2019年08月10日に初出の投稿

Last modified: 2019-08-10

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本日は実家で「初盆」の法事を施行した。あまり事情を細かく説明はしない。宗旨(仏教)まではともかく、宗派は公にする必要がないので、細かく説明すると宗派を推測できてしまうからだ。宗派によっては、若い人でも無用な敵愾心や偏見を抱く人がいるものである。それは、日本に限らず、意外にも教養のない階層ですらキリスト教の宗派の違いにやたらと詳しいアメリカ人にも言えるし、恐らくどこの国でも似たようなものだろう。それゆえ信仰はプライバシーだし、日本では差別を避けるための要配慮情報として保護されている。日本では特別な経緯があって仏教と神道が「神仏混淆」として一つの信仰として扱われてきたため、宗旨については仏教徒だと名乗ったところで就職差別や結婚差別はないが、宗派によってはいまでもありうる。

なお、人事関連のサイトではイスラム教徒が業務時間中に祈祷することを禁止できるかどうかについて「採用しないことが望ましい」と答えている自称人事専門家がいるけれど、こんなイカサマ師の言うことに耳を傾けてはいけない。採用しないようにするには、インタビューやアプリケーションの時点で相手の信仰を質問しなくてはならず、そんなことが憲法違反であることくらい、いかに労働法以外の法律を知らない人が多い人事担当者でも知っておいた方がよい(ちなみに労働基準法第3条は入社した後の不当な扱いを禁止する条項なので、アプローチの時点での差別を対象にしているわけではない)。実際には入社する時点では分からないのだから、従業員がイスラム教徒だろうと創価学会員だろうとクリスチャンだろうと、会社には分からない。正確には、入社する際の労働契約書や就業規則について、入社するまでの間に提示して、そこへ職務専念義務の観点から就業中の宗教行為は認めないことと(そして、それは憲法違反でもなければ労働基準法違反でもない)、休憩と称して宗教行為を行うことも認めないとしておけば、その条件が示されたうえで労働契約を結んだ社員が宗教行為をやれば、それを理由にして懲戒するのは会社の自由である。こういう手順が必要なのであって、危ないものにかかわらないよう、最初から触れないようにするなどと安易な動機から、実務としてできもしないことを回答するのは、「専門家」を自称する者として不見識かつ無責任である。

なお、いま述べたような手順は昔からやろうと思えばいくらでもできたはずだが、いまでも多くの会社で実行できていない理由は明白だ。大多数の日本の会社では、入社する前の人々に就業規則や労働契約書を渡して、事前に1週間でも入社するにあたって考慮する期間を与えていないからである。それどころか、400万社と言われる日本の「会社」で、実際に労働契約書なんてものを作って新入社員と取り交わしている事業者は、実際には一部分なのである。酷いところは就業規則すらないところもあるわけで、ルールの実態は経営者の胸先三寸である。こういう点でも言えるとおり、日本の会社なんて実際にはベトナムやタイの会社と法令順守の水準は殆ど変わらないのである。きれいな事務机や洗練されたノートや椅子が置いてあって、それなりに清潔なトイレでクソしていようと、しょせんは大半の凡人が経営してる会社など、実態は後進国に毛が生えた程度だ。

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