2017年07月08日11時19分 に初出の投稿

河本孝之Takayuki Kawamoto

Last modified: 2017-07-08 11:25:36

俗に「レッテル貼りは良くない」と言う。それは各論としてはそうだろうけど、判断とか理解つまりは思惟の経済にとって有効でもあるし、それぞれが好き勝手に断定してコミットすることにより、愚かな断定をした者が淘汰されるという社会防衛上の効用もある。つまり、レッテル貼りが良くないのは、そのコミットメントに多様性がなくなることなのだ。多様性がなくなると、コミットメントした結果に責任をとらなくてもよくなって、モラルハザードが起きる。これは社会防衛としては好ましくない。とは言え、生きていくために何でも本人が判断したり調査したり考察しなくてはいけないというのでは、集団全体の効率が下がって、これも社会防衛上の欠点となる。(もちろん、「社会」を防衛することは至上命題ではないが。)

しかしながら、レッテル貼りそのものを擁護すると、またぞろ「区別は差別ではない」式の bullshit に正当化を与えてしまうことになろう。したがって、レッテル貼りそのものを抑制することで個々の成員、ひいては社会全体がどのていどの非効率を被ったりリスクを抱えるかに留意しながら、擬制として「レッテル貼りは良くない」というスローガンを維持することも一つの見識ではある。

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