2017年05月19日11時39分 に初出の投稿

河本孝之Takayuki Kawamoto

Last modified: 2017-05-19 11:41:36

だいたい商売っ気の強い場末の零細経営者とか自称 IT ジャーナリストって、Business Insider とか lifehacker とかのインフォバーン系のブログ(メディアとは敢えて言わない)が好きだよね。

「メディア」というのは新聞サイトの UI を真似るだけで済む筈がなく、本質はやはり書いてある内容とか運用組織とかソースの確保といった報道機関としての体制や品質管理にこそあるわけで(もちろん既存のメディアが十分にそれをやっているかどうかは疑問があるが)、ガキや素人が集まって適当にブログ記事書いてるていどで「メディア」なんて名乗れるわけないんだよね。新聞社やテレビ局は、インフォバーンや C|Net といったアマチュア集団にはもっと怒ったり批判的な記事を書いた方がいいよ。それがブーメランになると困るなら、自分たちもしっかりやればいいわけで、批判しないというのは何も「いい人」だからではなく、単に批判できるだけの自信がないということでもありうる。不甲斐ない話だ。

それに、何年か前に元切込隊長もブログで書いてたけれど、プロとアマチュアの区別がなくなってどうのこうのという御託が通用してしまうなら、それはそもそもプロと呼ばれてきた人々が仕事をまじめにやっていなかったというだけのことであって、みんなアマチュアに過ぎなかったというだけの話だ。プロとアマチュアを区別して、プロに一定の権威を認めた方がよいという社会の仕組みそのものを否定するような話ではない。だいたい、そういう「民主化」とか「平等」という観念をどんなことにでも当てはめたらハッピーだと思い込んでいるバカたち(実はただの国家社会主義者だったりするので、右翼とも相性がいい)は、それで有利になる素人自身や三文文士やブローカーどもが煽ってる理屈の心地よさに乗っかっていただけで、実は彼ら自身は何の成果も出せなかった。たまにアマチュアが Youtuber などと呼ばれて「凄い動画」「凄いアニメ」「凄い楽曲」を作ったりするけれど、結局はそういう昔ながらの(もちろんバカにするつもりはないが、しょせんは個人の心情に訴えるのが関の山の)カウンターカルチャーでしか世の中にインパクトを与えられない。大学や企業のシンクタンクを凌駕するような AI の理論とか実装を(実際にできなくても)提案した者など、結局のところ存在しない。

アマチュアのブログ記事とメディアの報道記事は違うという前提が必要だし、そういう前提を支えるヒエラルキーこそが、社会の防衛とか効率にとって大切なことだ。実際、全てのリソースを権威とは信頼性とは関係なく、常に個別に(つまり他人の意見も参照せずに)是々非々として判断しなければならないとすれば、僕らは全員があらゆる分野について学術研究者の資質をもたなくてはならないだろう。しかし、アマチュアとプロの区別がなくなってハッピーなどとたわごとを口走っている連中に、そんな覚悟などありはしない。自分が少し他人よりも有利であるだけの、Photoshop が使えるだの、カラオケでうまく歌えるだの、アメリカに10年住んでいただのという、クズのようなことで楽に飯を食べていきたいという甘えにすぎないのだ。

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