Scribble at 2022-05-04 14:51:26 Last modified: 2022-05-07 23:08:20

まず、客観的な事実から言うと、“An average 20-year-old American knows 42,000 words, depending on how you count them” のような論説では平均的な二十歳の若者で42,000語を知っている(使ってるかどうかは別として)とされ、少なく見積もっている事例でも20,000から30,000語と紹介しています。そうした論説のおおよそ中間を取るとしても、平凡な大学生と同じていどでも30,000語は必要というわけです。これを日本語で置き換えると、「日本人の語彙量(理解語彙、使用語彙)調査を行うにあたっての基礎的研究」によれば、こちらも成人で40,000語と推定していて、オンラインでやりとりするていどの目的なら8,000語で済むと述べています。このように、まず事実として他人とやりとりするための言葉として1,000とか100なんていう語彙で済むわけがないという点はお分かりかと思います。

英語の勉強について

上の議論に補足しておきたい。

世の中には英単語集と呼ばれる本がたくさんあって、実際のところこれほど色々な種類の単語集を、日常会話用とかビジネス用とか TOEIC 対策とか色々な用途に出版しているのは、はっきり言って英語教育が半世紀以上にわたって未熟と言われている日本だけであると言っていい。つまり、この実態こそが日本人の多くが英語をまともに使えない原因からもたらされた結果なのだ。単語集が充実していないとか、あるいは単語集を熱心に使う人が少ないことが日本人の「英語下手」の原因などではない。寧ろ、こんなものを無暗に使うことが英語の学習を効果的かつ十分に進められない元凶なのだと思う。実際、僕も幾つかの英単語集を使ってみたが、やはり辞書には到底およばないし、効果的に使おうとするなら現状のような闇雲に暗記していくような用法しか伝えないのでは不十分だ。海外でも、単語集とは編集方針が違うけれど、同じように語彙を増やす目的で出版されている "Word Power" の類があり、もっと扱い方を丁寧に解説しているし、必ず self check の方法を取り入れている。結局、試練なり検査つまりは「試験」というプロセスを怖がるようなことでは物事を習得することなどできない。

上記で引用している箇所で議論した話は、要するにアメリカの平均的な大学生が語彙として扱える単語とかイディオムの類は3万ほどあるというものだ。したがって、ここから直ちにわかるように、世に出回っている殆ど全てと言ってよい単語集の類は、最低でもアメリカの大学生レベルの語彙と比較すれば圧倒的に足りないのだ。すると、アメリカの大学生と同じ語彙を身に着けるには、たいていの単語集は3,000語ていどしか掲載されていないので、単純に計算しただけでも10冊の単語集をマスターしなくてはいけない。しかし、これも既にご存じだと思うが、TOEIC の過去問とか用例のデータベースから弾き出したなどと称して、たいていの単語集は単語を重要度順に、つまり用例の多さから順番に収録しているので、1冊で3,000語の単語を収録している10冊の単語集を買ったとしても互いに収録語が重複していて、それら10冊の単語集が全体でカバーしているのは、3万どころかせいぜい1万もあればいいほうだ。つまり、どれだけ単語集を買って、それだけを使って単語を覚えていっても全く足りないのである。よって、こういうものをどれほど買っても非効率きわまりないのだ。これは、おそらく英会話のフレーズ集とか、場面や用途ごとの用例集、あるいは句動詞・イディオム・慣用表現・ことわざなどを雑多に扱った読み物についても同じことである。日本で発売されている教材を使った英語の学習は、つまるところ無駄な繰り返しや出費だけが多くて効率が悪く、しかも何故その単語を覚えなくてはいけないのかという動機と何の関係もない言い回しや単語を無暗に暗記することになるため、要は使えない情報を頭に入れているだけなのだ。これでは言語として使い物にならないのは当然である。

英語が不得手だから語彙を増やすために単語集を買うという発想は止めるべきだ。逆である。使いもしない単語を詰め込むのに、単語集を買ってお金や時間を浪費してるから、いつまでたっても英語を〈自分のために〉使える道具として身に着けられないのである。

