経由してくれとか、あるいはもっと端的に最短距離を通ってくれとか、そんなことはインターネット接続では誰も命令したり制約したり依頼できません。よって、途中の経路でデータが欠失したり通信が滞留するリスクもあるため、色々な規格や手法で通信データの本体(ペイロードと呼びます)が保護されており、通信機器やネットワーク通信に関わるソフトウェアにもデータの保護やエラー制御やリトライなどの機構が組み込まれているわけです。

企業サイトにとっての「立地」は、したがってレイテンシに大きな影響が出ないていどのネットワークやサーバを提供している国のサービス企業であると言えるでしょう。もちろん、企業として契約し利用するわけですから、選定にあたっては企業なりの条件や事情があると思います。僕が差し当たって考えつく限りの条件を書き出してみると、以下のようになります。

サービス企業の所在地やデータ・センターの所在地、特に国や地域が紛争や内戦状況にあると、もちろんサービスそのものが停止してしまうリスクがあります。また、サービスが提供されていても、途中の経路で通信が途絶したり色々な妨害に遭う可能性もあるため、通信相手としての信頼性に欠けると言えるでしょう(ここでは、サーバとクライアントとの通信というだけではなく、サービス企業つまり貸し手とサイト運営企業つまり借り手との通信という意味も含みます)。現地の通貨建てではなく日本円に換算した利用料金がどれほど額面として安くても、いまだとアフリカ各国や中東、ロシア、ウクライナ周辺のレンタル・サーバ会社やパブリック・クラウドはお勧めできません(英語で企業サイトやサービス・サイトを運営し、それらのサイトがアメリカのレンタル・サーバにあったとしても、本社やオペレーションがロシア国内であれば同じリスクがあります。ちなみに、ロシアでは国内法の事情でパブリック・クラウドの事業会社は認められていないようです)。また、あらゆるサービス事業について通告なく色々な干渉や規制がかかるリスクのある、中国を始めとする(自称)社会主義国や(事実上の)独裁国家に本社やデータ・センターがあるようなサービス企業も避けた方が良いです。もちろん、その国についての好き嫌いとは関係がありません(国という単位での好き嫌いという考えそのものがバカげているわけですが、それはまた別の話でしょう)。もちろん、一定のリスクを負って中国のサービス企業を利用するという判断もありえますが、リスクを冒してまで中国のサービスを利用して得られるメリットが、御社の事業継続や財務状況あるいはウェブサイトの構築と運用の予算に対して重大なインパクトがあるほどの金額になるとは思えません。そもそも、レンタル・サーバの利用料金として月額で1万円を想定するとして、それを中国のサービスに置き換えて利用料金が月額100円にならないと、御社の財務状況は悪化するのでしょうか? もしそんな財務状況であれば、僕が企業の役職者として言えることは、コーポレート・サイトなんて作ってる場合じゃないでしょうということだけです。

ウェブサイトにとっての「立地」は、地理的な条件の話でもありませんし、安価で強力なサーバが使えるとか太い帯域を利用できるというスペックだけの問題でもありません。もちろんサロンの店舗をどこに開店させるかという話だけが「立地」として考慮するポイントではなく、そこでサービスを継続し展開するという一定の期間を想定した上での、営業や事業としての安定性も考慮するべきだという話と同じでしょう。常識的に考えて回避できるリスクは、経営者として避けなくてはなりません。したがって、レンタル・サーバのサービス企業であろうと、パブリック・クラウドのサービス企業であろうと、社内体制の整備や認証取得など、一定の投資をしている証拠がない企業に依存するのは好ましくありません。したがって、サーバを提供する企業として、いまどき ISMS などの第三者認証を取得していない企業は、どれほど自社の技術や体制が高度で安心できると豪語していようと、それを僕たちが実際に確かめるわけにはいかないのですから、何の証拠もないと言うべきです。もちろん、第三者認証を受けているからといって事故が起きない保証などありませんが、少なくとも事故が起きないようにするにはどうするべきなのか、起きたら何をするべきなのかについて、認証を受けていない企業は何も知らないし関心もないと見做すべきなのです。これが一種の偏見とか差別でよろしくないと言うなら、僕は皆さんに、自社の企業サイト(つまりは自社の情報リソースや PR の手段)を他社のサービスへ委ねる責任者として、自社の資産やブランドを守るために、寧ろ積極的にそのような画一的で無条件の偏見や差別を持つべきだと薦めます。監査を受ける組織の規模や監査を受ける認証機関の料金設定にもよりますが、50名ていどの従業員を抱える企業だと ISMS の審査にかかるコストは80万円前後です(ISMS の場合、審査は毎年あります。3年ごとに更新審査というグレードの高い審査があり、それがないあいだはサーベイランス審査というグレードの低い審査を1年ごとに受けます)。そのていどの投資をしない企業が、たとえどれほど高度な技術をもっていようと、100や500くらい廃業したところで、実は IT という産業にとっては何の影響もありません。

そして三つ目として、店舗の立地を決める際にも幾つかの候補を見つけて比較すると思いますが、ウェブサイトつまりは自社の企業情報を預けるサーバやインフラといったリソースの提供元であるレンタル・サーバやパブリック・クラウドの事業者についても、幾つかの選択肢を持っておくことが望ましいと言えます。そのためには、いままで述べてきたような条件も加味しつつ、サービス内容や契約プランを豊富に用意している企業を選ぶのが望ましいでしょう。もちろん、実際にはそれらの中から一つだけを選ぶのですから、目当てにしているスペックという条件や費用という条件だけで選べばいいのではないかと思うかもしれません。でも、逆に考えてみてください。もし目当てのスペックと費用が設定されているプランだけしか選択肢がないサービスの事業者があったら、そこを選ぶでしょうか。サーバのスペックや価格設定なんて、やろうと思えば幾らでも変えられるのに、どうしてそれしか契約できないのか。ふつう、どうしてそうなっているのか理由を知りたいと思うでしょう。そして、僕はインフラやサーバの構築を担当するネットワークやサーバのエンジニアという一面もあるため、自信をもって言えるのですが(もちろん、僕と同じ程度の技術者であれば誰でも同じように考えるからです)、サービスのプランやスペックが一つしかない事業者は、実質的には個人事業主であって、実態としては自宅の自分のマシンやデータ・センターに置いてある自分のサーバ・マシンを流用して事業をやっているからなのです。一種類のサービス内容に制限した方が色々な作業を自動化しやすいのだから、個人事業主とは限らないだろうと思うかもしれませんが、もし社内の業務工程を自動化しているなら、実はサーバなんてハードウェアが違っていても OS やアプリケーションの設定とか仕様は全く同じままでも動くことが多いのですから(寧ろウェブ・サーバなどに使う汎用製品としてのコンピュータというものは、そういう仕様で製造されているのです)、逆に色々なハードウェアのスペックで異なるサービス・プランを用意する筈です。このような傾向は、個人どころか事業者としての競合すら少なくなる地方ほどよくある話なので、地元のレンタル・サーバ事業者などを利用する際には注意したい方がいいでしょう。ウェブ制作会社の選定という話題でも説明しましたが、個人が企業のような屋号を名乗って(株式会社にすらして)事業を営んでいる事例がたくさんあります。僕は、そうやって自宅のマシン、酷い場合はサーバ用のコンピュータですらないパソコンを使ってレンタル・サーバ事業を営んでいる人たちを知っています。もちろん、そういう人々は個人としては高い技術力をもっていたり、仕事も誠実で真面目に取り組んだりする人も多いわけですが、企業として特に強い理由(つまり株主を説得できるということです)もなく取引の相手にしていいかどうかは別です。

このようなわけで、もしシステム開発やサーバの構築*に携わった経験や知識がないなら、企業サイトの設計や見積もりについて相談しているウェブ制作会社に委ねてもいいとは思います。ただし、ウェブ制作会社の大半は社内にサーバの構築技術をもつスタッフがいないため、彼らも素人同然の情報や経験しかもっていなかったりするのが実情です。そういう相談にまでしっかり対応して実際にサーバの構築まで実行できるようなウェブ制作会社だと、インフラに関しては、サイトの見積もりや設計の相談だけでなくサーバの構築を依頼してもいい筈です(でも、それだけではサイトの制作まで依頼していいかどうかの判断はつきません。逆に、技術はあっても情報設計やデザインがまるで駄目な会社がたくさんあるからです)。

*ここで「サーバの構築技術」と言っているのは、具体的にはデータ・センターにラック型のマシンを搬入するところから始めて、制作会社の執務室から ssh でデータ・センターのサーバに接続するところまでを一人で完了できるという意味です。あるいは AWS や GCP といったパブリック・クラウドでコンテンツを公開するためのサービスを組み合わせて、一定のセキュリティやパフォーマンスを確保したうえで、同じく制作会社の執務室から ssh でサーバに接続するところまでを一人で完結できるという意味でもあります。いまどき、このていどができない人をエンジニアとか技術者と呼ぶべきではありませんし、こうした基本的な作業を何らかのメモやマニュアルを手にしていないと実施できないような人は、技術者として経験や知識が不足していると見做していいでしょう。僕のような50代の爺さんですらやれるのに、どうしてデジタル・ネイティブとか言われている、逆にそういうことしか能がない次世代型のブルーカラーができないのでしょうか。

もしあなたが専門学校などに通っていて、サーバ会社やクラウド・サービスの会社に就職したいなら、体育会系みたいなことを言うようですが、最低でも一週間に1度は OS がディフォールトの状態で用意されたサーバ(Raspberry Pi でもいいですし、パソコンに仮想化してあるゲスト OS でもいいです。その程度の用途に使うサーバ・マシンなら、せいぜい数千円で用意できます)で、基本的なセキュリティ設定に始まり、ウェブ・サーバ、データベース・サーバ、メール・サーバ、それから PHP や Perl といったウェブサイトの運用に必要なプラットフォームを用意する手順を最初から最後まで実施するといった訓練を筋トレのように続けるべきです。もちろん、そのときどきにインストールするソフトウェアのバージョンや設定によって互換性などのトラブルが起きる可能性もありますが、そういうトラブルに見舞われる経験が多いほど、臨機応変に対処できるようになります。さきほど汎用のサーバ機器は色々な OS やアプリケーションを同じようにインストールしても動くように作られていると書きましたが、全く同じ設定のままコピーするように他のサーバでも動作するなどとは言っていません。そんなことができるなら、それこそ技術者など不要となるでしょう。(実際、パブリック・クラウドでなら、「イメージ」とか「スナップショット」と呼ばれる、OS を含めた動作環境を他のマシンに移したり複製できるため、それをやる技術者が不要になっています。もちろん、そういうスナップショットの仕組みをメンテナンスする技術者は必要ですが、実際に動作環境を移したり複製するのは、いまやサーバを利用している側の担当者なのです。)

企業サイトで動画を配信するとか、ウェブ・アプリケーションをサービスとして提供するとか、何かの物販で決済サービスを利用するとか、そういう特殊な事情や目的でもない限り、おおよそ中小企業のコーポレート・サイトを公開して運用するために必要なマシン・スペックは、国内の主だったレンタル・サーバの事業者が提供している最低の契約プランでも問題ないと言えます。しかし、それはスペックだけの問題であって、付随するオプションやサポートされているサービス内容によっては、上位の契約プランを選ぶ方がよい場合があるため、企業サイトの利用目的を最初にはっきり決めておく必要があるわけです。

たとえば、そのサーバでメールも送受信したいなら、最低の契約プランだと追加できるアカウント数に制約があって、全社員のメール・アドレスを作成できないかもしれません。あるいは、最低の契約プランだとサーバのストレージ容量が少なくて、一人ずつ使えるメールの保存領域が数十メガバイトしか確保できないかもしれません(企業によっては IMAP4 でメールをサーバに置いたまま運用する場合がありますね)。そして、あまりにも安い契約プランだと、レンタル・サーバは1台のサーバ機器を何百という契約ユーザで共有して使いますから、他の企業サイトで動作したプログラムが暴走しているとか、あるいは脆弱なプログラムを使ったせいで外部から侵入されたとか、色々な理由で他の契約ユーザが公開しているウェブサイトのパフォーマンスや、場合によってはコンテンツにすら影響が出たりします(外部からアクセスされたプログラムにサーバの全権を握られてしまうと、サーバのあらゆるファイルは書き換え可能となって改竄される恐れがあります)。

したがって、レンタル・サーバの契約と維持に必要な予算が年間でいくら確保できるかによって、そうした運用上の安定とか安全という結果に間接的なかかわりが生じます。もちろん、それは企業のブランドや信頼性にも関わるので、動いて当たり前とか安全なのが当然だという錯覚は、できるだけ早いうちに捨てることです。そんなことは、実は誰も保証してくれないのです。そして、企業サイトを公開するという機会にあたっては、良いチャンスでもありますから、仮にサイトが何らかの攻撃を受けたりサーバのトラブルが起きてしまったときに、何をどうするかを話し合っておくことが望ましいでしょう。これは ISMS やプライバシーマークのような認証や認定を受けていようといなかろうと、あるいは認証や認定を受ける値打ちがあると思っていようといなかろうと、そんな主観には関係なく客観的に企業の姿勢として必要なことだと言ってもいいです。御社にプライバシーマークや ISMS の認証や認定を受ける予算がないというのは、サイトを利用する相手にすればどうでもよい話であって、サイトで公開されている情報が正しいのかどうか、そもそもサイトにアクセスできるのかどうか、そして問合せフォームから送信したメッセージが正しく届いて対応してもらえるのかどうか、企業サイトにアクセスするビジター(ユーザ)にとって大切なのは、それなのです。

簡単に言えば、中小企業のコーポレート・サイトに見込まれるアクセス数(いわゆる「ユニーク・アクセス数」と呼ばれる数値です。「ページ・ビュー」と呼ばれる数値もありますが、これは単純に増えた減ったというだけでは評価できない数であり、本当に正確に扱うには慎重な取得方法や運用が必要な筈の数値なので、ここでは扱いません)の下限は、もちろんゼロです。誰も来ない。何もしなければ、あたりまえですね。だから、インチキ SEO 会社とかリスティング広告の営業マンとかが、SEO 対策しましょうとか、Google 広告に出稿しましょうとか、色々な提案を出してくるわけです。しかし、そんなことはコーポレート・サイトを構築・制作して公開・運用する主目的にとっては関係がないですし、逆に無用なコストがかかるだけであって、邪魔なものでしかありません。企業活動の経営目標や事業目的と関係がないことを企業サイトへ求めているがゆえに、そこで結果が出ないことに何らかの対策とか追加投資が必要であるかのように錯覚しているだけなのです。繰り返しますが、殆どの中小企業のコーポレート・サイトに SEO 対策やリスティング広告なんて全く不要です。企業サイトの目的や課題は、そんなサービスで対策したり解決できるようなことではないのです。寧ろ、SEO 対策やリスティング広告によって幾らかアクセスという数値が変動すると、もはやその数値を下げたり維持できなくなることが怖くなって、SEO 対策や広告出稿が自己目的化してしまいます。その手の業者は、クライアントが自分で自分に暗示や強迫観念を生じさせるお膳立てだけして、あとは皆さんお馴染みの宗教団体や一部の福祉・慈善事業団体のように(そして最近は自己啓発系の団体やダイエット関連の指導者なんかも似たような手法を使いますし、「哲学」や「科学」という言葉を巧みに使う活動もあるようですね)、個々人が何かしなければいけないという自己暗示にかかるように誘導しているだけなのです。いったん自己暗示にかかると、SEO 対策を続けて Google での検索結果の順位を維持することだけが自己目的化してしまい、業者に費用を払い続けなければ「地獄に落ちる」とか「倒産する」かのような錯覚に自ら勝手に陥ってしまいます。上場企業や大手企業の受託案件に携わったり、中小企業のサイト設計やサーバ構築にも関わり、自社で法務や経営にも関わっている僕が、ウェブ制作という事業の殆どに関わって20年ほどの経験を積んできた(たぶんエンジニアから経営まで担える人材としては世界でも屈指のレベルと自負できる)プロとして保証します。中小企業に SEO やリスティング広告は、全く必要ありません。意味のない無駄な出費なので、いますぐにでもやめましょう*

*クリティカル・シンキングが流行っているので、演習としてこう考えてみてください。SEO というのは、“search engine optimzation”(検索エンジンへの最適化)という意味ですが、文字通り検索エンジン、つまりは Google の検索結果などに最適化するということです。もしウェブサイトにアクセスするビジターの全員が Google の検索結果からしかアクセスできないというなら、確かに SEO 対策に予算を注ぎ込んで競争しなくてはいけないかもしれません。でも、果たしてウェブサイトへの経路は、検索エンジンの検索結果に表示されるリンクしかないのでしょうか

みなさんは、営業メール(スパムが多いとは言え)を受信すると URL が記載されているのを見かけますよね。Twitter で、どこかのページにリンクしているツイートを見かけることもあるでしょう。いや、オンラインでなくても雑誌の記事で URL が記載されている場合だってあります。それから、NHK の「あさイチ」というバラエティ番組で、画面の右下に QR コードがあるので NHK の関連するページにアクセスしてくださいなどと言っていたりします。こう思い出すだけでも、Google が仮に明日にでも倒産して検索エンジンが全く使えなくなったからといって、御社の企業サイトへアクセスしてもらうための広報や告知に使えるサービスとか手段が全く無くなってしまうわけではないのです。Google を始めとする検索エンジン・サービスでの順位や、画面のトップに表示されるリスティング広告などのプレゼンスが企業やサービス・サイトへのアクセスなり流入経路の全てであるかのような話は、全くの過大評価であり、たいていは検索エンジン・サービスに関わる会社や物書きなどの自己宣伝にすぎないのです。

加えて、最近のユーザに見受けられる消費者行動の調査結果を参照すると、関心事や物事を調べたり色々と眺めるのに、寧ろ検索サイトで検索なんてしないという人も増えています。なぜなら、Google や Bing といった検索サイトで表示されるサイトやページに限って、それこそ SEO 対策だけで上位に表示されているだけの嘘や不十分で信用できない情報が書かれているページだとか、単なる商品の広告であることを、多くの人は知っているからです。つまり、SEO 対策すればするほど、御社のサイトは検索エンジンの結果で上の順位に上がるかもしれませんが、逆に検索結果の上位だからというだけでアクセスするような迂闊で未熟な人にはアクセスされても、本当に御社のサイトへアクセスしてほしいユーザからは無視されたままであるという皮肉な結果となる可能性が高くなってきていると言えるのです。

では、SEO 対策しようがしまいが、中小企業のコーポレート・サイトとして見込めるアクセス数はどれくらいなのでしょうか。もちろん中小企業とは言っても業種や業容や業績などによって知名度は違いますし、サイトの設計や運用に追加の投資をして色々なコンテンツを提供していたりしますから、一概には言えません。ですが、大半の中小企業の1日あたりのアクセス数は、多くても数十アクセスと言っていい筈です。また、企業のサイトへ定期的なアクセスが見込めるなどという根拠は何もないので、アクセス数のばらつきもあり、曜日とか、週の前半と後半とか、休日と平日とか、月初と月中と月末とか、五十日(ごとうび)、あるいは関連する他の企業や業種の動向などによっても影響を受ける筈ですし、実際に取引している相手企業の事情から変わるかもしれません。同名企業の役員や違う会社の同姓同名の役員が犯罪で捕まったとか、そういう特殊な理由でも無い限り、そうした事情での変動は数十アクセスがせいぜい数百アクセスになるという程度の事だと思います。もちろん、中小企業のコーポレート・サイトを運用するにあたっては、そういうオーダーの数でも変動でも意味があるにはあります。ですが、特に何の注目を集めるわけでもない企業情報が掲載されているだけのサイトに、一日で何万というアクセスが集まるなんてことは、はっきり言ってありえませんし、そんなことを期待したり前提してコーポレートサイトを設計したりデザインするものではありません*

*参考までに、僕の所属企業は大手広告代理店の受託などでオンライン・コンテンツやウェブサイトを制作したり、自社のオンライン・サービスを二つの事業で展開しているネット・ベンチャーです。僕は自社のコーポレート・サイトのサーバ構築とサイトのコンテンツを制作したり編集したり運用する全権がある担当者であり、当社の企業サイトのコンテンツは僕しか編集できませんし、ファイルのアップロードも僕しか権限を持っていません。また、サイトのアクセス情報も僕が全て管理しているため、当社の企業サイトについては僕が全てを知っていると言えます。そのうえでお知らせすると、Microsoft Bing の Webmaster Tools を使ってアクセス解析している限りでは、当社のコーポレート・サイトに対する一ヵ月あたりのアクセス数は150前後です。つまり、1日あたり5アクセスしかありません。そして、僕はこのようなサイトの管理を10年以上に渡って続けていますが、当社のコーポレート・サイトへのアクセス数(の変動)と、当社の売り上げや営業利益や自己資本比率などの業績や財務状況とは、はっきり言って何の関係もありません。オンラインのサービス・サイトを運営しているネット・ベンチャーの企業サイトですら、これが実情です。

というわけで、与件として契約プランの選定には他の条件も関わりますが、メール・アドレスとして作成したい件数が非常に多いとか、大きなストレージが必要だとか特殊な事情がない限り、GMO ペパボの「ロリポップ」(ハイスピードプラン)で初期費用なしの月額550円とか、当サイトでも利用している GMO ペパボの「ヘテムル」で初期費用なしの月額2,200円とか、さくらインターネットのレンタル・サーバ「スタンダード」で月額524円(月額払い)などと、月額の料金が高くても2,000円までのレンタル・サーバで十分です。

さて、ここ最近のトレンドとして、コーポレート・サイトを構築するにあたって、パブリック・クラウドを採用する企業もあります。弊社でも「さくらのクラウド」や「Amazon Web Services (AWS)」のようなパブリック・クラウドを利用してウェブサイトを構築・制作する案件を幾つか担当してきました。結論だけ先に言えば、大半の中小企業にとってパブリック・クラウドを採用して企業サイトを構築・運用する必要はありません。幾つか理由はありますが、まず最も強い理由はコストです。試しに、AWS を利用して最もコストが安いウェブ・サーバを構築するという目標でサービスを構成してみます。条件は以下のとおりです。

項目 契約内容
リージョン アジアパシフィック(大阪)
DNS Amazon Route 53
(年額 $18 のドメインも登録)
Computing Amazon EC2
(Amazon Lilux 2, t3.micro: vCPU x 2, 1 GB RAM)
ストレージ Amazon Elastic Block Storage (EBS)
30 GB, 汎用SSD

耐障害性、セキュリティなどを考慮せずに、WordPress を使ってサイトを組むとしてもデータベースを EBS に入れてしまう前提であれば、これだけでウェブサイトを公開することはできます。あなたが僕と同じレベルの技術者であればですが。つまり、これを誰がやってくれるのかというコストも必要になるわけで、ウェブの制作会社には AWS を扱える人は(たまに)いますから、サーバの構築にかかるコスト(資格保有者なら、作業の費用に加えて資格ホルダーとしての技術料金がかかる場合もあります)を見込んでおかなくてはなりません。そして、レンタル・サーバとは違って決定的に違うのは、AWS でウェブ・サーバを構築すると、メンテナンスにも追加のコストがかかるということです。もちろんウェブサイトの制作会社に AWS のメンテナンスも依頼できる場合がありますが、レンタル・サーバとは違って、サーバの利用料金さえ払えばメンテナンスをウェブの制作会社がやってくれるという錯覚は捨ててください(わざとバカのふりをしてコストを押さえようとするセコイ中小企業の経営者も多いわけですが、そんなことをやっているうちに誰も御社を相手にしなくなります。そんなものは経営者としての辣腕でも才能でも狡猾さでもなく、人としての未熟さや社会人としての不見識でしかありません)。AWS の料金は Amazon に支払う実費でしかなく、誰もそんな費用だけでサーバのメンテナンスなどやってはくれません。ウェブ制作会社の人間はアマゾンから給料をもらってるわけでもなく、AWS を採用したからといってアマゾンから代理店手数料をもらっているわけでもないからです(いや、代理店手数料を仮にアマゾンからもらっていても、それはサーバのメンテナンス料金とは関係がありません)。ともあれ、AWS でウェブ・サーバを公開する実費だけでも、一ヵ月で $11(現在のレートで約1,500円)がかかります。これだけならレンタル・サーバの利用料金と変わりませんが、メンテナンスにかかる費用は曲がりなりにも大人に作業させる人件費なのですから、数千円で済むわけがありません。近所の高校生に小遣い銭を渡して手伝ってもらうような感覚で、他社や自社の従業員を働かせられるなんて思わないですよね。

