2019年04月08日に初出の投稿

Last modified: 2019-04-08

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この写真は、撮影してから Prisma という加工用のアプリケーションで "Golden Hour" という変な名前のエフェクトをかけたものだ。自宅の書架から引っ張り出した古い本である。最初、僕は自分のサイトを運用したり構築するのに Perl と JavaScript から勉強し始めて、はじめて公開した個人サイトは Perl で動かしていた。その後、だいたい2007年くらいまでは Perl も書いていたのであった。それは、写真に "Perl Template Toolkit" が映っていることでも分かるだろう(この本は2004年に出た。O'Reilly のサイトは電子書籍の最新発行年を表示しているらしく2011年などと表示されているが、それはペーパーバックの出版年ではない)。仕事でも Perl は何度か使ったし、2008年くらいまではかろうじて「CGIのフォーム」というのが生き残っていたため、他人の(たいていは下らない)仕事を引き継いでコードを修正したり、同じ動作仕様で PHP に書き換えるといったことをやった。Perl に関しては大きな案件でも扱ったのだが、それは僕にとっては黒歴史に入る話なので、また別の機会にでも書こう。

そして、Perl を使い始めてから3年ほど経ってから、前職で PHP を短期間で習得した。2003年頃だったと思う。その当時、前職では自社サービスのサイトを PHP で運用していたのだが(2003年頃だから制作会社の大半は WordPress すら知らない頃であり、サイト全体を PHP で運用するというのは先進的な部類になるだろう。なぜそんなことができたのかは、たぶん普通の業種のウェブ制作会社の人には分からない)、確か社長と発注先のプログラマとの相性が悪くなって、相手が引き受けないとかなんとか揉め出したのが発端だったと思う。前職の社長はコンテンツだけでなくシステムの挙動にも色々なこだわりがある人だったので、プログラマに対する注文が多かったのかもしれないし、ギャラとか納期にもいろいろと揉めた原因があったのかもしれない。いずれにしても、サイトのメンテナンスなり新しいことをやるなり、PHP を書いてくれる人がいなくなってしまったので、プログラミングの経験がある唯一の社員であった僕が PHP を勉強することになったというわけだ。

そして2007年頃、当時は頻繁に東京へ出張していた。上記の黒歴史に関わる案件で、朝の11時頃に1時間だけ会議をするなどという名目で呼び出されていたため、現在なら携帯1個でチャットに参加していればいいような下らない会議に大阪から西新宿まで出かけていたのだ。ただ、そういう用事で午後の予定がなく自由になると、神保町の三省堂とか丸の内オアゾの丸善とか八重洲ブックセンターへ立ち寄ったりしていた。そして、丸善で見かけたのが Lutz の書いた巨大な Python の本だった。考えてみれば、Perl, PHP と学んできて、残る "P" の Python もざっと習得しておけば、選択の余地は大きくなる。当時は既に Ruby の本も出始めていたわけだが、Rails がブレイクする前の話である。Python は、残念ながら仕事での実装が1回しかない。既にどこかで言及したと思うが、某テレビ局の案件で、NTT DATA のデータベースから楽曲の検索をして XML を出力するというプログラムを書いた。現在なら機械学習のプラットフォームとして多くの本も出ているし、Python を適用できるサービスやソフトウェア・プロジェクトも多いので、まぁ弊社が本当の IT ベンチャーなら Python を書く人も採用して何らかの事業に投資してもいいのだろう(とは言っても、機械学習でオンラインサービスをリリースするなんて、既に5年ほど遅い発想だ。なにせ TensorFlow が2015年にローンチしたサービスなのだし)。

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