2021年09月14日に初出の投稿

Last modified: 2021-09-14

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とりあえず、アメリカ系の、中型辞典としては、当Webster's New World College Dictionary が、「ファースト・チョイス」ですネ。

Webster's New World College Dictionary, Fifth Edition

よく分からない文体だ。いや文体というよりも何らかの臨床的な事例という気がしなくもないので、一概にあげつらって非難するべきでもないのだろうが、しかし駄目なものは駄目と言わなくてはいけない。

これまで他人、特に公の出版物ではない社内報とかチラシの類、つまりは碌な推敲も校閲も加えていない文章をワープロのキーパンチャーとして数多く目にしてきた経験から言わせてもらえば、語尾の「~ですね」を「~ですネ」などと書く醜悪な風習は、たいてい学生運動を経験してる世代の人々に特有だ。この世代の人々は、どういうわけか中学を出たら漢字で書くのが当然の言葉をわざと平仮名で書いたり(もう少し上の世代だと、本当に中学を出ていない人だって多かったのだが、既にいまの80歳台ですら半分近くは高校を出ている)、あるいは助詞・助動詞を片仮名で書いたりする。そうすることが、革命的プロレタリアートにも分かりやすい「民主的」で「優しい」表現になると思い込んでいたのだ。困ったことに、いまでは一部の官僚や役人にも伝播してしまっていて、特に高齢者向けの行政文書や、何かのイベントとかキャンペーンで使われる名称やスローガンに、この手の愚劣な表現が採用されてしまうこともある。

ともかく、自閉症とかの不可抗力で無自覚に書いている文体でもないなら、Merriam-Webster で英語の勉強なんかするよりも先にやるべきことがある筈だがね。

なお、高齢者の文体として、上記の事情とは逆に浅薄な衒学趣味を思わせる事例もある。たとえば、「~かもしれない」を「~かも知れない」とか、「~というものがある」を「~というものが有る」と、現在では行政文書でも漢字で書くべきではないと奨励している箇所を、いちいち漢字で書こうとする人がいたりする。もちろん、これは正仮名遣い(歴史的仮名遣い)の運用者が好んで漢字表現を使う傾向と区別するのが難しい場合もあるが、どのみち大半の人々にとって奇妙であり読み辛いという点では同じだ。

確かに、こういうことを一般人が過剰に自己規制したり互いに非難するというのは、好ましくない〈場合もある〉。特に、一部の世代にだけ特有の傾向であれば、経済理論に言われるジョークと同じで「古い世代が死んでしまえば片付く」のかもしれない。だが、逆にバカな連中の〈多様性音頭〉を大音量で鳴らしながら踊り続けて、かように愚劣な言葉の運用を好ましいことであるかのように奨励するのも馬鹿げた話である。そろそろ母国語の運用について、いつまでも識字率何パーセントといった、実は非科学的で殆ど根拠がない雑な願望や調査だけでものを考えたり語ろうとするのではなく、どこの国であれ母国語を一定の水準でマスターし運用しているのは如何ほどなのかという正確な理解から出発するべきだろう。もちろん僕にも何事かを断定するだけの情報はないが、冒頭でも書いたような僕自身の経験(あるいは社内でやりとりしているメッセージの文章など)から言えるなら、恐らく「自称日本人」の7割は、上記の異様な文章を書く人物ほどではないにしても、原稿用紙1枚を超えるくらいの分量になると、まともな文章が書けないと思う。

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