そして、パブリック・クラウドを使う必要がないという二つ目の理由は、危険だからです。僕のようにサーバ・エンジニアでもありながら ISMS やプライバシーマークの規格を担当する情報セキュリティの実務家であるような人材が、大都市圏であってもウェブの制作会社に在籍しているなんてことは滅多にありません。恐らく、第2節で述べた「適正なウェブ制作会社」に値する事業者だけに限ってみても、100社に1社くらいの割合でしか、ウェブ・サーバをまともに構築したり運用したり、情報セキュリティ上の対策がとれるエンジニアというのは在籍していません。ウェブの制作会社の大半は、あくまでも営業担当者、マーケティング担当者、デザイナー、そしてコーダというコンテンツの実制作を担う会社なのであって、ウェブ・アプリケーションのシステム開発会社とは違うのです。もちろん、AWS に対応できると宣伝している制作会社に依頼すれば対応はできると思いますが、本当に情報セキュリティの対策がとれる人材がいるのかどうかは、丁寧に調べる必要があります。いちばん簡単な指標は、もちろん ISMS などの認証を受けているかどうかですが、実際のところ ISMS はペーパー・ワークで認証が取れる場合もあるため(ISMS の審査員の多くは、実はウェブや IT の元技術者でもなければ、情報セキュリティの元エンジニアでもありません。こう言っては語弊があるかもしれませんが、規格の監査に特化した事務員です)、そういう認証は必要最低限の条件だと考えた方がよいでしょう。なんにせよ、発注する側が自分たちの基準で AWS の安心できる運用先を決めるために知識や経験をもっていないなら、パブリック・クラウドを採用する必要も意味も効用もないと言えます。もちろん、後から事業内容とかコーポレート・サイトの用途が変わって、パブリック・クラウドを使った方が良いという判断に変わることもありえるでしょう。それは否定しませんし、必要になったら採用するべきでもあります。しかし大半の中小企業のコーポレート・サイトについて言えば、せいぜい10ページ前後の大半が静的なコンテンツをレスポンスするだけの用途で構築するウェブ・サーバに、サーバの利用契約者側が(レンタル・サーバにはサーバ会社のメンテナンス担当者はいます。レンタル・サーバが「メンテナンス料金」という費目で別個に請求しないからと言って、サーバのメンテナンスが不要であるという意味ではありません)メンテナンス担当者を配置する必要があるほどのインフラを選択する意味はありません。

敢えて言いますが、パブリック・クラウドは大半の事例や用途において割高なサービスです。確かに、パブリック・クラウドには導入のしやすさや選択できる幅が非常に広いという利点はあります。しかしそれらの利点は、大多数の中小企業にとっては、はっきり言ってどうでもよいことです。逆に、パブリック・クラウドだけで提供されているサービス(高度な機械学習モデルで大量のデータ処理を継続的に実行するとか)を活用しなければ御社の業務や事業にとって致命的なのであれば、恐らく御社には最初から AWS に精通したエンジニアがいて当然でしょう。

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6. 看板は重要だからこそ「こだわらない」

よっぽどの有名店のチェーン店でもない限り、お客様は最初、店の名前など興味がありません。店の名前よりも、何をしてくれる店なのかの方が大事なのです。

[向井, 2011: 32]

上記の引用個所は、企業サイトの設計やデザインに置き換えて考えてみると、或る点では正しいのですが、別の或る点では不適切になってしまいます。なぜなら、企業サイトはサービス・サイトや EC サイトや店舗のサイトではないため、ビジターの多くは取引先だったり潜在的な取引先になりうる企業だったり、あるいは採用応募者だったりするので、企業名を知っているうえでアクセスしてくるからです。したがって、企業名がトップページやページ・タイトルに記載されていないのは、ユーザビリティの観点から言っても、またブランディングという点から言っても論外だと言えます。これに対して、上記の個所に引用するだけの意味がある理由は、あげつらって批判するためではなく、何をしてくれるかが大事であるという点を強調しているからなのです。実際、コーポレート・サイトの設計やデザインにおいて非常に多くの事例で欠落しているのが、この基本的で重要な点なのですが、どういうわけか得てして軽視されてしまうために、有効なデザインとなっていない場合が多く見受けられます。

Tag Team Signs Tag Team Signs

せっかく設計やデザインの話をしているのですから、ビジュアル・デザインや情報設計やユーザビリティの話題も扱いましょうか。ここ最近の傾向として、モバイル・デバイスのブラウザで表示しても文字が読めるように、最初からモバイルでの表示に最適化した文字サイズを基準にしているページ・デザインが流行しています。いわゆる “mobile first” と呼ばれる設計方針であり、モバイルでのページ・デザインを基準にして、パソコンの画面で表示したデザインについては、幾つかの要素のサイズを適当に引き延ばしただけという実務で制作されているようです。よって、パソコンの画面で表示するとページの文字が異様に大きくなっていて、とりわけトップ・ページ(フロント・ページ)のキー・ビジュアルに使われる企業名やメッセージやスローガン、あるいはタグラインと呼ばれる補足的なテキストですら、上記の企業サイトの事例でも分かるように、単語を連呼するだけという体裁になってしまっています(上記の事例では、“design, build, install” がタグラインに当たるようです)。タイポグラフィの素養があるデザイナーの感覚として言えば、このように sans serif や slab serif 系の書体をデカデカと並べている情景は、アホが大声で怒鳴っているのと同じ滑稽な印象しか残りません。“sign” という語が使われているので、かろうじて看板の会社だと分かりますが、もちろん看板の制作会社ではなくロゴ・マークのデザイナーだと思う人もいるでしょう。そして、これだけだと企業サイトなのか、それともデザイン事務所のポートフォリオなのかもすぐには分かりません。

未熟なデザイナーの多くに見受ける傾向として、既にビジターがサイトへアクセスしているのに、そのサイトの宣伝をしようとばかりに派手な演出をあれこれと盛り込もうとします。〇〇株式会社の企業サイトで、トップ・ページに「世の中には、〇〇株式会社という企業があるんだ」とばかりに、大宣伝をするわけです。しかし企業サイトのビジターは、たいていそんなことは知っているうえでアクセスしてきます。確かに、冒頭で書いたように、企業サイトで、アイデンティティや、視覚的な印象の統一性や、それからページ操作の一貫性を維持することは、決して軽視できません。しかし、コンテンツとしてのアイデンティティを維持するべきだからといって、不必要な自己宣伝を繰り返すことは無駄であるばかりか、ビジターの心理において逆効果となりえます。(これが、ロゴや社名が各ページに印刷されたノベルティ・グッズの手帳を配っても、それを取引先の社員に使ってもらえない理由なのです。)

The Clove Club The Clove Club

次の事例は、アメリカ人が読んでも “Glove” と間違えるほど微妙な書体を使ったビジュアル・デザインです(実際、そう読み間違えて紹介しているサイトが幾つかありました)。これだけでも減点なのですが、更に詳しくコンテンツを調べるまではレストランだとは分からないという点でも大きく減点です(ちなみに、ここで紹介している事例は海外のサイトでも “bad design” として取り上げられています)。企業サイトではありませんが、企業サイトにも同じようなビジュアル・デザインでトップ・ページを制作しているサイトが多々あります。もちろん、企業サイトの場合は「〇〇株式会社のサイト」だと分かってアクセスしてくる人が多いので、先の事例でも述べたとおり、どこの会社のサイトであるかをトップ・ページで過剰に強調する必要はないでしょう。しかし、企業サイトを利用する多くの人たちが、こんな演出の映像を何秒も眺めるためにアクセスしているわけではないという現実をわきまえる必要があります(上のスクリーン・ショットの画像だけでは分かりませんが、トップ・ページでは画面全体に映像が数十秒のループで再生されるだけであり、何か別のコンテンツに表示が遷移するわけではありません)。いま敢えて強調したように、企業サイトは利用するものであって、楽しむものでも感動するものでもありません。そういうコンテンツがあっても構いませんし、ブランディングを否定しているわけではありませんが、それをトップ・ページにビジターが避けられないような仕様で配置するのは、自社へ来訪したお客さんに、受付で何秒も歓迎の裸踊りを見せるようなものです(或る地域の集落や文化をバカにしているわけではありません)。同じことを10年以上も書いてきてウンザリさせられてしまいますが、いい加減に、ウェブのデザイナーは商業デザイナーであるという自覚をもって、大学生の卒業制作や子供の落書き同然の仕事をするのはやめましょう。

Adam Church Adam Church

では、逆に適正なトップ・ページの設計ができていると思うサイトをご紹介しましょう。上記は、Adam Church というイギリス(ブリストル)の不動産会社です。もちろん冒頭に “WE LOVE LEASEHOLDERS”(地権者に関心があります)と書いているだけでも不動産に関連する会社のサイトだと分かるでしょうし、“Property management that raises the roof”(ニュアンスとしては「財産管理は僕らに任せて、あとは大騒ぎしようじゃないか」と言ってます)というフレーズでも、彼らがどういうサービスを提供するのかが分かります。実際には、self management から full management まで色々とあるわけですが、そういう選択肢も含めて色々な意味で任せられるというニュアンスがデザインとして適切に表現されていると思います。ただ、このサイトは “good design” としても紹介されていて賛同できますが、僕の基準で言えば70点といったところです。理由は、これはここ最近のビジュアル・デザインでは大流行しているので抵抗するのが難しいのですが、やはりキー・ビジュアルが巨大すぎるという点にあります。ブラウザの高さ一杯にキー・ビジュアルを割り付けて、画面全体をキー・ビジュアルで埋めることが多くのウェブ・デザイナーにとってあたかも標準になっているかのようですが、そんなことをするデザイン上の必然性がどこにあるのでしょうか。この問いに説得力をもって説明や論証を与えているデザイナーや情報アーキテクトや研究者の業績を、少なくとも僕は目にしたことが一度もありません。僕は、企業サイトのトップ・ページは会社案内のパンフレットの表紙みたいなものではないと考えています。実際、パンフレットの表紙に目次(企業サイトで言えばグローバル・メニューなど)を並べる事例は少ないでしょう。

繰り返しますが、企業のコーポレート・サイトにアクセスするビジターの多くは、そのサイトが自分の目当てとする会社のコーポレート・サイトであることを最初から知っています。したがって、自社の社名やロゴを敢えて企業サイトのトップ・ページで大書したり連呼する必要はありません。寧ろ、ビジターは目当ての企業について、どのようなサービスや事業を展開していて、どういう業容や業務体制を構えているのかという、具体的な情報を求めています。はっきり言わせてもらえば、企業サイトにアクセスする多くのビジターは企業理念や経営理念の類に殆ど関心がないわけです。美しいビジュアル・デザインのページに美辞麗句を並べようと、大半のビジターは経営者のメッセージに興味などありません。もちろん、関心をもってもらいたいと望んでも構いませんし、興味があれば知ってもらいたいという趣旨でコンテンツを用意することは問題ないでしょう。しかし、それを知ってもらうことを目的にしてサイトの情報設計やビジュアルをデザインすることは、企業サイトの目的や効用に照らせば完全に間違っています。個人事業主のサイト、典型的にはデザイナーや物書きや伝統工芸士のポートフォリオ・サイトですら、本人のパーソナリティや思想などを過剰に語って見せたところで、ビジターはウンザリするだけでしょう。企業サイトのビジターの大半は、御社と取引できるかどうかを知りたくてアクセスしたり、あるいは御社で仕事するべきかどうかを知りたくてアクセスしてきます。御社の経営者と友人になったり、共に(未熟な)経営哲学とやらを語りたくてアクセスしてくるわけではありません。同じく採用応募者も、たいていは書いた当人すら正確に理解していない経理理念のような美辞麗句に興味はありませんし、もちろん企業に就職することは経営者や上司や同僚と交友関係をもつこととは別の話です。そんなことを目的に企業へ就職する人間なんて、どこにもいません。

さて、ウェブに限らず HCI (Human-Computer Interface) を研究する分野やプロダクト・デザインの世界には、「ポステルの法則(Postel's law)」とか「ロバストネス原則(robustness principle)」という指針があります。これは、もともとインターネット接続を含めたネットワーク通信の規約や技術を作り上げたジョン・ポステルという人物が RFC 793 という文書で “be conservative in what you do, be liberal in what you accept from others.“(送信は厳格に、受信は寛容にする)と述べたことに始まります。これは他の分野でも応用されていて、UX デザインにおいても次のように言われています。

[...] 良いユーザ体験を設計することは、人として良い体験をするということでもある。人とコンピュータとでは、全く違った仕方で情報をやりとりしたり処理するのだから、設計者には人とコンピュータとのあいだでコミュニケーションのギャップを埋めるという責任がある。

[Yablonski, 2020: 45]

検索エンジンのロボットや RPA のソフトウェア、あるいはウェブ・スクレイピングと呼ばれる(たいていはデタラメな)プログラムのアクセスなどというノイズは、企業サイトの運営においては、サーバの負荷に問題が生じなければ無視しても構いません。そういうアクセスは、はっきり言えば御社のビジネスに何のかかわりもないからです。そういう無駄でインチキなアクセスによる数字の増減に一喜一憂する SEO 的な単純さは、あなたが程度の低いロボットではなく人間であるなら、即座に頭から追い払うべきでしょう。コーポレート・サイトだけに限らず、ウェブサイトやオンラインのコンテンツの多くは、それらが誰かに向けて公開されているものである限り、その設計やビジュアル・デザインは(ビジターであれ運営者であれ)人の感受性や意図や動機や目的に応えるものでなくてはなりません。そのために必要な原則の第一は、上記の引用でも強調されているように、設計側から見て相手のビジターが人であるという事実を忘れないことにあります。したがって、ここを基準に設計したりビジュアルをデザインするという保守的な態度を無視して*、見た目の奇抜さや目新しさや非常識さだけのビジュアル・デザインで人目を引けばそれでいいという刹那的としか言いようがない発想では、企業サイトとしての役に立たないと言えます。

*ポステルの法則では「保守的に」という言葉に当たる原語が “conservative“ と表現されていますが、これと対になる “liberal” という言葉も合わせて、何か政治的なメッセージを示唆しているかのように受け取られ易いと懸念されているからなのか、多くの場合で「保守的に」とは訳されずに「厳格に」とか「厳密に」と訳されています。もちろん、それは言葉を使う方も受け取る方も誤解しているからであり、多くのことがらについて保守的な思考や選択や判断を一貫してもつ「保守主義 (conservatism)」と混同しているからでしょう。或る一つのテーマや選択肢について保守的な選択をしたからといって、その人物が保守主義者であるなどと考えるアメリカ人は殆どいない筈です。また逆に、通信規格の考え方をリベラルに決めたからといって、その人を左翼だと思う人もいないでしょう。そんな短絡は、「保守」という二文字を見るだけで右翼や反動やヤクザや昭和オヤジなどなどが結びつき、「リベラル」と聞けば左翼だ岩波書店だロハスだアメリカかぶれだ思うように、広告業界や出版・報道業界に飼い慣らされている人々だけに当てはまる奇習の類です。よって、「保守的な」態度を選ぼうと、別にその人物が自民党の支持者であるかどうかは無関係なのです。

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7. 施術メニューのネーミングで注意すること

明快でわかりやすいかどうかを意識してみましょう。

[向井, 2011: 54]

はっきりと目的を表現した名前を付け、その内容とお客様の欲望とが重なった時、驚くほどの反響が得られるでしょう。

[向井, 2011: 54]

企業サイトのコンテンツに「驚くほどの反響」は無くてもよいわけですが、ユーザビリティの観点から言って、上記のようなポイントはメニューのアンカー・テキストを決める際に参考となります。やや形式的で退屈な話から始めますが、もちろん業種や事業内容によって取捨選択(もちろん適正な選択に限ります)してもいい場合がありますから、あくまでも原則の話として始めます。

ここでは、コンテンツに階層構造があるかどうかは考えないでおきます。差し当たって、トップ・ページのグローバル・メニューとして提供するリンクのアンカー・テキストを決めるという目的に限定して考えてみましょう。すると、当社でも過去にコーポレート・サイトを設計したりデザインしてきた何人かのデザイナーがやってきた一つの間違いを、お恥ずかしながら紹介できます。それは、メニューのアンカー・テキストを全て外国語や外来語で表記しようとすることです。いちおう社内では英語に堪能だと思われている人材として言いたいのですが、仮に英語で表記するとしても、アンカー・テキストにどういう表現を使えばいいのか、英語としての常識とかセンスを身に着けている日本のデザイナーなんて、僕に言わせれば1,000人に1人もいないと思います。それどころか、日本語としてのエディトリアル・デザインの素養をもっている人すら、口では「コンテンツ・マーケティング」などと何とでも言えますが、経験や素養としては大半の人がもっていないと言えます。日本語の文章すら、多くの社会人はまともな水準で書けないのです。こんなことは、管理系の部門で仕事をしている役職者として、多くの稟議書や起案書を真面目に読んでいれば誰でも分かっている筈なのですが、どういうわけか英語どころか日本語ですら、仕事をするにあたって何の勉強も訓練もしていない人々が「プロ」だの「サービス」だのを口にするわけです。これは、はっきり言って不誠実だと僕は思います。もし自分たちや自社の企業サイトが、英語や外来語、いやそれどころか日本語を自分たちと同じくらいにしかデタラメに理解して使っていない取引先やビジターを相手にしているのだと思い込んでいるなら、そのような傲慢はすぐにでも捨て去るべきでしょう。知識や経験や技能がクライアントよりも優れていると自信を持つことはプロとして問題ありませんが、それを表現したり説明する技能や知識や経験まで「プロ」だと何の保証もなく思い込むのは、たいへん危険です。

やはり基本は、義務教育を終えて社会人として過ごしている人であれば見聞きしているような言葉を使うことです。したがって、よくある英語や外来語のアンカー・テキストは次のように正確な日本語に戻してから、再び検討してみる必要があるでしょう。

*よく、自分の会社を書き表したり話すときに使う言葉ですが、これと同じ意味の謙譲語である「弊社」とをデタラメに使っている人が数多くいます。なんでもかんでも下手に出てへりくだっておけばいいという営業根性や下請け根性というか、独立した事業者の一員であるという気概の無い企業人がいかに多いかということでもあります。社内で自社を言うときは、常に「当社」で構いませんし(「わが社」は、いささか時代遅れです)、取引関係のない相手に自分の会社を指すときも「当社」で構いません。見ず知らずの相手に「当社」と呼ぶと威圧感があるので止めましょうとか、偉そうにしていると反感を与えるのでやめましょうと言う人がいますが、そんな証拠はありません。たかだかウェブサイトにアクセスしたビジターというだけで、サイトを運営する企業と何らかの上下関係が生じるなどと感じる方が、何の強迫観念や思い込みをもっているのかは知りませんが、簡単に言えば「異常」というものです。ウェブサイトなんて、誰も頼んでビジターにアクセスしてもらっているわけではありません。勝手にアクセスしておいて、相手に三つ指揃えるような態度で出迎えろとは、いったい何様のつもりなんだということです。逆に、そんな思い込みをもっている相手と取引するとビジネスにおいてリスクがあるとすら言えますから、勝手に反感をもってサイトから退出してくれればいいというていどに構えておけばよいのです。(もちろん、その後で SNS で勝手に喚いていようと、それで御社の業績やブランディングに大きな影響はない筈です。それに、悪影響があるなら正式に威力業務妨害で警察に届けましょう。最近は法律が改正されたことによって、SNS での誹謗中傷は簡単に投稿者を突き止められます。)

いちおう国公立大学の大学院博士課程に進学できたていどに英語が扱える人間として言いますが、そんなに日本語でアンカー・テキストを表記することが「ダサい」んでしょうか。あるいは、デザイナーとしてのクリエーティビティやイノベーションにとって、いやそもそもクライアント企業の情報公開やブランディングにとって日本語の表記は不適切だったり逆効果なんでしょうか*。そういう調査や研究の実例を、僕は見かけたことがありませんし、何かの本や雑誌あるいはオンラインのページで立証している事例を見たことがありません。どこの大学の研究者、あるいはどこの広告代理店やウェブ制作会社の人が、そういうことを主張したり提唱しているのでしょうか? もちろん、外国語や外来語を使ってもよい場合はありますし、日本語で表記するのと大差ない場合もあるでしょう。事実、多くの企業が(かなりの割合でインチキな)英語で社名をつけていますし、いまどきそれほど目くじらを立てるほどのことなのかとウンザリする方もいるとは思います。しかし、どう考えても僕らは日本語を母国語としている生活環境で暮らしており、「会社概要」という漢字の表現がどれほど堅苦しくて厳めしいと感じていようと、そのような語感や印象とは関係なく、その表現が何を意味しているかは理解している筈です(逆に、理解しているからこそ堅苦しい表現だと感じるのです)。これを “about us” と書き換えることで、なるほど一部のデザイナーやビジターにとってはクールだったりエレガントだったりスタイリッシュだったりして、格好いいのかもしれませんが、それが企業サイトのブランディングや情報公開の目的にとって、本当に有効だと言えるのでしょうか。

*もちろん、デザインについてのナショナリズムを支持するとか、母国語だけが素晴らしくて外国語をコンテンツから排斥したいとか、そんな子供じみた連中の理屈をここで並べたいわけではありません。正直、僕は自分では「保守思想」をもつ人間だと思っていますが、しかし他方で多くの自称保守や右翼が言う大半の「伝統」はデタラメでクズみたいな惰性の産物でしかないと思っています。

いずれにしても、日本の事業者について日本語で仕事をしている人々がアクセスして利用することを前提に制作するコンテンツを、必要もなく英語で表記する意味や必要はありません。日本語を読み書きする人々を対象にして日本語でコンテンツを作ることが、まさかそれだけのことで排外主義だとかナショナリズムだとか、いわんや外国人差別だの排除思考だのと言うような人はいないでしょう。もしそれがいけないなら、では、何語で表記すれば「公平」で「国際的」なのでしょうか? 英語で表記しても、今度は別の自称リベラルが「英語帝国主義」だとか騒ぎ出すのは明らかです。(なお、コンテンツを制作する人まで「日本人」である必要はありません。実際、中国や韓国からの留学生の方が日本の大半の大学生よりも適正な日本語の文章を書けることを知っています。)

僕は、敢えて言っておきますが、企業サイトでアンカー・テキストが英語で表記されている大半の事例は、情報設計やデザインの無知・無能ぶりを自己紹介したり自己宣伝しているようなものだと思っています*。よって、そういう未熟な表現でアンカー・テキストを表記することを許したクライアントである中小企業も同じだと判断できます。ふつう、ウェブサイトにアクセスするビジターは、その企業サイトの良し悪しや適不適について、それが制作したデザイナーの問題なのか、それとも発注したり検収したクライアントである当の企業の問題なのかを、いちいち区別したりしません。当然ですが、不正確、不当、未熟、それどころか違法なコンテンツがあれば、その責任は全て、そのサイトの運営主体であるクライアント企業でしかありえません。ビジターには、クライアントの気づかないところでデザイナーやコーダがミスしたとか勝手にやったなどと、善意の解釈をする必要も理由もないからです。もちろん当サイトも英語でアンカー・テキストを表記しており、どのようなウェブサイトでも同じルールや基準で評価しなくてはいけないなどとは言っていません。当サイトのような個人サイトは、はっきり言えばどう作っていようと構わないのです。しかし、企業サイトには企業としての(少なくとも法人としての)社会的な責任というものが求められます。独りよがりに「おしゃれ」だの「スタイリッシュ」だのと御託を並べて、好き勝手にコンテンツを配信したり公開していいわけがありません。公開企業は言うまでもありませんが、多くの株式会社も(たとえ代表者個人が全ての株をもつような株式会社であってもです)、出資者なり取引先なり多くのステークホルダの権益を尊重しなくてはなりません。代表者やサイト制作の担当者が個人としてもつ好き嫌いだけを設計やデザインに反映させていては、それこそ落書きを他人に見せびらかすようなものです。

*しかし、日本語で表記すればそれだけで良いというわけでもありません。上記のリストで、“about us” を事例の一つとして列挙したときに、「当社について」という書き換えを並べました。実は、他にも5年くらい前から「わたしたちについて(私たちについて)」という、いかにも英語の直訳みたいな表記で会社概要のページにリンクする企業サイトが(特に若者のスタート・アップ企業で)増えているという印象を持っています。しかし、そのような表記で公開している会社概要のページに限って、基本的と思える企業情報が不足しているという不思議な印象も同時に持っているのです。結局、そのような表記を採用する人々に限って、企業人としてもデザイナーとしても未熟な人々が発注したり制作するわけですから、企業情報として常識的な事項を知らない(つまり若手が起業するスタート・アップ企業というものは、それまでに企業就職した経験がなくいきなり会社を立ち上げたような人々が経営しているので、企業サイトそのものを眺めた経験が乏しいからでしょう)という事情によるのだと思います。

