2018年10月30日に初出の投稿

Last modified: 2018-10-30

本部は情報セキュリティの「小テスト」を実施している。プライバシーマークの使用許諾を受けている事業者の多くは、全社で簡単なクイズやペーパーテストを定期的に実施していると聞くが、当社では ISMS と PMS の両方をカバーする内容だ。そして、毎月の最終週に5問だけのクイズを出題している。設問は、僕の方針として法令や規格に関する「儀礼的」とすら言えるような無内容な知識は問わずに、専ら当社の事業や業務で関りのある知識を問うようにしている。もちろん、それだけでは将来において何か新しいことを始めるときに古い知識だけでしか対応できないので、原則を教えることによって原則から正しい対応を推論させるのが《正しい》のは分かっている。しかし、恐らくは僕も含めて凡人というものには、そういう応用力などないのである。なぜなら、応用というのは動機付けがないと動かない認知能力であり、大多数の勤め人に「体系的な思考」をしなくてはいけないという動機など存在しない(だから、寄生虫に脳を支配されたアリのように勤め人をやっているのだとも言える)からだ。

よって、原則を教えておいて未知の状況へ対応する応用力をつけるという、必要になるかどうかも分からないスキルを培う気にさせるには、マネージャとしての我々に支配力なり人心掌握の心得が必要である。簡単に言えば、そういう応用力が現在の仕事でも有益であるかのように騙すのだ。実際に、そういう応用力が現在どころか将来の当人にとって有益かどうかなど、はっきり言って知ったことではない。こんなことは、「哲学は役に立つのか?」などと誰かに答えてほしいと思っている多くの自然科学者が、学術研究者としてはともかく人としては愚かであるのと同じであって、自分自身で考える他にはないし、自分自身で考えた成果が正しいかどうかも保証などないのである。同じく、企業というものは上場することだけが目標なのではないが、経営者は株式を公開することによって多くの資本が集まるからという理由で、色々な利得があると説く。はっきり言えば、上場しても給料など簡単に増えるものではないし、日本では会社が上場したくらいで従業員が家を買えるほどのリターンなどない。しかし、新しい事業を始めたり、既存の事業を色々なやり方で拡大するチャンスは増えるので、その成果によっては或る事業部の部長がスピンアウトした会社の社長になって収入を増やすチャンスはあるだろう。要は、自分がどう考えて動くかによって決まるのである。僕らは、自分自身に対しても或るていどの自己催眠をかける必要はあるのだが(笑)、従業員に対してはそういう心理操作をすることが求められている。「結果は自分が何をするかによって決まる」という一種の決定論を刷り込めば、会社の責任(つまりは経営責任ということでもあるが)は軽減されるからだ。そして、これは良い悪いの話ではなく、どのみち凡人が集まって何事か事業を営む組織なら、軍隊だろうとベンチャー企業だろうとボーイスカウトだろうと、どういう組織にでも言えることである。

・・・とまぁ、大きな話をしたのだが、実際には難儀なものである。たった5問の、それこそ1分か2分で終わるようなものでも、一部の部署では部門長から下っ端に至るまで半年ほど「仕事が忙しい」などと称して受講を無視している人もいる(もちろん、小テストの受講は役職者である僕からの「業務命令」である)。これで何か事故が起きると、もちろん会社員という個人に事業の責任などとれないので、僕らマネジメントの責任者の力量が問われるという話になるから、簡単に言えば舐められている状況を改善する必要がある。一つには、小テストの体裁を工夫することで、受講していない人には前回のテストも含めてどんどん設問が増えていくようにするというのも一案だ。あるいは、受講結果を公表するというアイデアもあろう。そして、今回は条件つきで受講結果を公表する「可能性がある」とアナウンスだけしておいた。これは、ひとまず牽制であって、実際に公表するかどうかは分からない。

実際、何らかの成果を会社全体に公表するという施策は、慎重にやる必要がある。かつて当社の経営会議で、何かの成果に応じて社内表彰をしてはどうかと起案されたのだが、受講結果を公表することに関わる懸念と同じ理由で否決された。つまり、何らかのパフォーマンスを会社全体として良いとか悪いと公言することは、場合によっては当人あるいはそれ以外の部署の従業員のモチベーションを低下させる可能性があるからだ。小テストの受講結果の場合、他の部署の従業員からすれば、たった1分ていどでやれることができないほど忙しいのに、どうしてあの部署はいつまでたっても赤字なのかという反感が生じてもおかしくない。当然、商材がそもそも売れないものを無理に売り続けているだけであるか、業務プロセスやビジネスモデルとして重大な欠陥を抱えているのではないかとか、あるいは何らかの事情で無能がマネジメントに居座っているからではないかと、経営陣や経営会議の力量まで疑われることになりかねない。また、結果を公言された部署の従業員にしてみても、無能のせいかどうかはともかく忙しい中で「やってない」と言われては癪に障る。部門長にしても、あからさまにマネジメント能力を否定されるようなものだ。そして、僕自身もマネジメント能力が不足していると公表することにもなるので、今後の牽制力が低下するリスクもあろうし、そもそも面白くはない。なので、よほどの結果にならない限りは公表はせずに、「公表する場合がある」と牽制するくらいが妥当なのだろう。

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