2018年02月22日に初出の投稿

Last modified: 2018-02-23

下町Pは、あくまでオリンピックを手段に、事業の拡大を目的とするものである。一方、ジャマイカ連盟の目的は、世界大会やオリンピックでの勝利だ。このすり合わせができていなかったとしたら、責任は双方にあると考えるのが公平だろう。

平昌五輪、下町ボブスレー土壇場で不採用の真相

この手の「ものづくり」の話って色々と出てくるんだけど、僕がいつも職人の周りで騒いでるマスコミや役人に違和感をもつのは、たとえばこの件について言えばボブスレーの競技用機材って昔からあるわけだよね。じゃあ、なんでウィンター・スポーツがそれなりに盛んな日本国内にそういうものを作ってる人たちやメーカーがいないのだろう。いないから、わざわざこの人たちが作る事業に助成金を出したりスポンサーがついたりするわけだよね。でも、既存のメーカーが機材を作ってきた実績があるなら「ものづくり」がどうのと言ってもいいと思うけど、しょせんは数年前から作り始めたにすぎない、言っちゃわるいけど(ボブスレーに関しては)素人集団が何を騒いでいるのかという気がするんだよね。逆に、せいぜい数年でオリンピックの公式競技で使えるようなものが作れるなら、はっきり言ってボブスレーなんて機材で戦う競技じゃないってことだろう。

このところ、こういう事業で日本は凄いの何のと騒ぎ立てるメディアが多いわけだけど、既に日本は技術力で中国や東南アジアに限らず多くの国に追いつかれつつあると思うし、とっくに追い越されてしまっている分野すらある。いまだに「ものづくり」がどうとか言ってるのは、民芸品のように他の国では原材料の調達が難しいという偶然の事情で作るのが難しいか、あるいは単に作る必要がないものばかりだ。漆塗りの茶碗は結構だが、失礼ながらその程度のものはハンガリーでもインドでも自分たちの生活の必要に応じて作ってる人たちはいるよ。他の国で単に生活習慣や原材料の調達という事情から「作っていない」というだけのものを「作れない」と勘違いするのは恥ずかしいことだし、当人はたいていバカだから差別している自覚はないのだろうけど、傲慢以外の何物でもない。そもそも、技術力の差というものを、そういう表面的な「この国ではこれを作っていない」という違いでしか理解できないような人間に、ものづくりや技術を語る資格はないと思う。

それに、高度成長期を経て既に日本は技術とか丁寧な仕事ぶりとかで有名になっている筈ではないのか。それをいまさら「ものづくり」の何のと程度の引くいスローガンをまくしたてたところで、海外の人にしてみれば「ああ、それは分かってるよ」というだけのことだ。日本のメーカーや工場や技術者に求められているのは、既にその先ではないのだろうか。個々の技術者なり技術力をどうやってマネジメントしたり、製品を効果的にアピールするかということに着目しなくてはならず、口先だけの広告とかテレビ番組のようなイベントに乗っかって気楽にパブリシティを得ているだけではだめだろう。

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