僕は、若い人々が社会経験なしに起業することを批判したいわけではありません。単に、常識的な事項が欠落したまま企業サイトを運営していることは、多くの人々に不信感をもたせることになるので、いわば自分たちでビジネス・チャンスを潰してしまっていて勿体ないと思うだけです。特に、ジャニーズ事務所のタレント一覧かと思うような、役員のプロフィールだけを並べて、企業の所在地や資本金や従業員数を記載しない会社概要のページは(海外の企業サイトでは非常に多いのですが)、多くの経験ある企業人から見れば、実質がない会社、つまり大半の実務を学生やクラウド・ワーカーに丸投げしているかもしれないと疑われる原因になります。特に、メディアで話題になるような実績がなく、かといってステルス企業として先進的な技術をもっているわけでもないのに、やたらと元外資系コンサルだとか元都市銀行員が役員に名前を連ねている “namedropper” と呼ばれるスタート・アップは、投資金だけを口八丁や人脈でかき集めているデタラメな会社であることが多く、数年で簡単に倒産しては、再び違う名前で起業したりします。こういう、資本転がしをやっている連中と、見た目だけは非常に似ているわけです。

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8. 技術で満足すると思ったら大間違い

しかし、この本を読み終わる頃にはあなたは、個人サロンにおいて回転効率はほとんど重要でないことを知ることになります。回転効率を落として1日のお客様の数を減らしてでも得なければならないものがあるからです。それがお客様の満足度とお客様との信頼関係です。

[向井, 2011: 60]

この引用個所も、表面的な字面を追っているだけなら企業のコーポレート・サイトとは関係がないか、寧ろ逆のことを書いているように読めるでしょう。なぜならウェブサイトは、サーバの負荷やリクエストの待ち行列といった要素を考えなくてもいいなら、同時にアクセスするビジターが何人いても構わないからです。サイトが適切なレイテンシの範囲内でコンテンツをレスポンスする限り(もちろん、サーバのパフォーマンスだけで決まることではありませんが)、同時に100名のビジターがアクセスしていようと、そんなことは個々のビジターにとっては関係がありません。また、お互いのアクセスで仮にサーバの負荷が上がりすぎてレスポンスに影響があったとしても、ビジターはお互いにどこからアクセスしている誰なのか知りようがありません。サロンの店内にいるお客さんどうしのように、「あら、〇〇物産の営業部長をやってる横山さんの奥様はプレミアム・コースざぁますわね。じゃあ、あたくしは高級ゴージャスエクセレントハイパーウルトラ・コースでお願いするわ」みたいなことは起きません。

悪い冗談はともかくとして、僕が上記の引用個所を企業サイトの設計やデザインにとって有効だと思う理由は、「回転効率」を「アクセス数」に置き換えたら分かると思います。ここまでで既に何度か述べたことなのですが、企業のコーポレート・サイトにとってアクセス数を増やすだけの施策など殆どどうでもよいと言えます。したがって、アクセスが上がったの下がったのという数値しか考えていない、オンライン・マーケティングとかウェブ・マーケティングを叫ぶコンサルタントや SEO 業者は、本当のところ存在する必要がありません。なぜなら、中小企業にとっても必要ない筈ですし、大企業のサイトは勝手に大量のビジターがアクセスしてくるので更に必要ないからです。つまり、企業の規模に関わらず必要ないのですから、あらゆる意味で必要がないのであって、存在している価値はゼロの筈なのです。彼らは、アクセス数やページ・ビューといった、実は企業サイトにとっては重要でも何でもない指標を最大の価値であるかのように宣伝し、アクセス数やページ・ビューがウェブサイトやデジタル・コンテンツの効果を測る最も重要な指標であるかのように、検索エンジン企業と共にインチキな成功モデルを勝手に作り出し、検索エンジンでの検索結果における順位という、それこそ自分たちで勝手に作り上げた競技場で競うことだけが広告や PR やブランディングの有効性を測る全てであるかのように、デタラメを言い続けています。

しかし、先の各節でも指摘した反論に加えて、このようなデタラメには他にも幾つかの簡単な理屈で反論できます。

まず、検索することでサイトやウェブ・ページを探そうとするなら、ビジターは検索エンジンのサービス・サイトでキーワードを入力して検索しなくてはなりません。そして、既に誰もが知っているように、探したいサイトに関連する単語を幾つか漫然と入力するだけでは、既に夥しい数の検索結果が返ってきます。試しに、 大阪で印刷会社を探そうとして「大阪 印刷会社」というキーワードで検索すると、Google 検索では2,800万件のページがヒットします。さて、御社が大阪の印刷会社だったとしましょう。これから公開する自社のコーポレート・サイトが、「大阪 印刷会社」という検索で検索結果の何ページ目に(1ページで20件ずつの結果が出るとします)表示されると期待するでしょうか。まず確実に100ページ分を辿って行っても、御社のサイトは検索結果に出てこない筈です。なぜなら、このような一般的な単語は検索キーワードとして既に大量のサイトが属性として持っているため、先行して公開されているサイトのページや多くのサイトからリンクされている有名企業のサイトといった、幾つかの指標で評価されている多くの既存のサイトが圧倒的に「強い」からです(これは企業やサービスや商品の評価とは何の関係もない、検索エンジン企業が勝手に設定しているランキングの基準だということを理解しましょう)。よって、どういう SEO 会社に依頼しようと、「大阪 印刷会社」という二つのキーワード、つまり一般的な幾つかのキーワードだけで、御社のコーポレート・サイトが Google 検索の検索結果において、ビジターがアクセスしようと思うような順位に登場するということは、ほぼ不可能なのです*

*検索結果のリストよりも上に表示されるリスティング広告ですら、莫大な予算を投じても表示される保証はありません。あの個所に表示する広告はオークション制で決まるので、更に多くの予算をかけた企業に座を奪われる恐れが常にあります。リスティング広告はクリック単価で請求金額が決まる仕組みになっていて、だいたい一般的には月額で50万円ていどは費用かかるとされています。しかし、実は多くの企業ではリスティング広告に最初から過剰な予算を設定しておらず、管理画面で設定した予算を越えるとオークションへの参加が自動で停止するようになっているため、月額50万円という金額は、「それくらい費用をかける必要がある」という意味の金額ではないのです。しかし、黙っていても資金に余裕のある企業は闇雲に50万円を払ってくれるわけですから、こんな楽な商売はありません。それに、実際のところ誰がクリックしてアクセスしているか、分かったものでもありません(RPA のロボットでブラウザを自動制御することなど簡単にできます。というか、20年近く前ですら、僕はそういうロボットを PHP のプログラムとして走らせて、偽のアクセスをランキングのサイトへ大量に送ったことがあります。Google のことですから、そういうロボットの挙動を判定するしくみくらいは実装していると思いますが、本当に人がクリックしていたらどうでしょうか)。

そして次に、一般的なキーワードではとうてい御社のサイトが検索結果の1ページ目どころか10ページ目にすら出たりしないのですから、御社にとって重要な、独特のキーワードで検索してもらえばいいと思うかもしれません。しかし、致命的な問題があります。御社のサイトが検索結果の上位へ表示されるために最適なキーワードで検索してくれるよう、ビジターが都合よく御社にとって最適なキーワードを思いついてくれたりはしないという事実です。そんなことは、これもまた不可能なことなのです。潤沢な予算がある企業なら、テレビ・コマーシャルなどでキャンペーンのサイトやコーポレート・サイトを検索の上位に表示するための最適なキーワードを「『***』で検索!」などと芸能人に連呼させたりできるわけですが、大多数の中小企業には、フジテレビのゴールデン・タイムで坂道アイドルや吉本芸人にキーワードを連呼させるようなコマーシャルを制作して出稿する予算などありません。簡単に言えば、検索エンジンのランキングで上位に表示されるという目標を設定して取り組むことは、最初から無理ゲーなのです。

そのようなわけで、自社の企業活動にとって意味があるのかどうか、あてにならない検索エンジンからのデタラメな流入に期待するのではなく、きちんと自分たちがアクセスしてもらいたいと想定しているビジターに、予算や手間という点でも適正な範囲の方法でアクセスしてもらうことだけを目標としておくべきでしょう。そして、アクセスしてくるビジターにとって適切なコンテンツ(プルという点でもプッシュという点でも)を提供することに注力した方が良いと言えます。実際、コンテンツを適正に整備するよう注力した方が、アクセス数やビジターの質(コンテンツをしっかり読んでくれるとか、問い合せてくれること)では、皮肉なことに結果は良くなる場合があります。SEO に執着すると、どういう単語で文章を書けばランクが上がるのかとか、どういうアンカー・テキストやメタ情報が有利なのかという、小手先のテクニックや表面的なデータ処理だけを繰り返すこととなります。ビジターに利用してもらいたい情報は何なのかとか、自分たちが伝えたい情報は何なのかという観点を無視したり軽視して、ひたすらランクという数字だけにこだわるようになると、そのようなサイトは無能な営業代理店と同じです。自社のビジネスにとって有益でもなければ関係すらないビジターを闇雲に掻き集めるだけとなってしまいます。そんなビジターが何万人とアクセスしてこようと意味がないばかりか、逆に期待している筈のビジターを逃してしまう恐れもあります。

では、冒頭で引用した中の一節にある「お客様の満足度とお客様との信頼関係」を高めるためには、どうすれば良いのでしょうか。SEO のような小手先テクニックで検索エンジンの検索結果ページでランクが上がるような話題やキーワードを適当な比率で並べるといった、バカげた手法に何の意味もないとして、では逆にどのような設計やデザインやコンテンツを用意すればよいのでしょうか。もちろん、どのような業種や業容や事業内容の中小企業にも当てはまるような、いわば「銀の弾丸」とか「黄金律」と呼べるものはないでしょう(少なくとも、僕がそんなものを既に知っていたら、いま在籍している会社はとっくに退職し、コンサルティング業務を始めて数倍の所得を得ている筈です)。また、曖昧で抽象的な表現で多くの事例に当てはまるような、なんとなく理解できて否定することは難しくても、さてそれを実際に設計や制作の実務に当てはめて仕事するにはどうするのか、まるで分からないようなスローガンとか理論でも不十分に違いありません。そこで、まず基本に立ち返って考えてみることから始めましょう。

標準的なビジターの挙動

上記は、ごく標準的な経緯で企業サイトへアクセスするビジターの、これまたごく標準的な挙動を示しています。この三つのステップを見て、もちろんウェブ制作事業の現場にいるプロの人々も、いやそれどころか素人の方々でさえも、「こんな平凡な図を見せて何が言いたいのか。こんなことは誰でも知ってるぞ!」と突っ込みを入れたくなるとは思います。しかし、僕は素人どころかプロの多くも、このような図を観念あるいは常識としてしか理解しておらず、これらの推移や挙動が何を意味するのかを厳密に考えたことはないと言いたいわけです。そして、このような基本と言えるような事項を厳密に考えてみることで、何をすれば良さそうなのかが現実のウェブサイトの設計やデザインという状況にあっても、幾らか明確な指標とか判断基準として見えてくると強調したいのです。

たいていの標準的なビジターは、或る動機や目的や意図があって、検索エンジンや SNS で見つけたリンクをクリックしたり、営業担当者からもらった名刺に印刷されている URL をブラウザのアドレス・バーへ入力したり、もしくは雑誌やチラシに掲載されている QR コードをカメラで読み取った情報で、サイトへアクセスします。それ以外の事情や原因でアクセスしてきたビジターを、企業のウェブサイトの運営者は気にする必要などありません。そして気にする必要などないという意味は、そういうビジターが500万人いても無視して良いということでもあります。御社のビジネスにとって関係のないビジターが500万人もアクセスしてきたところで、それらは単なるサーバの負荷要因でしかありません。御社のビジネスにとっての意味や価値は、はっきり言ってゼロ(たとえゼロでないとしても、御社のビジネス目標や事業目的にとっては無視してもいい些末なもの)です。繰り返しますが、SEO 対策とかウェブ・マーケティングなどと呼ばれる小手先の手練手管は、御社のビジネスにとってそういう「ゼロの足し算」を薦めるような商売でしかありません。

つまり、上記の図で (1) にあたるステップを案件の仕様や与件に応じて、それぞれの制作会社が厳密に理解したり自分たちなりに定義してみるという手間をかけてみれば、既にこれまでの各節で述べたように、色々なことが分かる筈です。たとえば、トップ・ページで御社のアイデンティティを越えてまで過剰な宣伝をするのは効果がないばかりか、他にアクセスしてきた人たちへ伝えなくてはいけない情報を欠落させたり、あるいは過剰な宣伝によって掻き消してしまう恐れがあると分かるでしょう。それから、トップ・ページとランディング・ページを区別せずに扱っていますが、これもコーポレート・サイトへアクセスしてきたビジターに、目当てとする企業のサイトであることを即座に理解してもらえるようなビジュアル・デザインの一貫性が、トップ・ページであろうとランディング・ページであろうと必要であることを示唆するためです。

確かにトップ・ページ(フロント・ページ)は、他のページとは異なる役割をもつと考えても間違いではありません。しかし、それを本の表紙みたいな比喩として理解しているなら、間違いだと言えるでしょう。僕はしばしばウェブサイトの解説で濫用される、書物とのアナロジーを信用していません。ウェブサイトやウェブ・ページは、これらがもともと “hypertext” というモデルで考案された経緯から考えてみても、書物や雑誌という体裁がもつ特徴や制約を理想や基準としているわけはありません。したがって、ウェブサイトのトップ・ページをまるで本の表紙みたいに理解しているデザイナーや情報アーキテクトがいるなら、そういう人たちは、ウェブ・コンテンツのデザイナーや情報設計者として許されないレベルの錯覚を抱えて仕事をしていると言えるでしょう*

*たとえ、印刷物のデザイナーだったとか印刷物のデザイナーを兼ねているという経緯や事情があろうと、言い訳になるとは思えません。僕も1980年代には神田神保町で雑誌の編集者として働いていましたし、1990年代にはワープロの入力スタッフとして働いていましたから、ウェブ・コンテンツのデザイナーとして働き始めた当初は、僕もサイトのトップ・ページを「扉」などと呼ぶ一部の古い習慣に引きずられていました。

そして、ウェブ制作会社の大多数が創業してから10年も経っていない2000年代の初頭と言えば、とにかく既存の色々な業界や業種との軽率でデタラメな比較とか比喩が、ディレクターや経営者を読者と想定して書かれた書籍や雑誌記事として続々と出版されていました。しかし、それらの書籍や記事の殆どは、デザインの歴史や色彩心理学や消費者行動論を学んでいない、自分たちがたかだか新卒から5年ほど働いたていどの「未熟」と言ってもいい出身業界での経験を振り回してウェブ制作という事業や業界や業務を語っている、「夜郎自大」と言ってもいいような偏見や幼稚なたわごとだったわけです。何かと言えば、やれ建築業界ではこうだ、印刷業界ではこうなるなどと、実は自分たちの出身業界ですら出世も成功もしていなかった三流の営業マンや建築デザイナーや印刷会社の経営者が、新しいウェブ制作という業界で、自分たちと同じ出身業界に詳しい人が少ないというだけの事実にあぐらをかいて、オンラインでの営業とはこうであるとか、情報設計とは家を建てるようなものだとか、ウェブ制作会社はシステム開発ベンダーのようにこう経営するのがいいとか、下らない話を並べては三流どうしで業界団体を作ったり、電通や博報堂の下請けとしてしか意味を為していない人間関係だけでセミナーや資格事業を始めたりしました。こうした人たちが、世の中の趨勢に応じて次々とデタラメなセールス文句やサービスを捏造して販売してきたのが、残念ながら日本のウェブ制作業界の20年に及ぶ実態でもありました。よって、「ホームページ詐欺」と呼ばれるほどではなくとも、「マッシュ・アップ」だの「Web標準」だの「オンライン・マーケティング」だの「SEO対策」だのという、正確な意味や内容を実現しようと思えば、最低でも大学で関連する学科を修めてから何年かの調査や研究を経て始めて何かを解説したり議論できる筈の知識や技術を、たかだか芸大でイラストを描いたり、パソコン教室で老人にマウスの使い方を教えていた程度の人々が、翌日から本や雑誌の記事を書いたり、IT コンサルなどとして起業し他人から仕事を請け負うなんてことは、僕に言わせれば不誠実としか言い様がない恥ずべき行為です。

ここで疑問をもつ人はいるでしょう。では、どうして僕が本稿のような記事を書けるのか。本稿も、サロンの業界について書かれた本の内容を比喩として、ウェブ制作の業界とか業務に置き換えているだけではないのか。それなら、僕も結局は同じような夜郎自大になってしまっている錯覚を抱えているだけではないかというわけです。

まず僕の回答を言うなら、僕は本稿でサロン業界の人物が書いている内容を比喩として使ってはいません。「お客様」を「ビジター」と言い換えてはいますが、「お客様の満足度とお客様との信頼関係」が大切であると述べている内容には、何の比喩や比較も関係ありません。本書に書かれているとおりのことを、比喩としてちょうど便利に使えるからではなく、僕も内容として同感だからこそ引用しているわけなのです。実際、これまでの議論をご覧になっていれば、サロンの業界とか店舗の話をここで比喩として使いたいわけではないという但し書きを、僕が何度も強調していることが分かると思います。僕は、企業のコーポレート・サイトを美容室の店舗のようなものだとは全く思っていません。つくる手順や方法も、運営方針の立て方も、それから事業目的なども完全に違っていて、比喩になど使えません。(例えば、ウェブサイトには、ビジターがコンテンツを利用した後の「お見送り」なんて出来ません。技術的には、ページを閉じたというイベントを起点として、JavaScript を使って何らかの表示やレスポンスをブラウザで引き起こすことはできますが、まず大半のビジターに悪い印象を与えるでしょう。それに、ブラウザを閉じたときに動く onunload() という JavaScript の「メソッド」と呼ばれる機能は、実は悪用されることが非常に多いため、これを使っても動かない設定が標準になっているブラウザが増えています。)

次に (2) のステップへ移ります。ランディング・ページへ直にアクセスしてきたビジターが、そのページに書かれている内容を読んだり映像を眺めて、何らかの情報を得たいというだけであれば、最初に表示されたページの中で分かることを知るだけで、ビジターは満足してサイトから退出してしまうかもしれません。それを、ごく標準的で未熟なウェブ・マーケティングの人々であれば、単純に「滞留時間が短い」だの「直帰率」だのと言うだけでしょう。これが、数字でしかものを考えていない連中が本当のマーケティングや広告やセールスやサービスというものを理解していない証拠です。ランディング・ページに、どこかから直にアクセスしてきたビジターがコンテンツを利用するという行動は、それこそが (2) のステップに当たると考えなくてはなりません。そして、そういう理解のもとでビジターにとって有益な情報なり印象なりを持ってもらうように、デザインや情報設計を慎重に考慮してコンテンツを整備しておかなくてはならないわけです*。もし、上記のイラストでは (1) と (2) が別のページであるかのように描かれているから、異なるページへ「移動」したかのように間違えたのだと言う人がいるなら、その人は単に「遷移」という言葉を、ウェブ・コンテンツを制作するプロとして正しく理解していないだけのことです。目当てのコンテンツに遷移するということは、そのページでスクロールして目当てのコンテンツに行き当たるという意味にもなりますし、その場で何らかの別のレイヤー(よくあるのが lightbox や carousel という手法を使った表示内容の置き換えです)で別の画面が表示されるという意味にもなるからです。

*世の中にはデザインや消費者行動やユーザビリティの知識だけでなく、人の振る舞いや心理について殆ど知識も関心もないと思われる人たちが、口先だけで「マーケティング」や「デザイン」を語っているゴミのようなページとかブログ記事が無数にあります。そういうページや記事では、とにかく「滞留時間を延ばす工夫をせよ」と叫んでいるわけですが、僕らのようなプロのデザイナーや技術者に言わせれば、そうした「滞留時間を延ばす工夫」の大半は、ビジターを混乱させたり、無用なコンテンツを見せたり使わせる、「ダーク・パターン」と呼ばれる手法です。そのような手法は、ビジターの意図に応えるというコーポレート・サイトの一つの重要な目的を無視して、運営側の宣伝を知らせるという、もう一つのコーポレート・サイトの目的だけを強要する押し売りのようなものでしかありません。

そういう「滞留時間を延ばす工夫」には、次のようなものがあります。彼らマーケティング屋や広告屋や素人によれば、ビジターがウェブ・ページを閲覧する速度や効率を下げることで滞留時間を引き延ばせるため、必要があろうとなかろうとページに掲載している全てのコンテンツに目を向けなければ目当ての情報が得られないようにすることが望ましいそうです。例えば、メディアと呼ばれる情報サイトでも、やたらと記事を短文のページに分割したり、広告や見出しに書かれている話題が最後のページに短く書かれていたりします。中には、「★★★★(芸能人や話題になった人物の名前)の■■は…」というタイトルの記事で、内容を読むと「★★★★の■■は、わかりませんでした」と書いてある、典型的な釣りタイトル(clickbait)の記事も数多くあります。こうした手法は、アダルト・サイトのページ・デザイン、情報商材詐欺の文章構成、それから商品ディスプレイの知識を使った手法のようですが、コーポレート・サイトどころか EC サイトのデザインにおいても、このような手法がビジターの多くをイライラさせることは目に見えています。これを「サービス」とか「おもてなし」だと錯覚させる巧妙な口車を駆使するのが、インチキなマーケティング屋のテクニックでもあります。素人の場合は属人的な才能で無自覚に説得力のある文章を自然に書いてしまう、生まれながらの詐欺師みたいな人が多くいます。「コミュ力」などと称して口先だけの手練手管を弄している人たちの大半は、悪意や邪気がないならなおさら、悪いことをしていると説得したり自覚させるのが難しいため、実は本物の詐欺師や無能なマーケティング屋よりも始末が悪いとすら言えます。彼らにしてみれば、善いことをやっているという思い込みがあるからです。まぁ、似たようなことは昨今の話題にもなっている新興宗教の信者や陰謀論の信奉者にも言えますが。

そして最後に (3) のステップに移りますが、もちろんデジタル・コンテンツについてはサロンの店舗とは違って「お客様を見送る」なんてことはしませんし、ページを閉じたりブラウザのウインドウを閉じるユーザにサイト側から何かができるわけでもありません。また、JavaScript などの技巧を使って何かをしようと考えるべきでもありません(UX あるいは情報セキュリティの観点から言って、タブやウィンドウを閉じるときに何かが起きると、逆に多くのユーザは驚いたりサイトの運営者に不信感を持ちます)。ウェブサイトへアクセスして何らかの目的を果たしたビジターがタブやウィンドウを閉じようと、あるいは他のサイトへ遷移しようと、それをウェブサイトの側がどうこうすることはできません。したがって、ビジターがサイトから退出するということについて設計やデザインとしてできることはなく、やるべきこともありません。あくまでも、アクセスしてもらっているあいだにビジターが納得したり満足してサイトのコンテンツを利用してくれるようにしかできないのです。それがウェブサイトやデジタル・コンテンツの設計とデザインの現実であり限界です。

しばしば、「滞留時間が長い方が良いサイト(コンテンツ)である」などとバカの一つ覚えみたいなことを言う IT コンサルやマーケティング業者がいるわけですが、そういう人たちは企業のコーポレート・サイトをブラウザ・ゲームか EC サイトと混同しているのではないでしょうか。あるいは、ここ5年くらいのあいだに見かけるようになった、インチキなブランド・マネジメントの自称コンサルが言うような「会社のファンを増やす」などという御伽噺の舞台や社交場を、コーポレート・サイトで実現することが良いと思っているのかもしれません。しかし、暇な人ならともかく、中小企業の経営者や従業員として他社のウェブサイトを利用するのであれば、そういうバカげた話に貴重な時間を費やすのはやめましょう。企業サイトの利用価値や利用目的は、そして見方を替えるだけで同じことを言っているわけですが、企業サイトを構築・制作して提供する狙いや目標は、求める情報を得ること、あるいは伝えるべき情報を相手に提供することだけです。これが原則でもあり、必要最低限の要件であるとも言えます。これを無視したり軽視するような他の基準や用途や効果を過剰に言い立てて、まるでそちらの方が企業サイトの効用とか意味とか本質であるかのように言う人々は、要するに自分たちの提供しているサービスや自分が書いている本の内容を自己宣伝しているだけにすぎません。逆に言えば、そういう人たちの大半は、原則であるウェブサイトの情報設計やビジュアル・デザインの基本的な知識、技能、経験、情報、センス、あるいは学位をもっていない、はっきり言って自分自身の勉強不足や未熟さや学歴コンプレックスを打ち消す自己弁護をしたいがために、標準的で原則的なルールや考え方をデタラメに否定したり無視しているだけのことです。こういう人々は、口先では誰かのために事業をやっていると言いますが、実際には他人からの承認欲求を満たすために自分の都合で勝手な別の基準や尺度を捏造しているにすぎません(いや寧ろ、彼ら自身の基準や尺度に照らしても、こういう人々が実際に有能である証拠などないのですが)。もし自覚がなくてそういうことをしている人がいるなら、サイコパスの可能性があるため、周囲の方には精神カウンセリングを受けさせるようお勧めします。

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9. 「来るもの拒まず」は拒まれる

街行く人に声をかける時に「誰にでも喜ばれるサロンです」と言うよりも「40代の働くOLの方に喜ばれているサロンです」と言ったほうが反応率は高まります。さらには「40代のOLさん限定です!」とすれば、ますます反応はよくなるでしょう。対象を細かく絞れば絞るほど、それに当てはまる人の反応がよくなるという習性があるのです。

[向井, 2011: 74]

私は、HPはもうひとつの店の顔、いわば支店のようなものだと思っています。あなたの愛する店の本当のよさを余すことなく伝えてくれるのがHPだと思いますので、おろそかにせず、とことん活用していきましょう。

[向井, 2011: 24]

既に述べたとおり、SEO やリスティング広告のような闇雲な施策を使っても、御社の経営目標や事業目的に合致しない、ガラクタのようなアクセスしか集められないという議論をしました。上記の引用個所で語られている内容と同じく(いまどき「OL」なんて古臭い、解釈しだいで差別的と言える言葉はどうかと思いますが)、企業サイトも一定の目的や方針にしたがって制作され運営されている以上、あらかじめ設定されている(べき)基準とか対象に合致しないビジターが何百万とアクセスしてきても、はっきり言って何の価値もありません*。そんなビジターを「アクセス・アップ」などと子供の喚き声みたいなスローガンで掻き集めることに事業の予算を注ぎ込むことは浪費です。アクセスしてほしいビジターを(サーバの負荷が上がるといった技術的な原因だけではなく)効果的に呼び込んで、自社のサイトを十分に利用してもらうために最適化されたコンテンツを制作したり運用するという本来の目的を忘れてしまうと、サイトを利用してもらいたい筈のビジターに無視されたり悪い印象を与えてしまうコンテンツを設計したりデザインしてしまう場合も多いのです。企業サイトを設計したりデザインしたり運用するのは、あくまでもターゲットとして想定しているビジターへ最適化するためであり、検索エンジンごときに最適化するなどという愚行は本末転倒を絵に描いたようなものです。御社は誰に評価してもらいたいのか、ここで30秒くらい自問してみてください。それは、(システム開発を担う人間が言うのは奇妙かもしれませんが)たかが検索エンジンのロボットやアルゴリズムですか?

