2017年08月25日に初出の投稿

Last modified: 2017-08-25

[まえがき] Ameba のユーザなので、Ameba Owned というブログサービスを暫く使っていた。この業界にいると、やはり新しいサービスが出てきたら一度くらいは実際に使ってみた方がいい(これが手間のかかる作業であれば、それはそれで一つの経験だしサービスの評価にも関わる。それに、自分のスキル不足のせいで手間がかかるのであれば、それこそ自分が勉強不足であることを実感する良い機会だ。しょせん全ての人間は「有限」という意味では凡人なのだし、どのみち絶対にある自分の生理的な限界というものは正確にしっておいたほうが良い)。そして、幾つかの記事を書いてみたので、こちらへ転載しておく。Ameba Owned の記事は、そのうち削除するからだ。なお、文体が柔らかくなっているのは女性向けのウケ狙いなどではなく、いちおう Ameba では河本孝之であることを公表していないので、試験的にパーソナリティを変えてみただけである。[以下、転載]

僕には「おじさん」と呼ばれる人について、あまり良い印象や記憶が残っていません。

お一人は、僕が中学の頃に亡くなった父の兄です。事情は分かりませんが、心を病んでいたらしく、就職しないで親戚の家を渡り歩いては何日自身から親しみを込めて「おじさん」と呼ぶ人はいませんでしたし、そうしたいとか、そうしなくてはいけないとも思っていませんでした。

正月に集まって話をしていたりするのを横から見ていたときなど、「いい歳をして、程度の低い話ばかりしている」と、僕は「おじさん」たちを馬鹿にしていたと思います。でも、いくら「親戚」とは言っても、ふだんは殆ど付き合いのない、言ってみれば赤の他人に限りなく近い人たちが一堂に会しているわけですから、無理やりの場つなぎや建前としては、彼らとしても当たり障りのない瑣末な話題を口にするしかないでしょう。しかも、もちろん子供ながらに思っていたように、彼らはそうした話題を超えて何かを「議論」するほどの才能も知識もないわけです。そのこと自体は仕方のないことであって、子供が非難したり軽蔑したところで、実はどうしようもないでしょう。もし「程度の低い話をしている」などと言えるくらいの子供なのであれば、そうしたリアリティにも気づくべきだったのかもしれません。(とりわけ、最近はサリンジャーの小説を読むことが多いので、余計にそう思います。)

こういう言い方こそが相手を馬鹿にしているシニカルな態度だと思われるのでしょう。したがって、そういう態度だと相手に気づかれない「子供」を旨く装うことも処世術の一つであり、これをスキルとして欠落させてしまうと、どれほど高尚な目的をもっていても相手を動かすことはできず、何事も、とりわけ人間関係が必要とされることは実現しないのかもしれません。[2016-1-24]

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