2017年07月06日16時52分 に初出の投稿

河本孝之Takayuki Kawamoto

Last modified: 2017-07-06 16:52:21

つしまようへい‏ @yohei_tsushima これは至言。ブレイディみかこ氏(NTT労組新聞7/1号)「国を愛するということは、国旗を振ることでも外国人を排除することでもない。博物館や公園や図書館やプール、学校や大学や病院など、国家が作ったものに誇りを持つことだ。これらを切り刻んで小さくしていくことは、国民への裏切りである」

国を愛するという感情なり情緒は、恐らくプライベートな経験や他の感情も関わっていて、分析して一般化するには相当に複雑なのだろうと思う。しかし少なくとも、それは政治的なイデオロギーと何らかの固有の関係(それが経験という点での因果関係であれ、あるいは概念どうしの論理的な関係であれ)を持っているわけではない。したがって、国を愛するという感情は保守的な人だけのものではなかろう。これは、何も中立であることを目的にした論点先取ではないと信じるので、循環してもいない。単に、右翼や保守的な人々が口にしている愛国心の結果の多くが、日本という国の価値を逆に損ねている(それは何も国際的な価値とされている基準に照らしているだけではなく、日本において尊ばれている価値や基準に自ら照らしても同じことが言える)と思うからだ。

このようなわけで、僕は上記で引用されている人物が業界新聞に書いたような、「寧ろ」革新的な人々の方が愛国心を語りうるという議論にも賛同しない。そういう議論は、どちらについてであれ、やはり自意識に陥って本来の目的を外れてしまうと思う。そもそも、誰が愛国心をもっているかなどということは、我々が尊ぶべき他の価値観に比べて優越しているとは思えないのである。

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