*いっときは未熟で幼稚な IT コンサルや自称ウェブ・マーケティングの専門家が、「アクセス・アップ」などと言ったり書いたりしていたわけですが、僕らのようなプロの情報設計アーキテクトやデザイナーやプログラマから言わせれば、そんなものは「たわごと」の類でしかありません。実際、そういう人々は15年くらい前には都内に蚊や蠅と同じくらいいたわけですが、彼らはいま何をしているのでしょうか。たぶん、そういう人々の 99.99% くらいはウェブの制作会社を経営するどころか、その下請け業務すら満足に受注できていないか、さっさと逃げて別の業界で口先だけの商売を続けているのかもしれません。そして、そういうバカげた指標にしがみついて成功した中小企業も、殆ど無い筈です。

もちろん、アクセスが増えるだけで売り上げに繋がるような業種や事業では成功した会社があったのかもしれません。テレビ大阪などで頻繁に放映されている、些末な「成功企業」の番組などで紹介されたり、二流のコンサルとかが翔泳社やプレジデント社などから紙屑みたいな事例紹介の本を出版しているかもしれません。しかし、「クリティカル・シンキング」と呼ばれる話題でご存じの方がいるように、そのような番組や書籍は「生存バイアス」と呼ばれる錯覚を利用したまやかしの実例です。アクセスをむやみに増やすだけで成功した僅かな事例を紹介するだけで、アクセスを増やすことが全ての中小企業にとって重要であるなどと論証できるものではありません。そして、企業の業績について言えば、成功した企業は自社の宣伝をしてもらえるのですから、成功するまでの経緯や事情などを色々と(脚色はあっても)語ったり、コーポレート・サイトでわざわざページとして記録していたりするわけです。そして、倒産しない限りは記録として残り続けます。でも、失敗した企業は SEO やリスティング広告に予算を投じ過ぎて失敗したとか、果ては倒産したなんて自ら公に発表するわけがありません。そしてさらに、これは経営学という学問でも現実に研究や調査にとっての大きな障害とか課題だと見做されているわけですが、或る施策を採用したせいで倒産した企業の記録や情報は殆ど残らないのです。企業が倒産した場合、経営者の背任が倒産の原因ではないかとか、何らかの法的な証拠として残す理由があるときは別ですが、ふつうその会社の会議録や帳簿を債権者がわざわざ回収したり保存しようとする理由などありません。ましてや経営学の研究に使うといった理由で、倒産した企業の経営者が記録や帳簿を譲渡する事例も殆どないでしょう(それを売却したところで、債権者にとっていかほどの回収となるのでしょうか)。これは、僕が社内研修の課題図書として読んだ Good to Great(『ビジョナリー・カンパニー2』)というジム・コリンズ氏の有名な経営書について、研修のレポートで指摘したことでもあります。また、実際に Good to Great の後から出版された経営書でも、Good to Great が掻き集めた企業のデータは、そもそも記録として利用できる「生存している企業」の情報だけを使っており、同じような施策を採用して失敗したり倒産した企業の情報を無視していると指摘しているものがあります。

サイトを利用してもらいたい相手や、自社の情報を知らせたい相手に、そもそもアクセスしてもらう方法については議論しません。ここでは、アクセスしてきたビジターに対して、彼らの意図や目的にとって最適化していると言えるコンテンツを設計したり、運営側である企業の伝えたい情報を配置したり表現するために最適化しているコンテンツをデザインするという点について議論します。すると、まず最初に情報設計やビジュアル・デザインをあれこれと考案するよりも前に、企業のウェブサイトを公開し運営するということがどういうことなのかを、自社の経営目標とか事業目的の一部へ正確に位置づけるということが必要になります。コーポレート・サイトの構築や運営が、自社の経営とか事業にとって関係がないか些末な影響しかないと思っているなら、サイトはそのようなものとしてしか機能しません。役立てる気もなければ活用する工夫を考えるつもりのない人にとっては、どういう道具も殆ど役割や機能を果たさないのです*。(本稿の冒頭で、自社にとってコーポレート・サイトが本当に必要なのかどうかを考えて決めるべきだと書いたのは、これも理由の一つです。必要だという経営もしくは事業での理由がはっきりしていないのに、コーポレート・サイトを立ち上げたところで、それは誰も真面目に眺めようとはしない看板を自社ビルの屋上に掲げるような事でしかありません。完成した看板を経営者が眺めて悦に入っているだけでは、経営や事業の役になど立たないのです。)

*もちろん、逆にウェブサイトを公開して運営するということに、過剰で過大な期待や想定を与えてはいけません。たとえ御社がオンライン・サービスのネット企業であろうと、コーポレート・サイトを公開するだけで御社の売り上げが倍になったりするような魔法は存在しないからです。これも、20年近く前のイカサマ師と言っていいようなコンサルが「世界に情報を発信して売り上げアップ」などと、掲示板やブログ一つを自分で運営したこともないくせにデタラメなことを色々な本に書いたりセミナーで喋っていましたが、そういうことを喋ったり書いていた人々が Google や Microsoft やマッキンゼーの上級副社長や外部取締役や顧問になったなんて実例は、世界中に一つとしてありません。

中小企業にとってのコーポレート・サイトは、その役割や目的や機能から考えると、もちろん構築して運営する会社の経営目標や事業目的によって幾つかの可能性があるとは思いますが、僕は一つの事業所として扱うべきだろうと思います。僕が2008年に書いたウェブ制作業界についての記事でも、これと同じことを述べました。そして15年近くが経過した現在でも、僕は同じことを躊躇なく言えます。広告や public relation 施策について、2008年の昔も2022年のいまも、「ヴァーチャル vs. リアル」の区別など意味がありません。ウェブサイトには企業の広告やインバウンド施策などにおいて、どう考えても現実の用途や目的や価値や機能があり、これをリアルかヴァーチャルかと区別して何か特別なことを想定したり期待するべきだと考える必要などないのです。それは、単にこれまで自分たちがやってきたことにしか慣れていない人々が、新しいアプローチというよりも寧ろ違ったアプローチを「ヴァーチャル」などと呼び始めて、何か別の人材を採用したり、別の手法を知らなくてはいけないかのように錯覚したり、あるいはそれを知っていることで新しい金儲けができると思いついただけのことでしかありません。もちろんオンラインのデジタル・コンテンツに、従来のメディアで扱われているコンテンツと異なる特性があるのは事実でしょう。しかし、たとえば YouTube で配信する動画にテレビ・コマーシャルの映像とは違ってリンクが付いているていどのことで、広告や宣伝という観点で言って何か重大な違いがあると思っているなら、あなたはインターネットが存在していなかった時代においてすら、メディアやコンテンツというものを未熟で不正確にしか理解していないことになります。

次に、コーポレート・サイトのビジターについて想定するべき(そしてその想定を前提や仮説としてサイトの設計やデザインを進めるべき)論点は、第8節の最後で展開した議論と関係があります。それは、「会社のファンを増やす」などという目的をサイトに設定することは間違いだという議論です。この議論を少し分解してみましょう。まず、企業自体や商品やサービスの「ファン」になってもらうことは、御社の経営目標や事業目的に合致しているでしょうか。そして、「ファン」を作るための技巧として提案されたり薦められる内容は色々とありますが、要するにコーポレート・サイトのリピーターになってもらうことが必要条件となっているらしいのです。しかし、仮に御社が「ファン」を増やしたいと望んでいたとしても、それがすなわちコーポレート・サイトのリピーターを増やすことと同じであるかどうかは、自明ではありません。

結論から先に言うと、会社の「ファン」を作るとか増やすといった寝言は論外ですし、僕はそもそもコーポレート・サイトというものはリピーターが増えることを目標として設計したり運用するものではないと思います。実際、 企業サイトは、たいてい一度しかアクセスされません。たとえ、その後に取り引きが始まるとしてもです。だからこそ、そのチャンスを逃がすことは許されません*。伝えるべき情報とそうでない情報との優先順序を取り違えた情報設計やビジュアル・デザインで情報の提供、伝達、アピールに失敗することは、単純に機会損失であり、事業目的にとっての(正確な測定や計算はできないとしても)マイナスと言うべきものです。 しばしば、2000年代の初頭に愚かな人々が「ウェブサイトは簡単に修正できるメディアだ」などと宣伝しましたが、一度しかアクセスしてもらえないチャンスを逃せば、後で修正しようと改善しようと面白くしようと、誰も過去に閲覧したページが修正されているかどうかなんてことに関心は持ってくれません。雑誌や新聞紙上で過去の記事の内容を訂正しても殆ど意味がないのは、これが理由です。ウェブのコンテンツも、同じページへ頻繁に繰り返してアクセスするような EC サイトやゲームのサイトならともかく、キャンペーンのプレゼント応募サイトとかコーポレートサイトの場合は、内容がどう更新されているかなんてことをビジターが気にして定期的にアクセスしてくれるなんてことは、事実としてありませんし、頻繁にアクセスしてくれるように設計することにも意味がありません。仮に、Google の “Google Doodle” と呼ばれる特別なロゴで実装されることがあるミニ・ゲームの類を、御社のコーポレート・サイトのフロント・ページ(トップ・ページ)に採用したとしましょう。それで御社の売り上げや認知度が上がる(単に Twitter などで話題になるなんて下らないことではなく、御社の取り引きやサービスへの紹介が増えるという意味で)と期待しますか。そして、リピーターを作ったり増やすために、定期的にミニ・ゲームを開発し実装しては SNS や検索エンジンのリスティング広告で宣伝することに多額の予算を注ぎ込む必要があると思いますか。

*些細な事例ですが、決して軽視してはいけない事例をご紹介します。それは、ランディング・ページにアクセスしたビジターがフッタやヘッダに掲載されているアンカーをクリックするときに、コーディングを間違えて会社概要や問い合わせフォームへアクセスできなくなるだけでも、ビジターにはその会社が倒産したと誤解されてしまう危険があるということです。Twitter などでツイートされた日には、問い合わせて確認しにくる相手がいればマシな方であり、何も気にせず取引相手の候補として多くの人に無視されてしまうという機会損失がどれほどになるかは予想不能です。

フッタからのリンクなんて些細なことだと思うかもしませんし、実際にそう思っている制作会社や運営者のクライアントが多いからこそ、リンクのミスは放置されがちです。プロのウェブ・コンテンツ制作者として20年近くの経験を持つ僕の印象では、フッタやヘッダに掲載されているアンカーがコーディングの間違いで正しいコンテンツにリンクしていない事例は、恐らくみなさんが想像しているよりも多いですし、上場企業のコーポレート・サイトですら10社に1社くらいの割合でリンクのミスが放置されているという経験則があります。

そのサイトのオリジナルなデザインで制作され用意されている 404 Not Found のページが表示されるなら、体裁やレイアウトの一貫性は保たれるのだから、ミスがあっても構わないと思う人はいるかもしれません。しかし、そもそも目当てのコンテンツにアクセスできないというビジターの困惑を、そんなページで解消することなどできません。よく、そういうオリジナルの 404 Not Found のページには、トップ・ページに戻って探し直せとか検索してみろなどと書かれてありますが、これは DX という観点で言えば非常に傲慢な態度であり、決してそのようなことを 404 Not Found のページに書いてはいけません。それに、実際にページを探し直す人など殆どおらず、競合のサイトへ移ってしまうか、そのコンテンツに関わる話題を別の話題に移してしまうだけでしょう。アンカーを提供しておいてリンクできないという時点で、それはどう考えても失敗なのです。店内に入ってきたお客さんが「商品を見せてもらえますか」と言っているのに、店員が「すみません、入り口から入りなおしてください」などと言ったらどうでしょうか。

逆に言えば、ビジターは一貫した関心や動機を推定できるような行動原理や判断基準をもってサイトへアクセスしコンテンツを利用しているわけではないと想定することが、ウェブサイトを設計する際のモデル(ペルソナと呼んだりします)として妥当だと考えられます。ビジターの多くがこのように判断したりふるまうと推定しなくてはいけない一つの理由は、もちろんオンラインにはウェブサイトやページが膨大にあるからです。確かに「ブックマーク」というものはブラウザにありますし、「巡回先」という特定のサイトを選んでアクセスする習慣がある人も多いでしょう。しかし、そのようにしてアクセスするべきサイトが100も200も増えてくれば、そのうちブックマークしたサイトの大半も忘れられてしまいますし、巡回先にも優先順位ができて取捨選択が始まるのは当然でしょう。そして、何を重要だと考えるかは、やはり常に現状でビジターが何に興味や関心や責任があるかという事実によって決まるため、ビジターにとって常に関心をもつ必要があるか常に関心を持つ職責があるような情報源でもない限りは、特定のウェブサイトへ頻繁にアクセスする理由などないのですから、リピーターになどなるわけがありません。

そして二つめの理由は、企業のコーポレート・サイトが常に最新の情報を即座に公表するための手段でないことを、みんな知っているからです。是非の問題はともあれ、最近だとソーシャル・メディアの方が情報をリリースする手段として有効だと考える企業もある筈です。それに、コーポレート・サイトにはあらゆる情報が掲載されているわけでもないのですから、実際に取り引きが始まってしまえば、コーポレート・サイトへ頻繁にアクセスするよりも、その企業の営業担当とチャットで会話したり電話で話す方が知りたいことを即座に教えてくれると期待する方が自然でしょう。コーポレート・サイトへアクセスするビジターの多くは、興味をもった会社の概略が分かればいいわけであって、そのサイトに自分が知りたいことが何でも公表されているとか、リピーターとなって何度かアクセスしていれば公表されるなどと期待したりはしないのです。また、これは企業同士の取り引きで相手企業の社員とやりとりしていれば分かることですが、コーポレート・サイトに書かれている内容が企業の実情を正確に表しているとも限りません。企業理念や経営方針など、現場の社員の判断や行動には(成功事例ばかり掻き集めている二流の経営学者には気の毒ながら)殆ど反映されません。会社案内のパンフレットやコーポレート・サイトに何を書いていようが、関係がないのです。そして、多くの社会人は(自覚があるかどうかは別としても)実感としてそれを分かっているため、事実に関わる内容を除けば、コーポレート・サイトで公表されているコンテンツの大半をどのみち無視します。(コーポレート・サイトについて調査したり研究している人がいたとして、その人物に、掲載されていた経営理念なりメッセージを一つでも覚えているかと尋ねてみればいいでしょう。ちなみに、僕は自社の企業理念はかろうじて覚えていますが、他社のスローガンなんて覚えてもいなければ興味もありませんね。)

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10. 駅前のチラシ配りにアルバイトを使わない

[...] チラシを配る目的は「お客様に来店していただき、喜んでもらう」こと。そのためにわざわざお客様を絞り込んで精度を上げようとしている訳です。

でも、アルバイトの目的は違います。「チラシを配る」のが目的。そうです。チラシさえ渡し終えれば、その後お客様が来ようが来まいが関係ないのです。店のお客様には絶対に似つかわしくないような人にまで平気でチラシを配るのです。

[向井, 2011: 76]

ここまでの議論から、既に上記の引用で僕が何を議論しようとしているかは、おおよそお分かりかと思います。一つめは、もちろん何度も書いているように、SEO 業者やウェブ・マーケティングを名乗るデタラメなコンサルの書いたり話していることなど一言も参考にする必要はないということですし、もう一つは、御社の経営目標や事業目的について、それがたとえ建前や理想論であろうと、理解できないか理解しようとしないウェブ制作会社や個人事業主に、ウェブサイトの設計やデザインや制作を委ねてはいけないということです。しかし、どちらにしても共通しているのは、上記の引用個所でも言われているように、企業としてウェブサイトを構築・制作し運営する目的について、コミットする資格も意欲もない相手に仕事を任せることはできないということです*。SEO 業者や未熟なウェブ制作会社に欠落しているのは、知識や技術だけではなく、要するに企業取引においては当たり前と言える基本的なビジネス・スタンスなのです。

*ここで「コミット」と表現しましたが、多くの場合にコミットメントとは一定の成果を確約するという意味で使われています。ここでは、法的な責任とか品質保証という強い意味は含めていません。そういう責任まで相手に持ってほしいなら、当然ですが企業同士の取引は子供の口約束や指切りげんまんではないのですから、個別業務委託契約書に「委任契約」ではなく「請負契約」であると記載し、どういう成果を予定するか明記するべきでしょう(成果が得られなければ契約不適合責任を求めることとなります。昔の言い方だと「瑕疵担保責任」ですね)。SEO 業者や IT コンサル、そしてウェブの制作会社で、開発ベンダーのように成果物のパフォーマンスまで含めて請負契約での業務を受ける事例は殆どないでしょう。成果の保証など誰もできないからです(システム開発の場合、パフォーマンスのような非機能要件まで含めて成果を保証しても、それは自分たちで改善したり調整できる範囲の話だからです。アクセス数や使い勝手のように不特定多数のビジターによる挙動を尺度にした成果を保証することは、誰であろうと難しいでしょう)。そして、ここまでの議論を繰り返しますが、仮に SEO 業者がアクセスを倍にするなどと成果を保証したところで、どれほど確実に業務が履行されようとも、それは最初から御社の事業目的とは関係のない成果なのです。上記の引用個所にあるとおり、「店のお客様には絶対に似つかわしくないような人にまで平気でチラシを配る」も同然の無駄なことをやって、どうでもいいアクセスを増大させているだけにすぎません。

もちろん、技術や知識だけではなく意欲や責任もある人たちへサイトの制作なり運用を任せるべきだと書いているからといって、僕はここで社内に設計やデザインや制作のスタッフを採用しろと言っているわけではありません。逆に、多くの企業では専門のスタッフを採用したていどのことで、人が自社の経営目標や事業目的にコミットしてくれるという錯覚に陥っているとすら言えます。外部の取引先であろうと自社の従業員であろうと、人が或る目的や目標について正確かつ誠実にコミットしてくれるためには、一定の説明や研修や評価が必要です。自社の社員として雇ったくらいのことで人が会社の目標を正確に理解したり誠実に業務を遂行してくれるなどという考えは、甘えているというよりも、会社とか組織というものを経営者が理解していない証拠です。どういう事情で入社しようと、人が生きる目的や動機は会社の経営目標や事業目的とは違います。また、各人が生活している環境や生きてきた経緯も違うため、本質的に組織というものは異なる方向を向いた人材を、せいぜい共有できる範囲の目的について協働させる仕組みでしかありません。そこを越えて思考や行動を過剰なほど一致させようとするのは、ヤクザか宗教団体くらいのものでしょう(朝礼などで奇妙な風習を全員で実行している、宗教団体も同然の会社だってたくさんあるわけですが、そんな例外はどうでもいいです)。

ともかく、サイトの制作や設計についてコミットしてもらえるようにするために、発注側は自社の経営目標や事業目的を明解に表現することが先決です。これをしない限り、コーポレート・サイトを公開するどころか、自社の社員に会社の方針を理解してもらうことすら難しいでしょう。自社の従業員が理解してもいないことを、ウェブサイトのページを眺めたていどの取引先社員や採用応募者に、どうやって適切に伝えられるというのでしょうか。そして、これができない限りは、会社そのものの経営にとっても方針や(建前であろうと)理念がないということになります。そういう会社が企業紹介のパンフレットを印刷したりコーポレート・サイトを公開しても、張りぼては簡単にバレます。また、新卒など経験の浅い採用応募者を騙せても、結局はそれが社員の定着率の低下に直結するのは自明でしょう。歩留まり率さえ確保できれば、1,000人が入社しても10年のあいだに10人ほど残ればいいという大企業の営業部なら構いませんが、中小企業にそんな採用活動の無駄金はないでしょう。つまり、率先して経営陣こそが自社の理念や方針を掲げてコミットすることが大切です。それなくして、企業サイトを公開したところで、その効果はバイトが駅前でティッシュを配ってるようなものでしかありません。

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11. 初めてかかってきた電話を切らせないテクニック

中にはお客様を逃したくないあまり、無理に会話をつないだり強引にでも予約を入れようとしてしまうサロンもあります。ただこれもしゃべり過ぎ同様、お客様に不安感を与えることになってしまい、よくありません。あくまでお客様に来たいと思っていただくことが大事です。

[向井, 2011: 90]

既に説明したとおり、コーポレート・サイトは殆どのビジターが初めてのアクセスだけで二度とアクセスしない可能性が高いという特徴があります。たとえ御社と取り引きが始まった企業の社員としてアクセスしようと、いちどサイトの様子を確認されたら、大半の人は二度とアクセスしません。有名人のブログや大企業の単独商品やブランドを扱うサイトのように、定期的に更新される有名なコンテンツがあったり、あるいはプレゼントなどの販促活動が頻繁に実施されるといったサイトでもない限り、企業のサイトへ定期的に何度もアクセスする人なんて、もともといないわけです。企業サイトは、要するに一度だけの大切な機会を無駄にしないよう設計され、制作され、運営されなくてはなりません

しかし、それを分かっている人たちが多くいながら、過剰なビジュアル・デザインを投入して良い印象を残そうとする技巧ばかりが、世界中のウェブ制作業界で30年ほどの間に進展してきました。それらの多くは逆に人を不快にさせたり(何か文章を読もうとすると、画面の真ん中にメール・マガジンへの登録を促す画面が出てくるとか)、場合によっては制作・運営側の差別意識を露呈するものだったり(たとえば、「日本人向け」と称してサイトのトップ・ページに富士山や芸者の画像が使われたらどうでしょうか。差別ほどではないと思う人はいるでしょうが、海外では「アメリカ人向け」と称してカウボーイやハンバーガーの写真を表示されたり、「フランス人向け」と称してフランスパンやヌードの写真を表示されたら怒り出す人がたくさんいると思います)、そして最近の流行語である「ダーク・パターン(“dark pattern”)」となっていることに気づかない UI や UX になったりしています(わざと紛らわしいアンカー・テキストを採用して間違ったページへ誘導し、それだけのことでページ・ビュー数を稼ぐとか、あるいはサイト内を堂々巡りさせて問合せフォームに辿り着き難くするテクニックが、まことしやかに大企業のサイト制作技術として採用されていたりします)。これら多くの技巧は2000年代の初め頃までに当たる初期のウェブ制作業界を広告代理店や出版社や一部のネット企業の力を借りて根拠もなくリードしていた、情報設計や商業デザインについて殆ど見識も経験もない人々(特に、建築業界や広告業界や営業代理店業界から入ってきた「流れ者」と言っていいような連中)が引き起こした、業界全体を取り込む集団催眠や錯覚というものです。

