2018年02月01日に初出の投稿

Last modified: 2018-02-01

添付画像

買ってきたばかりの『プルーフ・オブ・ヘヴン』を読み進めている。章節が短く切ってあるので、連載物を読んでいるかのように読み易いのだが・・・もう冒頭の1割くらいを読んだ時点で胡散臭さに耐えるのが難しくなってくる。これ、昏睡しているあいだの記述は、客観的な様子については、周囲の人たちからの伝聞だし、当人の主観については、言葉で表現すればこうなるという後知恵なのだ。後知恵として自分の体験を解釈するというのは、簡単に言えば精神分析の通俗書で自分が見た夢の意味をあれこれと想像する高校生みたいなものだ。

そもそも臨死体験(NDE)というものは、死に臨んで、そして意識や体調を取り戻すからこそあれこれと後で言えるのである。いったん死んでから復活したなどという話ではないのだから、心停止するという特別な状況に置かれたという点では貴重な話だが、当人の意識については確たることが言えないので、こういう状況に置かれた人々がそもそも NDE つまり何かを「体験」したと言えるのかどうかすら怪しい(医学者によっては、NDE というのは昏睡状態で起きることではなく、意識が戻って来る安全圏で脳に起きている夢のようなものだと考える人もいる)。そして、こうした事例の全ては、「体験」したと称する人々の説明が全てクオリア話、つまりは日が特別に経験しているセカイの存在によって、あたかも客観的な事柄であるかのように装っているにすぎないのであり、それを当人が自覚していないという意味では、これは重大かつ危険とも言い得る自己欺瞞、あるいは無自覚な自己催眠である。

  1. もっと新しいノート <<
  2. >> もっと古いノート

冒頭に戻る


※ 以下の SNS 共有ボタンは JavaScript を使っておらず、ボタンを押すまでは SNS サイトと全く通信しません。

Google+ Twitter Facebook