ウェブ業界はどこを向いているのか・その4
2008-05-18 08:42 /
すみません、前回のは論旨があちらこちらに飛んだせいで「長いっ!」というご意見が多かったので、みなさん後で暇ならご一読ください。で、今回はいただいたご意見について、コメントさせていただきたいと思います。
「長い!」という不評を買った前回を反省して(笑、梗概をまず述べます。人材を集めるには色々なやり方があって、全ての可能性を探ることに反対はしていません。ただ全ての可能性を探れるのは経営陣だけであって従業員にそのような待遇や権限は与えられいません。また、人材は育てるものであるという点にも反対はしていませんが、多くの制作プロダクションでは新入社員をデジハリや WAO 等に半年ほど通わせる余裕など無く、またいきなり案件に従事させて経験を積ませるという OJT には、人材マネジメント上のリスク(誰に教えさせるのか、教えている時間だけ終業時刻が遅くなるだけではないか)や管理会計上のリスク(得てして OJT というものは実務のノウハウを誰ももっておらず、どれだけの工数をかければよいか誰も分からないため、シャドウワークの工数を見積もれない)があります。
事業部署としてのサイトを運用できる人材
アルファサード有限会社の野田純生さんが 取り上げておられる人材という論点ですが、一つだけこちらの書き方が悪いせいで誤解を生じたと思われるので、訂正しておきます。それは、「事業本部長クラ スか経営者に匹敵するスキル」がないとウェブサイトの立ち上げや運用について適正に判断したり起案できないだろうというのは、主に発注側のコンテンツホル ダー企業に対して述べたのだという点です(「その2」)。新しく EC サイトを立ち上げたいとか、自社のアプリケーション・サービスを提供するサイトを立ち上げたいという企業さんの側がターゲットでした。それゆえ、事業本部 長クラスのマネジメントスキルをもったディレクターを Find Job! で探すことは無謀であるという指摘は、その条件であれば正しいと言えるでしょう。そういう人なら独立するかもしれませんし、そもそも待遇がしっかりしてい て Find Job! に登録などしていないかもしれません。
「その2」で述べた内容を換言すると、受託側のウェブ制作プロダクションが、ウェブサイトの運用を上記で述べたレベルまで求められるとすれば、それはもはや受託「制作」の領域を越えており、ページ更新やサーバのメンテナンス以外にもコンサルティングなどが含まれるような請負内容になるでしょう。つまり事業の継続性を保証しなくてはならない責任を負うこととなります。サイトの「成功」とか「運用」などと軽々しく言う人々は多いのですが、そのようなレベルの業務をウェブ「制作」プロダクションに求めることになるのだと自覚しようと、発注側企業の決裁権者に対して申し上げたのでした*10。
*10 加えて、得てしてウェブ制作プロダクションには制作する人材は揃っていても運用する人材は揃っていない場合が多いとも述べました。よく「ウェブマスター」と称されていますが、正直な話をすると、たいていのプロダクションにおいてウェブマスターは見習いデザイナーかアルバイトの仕事とされており、「既に作ったページの文言や画像を置き換える更新係」という認識しかない筈です。ウェブマスターにそれ以上の役割を任せているのは、自社の EC サイトを運営している企業やアダルトサイトの運営企業であり(実際には決裁権者が判断できないという理由でウェブマスターに責任を押しつけているパターンもある)、受託案件だけを扱っている制作プロダクションには、改善策の起案や実行権限(それゆえ責任も)を与えている企業は多くないと理解しています。もちろん、ウェブ制作プロダクションにウェブサイトを運用する資格がないとか能力がないと言っているわけではありません。個々のディレクターやデザイナーさんについて言えば、そして個々のプロダクションについて言えば、「できるところはできる」でしょう。しかし現状では、ウェブサイト制作プロダクションには、自身で制作・構築したサイトですら適正に運用できるという保証はないと言えます。