つまり、ウェブサイトが認知度やブランディングという目的や機能だけをもつという錯覚あるいは嘘は、いまやまともなレベルのプロのウェブ制作業務においては許されません

オンラインのメディアに広告や宣伝に関わる機能や用途があることは否定しませんし、ウェブサイトの構築や設計に広告業界の知恵が活かせることもあるでしょう。それは否定しません(本稿も、サロン業界で培われた一つの知恵や経験を参考にして書いています)。しかし、初期のウェブ制作業界に関する実務や制作業務や経営について、「電博(電通・博報堂)案件」を扱う制作会社のスタッフや経営者、つまり当時の「有名人」が書いていた内容は、彼らの出身業界に偏向した理屈、すなわち昔話の類でしかありません。よって、彼らの理屈の大半は Google や Facebook や Twitter や Salesforce といったオンライン・ビジネスを展開する巨大ネット・ベンチャーでは何の価値もなかったわけです。逆に、広告業界では有名だった佐藤某というプロデューサーが大手家電量販店のサイトをデザインして大失敗に至った話は、いまでもウェブ制作業界では有名でしょう。彼ら国内の取引関係だけの有名人が翔泳社や日経BPなどからウェブサイトのデザインや制作会社の実務について何を書いていようと、大手のネット・ベンチャーからは完全に無視されていたのです。しかし、ウェブサイトの設計や構築や制作といった実務は、ウェブサイトの用途がネット・ベンチャーのサービス・サイトであろうと企業のコーポレート・サイトであろうと、一貫していて体系的な知見や技能で支えられている筈ですし、そうあるべきでもありましょう。よって、広告や宣伝だけの役にしか立たない「打ち上げ花火」の設計やデザインを企業サイトの設計やデザインに持ち込んで疑わないような人々には、どう考えても何らかの錯覚や偏見が隠れているとしか思えないわけです。そして、実際にそうであったがために、グローバル企業や、グローバルにサービスを展開するネット・ベンチャーから、そういう有名制作会社は見向きもされなかったのでしょう*

*彼ら「有名制作会社」が一時的にグローバル企業のコーポレート・サイトの上流工程に採用されるケースは、もちろんあります(ただし、その場合でも本社が日本企業だったから担当できたのでしょう)。僕の所属する会社も、大手のグローバル企業のウェブサイトで一部のコンテンツを制作するために、そうした国内の有名制作会社が勝手に作ったレギュレーションに従って仕事をしていたことがあります。でも、そのレギュレーションを今でも保管していますが、情報設計どころか広告・宣伝・広報という観点から言っても、そういうレギュレーションは勝手な理屈や思弁で組み立てられた、アマチュアの書いたシステム開発の仕様書みたいなものでした。前のセクションでも書いたように、彼らと他の中堅どころの制作会社とのあいだに数パーセントの差しかないと書いたのは、こういう理由もあります。

コーポレート・サイトを利用する人々の現実的な心理や事情や行動記録から言っても分かるように、企業サイトへアクセスしたビジターはコンテンツに接する機会が二度とないと想定して、ウェブサイトを設計したり制作しなくてはなりません。したがって、企業サイトの設計やビジュアル・デザインやコンテンツの文章には、不明な点があればアクセスしなおしてくれるとか読み返してくれるといった、甘い思い込みが通用しない厳格な情報設計が求められます。企業サイトの設計やコンテンツ制作は、子供の趣味やサークル活動のレベルでは絶対に到達できない次元で、職業人として他人からお金をいただいてしかるべき仕事をするべきです。せいぜい芸大や専門学校で遊び半分のお絵描きを教わったていどの人々が口にする「クリエーティブ」といった言葉で、企業人が惑わされてはいけません。企業サイトの目的や用途は、そんな見た目だけの感情操作ではないのです*

*感情操作の産物に億単位のお金を注ぎ込んで絵画や彫刻を買い集めるのは、もちろん構いません。それも一つの文化的な活動ですし、場合によっては画商などの企業活動でもありえます。しかし、企業のウェブサイトの設計やデザインに同じ価値観や業務課題を持ち込むのは、やめてもらいたいと望んでいます。プロの画家も商業デザインに関わることはありますが、企業サイトのデザインが芸術活動とは違うことくらい理解しているでしょう。商業デザインは、人生をかけて長い時間を費やして構わないような活動とは違います。企業には、そういう活動を継続する財務的な余裕も理由もありません。企業の経営者が個人として美術館を建てたり、企業の CSR として美術館を運営しているのは、コーポレート・サイトの運営とは完全に目的が違います。

念のために補足すると、日本では CSR と言うと盲導犬の飼育団体に寄付するとか近所の公園を社員が掃除するといった活動を指していると錯覚している人も多いのですが、もともとは CSR は BCP のような他の規格にも言えますが、ヨーロッパの IEC/ISO という規格として、核戦争でインフラが破壊された状況を想定した企業のありかたを議論した成果です。中国、北朝鮮、そしてロシアに囲まれていながらどうしてこういうリアリティに気づかないふりをしているのか、日本の多くの人々には滅びの美学とか諦観が染みついているのかもしれません。先進国にあって抜きん出て自殺率が高いのも理解できます。

そのサイトへ後で再びアクセスしようとしなかろうと、誰でも初めてアクセスしたときは初回のビジターです。よって、初めてアクセスするビジターを考慮した設計やデザインは、いかなる用途のウェブサイトであろうと必要です。企業サイトの運営目的は、ビジターに何らかの情報を伝えたり、あるいは問合せ等の行動を選んでもらうことだったりします。そして、繰り返して注意しておくように、広告や宣伝という偏った経験や発想だけでウェブサイトの設計やデザインについて発言したり書いている人々の間違ったアドバイスは通用しません。それは、見た目のインパクトで良い印象を与えることだけにサイトの機能を特化する愚行を犯したり、あるいは先の節でも書きましたが、ウェブサイトのリピーターを増やすという間違った目的を設定して、企業サイトを設計したりデザインしようとしてしまうことです。企業のコーポレート・サイトにファンやリピーターや感動なんて全く必要ないのです。そういう間違った目的を設定してしまうからこそ、企業サイトのコンテンツとして(もちろんあっても構いませんが、どう考えても主目的とは関係のない)イベント会場や演芸場みたいなものを企業サイトの必須要素であるかのように作ろうとするのでしょう。そして、そういうものを作ろうとするなら若者の感性が必要であると信じられているため(実際に流行のお笑い番組や YouTube の動画やアイドルのコンサートや最新のアニメ作品を企画したり制作したり公開しているのは若手じゃなくて30代以上の人々なのですが)、殆ど実績のない芸大の新卒や専門学校を出たばかりの小僧にコーポレート・サイトの設計や製作まで委ねてしまうという愚行を、これまで夥しい数の企業が繰り返してきました。若手の制作者にも、もちろん有能な人材はいます。しかし、若手にこそ委ねるというのは、逆の意味での偏見ですし、しかも間違った目的に適合するための偏見なのですから、二重の意味で深刻な誤りだと言えます。

大半のビジターが初回のアクセスだけで終わるという想定でサイトを設計するからといって、サイトを運営する側からビジターに求める行動を半ばクロージングへと強制したり、あるいは狡猾に誘導するような UX を提供することは好ましくないと言えます。それは、この節の冒頭で引用した個所が説明している通りです。そういう UX は、たいていの制作スタッフなんて大同小異の才能しかないのですから、誰が考えつこうとも世界中で短期間に陳腐化したりパターン化してしまい、更にはもっと無能な人々によって簡単にコピーされてしまうので、ありきたりの利用体験しか提供できずに、多くのビジターをウンザリさせることとなります。たとえば、初めてアクセスしたビジターへ闇雲にメルマガへの登録を促す画面を見せるとか(メルマガの運営会社がマーケティング手法として効果があると言っているにすぎません)、ウェブ・ページの右下に、相手がどういう人物なのかも分からないライブ・チャットのオペレータへ接続する巨大なボタンを常に配置するとか(これもヘルプ・デスクやインターネット通話サービスを運営する企業が効果的だと宣伝しているだけのことです)、多くの企業サイトでパターン化した UI には、実はビジネスとしての効果は殆どありません。僕は本稿で、企業サイトについて「活用する」という表現を使っていますが、だからといってサービス・サイトでログインした後の画面と同じように、サイトへアクセスしているのが運営側からも分かるようになっている状況で、ライブ・チャットを使ったヘルプ・デスクを提供することは、企業サイトにライブ・チャットのボタンを配置することと訳が違うのです。まだその企業を取り引き相手として、あるいは採用活動の応募先として決めてもいない人々が、サービス・サイトの登録ユーザと同じ気軽さや権利意識でアプローチしてくれると想定するのは、ビジターについての拙劣な錯覚に陥った設計やデザインだとしか言い様がないでしょう。

このように考えると、自然な結論として、ここでも企業サイトに過剰なコンテンツ(例の、おもてなしの裸踊り)は必要ないと言えるでしょう。そして、こう考える人が増えたからなのか、ここ最近はコーポレート・サイトの設計に極端なミニマリズムが採用される傾向もあるようです。つまり、コーポレート・サイトを SPA (single-page application) として制作するという傾向です*。しかし、僕が見ている限りの経験で言えば、SPA を採用しているコーポレート・サイトの大半が、逆に企業として開示するべき情報の多くを欠いて信用を低下させているようにも思えます。単一のページにコンテンツの大半を詰め込もうとした事情から、企業として提供するべき情報が何であるかをわきまえずに、単なるファイル・サイズの問題だけでコンテンツを決めてしまうという、未熟な人々にありがちな本末転倒を数多くの事例で起こしているわけです。それに、SPA はスタート・アップ企業に採用される事例が多いという状況を見れば分かるように、はっきり言って実績もなければ事業の価値も低い、未熟な企業のフォーマットとして見做される傾向があります。もちろん、必要以上に多くのページを公開しても無駄であるばかりか、管理に余計なコストもかかりますし、ビジネスとしても意味はありません(コーポレート・サイトのコンテンツが充実しているからといって、EC サイトではないのですから、取り引きの拡大や増加には関係がありません。よく、その会社で扱っている事業や商品を個々の独立したページで過剰にブランディングしたり詳細に解説しようとするサイトも見受けますが、殆ど運営側の自己満足の類です)。

*SPA は、国内では情報商材の(詐欺)サイトが採用している「ペライチ」などと混同されていますが、SPA は営業手法という理由で単一のページになっているわけではなく、技術的な理由で単一のページになっています(“application” という言葉を使っている理由は、そこにあります)。SPA では必要に応じてコンテンツを切り替えたり読み込むような Ajax が多用される傾向にあり、アクセス解析という観点からも、ページの遷移という曖昧な指標にしかならないデータではなく、具体的にボタンをクリックして表示を切り替えるというアクションを計測の指標にしています。また、一時期は Google が AMP というルールを採用して、スタイルシートや JavaScript のコードを HTML ファイルに全てコーディングするようなフォーマットを推奨したために、それへ最適化することが得策だと判断した制作会社が単一のページに詰め込むようになり、更に SPA を普及させたというわけです。

しかし、ビジターの指向や意図を知るためにページ遷移では不十分だから SPA で内部アンカーを使うとか Ajax でコンテンツを意図した内容に切り替える仕組みを採用するのだという意見は、はっきり言ってユーザビリティやアクセス解析のコーディングを設計したり実装する知識や技術がありませんと無能な人が自己紹介しているようなものです。なぜなら、ビジターの意図を正確に測るということはビジターの意図と正確に合致するアンカー・テキストでリンクやコンテンツを提供すれば済む話だからです。また、それを内部アンカーやボタンでコンテンツを直に切り替えたりロードして提供しないと、テキストでリンクしてある他のページへ遷移させるだけではビジターの意図が正確に分からないというなら、遷移した先でビジターが何を探したり閲覧したのかをトラッキングすればいいだけのことです。そういう技術がないからこそ、紙芝居のようにボタンを押してコンテンツを見せるだけの芸当しか思いつかないのですから、これが無能でなくて何なのかと言いたいところです。

これまでも強調してきたように、企業サイトの機能や目的は、ビジターの知りたいことを伝え、ビジターに伝えたいことを知らせることです。これには業容や事業内容や業種などによって色々な手法やバランスもある筈ですが、ここでは多くの企業サイトに見受けるバランスの悪い点を指摘しておきます。大半のビジターが一度しか利用しないコンテンツであると想定して設計したりデザインするのですから、(検索エンジンに最適化するのではなく)利用してもらいたい相手に最適化したサイトやコンテンツを提供できることが最善でしょう。しかし、多くの企業サイトでは、たとえば問い合わせフォームの設計やデザインに多くの不備が見受けられます。わざわざ質問や意見あるいは照会という動機や目的や意図があってフォームの画面へアクセスしたビジターに、企業として節度を保った丁寧な応対を心がけるのは当然でしょう。

問い合わせフォームというものは、それだけをテーマにして本が書かれているくらいですし、僕も問い合わせフォームの UI デザインというテーマだけでページを作ろうと思っていた頃もありました。それだけの手間をかけて、プログラミング、UI デザイン、UX 設計、そして情報セキュリティや個人情報保護など、色々な観点で議論し、また色々な観点を考慮して設計し制作し実装し運用しなくてはならないコンテンツだからです。しかし、大半のコーポレート・サイトでは設計としても運用としても軽視されていると言えます。

問い合わせページの事例

上の画像は、或る上場企業の “Contact” というボタンをクリックして表示したページです。既に日本でも問い合わせについては “Contact” というアンカー・テキストが広く使われていますし、ページのタイトルに「お問い合わせ」と表記されているため、違和感のない人も多いでしょう。ですが、上場企業で採用されることが多いページ・デザインでありながら、上記のようなレイアウト設計や UI デザインには再考の余地がある筈です。それは、このような設計が敢えてビジターにアクションを躊躇させるダーク・パターンである可能性があるためです。もちろん、ヘルプ・デスクや IR 業務を無駄な工数だと考えている企業にしてみれば、問い合わせに応じる窓口を設けること自体が無駄だと考えてもおかしくはありません。しかも、官公庁や特定企業との取引関係だけで食べていける特殊な商材やサービスを扱っていたり、あるいは最初から「出口作戦」を考えて事業を始めているような企業だと、一般人どころか取り引きのない法人すら相手にする必要などないからです(大手企業や投資会社に買収してもらい、高値で知財やサービス・サイトを売り払うことが目的で起業する人も多くいます。しょせん、営利企業なんて口先では何を言っていようと金儲けの道具にすぎないのですから、それを非難できる経営者などいない筈です)。よって、そういう企業のコーポレート・サイトは基本的に本稿で議論しているテーマを殆ど無視したり軽視しているため、上場していようが有名なサービスを提供していようが、手本や見本、あるいは僕の議論に対する反論として使えるようなものではありません(それは、哲学者である僕のところへ馬鹿を連れてきて「哲学など不要だ」と言っているようなものです)。

ここでご紹介している「かっこ株式会社」という企業は*、ビッグデータ解析の技術で EC サイトでの不正検知システムを提供するといったサービスを提供していて、明らかに取引相手が限られています。一般人どころか、99.99% の企業も関係のないところでビジネスをしているので、そもそも現在の取引相手だけを考えていてもいいわけです。よって、上場企業でありながら、「お前たち大株主でも取引先の営業本部長でもない雑魚に、僕たちへ問い合わせることなんて何もないでしょ?」と言わんばかりの問い合わせページしか用意していないのです。ともあれ、上記のような、問い合わせ内容と称して選択肢が最初に設けられているページは、ダーク・パターンに該当します。なぜなら、意図して設計している場合はなおさらですが、得てして「その他」のような選択肢が用意されておらず、自分が正確に言って何をどこへどう相談したり問い合わせたらいいのか分からないビジターを最初から遮断してしまうからです。

*本稿では殆どの人名や企業名を、実名で言及する必要がない場合は「某佐藤」とか「大手広告代理店」などと表現していますが(まぁ「某佐藤」などと書けば、この業界では誰でも佐藤可士和氏だと分かるわけですが)、もちろん特定の企業が公表しているサイトや施策を批評する場合には、とりわけ上場企業については実名を使います。もちろん僕に彼らの営業や事業を妨害する意図はありませんが、不適切や不備だと思うことについては、上場企業には実名で批評されてしかるべき責任がありましょう。

次に「IRについて」というアンカー・テキストの問い合わせフォームへ進んでみましょう。英語で “IR” というのは “investor relations” の略称であり、投資家に向けて財務状況や経営状況を開示する活動を指しています。「かっこ株式会社」のような上場企業には、金融商品取引法によって財務諸表を開示する義務(法定ディスクロージャ)があるため、企業が任意で開示している情報と合わせて、“IR” として特別なページやセクションを用意しているわけですね。とは言え、「IRについて」というだけでは、どういう問い合わせを受け付けようとしているのか不明です。こういう不適切なアンカー・テキストも、問い合わせしようとする人の気を削ぐような意図で設計されているなら(いや、そのつもりがなくても)ダーク・パターンと言えるでしょう。他にも色々と言えることはありますが、最後に一つだけ書いておくと、この会社の問い合わせフォームは、わざわざ扉になるページを設けて選択肢を提示している事情として、選んだフォームごとに全く挙動が変わってしまうという奇妙な設計になっています。上記の画像では四つの選択肢として同じように扱われていますが、それぞれの挙動や見栄えを確認するとかなりバラバラです。

  不正検知 データサイエンス 採用 IR
ドメイン frauddetection.cacco.co.jp cacco.co.jp cacco.co.jp cacco.co.jp
ウィンドウ 新規 同じ 新規 同じ
デザインの一貫性

このように挙動やデザインとしての一貫性について欠落したフォームを幾つも使っています。用途が増えるにしたがって追加していったのかもしれませんが、一つだけサブドメインを切ってフォームを実装する特別な事情でもあったのでしょうか(不正検知の問い合わせだけが WordPress のプラグインを使っているようですから、この会社にはデータ・サイエンスのエンジニアはたくさんいても、このていどのウェブ・フォームを自力で開発するエンジニアがいないのでしょう)。

本稿での議論に照らして検討してみましょう(本来ならサイトの分析だけで数百万円は電通や博報堂に請求できる僕のようなレベルの実務家が、こんなことを無償でやる義理などありませんが)。一度しかアクセスしないビジターがコンテンツの情報を必要なだけ受け取り、あるいは企業側として伝えたいことを可能な限り伝えられたとしても、サイトで提供されていない情報なり事実について照会したいとビジターが感じて、実際に問い合わせフォームへアクセスしたのだとすれば、その時点でコーポレート・サイトの UX デザインとしては初手が成功していると評価してよいでしょう。なぜなら、大半の事例では「分からない」と感じた人は単純にサイトから離脱するものだからです。たいていビジターというものは、必要な情報が見つからないのは、うまく探せない自分のせいだとは思ってくれません。適切にコンテンツを配置したり表現していないサイト運営側の責任だと見做して、そういう相手に付き合うのは時間の無駄だと即断してタブを閉じてしまいます。そして、ひょっとすると自分の探し方が悪かったのかもしれないとか、次にアクセスしたら何かわかるかもしれない、などと期待して何度も企業サイトへアクセスしてくれる人などいません。それが現実です。だからこそ、企業サイトの設計やデザインは初手を間違えたら全てが終わりなのです。

仮に、ここで取り上げている企業のコンテンツが、わざと問い合わせを躊躇させようとする意図で設計されてはいないのだとしましょう(つまりは、無能とまでは言いませんが、未熟な人材が設計したということでもあります)。ならば、どういう設計が推奨できるでしょうか。まず第一に、フォームそのものを選択させる必要があるかどうかを判断する必要があるでしょう。そのために、自社に対して誰かが何かを問い合わせるという状況をケースとして想定してみることが大切です。そして、少なくとも他人が問い合わせる目的や動機なんて簡単に分かるものではないということが分かってくるようになる筈です。要するに、問い合わせる理由なんて簡単には分からないですし、分かるという前提で問合せの窓口を設計してはいけないのだという結論に至らない限り、企業の PR や IR を預かる部門のマネージャにはなれないでしょう。そんな都合のいい理由だけで関わってくる人だけを相手にしていられるなら、カマキリか八丈島のきょん(古いネタだな…)が部長をしていても同じことです。では、これら四つのボタンに加えて「その他」というフォームを用意すればいいでしょうか。それとも、フォームを全て一つに集約して、問い合わせ内容をドロップ・ダウン式に選んでもらう(そして「その他」という選択肢を追加する)といいのでしょうか。

それは、どちらも不正解だと思います。まず、問い合わせの目的をビジターに選ばせるという時点で、このようなページが企業サイトのコンテンツとして失格であるという事実は変わりません。たとえ五つめに「その他」として、残る全ての色々な動機や目的で使ってもらうフォームを用意したとしてもです。そのようなフォームは、たいていのビジターにとっては、その会社の事業や業務とは関係のない話をしようとしているかのように見えます。フォームを受け付ける企業の実務としても、「その他」というフォームを用意すると、そのうち所定の目的に見合ったフォームが用意されている話題についてすらも、「その他」というフォームが適当に使われてしまい、問い合わせ内容の仕分けに無駄な時間がかかるという現実に行き当たるでしょう。

そして、フォームを一つにまとめてから目的だけをドロップ・ダウン式に選ぶような UI デザインは、これも多くの企業サイトで使われていますが、ドロップ・ダウン式のメニューに特有の UI としての色々な制約や不備によって、ビジターのアクションを躊躇させてしまいやすいので推奨できません。ユーザビリティのテストを実施するだけで簡単に分かることなのですが(いかにユーザビリティのテストが世界中で実際には全く実施されていないかが、こういうところでも分かります)、ドロップ・ダウン式のメニューというのは、慎重に UI を設計してコーディングしない限り、選択ミスが起きやすい UI であることが分かっています。目当ての項目をクリックしたつもりが上や下の項目を選んでいたなんてことは頻繁に起きますし、またキーボードでページをスクロールする習慣がある人の場合は、メニューで項目を選んだ直後にメニューにフォーカスが当たっているままキーボードでスクロールしようとすると、スクロールできずにメニューの項目が動いてしまうという面倒臭い挙動となります。はっきり言ってしまいますが、ドロップ・ダウン式のメニューは可能な限りウェブ・フォームのデザインでは避けるべきものであるというのが、まともなレベルでデザインしている人間の常識とすら言えます。これに加えて、もちろんフォームの内容によって記入したい項目や取得したい項目は違う筈です。これを、ドロップ・ダウン式のメニューで選択した時点で切り替えるという UI 設計は、JavaScript に依存し過ぎているという点で不必要にバグを引き起こすリスクがあります。だからといって、目的を選んだらページの表示内容を切り替えるために遷移したりリロードするなどという挙動を引き起こすのは、概してビジターに不安を与えるのでやめるべきです。

フォームを目的で分類するのも間違いであり、かといって一つのフォームで目的を分類するのも間違いであれば、何が良いのでしょうか。これはビジターからの問い合わせを受け付けるという企業としての姿勢を UI の問題として考えている限りは、答えなど見つからないでしょう。UX デザインの問題として考えるなら、“Contact” だの「問い合わせ」だのという標識を掲げたページにビジターを誘導するという発想から自由になって、コーポレート・サイトのコンテンツを提供するそれぞれのページで補足的にリンクを示してフォームへの導線を提供することが望ましいと分かる筈です。そして、それぞれのコンテンツに応じて用意されたフォームを使うことなく、何か他に問い合わせたいことや伝えたいことがあるビジターが「お問い合わせ」というページに用意された、特に内容の制約がないフォームを好きなように使ってもらえばいいわけです。つまり、フォームが何種類かに分かれて異なる UI として設計されるのは構いませんが、その導線を一つに集約する必要などないと言いたいわけです。そういう、誰が始めたのかは分かりませんが、IVR(自動音声応答システム、または同サービス)のようなものをヒントに設計されたサイトというのは、やはりそれも他の業界の常識をウェブ制作に持ち込んだだけの「コピペ」が長年に渡って引き起こしているデザインの悪習だと言えるでしょう。

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12. 顧客管理がなぜ必要か?

