2017年03月09日に初出の投稿

Last modified: 2017-03-09

タブレットを校内に1台以上導入している高等学校は約3割、そのうちの半数が学校教育に活用できておらず、教える側のスキル向上が課題である──旺文社は3月8日、高校におけるICT機器の活用状況調査の結果を公開した。

高校のタブレット導入、半数が「活用できず」 その原因は…… 旺文社調べ

これは教育全般に当てはまることだと思うけれど、教育や家庭のしつけや地域の青少年の扱い方というものは、個々人の対人関係というミクロなスケールから国家というグローバルなスケールに至るまで、悪循環に陥りやすいと思う。いったん悪循環が始まると、「悪循環に陥りやすい」ということは、少し改善しても元に戻ってしまいやすいということなので、長期間に渡って有効な結果を残して全体の水準を引き上げるのが非常に難しいということだ。なぜなら、良い結果を残すためには、生徒や学生の能力や生活環境が十分に安定して良好でなければいけないので、そもそも内戦が続いている国や圧政が敷かれている国では望むべくもないが、いたずらに低俗なライフスタイルが自由の名のもとに蔓延っており、そうした低俗化への同調圧力が強い日野で一時的に良い結果を残したというだけの秀才でしかなく、人の生き方や考え方の指針としての思想というレベルでは無知蒙昧なので(それは「哲学」とは違うので、もちろん哲学やフランス思想をお勉強しているからといって、その意味での「思想」において長けているなどということは全く無い)、後から勘違いして学校教育を一般論として否定するような自意識の議論を口にするようになって、「誰それの文明論」などと東洋経済やダイヤモンドや文藝春秋あたりから出版して些末な人生を終えるのが関の山である。

この場合に、昨今の教育関係者は、子どもたちは生まれながらにしてモバイルデバイスやオンラインサービスを使っているデジタルネイティヴだから教師よりもリテラシーが高いと勘違いしやすい。簡単に言って、「デジタルネイティブ」とは単なるオンラインサービスの「ユーザ」のことであって、IT という産業そのものをリードしていく能力があるという意味では全くないし、その必要条件すら満たしていない。単に利用者、購買層、顧客としてサービスをうまく使えるからといって、ネットワーク通信に関するトポロジーの数学理論を(数式として記号操作できなくても直感的なレベルにおいてすら)理解しているということにはならないし、暗号処理に関わる整数論や代数系の素養があるということにはならない。よって、そういう子供の中から次世代のビル・ゲイツやスティーヴ・ジョブズが生まれたり、Google や Facebook のような事業を興す人物が出てくると期待するのは、数百光年離れた惑星で生命が誕生するのを期待するようなものであろう。

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