2018年09月21日に初出の投稿

Last modified: 2018-09-22

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自分でプロフィールにメンヘラとか書いてるから自覚はあるんだろうけど、このような思い込みや偏見や無知無教養に満ち満ちたカジュアル・ヘイト(お茶の間ヘイト)を公の場で繰り出す人たちを見ているとウンザリさせられる。もちろん、精神疾患や高卒なんてものは愚かさの言い訳にはならない。高卒だろうと小学校しか出ていなくても見識のある人々はたくさんいるし、逆に博士号をもっている人間のクズだって夥しいほど地球上にはいる。

これから後期高齢者の医療制度に関するサイトを立ち上げようとしているのだが、こういう無学で現実も分かってない人々がアクセスしてきたときでも、状況によっては読んでもらえるようなコンテンツを作りたいとは思う。世の中の大半は無学で愚かな人間で占められている。僕はもちろん無学ではないが、愚かではあるかもしれないので、僕も確かにそういう意味での「凡人」に含まれている。せめて、上記で気軽に多くの人に愚かな怒りをぶつけている人々が、何かを少しは考えて(プライドはあろうから、「反省しろ」とは言われたくなかろう)くれたらよいのだが、コンプレックスや自意識や僻みだけで Twitter にものを書き殴っているような人々に何かを期待すべきかどうかは分からない。「期待すべき」なら「期待できる」と進めて「期待する」と結論してもいいが、それは社会科学の理屈から言って、果たして自明だろうか。

ともあれ、カジュアルに暴論なりヘイトを息を吐くように繰り出す人々というのは、殆ど習い性や日記にものを書くように気軽に(見えない相手を)罵倒するので、恐らくはたいていの人たちが全く自分たちに落ち度や悪意はないと思い込んでおり、したがって意見を変えるとか、何が事実なのかを知るとか、正義の何たるかをわきまえるなどという責任が自分たちにあるとは露ほども思っておらず、インセンティブもない(というかインセンティブがあるのかどうか気にもしていない)。

少しでもものを考えてみれば分かる事だが、我々も数十年ほど生きていれば「高齢者」になるのは明らかなのだが、上記のような連中が扱き下ろしている「高齢者」とは将来の自分たちとは全く関連の無い、リバタリアンや新自由主義者がでっち上げた世代間闘争の敵と見做している人々だ。そして、二言目には、かような連中が描く「高齢者」というのは、病院をサロンのように利用している人々ということになるのだろうが、それこそ後期高齢者医療制度どころか、その前の老人保健法の更に前の制度の時代から言われてきたことだ。また同時に、かような人々が思い描いている「高齢者」とは、都内の一戸建ての縁側で高価な盆栽でもいじくってる爺さんや、昼時に近所の知り合いを集めてドイツ製の食器で茶話会を開いている婆さんといった、いまどき「マンガ的」と形容することが漫画家への侮辱に当たるほど愚かなイメージだ。そして、そういう「高齢者」を基準にして自己負担の割合を3割や5割にすれば、税金が安くなって、自分たちの遊び金や Twitter で愚かな発言をばら撒くための携帯代が捻出できるとでも思っているのだろう。しかし、実際には多くの高齢者は貯蓄など数百万円しかないし、その数百万円は Twitter でぶつくさ愚かな発言をばら撒くしか能がないバカが遊んでいる間に彼ら高齢者が若い頃から仕事を何十年もして貯めたものだ。たかだか社会に出て10年も経っていないような小僧たちに比べて上の年齢の世帯が貯蓄を持っているのは、どう考えても自然なことだし、そうでないなら全ての世代が高度成長期だろうとバブル経済だろうと、単なる日雇い労働者と変らない暮らしをしていたことになる。

・・・などと、丁寧に色々な仕方でものを書いたところで、3行ていどの日本語文字列でしかものごとを把握できない、AI どころか産業用ロボットのチップにすら劣る知性の人々(いちおう、なにほどか知性なるものがあるというくらいは認めたり期待してもいいとは思うが)に何かを伝えられるという保証がない。したがって、彼等とは別の人々、つまり自分たちでは合理化や社会正義を論じていると思い込んでいるのだろうが、実際には上記のような人々の憎悪を刺激しているだけのリバタリアンや新自由主義者を牽制する方が有効かもしれない。特に、リバタリアンは世代間のイカサマ対立を捏造して喜んでる暇があったら、真に建設的な提案をするべきだと思う。しょせんたいていのリバタリアンなんて人々は、既得権益や親の資産だけで食えてる自分の身分を「保守」したいだけであって、実は liberty なんて理念は全く持ち合わせていない。日本に限らないけど、リバタリアンなんて嘘つきや自己欺瞞の別名だと思うね。実のところ、社会保障についても彼らは真の「自由」なんてものは求めておらず、なんだかんだとリバタリアン的な文句を言いながら(つまりはその手の本を書いて儲けながら、ということでもある)社会保障制度に守られて生きていくわけであって、実質的には「思想的フリーライダー」でしかなく、55年体制の社会党と同じである。

それから、上記の女性らしき人物だけの話ではなく、実態として子育ての算段や家計の管理を〈女性が〉担っているということについて、もちろん色々と言うべきことはあるが、それはいまのところ話の本質ではないと思う。それを不問としても、特に女性が「高齢者医療 vs. 子育て福祉」という偽の対立をでっち上げたり煽っているのを見るのは、非常に残念だし、ツイートの内容によってはもちろん不愉快だ。

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