店側に都合のよいように管理するのではなく、そのお客様に最高のサービスが提供できるよう、また心のこもったおもてなしができるようにするために、情報を整理し、まとめていく必要があるのです。

[向井, 2011: 100]

本稿では、本書の内容を参考にしてはいますが、本書の内容を比喩として使いたいわけではありませんし、本書の内容に賛同しているとも限りません。そして、全く逆の議論をする場合もあります。その一例が、上記の「顧客管理がなぜ必要か?」という一節です。本書では、顧客管理の目的を「リピートしていただく」こととしており、リピートしてもらえば新規で集客するよりもコストは 1/5 で済むと紹介しています。これに対して僕は、企業サイトはビジターが再び自社のコーポレート・サイトへアクセスしてくれるという想定や前提や期待で設計してはいけないと強調しています。要するに、リピートしてもらう前提でサイトを設計したりデザインしてはいけないと言っているわけです。したがって、UX や UI も、ビジターが一度しか目にしたり使ってくれない可能性が高いという想定で設計したりデザインしなくてはなりません。ビジターがどのページでどういうコンテンツを何秒くらい目にしていたのか、どのページまで進んで退出したのかといった、いわゆるオンラインでの行動記録としてビジターを管理する理由は、コンテンツを一度しか利用しないビジターがサイトでどう振舞ったのかを知るためなのであって、その当人が次にアクセスしてくれたときにどう思ってくれたり、コンテンツを利用しなおしてくれるかという改善や向上を期待しているからではありません。Google Tag Manager を始めとするアクセス解析のサービスやツールは、ビジターによる一度だけのチャンスを滞在の最初から最後まで把握するために利用するのです。そういう意味では「顧客管理」と言えますが、コーポレート・サイトへ初めてアクセスした時点からビジターが退出してゆくまでのあいだに、サイトの運営側にビジターの行動に応じてできる対策は何一つありません。ウェブサイトやコンテンツを適切に利用してもらうように、最初から用意しておくことしかできないのです。これまで述べてきたように、企業サイトは SEO やリスティング広告のような手法でデタラメにアクセスしてきたビジターを相手にしてはなりません。また、企業サイトのコンテンツからしてリピーターがいるという前提で運営することも不適切です。よって、これら二つを考えあわせると、新規のビジターとリピートのビジターとを比較するのは、そもそもコーポレート・サイトの運営や設計にとっては全くナンセンスであると分かるでしょう。

もちろん、これは企業サイトの運営として改善できることがないと言っているわけでもありませんし、一度限りで終わりなら改善する必要がないと言っているわけでもありません。殆どのビジターが初めてサイトにアクセスして利用する人たちであるという前提があるなら、逆に考えればウェブサイトやコンテンツの提供方法をビジターに対してリセットしリトライし続けられるとも考えられます。ただし、そのようなリセットやリトライには、当たり前ですが期限があります(そして恐らく、御社のサイトへアクセスする意味がある企業の人材は無数にいるわけではないのですから、実質的には回数制限だってあるでしょう)。会社の経営なり事業が適正に継続出来ていて、財務状況としてもコーポレート・サイトを運営し続けられる余裕がある限りは、そのようなリトライを続けていられます。しかし、冒頭近くで明言したように、企業サイトのコンテンツで売り上げを延ばすなどという世迷い事や妄想に憑りつかれるほど経営が行き詰まった企業にとって、ウェブサイトやコンテンツを改善する余地はありませんし、その必要はなくなってしまっている筈です。それは、倒産寸前の会社のサイトをリニューアルするようなものであって、場合によっては債権者から無駄なコストを浪費したと非難されかねません。

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13. お客様はあなたを映す鏡

「上品な店員さんのいる店には上品なお客様が集まる」

[向井, 2011: 150]

ここでは、何もサイトのビジュアル・デザインを上品にしろと言いたいわけではありませんし、経営者はベンツに乗れと言うつもりもありません。コーポレート・サイトの設計や運営にいいかげんな指示を出したり、端的に言って手抜きを続けると、当たり前のことですがビジターもコンテンツをまともに受け取ったり利用してはくれないという話です。さきほど、或る企業の問い合わせフォームを事例として取り上げました。企業サイトの運営者にとって、ビジターの最もはっきりした反応は、サイトにアクセスしたりサイトから退出していくという、ビジターであれば誰もが実行するような振舞いではなく、(サイトに用意されていれば)問い合わせフォームを使うことでしょう。しかし、せっかくフォームを用意してあっても、さきほど説明した色々な理由で使ってもらえなかったり、適切に使ってもらえなかったりします。いかにも手抜きの、無料で配布されているプログラムの設定を適当に直して設置しただけのフォームだと、期待するビジターに使ってもらえないばかりか、どうでもいいオンライン・サービスの営業代理店からの下請けとしてロボットのようにフォームへアクセスしてくるクラウド・ワーカーが、下書きのテキストをフォームにコピペして送信してくるだけという実情になります。そんなリアクションしかない企業サイトであれば、オンラインに存在している価値は殆どありません。独自ドメインを取得して名刺に URL を印刷しても意味がないでしょうから、企業情報は Facebook にでもページを作成して公開しておく程度のことで十分でしょう。冒頭で述べた話を改めて繰り返しますが、中小企業にとってコーポレート・サイトは必須でもなければ、多くの人々が言うほど絶大な効果のあるものでもないのです。

企業サイトの設計やデザインについて、僕が決裁権者である経営陣に忠告したいのは、得てして最も深刻な手抜きや不適切な判断は、トップ・ページについて起きやすいということです。とりわけ、ウェブの制作会社はトップ・ページの設計やビジュアル・デザインについて、意外なほど勉強も実験も試行錯誤も議論もしていませんし、何の根拠もない勘違いを大勢で共有し続けているという実情があります(既に12.節で議論したように、勘違いの一つは問い合わせフォームの設計や UX デザインに見受けられますが、それよりも深刻な勘違いがトップ・ページの設計やデザインです)。発注する側も、そういう提案側や作り手側の偏見や錯覚や不勉強に引きずられないよう、少しはウェブサイトの設計やデザインや運営について学んだ方がいいと言えます。

実は、ウェブサイトのレイアウトやコンテンツの論理的な構造について考えられるパターンというものは、おおよそ2000年代の前半には殆ど考案されて出尽くしたと言われています。いま流行している、キー・ビジュアルとして巨大な写真を貼り付けたり、大きなサイズでウェイトを極端に高くした(太くした)り、逆にウェイトを極端に下げた(細くした)文字で、企業名やスローガンを書き並べるといったスタイルも、それができる環境(社内の速い回線とハイ・スペックなマシンを共有できていた一部の企業など)では、20年ほど昔でも似たようなデザインのサイトは制作されていたわけです。Vanity Fair や Apple などのサイトで採用されていると見切りが付けられてから、初めて他の企業サイトでも採用されるようになり、そして日本でも流行し始めるというサイクルが20年ほど繰り返されています。その間に、制作に使うツールとか実装の技術は、Flash とか Silverlight とか Java アプレットとかマッシュ・アップとか動画の埋め込みとかが色々と登場したわけですが、結局のところやっていたことは(もちろん、これはプロの「デザイナー」として言いますが)同じなのです。そして、どのようなツールを使ってどのように巨大なビジュアル要素をトップ・ページに表示しようと、やっていることに新規性がなければ効果など殆どないという結論が出ています。10年以上も昔なら、巨大な画像をトップ・ページに使う企業は少なかったので、新規性がありました。それゆえ好意的な第一印象を与えるとか、何か期待させる第一印象を与えるとか、そういう技巧でサイトの印象を良くすると論じられてきました。当時の論文によると、第一印象が良かったサイトはユーザビリティ・テストの結果も良好だったと報告されています [Raita and Oulasvirta, 2011]。しかし、いまや逆にそんなサイトばかりであふれかえっており、巨大なキー・ビジュアルの写真や好意的なレビューの文章を見せられただけで、第一印象が良くなるという保証はなくなりました。巨大な写真をトップ・ページに使うだけで、ビジターがサイトに好印象を持ったり何か期待するという短絡的な想定では UX 設計もデザインもできません。そういう時代は終わったのです。そして、僕らにとって意味があるのは、そういう数年しか通用しない小手先の技巧などではない筈です*。そして、単に新しいの古いのという問題だけではなく、そもそもそんな「流行」を企業サイトの設計やデザインにおいて追いかけたり、あるいは基準にする必要があるのかということを、もう少しウェブ制作業界の人々はプロのデザイナーとして考えるべきだと思います。

*企業の規模や事業内容や業種に関係なく、コーポレート・サイトを数年おきにリニューアルしようとする傾向があります。僕が仕事で携わってきたグローバル企業や上場企業の多くも、5年や10年という単位でコーポレート・サイトをリニューアルしています。もちろん、モバイル・デバイスにも対応したページ・レイアウトへ修正するといった必要はあるでしょうし、今後も色々なデバイスの user agent がウェブサイトにアクセスする可能性があるため、サイトのリニューアルそのものに問題があるというわけではありません。問題があるのは、これまで述べてきたような小手先の技巧を利用している自覚もなく、あらゆるデバイスに対して有効な設計やデザインがないのか(それを採用すれば、少なくともその点についてリニューアルの必要はないでしょう)気にしていないクライアントが非常に多いということです。上場企業や大企業は潤沢な無駄金(一般投資家のお金ではありますが、しょせんそういう人々も無駄金を投資しているのでしょう)があるので、テレビ・コマーシャルに起用している芸能人を入れ替えるようにコーポレート・サイトをリニューアルできますが、中小企業にそんなことをする余裕などないはずです。

クライアント側からは自社サイトの見た目に飽きたという意見も多く出てくるわけですが、では御社の支社が入居しているビルを数年おきに建て替えたり内装や執務室のレイアウトを替えるんですかと聞きたいくらいです(昭和時代の経営者なら、「受付の女の子を替えるのと同じだ」などと平気で言うかもしれませんが)。確かに、色々な実験で新規性のあるページや前評判の高いサイトは使い勝手が悪くても好印象をビジターに与えるという結果があると言いますが、だからといって新規性を追いかけてビジターに好印象を与え続けることがコーポレート・サイトの(そして御社の)目的や効果なのでしょうか。僕は、ウェブサイトやオンラインのコンテンツにも色々なフォーマットや体裁があり、それゆえ利用する目的もビジターが期待する機能や利用価値も違っているのが当たり前だと思うので、ウェブサイトを運営する効果の尺度が「印象」であるなどという、広告業界の価値観に偏向した基準でウェブサイトの良し悪しを語ろうとするのは、詭弁であろうと思います(僕はこういう詭弁を “theme-setting” と呼んでいます。議論の論点や選択肢をわざと狭めて、他に可能性がないかのように錯覚させることです)。そして、中小企業のウェブサイトにはコンサルや未熟な制作会社が言うほど過大な効果など期待できないという事実があるとしても、このような偏見のせいで間違った目的をサイトに与えてしまうと、更に期待するほどの効果がないという結果になるのは当然でしょう。それでも、その事実が分かっているのかどうかも怪しい連中は、数年ごとに「ホームページ診断」だの「リニューアル」だの「SEO」だのという営業トークを繰り出してきます。

繰り返しますが、コーポレート・サイトを運営する目的や価値は、ビジターが知りたいことを伝え、運営側が伝えたいことを知らせるというのが第一義です。コンテンツが伝えたり知らせる情報とは殆ど関係のない、好印象や好感を第一義であるかのように取り違えて、やたらとトップ・ページのビジュアルで第一印象にインパクトを与えるような技巧ばかりを追求するのは、無駄であるばかりか、本来の目的や価値を損なう愚行です。中小企業の発注側は、そういう愚行を繰り返している未熟な(あるいは20年以上に渡って愚行を繰り返す「有名」制作会社もありますが)制作会社の仕事に無駄な予算を投じないよう、ウェブサイトというものについて自分たちでも少しは学んだり議論したり考えるべきです。既に説明したように、ウェブ制作会社のスキルは大手と中堅・零細とを比較しても数パーセントの違いしかありません(特にコーディングは誰でもコピーできるため、品質の差は殆どないと言えます)。しかし、これはどこに委託しても或るていどは「良いもの」ができるという意味ではなく、大手だろうと零細だろうと、どこにでも無能がたくさんいるという意味です。もちろん、地方の小規模な制作会社に委託して良い結果になる可能性もあれば、都内の大手に委託してもガラクタみたいなものができあがる可能性があります。そして、不満足な結果をできるだけ避けるためには、発注する側も制作会社を選択する基準や成果物を評価する基準について、考えたり学んでおくしかありません。“Garbage in, garbage out” というフレーズがあるように、駄目な発注からは駄目な成果物しか生まれないと言えます。しばしば「下請けはエスパーでもなければ善人でもない」と言われたりしますが、発注側の不適切で未熟な指示や要望をうまくすくいあげて素晴らしい成果に作り上げてくれるなんていう、テレビ・ドラマに登場するようなカウンセラーか超能力者は、僕らが生活している世界には存在しません。仮にいるとしても、中小企業には出せないような金額次第でしょう(少なくとも、僕はそうです)。

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14. 企業サイトの運営について

これまでは企業サイトの設計や制作の話が大半を占めていて、サイトの運営については議論が不足していました。この話題について、サロン経営をテーマとする本書に参考となる内容はあまりないと思うので、私見を述べておきます。

既に短く言及しましたが、制作して公開し始めたコーポレート・サイトの運営は、必ずしも自社の社員に担当させる必要はありません(ちなみに細かいことを書きますが、僕はコンテンツの取り回しを「運営」と呼んで、サーバのメンテナンスなどは「運用」と呼んでいます。とは言え、これは厳格な区別ではなく、誤記がないとしても表記として一貫していない場合があります)。大切なのは、ウェブサイトの運営に関する一通りの知識や技術があるという最低限の条件ではなく(そんなスキルは、いまどき持っていて当たり前です)、御社のウェブサイトがもつ目的についてコミットできるかどうかです。運営の技術や知識がある自社の従業員がいても、会社の事業目的やウェブサイトを運営する目的を正確に理解して反映させられなければ、美しいページをデザインできようと PHP のプログラムが書けようと、人材としては不適格です。そして、あたりまえのことですが、そのような人材は御社の主事業にとっても不適格な会社員であると言える筈です。要するに、不適格な人をウェブマスターにするということは、企業人として役に立たない人物を一つの事業所の所長に任命するような愚行と同じなのです。そして、どういう人物がここで言っているコミットメントの責務を果たせるのかは、ウェブ制作会社が決めたり推薦したり助言できることではないのです。こう考えたら、具体的にサイトのコンテンツを修正したり更新したり追加するといった実務をウェブ制作会社に任せても問題はありませんが、自社にとってウェブサイトの役割が何であるかを決めるのは制作会社やコンサルではなく、御社だけであると分かるでしょう。

このところマスコミや政府が躍起になって「IT人材が不足する」などと騒いでいますが、大半の企業にとって必要なのは「IT人材」などという特殊技能の専従者ではなく、ITを適正に活用できる従業員であるということも分かる筈です。ですが、いまいる従業員に新しくビジュアル・デザインやプログラミングの勉強をさせるかと言えば、そういう余裕もないのが当然でしょう。また、中小企業ではよくあることですが、給与や待遇面で何の手当や保障もなく単純に兼任を増やすだけでは、誰もコミットなどしてくれません。中小企業の「ウェブ担当」と称する人々の殆どがやる気もなく無能であるのは、そういうところにも原因があります。それゆえ、コンテンツを追加したり更新する技巧や知識だけが必要なら他の会社に委託しても構わないわけですし、もちろん派遣社員に任せても構いません。重要なのは、任せたからと言って御社のウェブサイト運営という施策の目的を適格に理解して勝手に実行してくれるわけではないということです。彼らは、言葉は悪いかもしれませんが、あくまでも道具です。経営目標や事業目的に沿ってサイトのコンテンツを知らない間に「いい感じ」(語尾上げ)に調整してくれるような妖精さんではありません。

次に、企業サイトの運営について大半の書籍や雑誌記事などが無視しているか軽視しているのが、「ライフサイクル」という考え方です。いや、正確に言うと、ライフサイクルの終端であるサイトの閉鎖について議論したり書く人が殆どいないという事実です。確かに、ウェブサイトやコンテンツを作って公開したり更新することで食べている業界なのですから、ウェブサイトを閉鎖するという選択肢について無視したり軽視する動機や心情は分かりますが、どういう理由を並べようと、そこには正当性など一つもありません。ウェブサイトの運営が一つの業務であり事業の一部であるからには、その是非や継続するしないについては、ウェブサイトの運営だけを例外扱いする強力な根拠がない限り、企業経営としての基準や理屈を躊躇なく是々非々で当てはめるのが原則でしょう。事業所としてのウェブサイトが目的を達し終えたとか、あるいは目的を果たすための十分に有効な手段ではないと判断できるなら、現実の支店や事業所と同じように閉鎖して無駄な固定費を削減することが企業の財務という観点から言っても正しい判断です。そして、実際に運用を始めたサイトの更新とか修正といった運用中の実務について語らずに、なぜいきなりサイトの閉鎖という話をしているのかというと、サイトを閉鎖すべきかどうかを判断する基準は、そっくりそのままサイトを適正に運用できているかどうかを検証するための基準と合致するからです。寧ろ、その基準に企業サイトの運用という現実が適合しなくなったら、どれだけの予算を投じて何百ページものコンテンツを抱える巨大サイトに成長していようと、サイトの閉鎖を検討するべきなのです。

どのようなプロジェクトについても言えることですが、ライフサイクルには「どこで終わるべきか」を決める基準というものが必要です。基準にしたがって継続したり維持するのが有効だと判断できれば、そのまま続けても構いませんが、必要もないのに資源を投資し続けることは単純な浪費であり、会社の経営や財務にとってマイナスであることがはっきりしている場合には、サボタージュや背任すら疑われるでしょう。したがって、効果も意味もないと分かっていながら自堕落にコーポレート・サイトを放置していることは非難すべきなのですが、どうも日本では「無知に罪なし」と考える人が多いのか、無自覚に物事を放置する人には甘い評価を下す傾向があるようです。しかし、親の財産や宝くじのような泡銭で会社を作ったわけでもないなら、自分自身は言うまでもなく、そこで働く他人が自分の資金(中小企業の場合は、経営陣が個人として財産などを担保にして資金調達している場合も多い筈です)をデタラメに使うような真似を放置して良いのでしょうか。経営者や従業員として自分の携わっている業務や事業について十分な知識や経験がないことは、もちろんそれだけで責められるというものではありませんが、必要だと分かっていて知識やスキルの習得に取り組もうとしないとか、いまやっていることが有効なのかどうかを検証したり議論しようとしないのは、たとえ背任ではなくとも非難されてしかるべき話でしょう*ウェブサイトの有効性について検証したり判断できず、プロジェクトを終えるべき状況で提案ができないということは、単にアクセス解析の知識がないといった技術だけの問題ではなく、そもそも御社の事業目的や経営目標を理解していない可能性もあるからです。

*残業や休日を使って勉強しろとかセミナーに行けなどと言いたいわけではありません。必要なら、就業時間内に会社が費用などもサポートして、正規の業務の一部として取り組んでもらうことが常識です。社員の自発的で愛社精神的な自己啓発に委ねるなどという甘い期待をもつからこそ、大多数のサラリーマンというのは実際には自己啓発などやっておらず、形ばかりの読書やセミナー参加しかせずに、有益な企業人とはならないのです。会社がサポートするなら、その効用や成果は会社が正当に人事考課として評価できます。

ちなみに、会社の経営陣の一人として経験から言えることですが、好き勝手に色々な本を読むだけでドラッカーがどうのポーターがどうの七つの習慣がどうのと騒いでいるような社員に限って、生産性も低くて部下や同僚からの評価も低い場合が多いくせに、生半可な知識や読書だけで自己評価ばかり勝手に上がってゆき、そのうちキャリア志向が自分の仕事の基準となって肥大化してしまい、現在の職位や職能に満足できなくなって、すぐに転職してしまうものです。社員が企業の仕組みやマネジメントを学ぶことは有益だと言えますが、数理経済学や財務会計や会社法の本を読んだくらいで部長になれるわけではありません。

では、自社のコーポレート・サイトを閉鎖するなんてことが、どういう状況で必要になるのでしょうか。これを考えるためには、第2.節で議論した話題に戻って「自社にとって企業サイトがそもそも本当に必要なのかという問い」を繰り返す必要があります。すると、これを判断する基準として何を指標にすればよいでしょうか。まず、ウェブサイトのライフサイクルを次のような段階に分けて整理します。

  1. 起案・企画 [立ち上げ]
  2. 設計・デザイン [計画]
  3. 制作・構築 [実行]
  4. 更新・測定 [管理]
  5. 閉鎖 [終結]

以上の各フェイズは、プロジェクト・マネジメントのガイドラインとして有名な PMBOK (The Project Management Body of Knowledge) のライフサイクルを参考に、僕が企業サイトのライフサイクルとして整理した一覧です。このガイドラインは日本でも JIS Q 21500:2018 (ISO 21500:2012) として産業規格になっています。各フェイズは組織としての意思決定が伴うか必要とされる単位で分割されており、それぞれのフェイズが実務として完了すると、組織の責任において次のフェイズへ進むかどうかを決めなくてはなりません。サイトを制作して公開するかどうかを判断せずにデザインを依頼してはいけませんし、設計を吟味していないのに実制作へ進んではいけませんし、検証してもいないサイトを公開してはいけませんし、必要な変更や追加であるかどうかを考えずにコンテンツを替えたり追加・削除してはいけませんし、もちろんしかるべき根拠もなしにサイトの運営を惰性で継続したり思い付きで閉鎖してもいけません。それぞれのフェイズは、PMBOK や JIS で区別している用語を最後に角括弧へ入れて紹介していますが(角括弧を使っているのは、普通の丸括弧だと言い換えの意味に誤解される可能性があるためです)、必ずしも企業サイトのライフサイクルが用語の意味と合致するかどうかに拘泥する必要はありません。たとえば、PMBOK や JIS では「実行(execution)」というフェイズが設定されていますが、これは PMBOK や JIS で想定されている「プロジェクト」がソフトウェアの開発やビルの建築など、そもそもにおいて最初から完了すること、つまり終わることが分かっている事案を想定しているからです。これに対して、ウェブサイトの制作や運営という、必ずしも終わりがあるとは限らない(たとえ終わるとしても明確な時期や条件が分からない)事案については、別の分割をしなくてはならないでしょう。したがって、僕がここでご紹介するライフサイクルは、PMBOK のようなガイドラインを参考にしていますから、デタラメにフェイズを考えたり分割しているわけではありませんが、かといって PMBOK などのガイドラインが想定している事案とは異なる話題を議論しているのですから、必要に応じて変更しなくてはならないと考えて上記のようなリストになりました。PMBOK で想定しているプロジェクトのライフサイクルと企業サイトのライフサイクルとの違いを対比すると、以下のような図になるでしょう*

PMBOKと企業サイトの違い

*もちろん、解釈によって幾らでも PMBOK のライフサイクルをそのまま当てはめて考えることも可能でしょう。一つの企業サイトの閉鎖ではなく、リニューアルするたびに「終結」したと見做せば、いまのサイトは確かに終わると考えてもいいからです。しかし、既存の規格や分類や定式化に解釈という都合を工夫して適合させることには、幾つかの問題があります。

まず最も大きな問題は、それが果たして妥当なことなのかどうかを誰が決めるのかということです。現にある規格やガイドラインが、プロジェクトやプロダクトのライフサイクルを表現する最善かつ唯一の定式化であるという保証はどこにもありません

そして次の問題は、仮に規格やガイドラインが企業サイトのライフサイクルに当てはまるとしても、それだけでは企業サイトを有効に活用出来たりはしないという明白な事実です。

実際、PMBOK に従って実施されていると称するプロジェクトは世界中で数多くありますが、現実にはその大半が PMBOK のフォーマットから逸脱したり、各フェイズを無視する場合さえあります。とりわけ IT ゼネコンと呼ばれる巨大な開発ベンダーでは、無能なプロジェクト・マネージャにありがちな話として、自分たちが PMBOK やら JIS やらを掲げて仕事をしているという建前だけを繰り返してセミナーで発表したり業界誌に文章として掲載しているうちに、実態がどうであろうと自分たちは正しく適正な業務を行っているという錯覚や過信が生まれます。これは、僕がプライバシーマークや ISMS のような適合性の認証を受けてきた企業で産業規格の運用を15年以上も続けてきた経験から、自分自身の事例も含めて数多くの事例を知っています。プライバシーマークを認定されている企業でも、その多くは実態が伴っていないのです。なぜなら監査する側の人々の大半が、法律やルールには詳しくても、情報セキュリティや個人情報を保護する技術については殆ど分かっていない事務屋さんだからです。