しかし、発注側企業に「なんだ、運用はできないのか」と失望させたり、「じゃあ運用まではやらなくていいからマケてくれ」と言わせたいがために、こんなことを書いているわけではありません。制作側企業には自社の担える業務をよく自覚してもらうこと、発注側企業にも自社の担うべき業務をよく自覚してもらうことが重要です。したがって、個々の箇所ではデザイナーさんやプログラマさんについても書いていますが、そもそもここで公開している一連の文章は、できもしない運用を「作れるから運用もできる筈だ」というだけの理由で請け負っていたり、できもしない起案を「自社のコーポレートサイトだし自社の事業だから理解している筈だ」というだけの理由で、適正かどうかも判断せずに「ネットを使っている」というだけの社員に担わせているような、決裁権者(経営者)に異議を申し立てているのです。
人材は色々なところからやって来る
総論だけ言えば、どういうやりかたであれ人材を引っ張ってくる方法はあるだろうと思うのです。但し、管理部の人間としては、効率が良いか悪いかを検討しなくてはならず、限られた人事担当者のリソースをどこに振り向けるのがいいかを述べる責任があります。決裁権者であれば、どういう機会であれ「いい人がいればウェルカム」というスタンス(可能性があればやる「べき」というベキ論)でよく、そのために振り分ける時間やリソースを自分で勝手に決めてもよいわけですが、従業員にはそのようなことまでやるほどの待遇も権限も与えられていません(そして権限だけなら欲しくありません)。したがって、色々な可能性を探ってよい人に来てもらいたいという姿勢を、野田さんのような経営者がもっておられるのは自然なことと思いますが、従業員は効率の悪い方法を捨てて効率がよいと思える方法に注力します。
ということで言うと、僕の経験では求人サイトや人材派遣会社への照会に比べて、専門学校や大学あるいはフリーランサーでも何でもいいのですが、就職課にかけあったり自発的に応募してくる人に期待するというやり方はきわめて効率が悪いし、マッチングの比率も低いと言わざるをえません。したがって、前回も述べたように、コーポレートサイトに求人のページを作ったりしているのは「いい人がいればウェルカム」の姿勢を企業として表明しておいて可能性に期待するためであって、そこがメインの採用窓口である筈がないという常識的な話を書いたのです。
では、伝手で見つけるというのはどうかと言うと、依頼して紹介されると、顔を立てるために採用を断ったり解雇し辛いという別の事情はありますが、あらかじめ会社の話を伝えている経緯などがあって、よく分からない経緯で経営陣が連れてきた人というパターンでない限りはマッチングの比率は高いと見ています。但し、効率は他の方法と比べて良いか悪いかは分かりません。どういう伝手かという点でこれまでの事例を思い起こすと、受発注の取引がない限り他社のデザイナーさんやプログラマさんと話す機会は少なく、そもそも業務以外の個人的なやりとりが発生しづらいので、もともと同じ専門学校を出たとか、もともと同じ制作プロダクションにいたという経緯でもなければ、紹介のしようがないという人も多いはずです。
人材は育てるものかもしれないが・・・
最後に、野田さんが仰るように都合の良い人材というものは、そうそうどこかにあらかじめいるわけではなく、見込みがありそうな人を採用して研修・教育の機会を作ればよいというのも、確かにベキ論としてはそうだと言えます。
いやしくも育成を叫ぶ企業であれば経営陣のコミットメントが必須となり、社員同士の知識伝達や研修へのさまざまな補助を、会社の体制として構築していかなければなりません。例えば、開発については情報処理技術者試験を全社で受験しているような場合があるので、そのための勉強時間や研修時間を確保するようにしていると思います。しかしウェブ制作・運用については、国家試験は言うに及ばずまともな民間試験もないので、何をゴールとするか、どのていどの課程で何を教えていくかを現場のデザイナーやアートディレクターがなかなか明確に決められず、それゆえシラバスとして組み立てられないので、考課測定が不可能か困難だと言えます。シラバスの代わりに参考図書を一章ずつ読ませて、カウンセリングサークルのように多人数で話をするという方法も実行されていますが、「育成」と言えるかどうかは全く測りかねます。したがって、企業として人材を育成するというのは確かにできるところは色々とやっているし、そうすべきであろうという意見には賛同しますが、それは企業の規模や取引件数あるいは決裁権者のコミットメント度合いなどによって実現性が大きく違ってきます。
