2018年05月24日に初出の投稿

Last modified: 2018-05-24

会社の公式メールアカウント等へ届く営業のメルマガやメールに書かれている中小零細事業者の屋号として、「きざし」とか「いっぽまえ」とか(本当にそういう屋号があるんだけど)ケッタイな和語を使ってる人が多いんだけど、そういう会社って上場どころか10年と続いてるのを見たことがない。次に多いのが、3流デザイナーによくある、和語を片仮名で表記してる屋号だ。さきほどの事例をそのまま使うと、「キザシ」とか「イッポマエ」とか、保守的な印象を払拭したいけど和語の語感の穏当さ(しかし実際にメールを受け取る方は京都人的で陰湿な語感を感じたりするわけだが)は利用したいという、日本人特有というか、相手の勘違いや善意の解釈に期待する軟弱民族の文化というか、そういう観念に支配されている人が一定の割合でいるのだろう。

無能や凡人が屋号など工夫したところで時間の浪費である。苗字が「山田」というデザイナーなら「山田デザイン事務所」でいいのであって、「YMDO」とか「ダマヤむじしょ、みたいな。」とかいった奇抜な屋号を使ったところで、無能がクソみたいなデザインを納品していては事業継続性などゼロである。こういうどうでもいいことに時間を使うのが「マーケティング」だという昨今のブランド戦略は、要するに広告代理店がでっち上げている出鱈目にすぎないのであって、彼らは最初からブランド力がある大企業にこういうネタを売り込んで、実は広告の力など殆どないのに大企業の既存の知名度やブランド力を利用して「成果」を挙げたというイカサマ芝居を何十年も演じてきただけなのである。某外資系日用品メーカーがネットの広告費を3割に縮小しても売り上げが落ちなかったというのが明白な証拠だ。日用品メーカーの公衆におけるプレゼンスというものは、スーパーや量販店にどれだけの商品が置かれているかという、もっと地道な営業販促活動が有効なのであって、ウェブサイトに髭剃りや芳香剤のバナーを表示したところで、そんなものはマーケティングを適正に理解している企画・広告のプロから見れば「無」だ。真っ黒に塗りつぶした、何も書かれていないベタの画像を貼り付けている方が、まだユーザの注意を引くと言っていいくらいだろう(しかし、ユニクロのようにそれをやり過ぎると、もちろんすぐに予定調和となる)。

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