もちろん対外的に公の規格や基準に適合しているとアピールするためにプライバシーマークや ISMS の認定・認証を受けることにも意味はありますし、多くの入札案件では必須の要件になっていたりするでしょう。しかし本来は、会社の業務が実質的に安全であることが重要なのであって、コーポレート・サイトが経営目標や事業目的にとって十分な有効性を発揮することが重要なのです。PMBOK のフォーマットに適合すること自体が自己目的化しようとも、そこにビジネスとしての有効性はありません。それこそ、社内の実態が全く伴っていないのにペーパーワークと監査での口八丁だけで認証してもらい、会社の受付に証書を掲げて喜んでいるだけということになってしまいます。

もちろん僕が考えたライフサイクルの流れにも十分な根拠があるわけではなく、企業サイトの設計や制作や運用に携わってきた経験と、僕自身の知識だけしか理由がありません。しかし、PMBOK の分類には僕自身が強い違和感を持っていますし、PMBOK が最初から(理想的には最短の工期で)終わることを想定するガイドラインであるという点も、企業サイトのライフサイクルとは何か根本的に違うものを感じます。もし PMBOK に合わせて、次にコーポレート・サイトをリニューアルするまでの経過を PMBOK のライフサイクルで表現できるという解釈で問題ないなら、それを一概に間違いだと言うつもりはありませんから、ここから後の議論は自分の解釈したライフサイクルに応じて読み替えていただければいよいでしょう。

では、企業サイトそのものを閉鎖するという判断の基準をどこに置けばいいでしょうか。当たり前のことですが、まず真っ先に誰でも思いつくのは、事業を継続できなくなったときでしょう。要するに法人として解散するなり破産するなりの判断をすれば、上場企業なら株主に対して何らかの情報をコーポレート・サイトで告知する法的な義務はありますが、本稿で考えている中小企業においては、倒産するにあたって企業サイトを公開しておく意味などありません。しかし、これはもちろん最も悲惨で(経営者や起業家によっては「他社に高値で買収される」ことがゴールなので、そうでもないのでしょうが)不愉快な閉鎖の基準でしょう。では、他にもっとビジネスにとって有意義な基準はないのでしょうか。

もちろん、あるでしょう。それは、二つの条件の組合せになりますが、何か他の方法で企業情報や事業の情報を開示する方が効果的であり、なおかつ既存の企業サイトを運営し続けることによって、その別の方法に悪影響があったり、運営などのコストが過剰にかかると判断できるかどうかです。そして、事業や業種や業容などの条件によって適切なのかどうかは判断が分かれるにしても、このような基準で自社のコーポレート・サイトをもたず、極端な事例では YouTube や Instagram や LINE のアカウントしか情報を公開する手段を持たない企業もありえます*

*たとえば、スマートフォン向けのゲームを開発している企業の多くは従業員が20人以下の零細企業であることが多く、コーポレート・サイトなどもたずに Facebook のページや SNS のアカウントだけで情報を公開していることが多々あります。もちろん、それについて自称 IT コンサルやウェブ制作会社や広告代理店の人間が是非や良し悪しを勝手に言う資格など全くありません。そのような小規模の事業者にとって、「コーポレート・サイト」などという大袈裟なものは必要ないと判断しても不思議ではないでしょう。

どうして、そのような判断ができるのでしょうか。それは、ここまで長く議論しておいて最後の節にこんなことを書くのもどうかと思いますが、上場企業でもない限り、法人に会社の概要を公に告知したり広報する義務など法的にも最初からないからです。或る会社について正確な情報を知りたいなら、その会社を管轄している法務局で、目当ての会社の登記事項証明書を請求するのが、昔からのスタンダードな手続きです。本社を移転した場合でも、コーポレート・サイトの記載が半年や一年ほど更新されずに放置されている事例など幾らでもありますが、法務局には移転してから二週間以内に変更登記申請をしなくてはなりません。申請が遅れると会社法第915条違反として「登記懈怠(とうきけたい。怠ったということ)」の扱いになり、会社の代表者個人が100万円以下の過料となる場合もあります。もちろんですが、手続法制の世界では「無知は罪」ですから(一般的な民事では無知は「善意」と言って罪がないと見做されます)、手続きを知らなかったとか馬鹿のふりをしても無駄です。それから、企業情報を告知する必要がない事例として「ステルス企業」という言葉をご存じの方もいるでしょう。バイオテクノロジーや暗号技術や AI などに関連する特許すら申請していない段階で事業や会社や役員の情報を競合として想定している企業や投資家などに知られたくない場合は、コーポレート・サイトどころか SNS のアカウントすらもたずに起業し、投資企業や個人投資家へ直接の交渉を繰り返して資金を集めてから、技術や事業として形になったところで特許を申請したり派手な宣伝を始めたりします。もちろん、その中にはステルス企業であること自体を宣伝の材料として期待を煽り、実際にはクズみたいなものをリリースする場合もあります。あの、昔懐かしき「セグウェイ」なんかは、その典型でしたよね。何にせよ、法的な要求がない限り、そもそも法人に企業情報を開示する義務などないという、当たり前の事実を押さえるところから考えないと、独自ドメインを持っていて当たり前だとか、コーポレート・サイトがあって当たり前だとか、そういう偏見を自分たちだけで共有してグルグルと回しているウェブ制作業界の人々の話に、企業サイトを何のために公開し運営するのかという議論を歪められてしまう恐れがあるでしょう。

しかし、もちろん中小企業と言っても業容から事業や業種に至るまで、様々な実態があります。また、事業者としての経営目標や事業目的が異なるのも当然でしょう。したがって、自社を取り巻く環境、つまりステークホルダとの関わりにおいて、コーポレート・サイトを運営して情報を公開しないというスタンスに悪影響が予想できるなら、もちろんサイトを公開して運用するのが妥当な筈です。問題があるのは、そのようなステークホルダとの関係が変わるという可能性を考慮せずに、相手との関係が(相手の都合など無視して)変わらないと思い込むことにあります。企業にとって、それから企業サイトにとってのステークホルダというものは、もちろん株主、自社の従業員、取引先、金融機関、採用応募者、顧客、事業所の周辺住民、管轄の税務署や労働基準監督署や警察などの行政機関など、色々です。もちろん、それぞれが御社とは無関係な他のステークホルダとの関わりをもっていて当たり前でしょう。株主は他の企業の株主でもありえます。自社の従業員は大学時代の友達や親戚など、会社と無関係な多くの人々と関わりがあります。取引先は御社とだけ取り引きしているわけでもありませんし、仮に御社とだけ取り引きしている特殊な下請け企業あるいは発注側の顧客企業だとしても、もちろんそれぞれの会社で資産の調達など些細な買い物や通信事業者などの利用サービスとしても、御社と無関係な事業者と関わりを持っています。そうした、御社も含めて関わりのある全ての当事者が、それぞれの目的に応じて個々の取り引きや人間関係を持っているわけなので、御社とは直に関係のないところで相手の事情が変わってしまうことなんて、想定外でも珍しいことでもない筈です。こういう当たり前の前提に立てば、御社であろうと、あるいは御社のコーポレート・サイトであろうと、それらに関わりをもつステークホルダの事情が変わってしまい、御社あるいは御社の企業サイトの価値や役割が相手から見て変わる可能性を考えておくことは、リスク管理という観点からも有効であり、逆に適正な企業経営のためには避けられない話だと思います。

コーポレート・サイトの運営について検証するためには、これまでに何度も述べてきたように、コーポレート・サイトを公開し運営する目的や期待する効果を初めから設定しておかなくてはなりません。もちろん、この目的や効果も事業者の業容や扱う商材、あるいは事業目的や経営課題が変わると変更される可能性があるでしょう。それなりに正当な理由があって必要なら、もちろん変更すること自体には問題がない筈です。寧ろ、会社が色々な意味で変わっているのに、コーポレート・サイトを始めとする public relations の施策が何も変わらないなら、変えなくてもよいという判断そのものに理由が必要だとすら言えるかもしれないからです*。ということで、仮にコーポレート・サイトの目的や役割を、自社の企業情報をビジターへ提供することと、自社の商品情報を知らせることだとしましょう。

*企業というものは、自社と関連するステークホルダとの関わりという意味でも、それから社内で経営陣と従業員や各部署どうしの関わりという意味でも、常に何らかの影響関係や牽制関係において変化があるものです。先にも説明した通り、それぞれの当事者が各々で別のステークホルダとの関わりも持っているため、原則としてそのような変化そのものを止めたり固定させることは、社会や経済の仕組みとして不可能であると言えるでしょう。

どれだけ経営方針のメッセージを額縁に大書して執務室に飾ろうと、そんなことで社風を固定できるという妄想は捨てるべきです。そもそも、もし社風を固定できている会社があるなら、そんなものを飾る必要がないほどパワハラのオンパレードで、社内をカルト宗教団体か体育会系の営業代理店のようにしている筈なので、額縁に何を入れて飾ろうと同じことでしょう。

次に、そうやって設定した目的や役割について、現状のコーポレート・サイトが満足のゆく成果や効用をもつのかどうかを検証しなくてはなりません。既に強調してきたように、アクセス数が増えたの減ったのと一喜一憂するのは愚かです。われわれのような制作・運営のプロというだけではなく、現実に中小企業の経営に携わっている人間にとって、そんなものは何の参考にもなりません。そんな単なる数字よりも、コーポレート・サイトで自社の情報を公開している意味や効果があるかどうかを納得できるためには、他に幾らでも基準や方法があります。

例えば採用応募者が記載内容を理解しているかどうかを面接で質問するだけでも良い筈です。あるいは、会社案内のパンフレットには記載しておらず、コーポレート・サイトにしか記載していない特別な内容に着目して印象に残っているかどうかを試すのもいいでしょう。いまどき、失業者の大半や高齢者でも再就職するためにスマートフォンで企業サイトへアクセスしているものです。それが当たり前だと過信する必要はありませんが、あらかじめウェブで下調べしていることを期待しても不当とは言えないでしょう*

*ハローワークから渡された資料でしか御社を理解していないとしても、それだけで採用の可否を決めるのは拙速と言わざるをえません。これは僕のマネージャとしての経験からも言えますが、逆に御社の情報をあれこれと調べて入社し、非常に意欲的なメッセージを口にしていようと、企業人として致命的に無能な人材がたくさんいるからです。もちろん、企業で働くことだけが人の生き方ではありませんから、企業人としてコンピテンシーに欠けているからといって、人としてどうこうなどと言うつもりはありません。

他にも、これから取り引きを始めようかどうか与信にかけている発注先だとか、仕事や取り引きの依頼をしてきた顧客だとか、あるいは事情や理由は分かりませんが取り引きを希望してくる相手が、御社についてどの程度の情報を持っているか、言葉は悪いですが「鎌を掛ける」道具としてコーポレート・サイトの記載を利用するという手もあります。たとえば、コーポレート・サイトで問い合わせに対応している人なら誰でも知っていることですが、企業サイトの問い合わせフォームを使って、それこそ毎日のように営業のメッセージが送られてきます。僕は、いまの会社でコーポレート・サイトの運営(最初の頃はデータ・センターへサーバ機器を搬入し、徹夜で RedHat をセットアップするようなことまでやってました)をするようになって15年くらい経ちますが、ほぼ毎日と言ってよいくらい営業のメッセージが届きます。その多くは、メッセージの内容から判断すれば、おおよそ三つの種類に分類できます。

もちろん、営業メッセージや営業メールは原則として無視しても構わないので(15年以上の経験から言えます。ビジネス・チャンスを逸する心配なんてしなくてもいいです)、こんなものだけで企業サイトの有効性を測ってはいけないわけですが、少なくともサイトで掲載している内容を単純に相手が利用しやすいかどうかを測ることはできます。上記の中で一つめの事例は、メッセージの本文で冒頭に御社の代表者の氏名をわざわざ「〇〇株式会社、代表取締役 △△様」などと調べて書いてきたりします。恐らくは、同時にマーケティング会社や営業代理店企業のデータベースに登録もしているのでしょう*。それは構いません。企業情報や代表者などの氏名は公開情報ですから、個人情報ではありますがプライバシーではないため、取得してデータベースに登録すること自体は違法でもなんでもありません(ただし、その情報を使って営業メールを送ることは、もちろん「特定電子メールの送信の適正化等に関する法律」で規制されています)。

*どうしてこれが分かるのかというと、たまに「##company##御中、##name##様」といった、いかにもテンプレートにデータを入れ損ねたと思われるメッセージが問い合わせフォームから送られてくるからです。人材紹介会社の某社からくる営業メッセージは、この手のミスが数年も続いていたので、自分たちがどういうメッセージを送っているのか、作業している人々すら何の自覚もなかったのでしょう。RPA (robotic process automation) や電子 DM のオンライン・サービスは色々な業種や事業で利用されていますが、しょせんは人がつくるプログラムで動いているわけですから、設計が甘いと結果も甘くなるものです。

ところで、こういうメッセージを送ってくるクラウド・ワーカーや営業代理店の新卒といった人々には、ビジターとして好都合な特徴があります。それは機械的に所定の課題を追いかけるだけの人々は、サイトのコンテンツを利用する目的がはっきりしているので、ビジターとして御しやすいということです。一つめのパターンでメッセージを送ってくる場合、企業サイト運営側の社名や代表者名といった企業情報をメッセージの内容に含めようとするため、彼らは必ず企業情報を調べようとするからです(最初から代表者の氏名をデータとして持っているなら別ですが)。社名はサイトのタイトルやパンくずのようなメニューにも表示されるため、手打ちで自分たちのデータベースに入力しているかもしれませんが、代表者名を企業サイトの全てのページでタイトルやメタ・タグの description データに含めている事例は少ない筈です(ワンマン企業の場合は、SEO のためなのか、そういうコーディングを要求する自意識過剰な経営者もいるとは思いますが)。よって、どこのページのどこに記載されているのかを調べなくてはなりません。すると、そういうビジターはサイトへ初回アクセスして代表者名を調べるという明確な目的を持った、ユーザビリティや UX デザインの無料テスターというわけです。どのていど詳しい行動記録をトラッキングするかはともかく、メッセージを送ってきたときの IP アドレスと、ボタンをクリックしたりページへアクセスした際のトラッキング・ログやサーバ・ログなどから、そういう「テスター」の行動は、記録として或る意味では有用と言えます。取り引きや発注はしませんがね。

このような方法も使って、企業情報へアクセスしにくいかどうかを意外に簡単なやり方で推定できます。一般論として言うと、ビジターが初めてコーポレート・サイトへアクセスしてきてから、企業情報のページへ辿り着くのに5秒以上もかかるようでは失格です。新聞のサイトや EC サイトのように、そのサイトで提供している記事だとか商品だとか個々のコンテンツへのアクセスがビジターの目的でもあり、サイトを運営する側の意図でもあれば問題ありませんが、企業サイトにおいては企業情報が最も重要なコンテンツです。そういう前提で評価すると、たとえば読売新聞社の新聞サイトはともかく、企業サイトは失格と言っていいでしょう。

読売新聞の企業サイト 読売新聞社のコーポレート・サイト

まず、トップ・ページにアクセスした初期画面の範囲に、会社情報へアクセスするためのリンクが全く存在していません。しかも、バカげたことに読売新聞の企業サイトで読売新聞を宣伝するというコンテンツを、わざわざ carousel 形式で見せるという設計です。そして更に、企業情報のコンテンツである「会社案内」をトップ・ページの中で見つけたとしても、実際にはウェブ・ページとして記載されておらず、PDF ファイルとして提供されています。これは、官公庁や上場企業がよくやる手法です。理由は幾つか考えられますが、ウェブ・ページを改竄される可能性に比べて PDF ファイルを改竄するのは難しいと信じられていることだったり、ウェブ・ページでは情報を更新してもビジターがキャッシュを見てしまう恐れがあると信じられているからでしょう。もちろん、情報セキュリティやウェブ制作のプロとして言いますが、これらはどちらも迷信であり間違いです*。また、そういう情報セキュリティの都市伝説を信じていようといなかろうと、PDF ではモバイル・デバイスでアクセスした場合の判読がし辛く、また PDF の閲覧ソフトウェアをインストールしておかなければならないため、ビジターに無用の負担をかけることとなります(企業人ですら、スマートフォンで PDF ファイルを普段から読んでいる人は少ないでしょう)。また、PDF ファイルからテキストをコピーしたことがある方なら経験があるかもしれませんが、PDF で表示されるテキストには過剰な関連情報が付随しているため、再利用するのが難しいという問題もあります。PDF に記載されている事業所の所在をコピーしてからテキスト・エディタにペーストしたら、「大阪市中央区森之宮大阪市中央区森之宮大阪市中央区森之宮大阪市中央区森之宮大阪市中央区森之宮大阪市中央区森之宮大阪市中央区森之宮」などと異常なデータが出てきたなんてことは頻繁にあります。PDF ファイルは、一般的に言ってアクセシビリティの点でも適正に作成することが難しく、公的文書についてアクセシビリティの基準が法令で定められているアメリカでは、PDF で文書を公開することを推奨していません(EU についても調べましたが、「アクセシビリティに配慮しよう」と叫ぶ PDF ファイルばかりなので、調べるのを止めました)。

*PDF は、デジタル署名でもしない限り偽造は簡単ですし、デジタル署名がついていない PDF が出回っていたとしても、大半の利用者は気にしていません。熱心に監査するか、たまたま情報セキュリティのプロが PDF を調べない限り、偽造されていても気づかないでしょう。そもそも、偽造された PDF をサイトからダウンロードできてしまう時点でサーバに侵入されているのですから、ウェブ・ページだろうと PDF だろうと改竄のリスクは同じです [The University of Western Australia, 2019]。そして、ビジターのブラウザがキャッシュを使わないように抑制する方法は幾らでもあります。いちばん簡単なやり方は、更新するたびにページのファイル名に一意のクエリ文字列(/index.html?var=1.5.8 のように、ファイル名の後へ追加する変数)を追加してリンクすることです。これにより、古いページと新しいページとでは、少なくともクエリ文字列では違いがあるため、ブラウザはキャッシュを使わずに新しいページとして読み込もうとします。もしビジターがブックマークから古いクエリ文字列が付いたページへアクセスした場合は、新しいクエリが付いたページへ転送するような挙動を与えたらよい筈です。

もちろん、このように議論しているからといって、ウェブ・ページが企業情報を公開する最善の手段であるなどとは言っていません。これまでにもご紹介したように、YouTube や Instagram や Twitter のアカウントだけで広報している会社もあります。その反面、サイトを Facebook に移設してウェブサイトを閉鎖するなどと宣言した、頭のおかしな元市長と海外のチンピラ業者にそそのかされて迷走した地方自治体もあります*。組織の種類や業種など色々な条件によって最適なメディアは異なる筈ですし、最適なメディアを情報公開の手段として選べるとは限らない場合すらあるとは思います。また、最適なメディアが一つとは限らず、複数のメディアを利用すれば効果が大きくなると期待できる可能性もあるでしょうし、逆に複数のメディアが選べても同時に運営することには一定のリスクがあるという場合もあるでしょう(いちばん大きなリスクは運営を外部の業者へ委託したり、社内に運営を担当する人員を採用するコストです。無能な人材が数百人の規模で毎年のように新卒として入ってきても財務に大きな影響がない大企業とは違って、中小企業にとって採用にかかるコストや失敗した場合の無駄なコストは、経営者が考えるよりも大きなものです)。

*良い機会なので取り上げておくと、この地方自治体は佐賀県の武雄市であり、事業内容が不明なシンガポールの企業をブレインとしてオンラインの事業を展開した元市長が先導し、一時期は武雄市公式サイトのコンテンツを Facebook に移してウェブサイトは閉鎖するなどと宣言していました。もちろん、私企業サービスにすぎない Facebook のアカウントを住民に要求して情報公開するなどという姿勢が許容されるわけがなく、公式サイトへアクセスすると Facebook ページへリダイレクトするといった愚行も含めて取り消されました。残念ながら、当時のこうした「ネット文化を理解している」などと自称するクズみたいな政治家のやっていたことを、先進的だのイノベーションだのと持て囃していたのは、ネット・ビジネスの業界や利害関係者だけではなく、未熟な学術研究者や規制嫌いのリバタリアンの多くも含まれていました。一例として、「Facebook導入が自治体の情報発信にもたらす効果 ﹣ 佐賀県武雄市を事例として ﹣」という雑で程度の低い高校生のレポートみたいな文章を論文と称して公表した研究者たちの事例を、敢えて吊し上げる意図でご紹介しましょう。僕は国公立大学の博士課程に進んだていどの学識や才能はありますし、いまも哲学者として学術研究者には容赦がないので、学者は無能な者から順番に根絶するべきだと思っているからです。昨今、日本でもジャーナル・アカデミズムと言われる論文の掲載件数を業績の主な指標として評価する風潮が普及してきたため、既に知られているように実験データの改竄や剽窃・盗用、あるいはテーマと殆ど関係のない学会のメンバーとなって、まともなレビューをする人員がいないことを利用して安易に論文を学会誌へ掲載してもらって業績を稼ぐという愚行が横行するようになりました。「Facebook導入が自治体の情報発信にもたらす効果」という論文も、地方行政や情報管理と何の関係もない『農林業問題研究』という農業経営やアグリビジネスの学会が発行する機関誌に掲載されています。確かに論文の authorship である鬼塚健一郎という研究者は IT を農業経営に活用するというテーマをもっているようですが、およそ武雄市の Facebook ページやコンテンツの運営体制を研究しようと、そんなことからヒントは出てこないでしょう。そして、この論文の結論には、こんなことが書かれています。

市役所内における情報共有や,市外への情報発信・交流促進において効果が確認されたが,武雄市民のFacebookユーザー数はまだ十分とはいえず,市内における市民と行政との交流や市民の行政参加を促進するためには,市民へのさらなる普及促進が鍵となるであろう。

[鬼塚 et al., 2014: 42]

この論文では、調査の時点で武雄市の Facebook ページのフォロワーは27,000と書かれています(当時はアカウントに対する「フォロー」と Facebook ページに対する「ファン」とを区別していましたが、いまはどちらも followers です)。これについて、そもそも自治体住民が Facebook のアカウントを登録しないとアクセスできないという情報アクセス権を軽視している愚鈍さにも呆れますが、それだけではなく、何の根拠もなく「まだ十分とはいえず」などと書いています。十分かどうかは基準によってどうとでも言えますし、十分であろうとなかろうと構いませんが、しかし問題はその基準が全く示されていないのに不十分だと言っていることにあります。そこで、基本的な事実から確認してみましょう。当時の武雄市の人口は50,992人です。武雄市がオープンデータとして公表している統計要覧を見ましたが、平成25年(2013年)のデータはないらしいので、代わりに平成24年(2012年)のデータを参照しています(ちなみにフォロワーを「27,000人」と呼ばないのは、もちろんプログラムが勝手にフォローしている場合もあるからです。オンラインのアクションは原則として人が自らの意志と手でやっているなどという未熟な前提で数えるものではありません)。ここから更に、武雄市のサイトへアクセスして情報を得ることにより、現実に行政サービスを受けたり申請する資格のある成人の人数を抽出すると、40,896人となります。有権者数に等しい4万人に対して、Facebook ページのフォロワーが27,000というのは、どういう基準で十分だとか不十分だと言えるのでしょうか。参考までに、いま現在(2022年12月15日)のフォロワーは32,934です。当時から15,000くらい増えていますが、武雄市の人口は2022年11月1日の時点で46,995人と発表されており、逆に人口は2012年から一割近くも減っています。ということは、Facebook に登録した後でわざわざ unfollow する人は少ないと考えると、後から新成人が続々とフォローしているためにフォロワーだけは累積して増えているのでしょうか。どうしてこんなに細かい議論をしているのかというと、まさに細かい議論や推定を積み上げないと、何が十分で何が不十分なのかは言えないからであり、それが学問というものだからなのです。

