2018年07月10日に初出の投稿

Last modified: 2018-07-10

ここ最近、「情報」という言葉を振り回している思想家や哲学者や色々な分野の研究者が増えているわけだが、予想通り単なるプロパガンダみたいな本をいくら出版したところで哲学的には些事としか評価できない。何かと言えば「革命」だと言うが、それはシャノンの思想を丁寧に解きほぐした上で書いているのだろうか。たとえば『科学哲学』や『科学基礎論研究』に1本でもその手の成果があったろうか。それどころか、いまをときめく Google 哲学者のフロリディに関する批評すら一つもないように見受ける。

まだ詰めるのに時間がかかるだろうが、まず結論を明解に言っておくと、僕は「情報」という概念は過大評価されていると思っていて、シャノン自身が情報という概念に対する無理解を嘆いていたように、「情報の哲学」を名乗る屑みたいな論説の大多数は学部レベルの数学すら理解せずに自分勝手な思い込みを夜店の風船のように「出版市場」という虚空へ向かって膨らましているだけにすぎない。それこそ、情報になっていない単なるデータをばらまいては、何か最先端の哲学をやっているかのような自意識プレイを演じているだけのことだ。

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