どれだけでも案件を突っ込んでいくような企業であれば、育成と言っても事実上は単なる盲目的な実戦投入と試行錯誤を「OJT」などと言っているにすぎなくなるでしょう。経営陣のコミットメントが確立していない企業では、社内的な制度や補助や保護がなく、それら試行錯誤も裁量労働制の中で埋没し、上長などの検査や指摘や反省会もシャドウワーク化してゆくため、指導する方のモチベーションも維持できずに適当なところで立ち消えになる筈です。したがって、上長が通常業務と検査・教育を兼務することにやる気をなくすか、適当に諦めた時点が「育成完了」のタイミングだというのが現実ではないでしょうか(もちろん、それでよいと言っているわけではありません)。
ディレクター「スキルを向上させてもらうために講習会や研修を行いたいのですが」
社長「おぉ、それはがんばってやりなさい!」
こんなものはコミットメントでもなんでもありません。経営陣に責任を持たせることがコミットですから、その講習会や研修を続けるためには時間が必要だという認識が、改めて求められます。そしてこのようなことは、受注の予算枠を現行の 90% に減らすか、見積もり基準を引き上げるといったことにまで承諾を受けなければ実効性はないと言えます。例えば営業さんサイドに受注をセーブしてもらうというのは、彼らの成績もセーブすることになるか、受注しても内製の一部を外部へ委託することになるため、限界利益率を下げる結果となるでしょう。すると、全社レベルで責任と権限をもっている役員以外に、そのようなことをやってよいかどうかは決められないのです。
育成や知識・経験の伝達という話は業務環境や待遇とも関連していると思われるため、経営陣のコミットメントを欠いていれば、上長が思いついたときに適当なコメントを与えるといった場当たり的な指摘や反省に留まざるをえなくなります。すると、独立して成果物を納品できるレベルになる2年~3年後には、教えた側や教わった側が勤務条件に耐えられなくなったり、あるいはスキルとして十分に研鑽を積んだと(たいていは勘違いして)独立したり転職してしまい、企業全体のレベルを維持するのが難しくなるでしょう。つまり教えた側と教わった側の差が縮まらないうちに、教えた側が転職してしまうというパターンに陥りやすいわけです。「○○さんがやめたとたんにあそこは成果物のクォリティが落ちた」という話はよく聞かれ、それはとりもなおさず多くの制作プロダクションが主力のデザイナーの個人的なスキルや知識に頼っている実態をあらわしています。マネージメントの視点で言うと、そのように属人的な要素を限りなく取り除くことが、業務フローを確立するだけでなくリスクヘッジともなるため、育成だけの問題に限らず業務の引継に関しても、例えば開発業務ではドキュメンテーションを励行して対応していると思います。しかしデザイン業務でのドキュメンテーションは、情報デザインやプロダクトデザインを系統立てて説明できるデザイナーなど限られているという点や、ビジュアルデザインの何をどう伝えれば自分と同じくらいのクォリティになるのかを説明できる人などいるのかどうか疑わしいといった点で、事実上どこの会社も困難と言えるでしょう。
育成を視野に入れていなければ「経営ではない」という、野田さんの指摘は正しいと考えます。ごく普通の経営者の見識だと思います。しかし制作プロダクションについては、そもそも何を伝えてどうなれば育成したことになるのか、そのために企業として何を決めたらよいかを全く分かっていない「名ばかり経営者」も多いと見受けます。つまり知識として何を伝えるかが分かっていないだけなら起案や考課査定を委任しても全く問題はありませんが、企業として、とりわけ働き方の問題として何を決めたり解決したりサポートすればよいかを考えようともしていない場合も多いと思われます。だいたいにおいて、どの業種であれ中小企業には「儲かっていなければ何をしていなくても許される」と思っている経営者が多く、育成についても「好きなら自分で勉強するだろう」というだけの素人判断が大手を振って歩いているのが現状ではないでしょうか*11。そして、素人判断による目論見は全く達成されておらず、誰も自発的に体系的なスキルを向上させたり他人に伝達したりしていないのです(自発的にすることを期待されているだけなので誰も文句を言えない)。
*11 そもそも、好きならどうするはずだと言っても、それがロジックとして通用するかどうかはかなり疑わしいと思います。いまどき先進国ではコモディティ化したとか中年化したと言われるウェブについて、死んでもしがみついて仕事を極めたいという人など、いったいどれだけいるでしょうか。関西電力の鉄塔のメンテナンスが有意義であるように、価値がないとは全く思っていませんが、何割もの人々が創生期の頃と同じくキチガイじみた情熱を注いでいるとすれば、その方が異常です。所詮ウェブは、電気がなくなれば棒きれ一本に負けるのです。