で、なんで日本ではこういう無駄なことが行われているのかというと、実は英語だけでなく他の教科や分野でも似たような方針や考え方が蔓延していることにも関連がある。それはつまり、雑多に、力業で大量の事項を暗記しておけば、〈後で役に立つかもしれない〉という想定あるいは思い込みが多くの分野の学者や教育者にはびこっているのである。僕が思うにこれの元凶は、日教組だというのが言い過ぎなら、ソヴィエト教育学を日本の出版業界や教育行政に持ち込んだ連中のせいだと思っている。かつて、ソヴィエトの教育心理学では、この手の「後で役に立つかもしれない」という理由で大量の事項を暗記させる詰め込み教育が称揚された。中国やソ連のような国では、そういう愚かな方針や教育であっても試験的に多くの生徒や学生に実施され、ついてこれない生徒は当たり前のように切り捨てられるだけだった。よって、彼らの「教育理論」の成果は、当然だが愚かな教育でも乗り切って成功した一握りの有能な(しかし何のために勉強しているのかも自覚がないロボットのような)人間たちによって「立証」されてゆく。典型的な生存バイアスなのだが、生き残ったものだけが国家の礎になればよいという、あからさまな成果主義や弱肉強食を自覚して実行しているのだから、これに道徳や福祉という脈絡で反論することは難しい。

要するに、こういう闇雲な暗記を押し進めていくやりかたは、それに適応できる人々、つまり物事の良し悪しを考える前に進んでロボットのように何でも実行し続けられる忍耐(これはこれで称賛するべきだ)があって、価値観を保留しても気にならないし後から補正できると思えるような人々が、結果として成果を上げてきたという事実によって説得力をもっている。みんなで仲良くキャバクラだろうと地獄だろうと万歳突撃していく「平等」な日本の教育や出版の啓発事業で、そんなことを実行しようとしてもうまくいくはずがない。

「東大生が教えるなんとか」とか「東大生を3人育てた母が語るどうのこうの」という、典型的な生存バイアスでも、当人にとっては他にやりようがなかったしやらなかったのだから、他の仕方を説明するわけでもない限りは「事実を述べているだけだ」という理由で、いくらでもこういう結果論を本に書いたりセミナーで語れるわけである。しかし、これらは全て結果でしかない。大半の人々はこういう勉強方法に適用できないからこそ、何冊も単語集や英会話の本を買い続けなくてはいけなくなるし、朝ドラの主人公らのように勉強する意欲や動機があっても NHK の英会話ラジオを何年も聞き続けないと会話すらできないわけである。(あれは英語で結果的に成功できた人々のお話にすぎない。3年や5年を費やさないと英語で会話できるようにならなかったという筋書きそのものは、単に日本が大昔から非効率で馬鹿げた英語教育や啓発活動を続けてきたという事実を物語っているにすぎないのだ。)

それに、こう言っては教育とか英語の教材そのものについても大きな疑問を呈することになるけれど、冷静に考えてみてほしいのだが、小学校も出ていない人物ですら不法移民としてアメリカに入ってから生活して英語を話せるようになるのだ。東大生の子供を何人育てようと、そんなことと英語を習得するための条件とは関係がない。英語も含めてお勉強ができたというだけの、いわば十分条件を満たしているだけの結果論で必要条件を語ることはできないのだ。そして、東大生の大半は学部を出てから大して社会に貢献も出世もしていないし、官僚や政治家になっても上場企業から小銭を巻き上げたり、せいぜいヒルズの一室で芸能人の卵を接待の乱交パーティで弄ぶのが関の山だ。

色々とやっておけば、後で役に立つかもしれない。それは一般論として間違いではないが、そのためだけに費やすコストを日本の学習者はかけすぎであり、そのせいで本来やるべきことに時間や労力を費やせていないと思う。英単語は3万どころか何十万もあるし、慣用句やイディオムを入れると更に多いが、各人が生活なり仕事で必要とする単語や経験から身に着けた表現(口癖のようなものも含めて)には偏りがあって当然である。僕は、服飾デザイナーと比べて哲学の用語を彼女らよりも多く知っているかもしれないが、ファッション業界で使われる用語は彼らよりも知らないだろう(もちろん、哲学科出身で僕と同じだけ哲学用語を知ってるデザイナーがいてもいいし、僕が知ってる数と変わらないくらいしかファッション豪快の用語を知らないデザイナーがいてもいい)。そして、誰でも知ってるような the とか and といった単語もあるだろう。しかし、それ以外の単語は英語で生活して身に着けたり必要に応じて学ぶのが原則であり、何の意味も脈絡もなしに「supervene は付随するということ…」などと繰り返して記憶したところで、そんなものは使わないのだから役に立たないので、結局は身につかない。身も蓋もない言い方だが重要なこととして、あなた自身の生活や仕事や興味と関係のない言葉を身に着けて何の意味があると思うのか。確かに自分が何かの欲求や意見を口にするためだけに言葉は習得するものではないが、仮に他人の言っていることを理解するためでもあるにせよ、それはまずもってあなた自身の生活や仕事にかかわりがある他人の意見や連絡やメッセージを受け取るためであるはずだ。単語集を使った勉強は、まったくの無意味だとは言わないにしても、日本で英語を学ぶ人々はそういうことに時間を使いすぎていると思う。

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