このような理由で、自社の情報公開や public relations の施策として何が最適なのかを、いま運営しているコーポレート・サイトの効果を測定したり吟味するだけでなく、他のメディアを利用する可能性についても吟味し、現状で選択している方法と比較し続ける必要があります。これは、たとえば動画の配給会社だから動画で配信するのがいいとか、あるいはオンライン・サービスの会社だからウェブサイトがいいといった、それぞれの事業なり会社の特異な分野を優先するといった基準でも構いませんし、自社の情報を正確かつ適切に表現してくれる社員がウェブサイトを制作するスキルがあるとか、そういう社員が Twitter でフォロワーを増やすのが巧い文章力や応対スキルを持っているとか、属人的な理由で選択することもあるでしょう。もちろん、属人的な理由で選択することには色々なリスクがあります。その社員が退職すると施策の効果がゼロかマイナスになる可能性があったり、同じスキルを同じレベルでもつ人材を採用するのが難しいからです(専任でもない限り、動画制作のスキルをもっている経理担当者とか、UX デザインの知識がある営業担当者を見つけるのは難しい筈です。「デジタル・ネイティブ」などと言われて、出来合いのツールを適当に使うのが上手い若者は幾らでもいますが、企業の仕事を担えるレベルの人材なんて昔から少ないのです)。そういうリスクを避けたいのであれば、社員に何ができるかという限られた選択肢から決めるのではなく、やはり自社としてどういう方法が最適な情報管理なのかを決めて、それを効果的に実施してくれる事業者に委託するのが望ましいでしょう(もちろん、ウェブ制作会社の選定についても既に述べたとおり、委託先を決めるにも下調べや選択基準を検討しておく必要があります)。

他の方法との比較と書きましたが、コーポレート・サイトの有効性と SNS の有効性とでは測定できる情報が異なりますし、別のメディアなのですから効果なり影響の出る様子も異なる筈です。よって、どういう方法を選んでも自社の経営目標や事業目的にとって有効かどうかを測るための、メディアとは独立した基準や尺度を持っておく必要があります。アクセス数のような短絡的な指標でコーポレート・サイトの効果は測れないと述べてきたのも、これが理由です。アクセス数が月間で何十万になろうと、それだけで事業として成功するわけでも会社が儲かるわけでもないのです。ウェブサイトだろうと駅の看板だろうと新聞の折込チラシだろうと、メディアや広告・宣伝というものは、お金を投じて実行するだけで業績や成功が自然に生じるような道具ではありません。したがって、会社によっては情報公開の目的が異なるのですから、必ずしも売り上げや採用希望者の増加に結びつかなくてもいいという判断基準もあり得ます。多くの中小企業のコーポレート・サイトがそうであるように、売り上げを伸ばすためというよりも、自社ビルにアドバルーンを上げたりや幟をはためかせるという示威的な役割(demonstration, manifestation)だとか、同業者の中で起きる牽制関係という事情から企業サイトが一定のプレゼンスを確保するために必要となる場合もあるでしょう。もちろん、そのように事業の継続と強い結びつきがない、ただの自己満足的な理由や、業者間で起きる「アピリーンのパラドクス」のような理由ですら、コーポレート・サイトや他のメディアがとにもかくにも選ばれてしまうという事情はあるかもしれません。逆に、そういう事情が全くなくて、特定の取引先とのビジネスだけで安定した事業を継続できるし、事業を拡大したり成長する必要があるとは思えないという事業者であれば、コーポレート・サイトどころか何の情報公開もしなくていいという場合だってある筈です。そして、それを良い悪いと言える権利など誰にもありません。ただし、何らかのメディアを使って自社の情報を公開するにせよしないにせよ、それが同業者では当たり前のことだとか、他のやり方がないなどと思い込むことだけは慎むべきであり、自分たちが何らかの集団催眠に陥っている可能性があると疑う習慣は必要だと思います。無用なことに投資するのは、いくら小規模で少額でも無駄なものは無駄だからです。

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15. ブログについて

では最後に、幾つかの話題について長く議論してきましたが、コーポレート・サイトを運営する途中で追加されるコンテンツとして、僕があまりお勧めしないものを指摘しておきます。それは、企業サイトの中で公開したり、企業サイトからリンクして他のホスティング・サービスで運営するブログです。これは、僕が所属してきた幾つかの会社で立ち上げたり運営した事例から言っても、その運営にかかるコストと、ブログをわざわざ運営することで見込まれる成果とを比較すれば、まず間違いなく過剰なコストがかかるだけでリターンが殆どないコンテンツであり、ブログの運営は大半の企業において効果が非常に低いと考えます。これに加えて、まず9割以上の事例で1年ともたずにブログの更新が停止してしまい、そもそも効果があるのないのと言う以前の状況になってしまいます。

ブログがもともと “journal” などと呼ばれていた「日誌」だったなんて語源の話をしても仕方ないかもしれませんが、現実にブログの大半はブログを運営している個人の日誌ですし、その人物が書きたいことを書きたいときに書きたいように書いているものです。これが、「ソーシャル・メディア」などと言われて情報発信の手段として活用されるようになったのは、もちろんアメーバ・ブログや Yahoo! ブログや Excite ブログなど、ホスティング・サービスを展開してきた大手のネット・サービス企業が広告や宣伝の一つの手法として、メディアなりプラットフォームのシェアを獲得しようとして自ら煽ってきたからでもあります。自分たちでハサミを作って売りながら、「ハサミを効果的に使えば、ハサミを使っているあいだは、ハサミで物が切れる」と言っていたようなものです。しかし、物を切るためにハサミだけしか道具がないのかとか、物を切ることが本来の目的なのかとか、そういったことは多くの利用者には敢えて隠されていたというのが、実情でしょう。当たり前のことですが、もっと有効なメディアや手法が登場したら(何について、何が有効なのかはともかく)、既に Yahoo! はブログのホスティング・サービスを終了してしまったことから分かるように、別の手法へ企業や個人を誘導するかもしれません。

ブログで提供されているコンテンツとしての写真や文章は、はっきり言えばプラットフォーム運営会社や広告を手掛けている企業にとって、違法でない限りはどうでもいいものです。したがって、多くのビジターがアクセスしてきて、文章や写真を読んでコメントを書いたり、あるいは別のソーシャル・メディアへ URL を投稿してくれるといった波及効果があって宣伝の役に立つなら、内容なんてどうでもいいのです。癌で妻を亡くした歌舞伎役者の暴言であろうと、大物映画女優の内部告発であろうと、誰の新居が数十億円であろうと、アイドル歌手が AV で再出発した記念のエロ動画だろうと、元皇族の子孫を名乗る人物の放言であろうと、宣伝効果がどれだけのアクセス数になるかだけが結果の全てだからです。極端に言えば、そこで出稿している広告主の商品が売れようと売れまいと関係ないというのが、ネットの広告代理店や SEO 業者のスタンスでしょう。あるいは、売れようと売れまいと関係ないというスタンスの事業者でも送り込んでくる大量のアクセスがあるだけで、その中の何割かに販売できればいいという割り切った事業者だけの世界だと言えるかもしれません。

ブログの運営は、本書の内容を当てはめられるとすれば、次のような引用個所になるでしょう。

あなたの店が一階でも二階でも、あるいはずっと高層階でも構いません。手が空いた時間はとにかく店頭(建物の玄関)の掃除をしましょう。

[向井, 2011: 72]

コーポレート・サイトの制作や運営について、「店の掃除をする」という表現がそのまま使えるわけではありません。比喩になるとも思えませんが、これをやる目的は、そのままコーポレートサイトの運営についても当てはまります。そして、ブログを運営することによって同じ目的が果たせると考える人は多いわけですが、僕は仕事で企業のブログやキャンペーンで運営されたブログの制作や運営に携わっただけでなく、自分自身のブログを制作したり運営している経験があるので、それほど簡単なことではないと思っています。本書で紹介されている「掃除」の目的は、以下のとおりです。

まず企業としての透明性を高めるためという目的について、コーポレート・サイトに掲載する会社概要なり企業情報の透明性を高めることは、或る一定の範囲では効果があるでしょう。寧ろ、代表者や役員の氏名すら分からない企業サイトでは、どう考えても胡散臭いという印象は拭えません。そして、これは差別や偏見であるかどうかの問題ではなく、取り引きしようと思っている企業にしてみれば、誰が経営しているかという事実は与信判断のために必要な情報なのです。そして、与信判断に利用する法人サービスで調査して、代表者に前科があるとか、他の会社を経営したり役員として働いていた頃にトラブルを起こしたとか、そういうことは簡単に分かります。また、オンラインで検索しても色々なこと(もちろんデタラメを書かれていることもあるでしょうが、書かれること自体に何か本人の問題があると警戒しても、それは差別ではないでしょう)が分かるでしょう。しかし、相手に企業の情報を必要かつ十分に公表するべきだからといって、企業の側から積極的にブログを公開してまで情報を公開する必要があるでしょうか。僕には、そんな必要があるとは思えません。会社概要のページに必要とされる項目を公表している限り、あとは情報を発信する必要に応じて、いわゆる「お知らせ」とか「インフォメーション」(なんで英語なのか)などというコンテンツとして告知すればいいだけのことです。どうしてブログという体裁をわざわざ採用して、記事として情報を配信する必要があると考えてしまうのか。僕には、これは SEO 業者やインチキな IT コンサルなどに誘導された錯覚しか理由があるとは思えないのです。

企業が情報を公開する方法としてブログを採用する意味や効用がないと思う一つの理由は、既に何度も述べてきたことですが、コーポレート・サイトの目的はリピーターを作ったり増やすことではないからです。コーポレート・サイトは何度もアクセスしてくれることを期待したり前提して設計したり制作・運用するものではありません。したがって、ビジターが何度もアクセスするという前提で運営されるブログは、企業サイトのコンテンツとしては全く的外れであり、余計な運営コストがかかるだけの無駄なコンテンツでしかありません。色々な記事を書けば、内容が固定されたコーポレート・サイトの本体だけではなく、時事の話題などでもビジターを集められると思うかもしれませんが、それこそ本稿で何度も言っているように、無意味なアクセスを掻き集めるだけの愚行と言えます。寧ろ、記事の内容によっては取引先に迷惑をかけたり、自社の従業員のプライバシーを勝手に公表したり、あるいは不必要に特定の政治思想や宗教やスポーツや芸能人について言及し、いわゆる炎上を引き起こしてしまうリスクが高くなります。そのような数々の事情に配慮しつつ、平凡な「お知らせ」とは違うなにほどか魅力的で興味深いコンテンツを作成したり維持できる文章力の人材なんて、そう簡単に見つけたり育成できるものではないのです。そして、そういう人材が自社にいたとしても、そういう属人的なスキルに依存した情報公開の施策は、たいてい何年も継続したり維持できるものではありません。専任として雇ったり特別な手当を十分に与えるわけでもないなら、主業務に対する当人のモチベーションが下がった時点で(つまり転職を考え出した時点で)、兼任しているコンテンツ運営の質や継続性も終わります。そして、大多数の中小企業では、そういうリスクが生じないように、ブログの運営を専任とする要員を配置して十分な待遇を維持するような余裕はありません。また、そういうことをする必要や理由もないのです。

コーポレート・サイトで自社の「透明性」を高めたいとか、あるいは高める必要があると思うのであれば、ブログを運営することを考えるよりも、まず第一に企業として必要かつ十分な情報を企業サイトのスタンダードなコンテンツとして公開することが原則です。現状のサイトに透明性がないなら、それはコーポレート・サイトの設計やデザインに問題や不足があったのであり、それはブログで解決するような話ではありません。そして、透明性についてサイトのコンテンツに問題や不足がなければ、それ以上に自社をアピールして「透明性」を無用に高めようとすることは、逆に過剰な自己宣伝になってしまいます。大半の企業サイトでお目にかかる「経営理念」や「企業方針」などと意味不明な熟語でタイトルがついている、たいていはビジネス本のフレーズを適当に繋ぎ合わせたようなスローガンの類は、そこに付属している相当にデタラメな文章(酷く長大な場合もあります)とも合わせて、殆ど読まれていません。もちろん、取り引きするのに何の関係もないからです。取引先の社員が、御社の社長が口ずさんで朝礼などで連呼しているスローガンを覚えていないからといって、与信審査で落としたり取り引きを停止したりしますか? もちろん、そんな馬鹿な会社があればこっちから取り引きはお断りですが、そういう企業があるとしても、寧ろ珍しいでしょうから、日経新聞が冷やかしで取材にくるほどの事例でしょう。

それから、企業のブログを外部のブログ・サービスやホスティング・サービスで構築したり制作して、何か独立したコンテンツを制作したり運営することにも意味がなく、たいていの事業者が期待したり想定している程の効果はありません。そもそもの話として、もしブログからコーポレート・サイトへビジターのアクセスを誘導して企業サイトのアクセスを増やしたいという意図があるなら、どうしてわざわざ違うサイトとして作ったり運営する必要があるのでしょうか*。企業ブログから、必ずしも全てのビジターが企業サイトへアクセスするわけではないという取りこぼしがあることを思えば、どのみちブログを運営するなら、寧ろ企業サイトの一つのコンテンツとしてブログを運営する方が、そういう取りこぼしは減ると言えるでしょう。自社の中にブログを構築するていどの予算が捻出できずにブログ・ホスティングの無料サービスを使うというなら、それに見合う効果はないと言っておきます。

*オンラインのコンテンツというものは、紙に印刷された文書とは違って「ハイパーテキスト」という通信ネットワークでリンクできるという特徴がありますが、それはどこまで言っても「特徴」でしかないのであって、そこに紙に対する優位性など保証されているわけではありません。よって、もともと一つの文書であったものをリンクして二つの文書に分割すると、リンクしているという特徴は活用できますが、それは単に一つのコンテンツを二つに分割しているということでもありますから、そのリンクを利用してもらえなければ、ただの情報の分断でしかなくなるのです。インターネットで公開されている情報やデータを記述する HTML のようなハイパーテキストの規格は、もともと遠く離れた研究者どうしが情報交換するための共通のフォーマットとして出来上がったわけですが、それは個々の研究者が離れていて情報のリソースとして離れていたという事情を基礎に置いています。もともと一つの情報源に集約できていて、世界中の研究者が常にそこへ情報を持ち寄るようになっていれば、「リンク」という発想など必要なかったかもしれません。ここから考えると分かるように、企業サイトと企業ブログを別のリソースとしてわざわざ分離することには、それ自体では何の有効性もありません。

他に企業のブログを別のリソースとして運営する意味が何かあるとすれば、それは芸能人と同じサービスを使っているとか、有名なホスティング・サービスを利用して「アクセス・アップ」を狙うといった、僕に言わせればスケベ根性としか言いようがない動機でしょう。もちろん、企業の経営目標の大半は金儲けですから、儲かればたいていのことはやっていいと思う経営者が多くても不思議ではありません。お上品なことをしていては食いっ逸れてしまう。それはそうなのでしょう。しかし、ビジターを始めとする相手が同じような人物であり、同じ価値観を良しとするとは限りませんし、それを他人に気取られるようなことをするのが経営として上手いとも思えません。そもそも、何度も書いてきたように、デタラメな方法で掻き集めた「アクセス」などというものに企業として収益や売り上げを期待する意味や根拠はありません。したがって、御社の事業と関係のないアクセスだけをむやみに集めるような施策は、それによってコーポレート・サイトの計測結果がどれほど変動して、SNS にどういうコメントが書かれていても、それで御社の売り上げが伸びたりはしませんし、ステークホルダに対する信頼性が上がるものでもないのです [McGovern, 2019]。

8 Digital Marketing Myths to Stop Believing This Year webfx.com

ここで、本稿で展開してきた議論と真っ向から対立するようなデジタル・マーケティング企業のブログ記事をご紹介しておきましょう。記事の内容と動画の内容とが違っているため、ここでは動画の内容を無視して記事の内容についてだけコメントしておきます。もちろん、上記のブログ記事が何から何まで間違ったことを言っているわけではありません。自社のサービスを、それこそマーケティング企業として宣伝するために正当化しているだけであれば、わざわざウェブ・コンテンツの制作に従事する会社の部長をやっている僕が紹介するほどの値打ちなどないでしょう。しかし、このような記事を取り上げているのは、第一に根拠がないこと、第二に具体的な成果が示されていないこと、そして第三に他の選択肢をわざと無視していることという、幾つかの理由があるからです。

  1. Digital marketing is only for big businesses: デジタル・コンテンツのマーケティングは大企業だけがやれるものでもないですし、大企業だけがやっていればいいというものでもありません。大企業ができるのは、もちろん予算や事業規模や業容の都合で大企業にしかできないことだけでしょう。
  2. Digital marketing doesn’t need to be a priority: デジタル・コンテンツのマーケティングを優先する必要がないというなら、そもそもデジタル・マーケティングとしてのコーポレート・サイトを公開する意味もなくなります。意味のないことを自らやるのは、企業としての愚行でしかありません。企業サイトを公開するべきと考えるなら、企業サイトの運営をマーケティングの一部として正確に据えて実施したり継続するべきです。
  3. Having a website is enough to market my business: コーポレート・サイトを公開したというだけでは不十分です。それは事実でしょう。ただし、コーポレート・サイトの目的はアクセスを増やしたりリピーターを増やすことだとは限らないのですから、記事のようにサイトを公開するだけでは不十分だとしても、だからといって次はアクセス・アップだ、SEO だ、リスティング広告だ、SNS だというのは短絡的すぎます。サイトを作った次の施策が、駅前でチラシを配ることだったり、営業担当者の名刺に URL を印刷することだったり、自社ビルの壁に URL を描いてもらうことだったとしても全く問題ありません。いや、公開する相手が最初から分かっているなら、そのような不特定多数を相手にした広告や宣伝の施策を何か選ぶこと自体が不要であるという判断も、十分に根拠がある事としてありえます。
  4. If I just put content out there, it’ll be enough: 質の悪いコンテンツを揃えても、それで企業サイトを効果的に公開したことにはならないと書いていますが、それは設計やデザインというフェイズで質の悪い委託先を使ったという話でしかありません。だからといって、コンテンツの質を向上させるために SEO 業者やマーケティング業者が質の高い仕事を提供できるという保証はないのです。寧ろ、SEO 業者はアクセスを増やすテクニックしか知らない技術者多く、しかもキーワードの密度といった犬でも解析できるようなレベルの数学や技術は知っているようですが、キーワードと御社のビジネス目標との相関関係についてビジネスという観点からアドバイスを提案する力はないのです。そして、残念ながら精密な文章の解析といった高度な数学や統計モデルを扱う素養も持っていなかったりします。デジタル・マーケティング企業のコンサルや SEO 業者のエンジニアやビッグデータ解析の会社にいるデータ・サイエンティストの多くは、実際にはアクセス解析ツールやコーディングやプログラムを扱えるというだけの「工員」であって、企業経営や数学を理解しているわけではないからです。
  5. If my competition isn’t doing digital marketing, I don’t have to do it either: もちろん、ここで書かれているとおり、一つの独立した事業体であるからには、自社の経営目標や事業目的として他社が何をやっているかとは関係なく、自律した判断基準や価値観で施策を考えて実行するのがスタンダードな企業経営というものでしょう。そして、それはそっくりそのままデジタル・コンテンツのマーケティングにも当てはまります。他の会社が SEO 対策をしているからといって、自社も同じことをしないと「負ける」という根拠のない不安を感じるくらいなら、どういう施策にどういう効果があるかを調べて、根拠のある方針や施策から実行すれば良い筈です。ここで紹介しているブログ記事だけの問題ではありませんが、ウェブ制作やデジタル・マーケティングなど、オンラインのサービスや技術に関わる事業者の大半が、このようなブログで具体例や根拠を示さずに勝手なことを書いています。もちろん、経営や事業や広告について他人へ意見を述べるのに博士号を持っている必要なありませんが、だからといって理由や根拠を示さずに人を適当な口八丁や「ロジック」や「フレームワーク」や「クリシン」といった場当たり的で思い付きの積み重ねだけで説得できるというものでもないでしょう。こうした論説や議論を読む方々にも、中学の国語で習ったような「批判的な読み方」を復習してもらいたいのですが、少なくとも書かれていることに何の根拠があるのか、全く証拠や根拠のない提案や主張には疑問符を付箋として付けて扱う習慣を付けるようお勧めします(もちろん、本稿についてもです。僕は自分の知識や経験で書けることの多くに理由や根拠を示していませんが、最低限の範囲で参考文献は示しています。しかし、ウェブ・コンテンツに関わるブログ記事の 99.9999% は、一つや二つの文献や調査結果すら示していないわけです)。
  6. There’s too broad of an audience online to market effectively: もちろん、ここで書かれているように、デジタル・コンテンツを公開して運用すれば、潜在的な取引相手や顧客が増えるという事実はあるのでしょう。しかし、それで期待できる数に比べてノイズが増えてしまってはいけません。スパム・メールなのか、あるいはまともな取り引き相手からの照会や問い合わせなのかを区別する工数がかかったり、情報セキュリティの攻撃にさらされるリスクが増大するという事実も他方であるのです。そして、昨今のコンピュータ・ウイルスやウェブサイトへの攻撃は、サイトを運営している企業が中小企業なのか大企業なのかなんて区別はしない大規模で見境のない自動処理で実行されています。もちろん、標的型攻撃と呼ばれるように目的が明確な攻撃もあります。大企業を攻撃するときに、取引先の中小企業から責めるという手法もあるからです。良い悪いは一概には言えません。

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16. 最後に

では、最後に本書を参考に議論してきた内容から、最も強調しておきたい点を繰り返して本稿を閉じることとします。本書の内容が企業サイトの設計やデザインあるいは運営という事業活動に全て当てはめられるとは思いません。実際に、本書で展開されている内容の多くは、本稿の議論では使えないと判断して、大半を割愛しています。したがって、僕は本書を参考にしていますが、サロンの経営についてはともかく、コーポレート・サイトの運営や設計を知るために買って読めとは言いません。寧ろ、学問だろうと仕事だろうと、あるいはおよそ何であろうと、一冊の本を読んで何かが分かるというものではないと思っているので、僕は他の色々な本を参考にしてコーポレート・サイトの設計や運営について当てはめられないかどうかを、それぞれの読者に期待したいです。僕は哲学者として、『嫌われる勇気』みたいな本を書いて書物や著者のフォロワーを増やしたいなんて思ってはいません。同じく、プロのデザイナーやエンジニアや制作会社の部長としても、個々人が自分の会社にとって正確には何が事業目的であり、そのために情報を公開したり相手から照会してもらうことが有効であるなら、企業サイトの運営が最適な手段になるのかどうかを、自分で考えて決めた目的や基準に沿って調べたり検討してゆく姿勢を推奨します。どの本を読むかとか、どういうウェブ・ページを見たかは、些末なことでしかありません。

これは10年以上も前に書いた「ウェブ業界はどこを向いているのか」という論説でも述べた話ですが、結局のところデジタル・コンテンツやインターネット接続は手段でしかありません。そこにしかビジネスを展開する手段がないからこそ、GAFA を始めとする多くの人々はウェブで「ここは大切だ」と叫んでいるにすぎないという隠しようもない事実から出発して、僕たち自身の携わっている事業や仕事、あるいはそれぞれの生き方について考えることから始めるのが、なんだかんだ言ってもオーソドックスで手堅く着実な成果があがる方法なのです。そこを無視して手軽に成果どころか成功まで手にするなんてことが、僕も含めた凡人にできるわけがありません。他に何の生き甲斐や趣味もなく、宝くじを買い続ける一生を送りたいですか? ウェブサイトやデジタル・コンテンツは、そういう人生を送るも同然の人々を生み出すための道具にも使えるのは事実ですが、僕はそういうことのために制作したり運営する知見を普及させるつもりはありません。本稿は、そのような妄想に落ち込む中小企業の経営者を減らすために、或る意味では義侠心で書いたようなものです。

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参考文献

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2019

“Truth behind 12 big (and very believable) sales myths,” ResourcefulSelling, https://www.resourcefulselling.com/sales-myths/, retrieved on December 19th, 2022.

向井邦雄

2011

『お客様がずっと通いたくなる小さなサロンのつくり方』, 同文館出版, 2011.

鬼塚健一郎, 永草達海, 星野 敏, 衛藤彬史, 橋本 禅

2014

「Facebook導入が自治体の情報発信にもたらす効果一佐賀県武雄市を事例として一」, 『農林業問題研究』, Vol.50, No.1 (June 2014), pp.37-42.

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2011

“Too good to be bad: Favorable product expectations boost subjective usability ratings,” Interacting with Computers, Vol.23 (April 2011), pp.363-371, https://doi.org/10.1016/j.intcom.2011.04.002.

The University of Western Australia

2019

“PDF myths,” in Web publishing at UWA at the University of Western Australia, last update on July 10th, 2019, https://www.digital.uwa.edu.au/publishing/guidelines/accessibility/pdf, retrieved on December 15th, 2022.

Yablonski, Jon

2020

Laws of UX: Using Psychology to Design Better Products & Services. O’Reilly Media, 2020.

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