2018年06月23日に初出の投稿

Last modified: 2018-06-23

Twitterは本日(米国時間6月21日)、「サービスとしての信頼と安全」を提供するスタートアップSmyteの買収を発表した。Twitterプラットフォーム上での、いじめ、嫌がらせ、スパム、そしてセキュリティに関する問題により効果的なアプローチを行うことが目的だ。しかし同社はまた、これまでSmyteが提供してきたAPIへのアクセスを、警告なしに即座にシャットダウンした。このためSmyteの既存の顧客たちは新しいサービスに移行する時間をとることができなかった。

Twitterの暴挙に怒りの声続々

私企業が金のために何をやろうと、しょせんミクロ経済の範疇では「所定のふるまい」であって何の不思議も無い。およそ企業というものは違法行為でない限り、人でなしと呼ばれようとあらゆる活動の可能性を探り、そして実行に移すものだ。したがって、上場企業の「法務」と呼ばれている部署は、自社の違法行為を監視したり牽制するような役割は《全く担っていない》のであって、彼らが顧問弁護士と共にやっているのは、「どこまでなら当局に睨まれないか」とか、「どこまでなら事業担当役員を東京湾に沈める『ていどのこと』で済ませられるか」という予測なのである。実のところ、mixi の社長だろうと誰だろうと、彼らが「ステークホルダ」という言葉を口にしているとき、彼らにとって従業員やゲームのユーザや一般投資家など眼中に無い。

Twitter は慈善団体でもなければ、オンラインで起きるあれこれのトラブルが自社のサービス展開にとって有利であるかどうかだけを考えている。そして、そういう人情や情緒とは関係のない観点で行動するからこそ、資本主義や自由主義というものは《強い》のだということを、いい加減に我々は学ぶべきである。私企業が、或るサービスについて、「子供のいじめを無くすために役立つ」かどうかという判断基準だけで構築したり運営したり買収するなどというのは、はっきり言って世迷いごとの類である。

しかしもちろん、結果として企業がそういう利他的な選択とか「道徳的に好ましい判断」をやるように仕向けることはできる。Common Cause を始めとする社会運動は、そういう帰結主義的な割り切りをもって行動しているはずであり、それどころか社会運動を担う組織の中ですら構成員のモチベーションを維持するために、その社会運動の事業体が結果としてしかじかの帰結主義的な割り切りで活動しているのだと説き伏せている可能性もあろう。

確かに、このような仕組みの「操作」とか、こういう仕組みの予測可能性だけでものごとを評価したり判断するようになると、いったいどこに本意があるのやら見えにくくなる。昔の宮台さんだと「ネタ」と呼んだものに相当するのだろう。

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