Scribble at 2020-10-29 15:16:04 Last modified: 2020-10-29 15:45:58

Introduction to the Zettelkasten Method

ここ最近、ニクラス・ルーマンのカード利用について言及する記事が Hacker News で目につく。どういう事情があるのかは知らないが、情報処理や管理方法について、何らかの行き詰まりがあるのだろうか。言ってしまえば、ルーマンが運用していた情報管理方法を IT の様々な知恵やサービスを組み合わせて実現するだけなら容易いことだろう。しかし、このようなカードを使った情報管理法は、それこそ僕らが小学生の頃から「京大式カード」が文具店にあったわけだが、殆ど普及していない。それゆえ、カードを利用した業績としてルーマンはよく知られているが、結局は彼の他に採用していた人がいなかったから目立つだけの話であり、逆に言えば他の大多数の研究者が利用していないのは何故かという点も考慮しなければ、同じことの繰り返しであろう。「同じこと」とは、つまりカードを使う情報管理法には幾つかの欠点があり、それを考慮しないでルーマンの《生産性》という目立つ点にばかり固執していると同じ過ちを繰り返すからだ。

第一に、カードを使った情報管理法で、カードを利用したからこそ達成できたと言えるような成果を出すには、それなりの分量が必要である。事項や論点どうしの関係を記憶できるていどのスケールで物事を研究したり考察するだけなら、カードにいちいち書き出す暇など使わずに、そこから先へ考察を進める方が生産的であるに決まっている。そして、大多数のプロパーがカード式の情報管理法を採用しないのは、必要な事項や論点を記憶している筈だという思い上がりはともかくとして、たいていのテーマについては実際に必要なだけの論点や議論は把握できているからなのだ。狭い範囲の話題について集中して取り組んだ成果としてのペーパーを積み上げるというジャーナル・アカデミズムにおいては、なおさら考慮しておくべき必要な論点など記憶できるていどの数しかないというわけである。

第二に、カードという形式が本当に情報の管理方法や整理方法として他の方法よりも優れているとは限らない。たとえばノートに調べ上げた事柄を順番に、漫然と書き加え続けていくという方法が、必ずしもカードによる記録よりも劣っていたり効率が悪いと言える保証はないのである。カードの方が優れていると言う人たちの理由として筆頭に上がるのは、カードなら事項の順番を自由に変えられるという点であろう。しかし、変えたからどうだというのか。変えたら変えたなりに分かったり考えたことを、どこかへ記録しなくてはなるまい。そして、そういう記録は固定した順番となるため、それをカードの順番とは独立に記録する必要があるなら、いちいちメタ・レベルの記録として残さなくてはならない。そういう試行錯誤をやるたびにメタ・レベルのカードを作っていく必要がある。

第三に、僕も読書カードをオリジナルのレイアウトでわざわざ印刷してもらって使っていたため、カードを利用する情報管理法には一定の効用があると思っているのだが、現実に使っていたから言えることとして、実際に使うカードはほんの一部ということだ。つまり、カードを大量に作っても二度と見ないカードもあって、無駄が多いということである。

第四に、自分が何かを読んだり調べたという経験をすべてカードにして残すということは、大変な労力を必要とするし、必ずしも徹底できるとも限らない。メモ帳もペンもない荒野で何かを思いついたとしても、都心に戻るまでに忘れるかもしれない。そして、多くの研究者がカードどころか読書ノートすら作らなくても成果を上げたり研究していけるのは、そういう経験がどこかで役に立てばいいという割り切りをもって情報リソースに接しているからであり、重要なのは過去の記録を整理することではなく、過去から受け取ったことを《いま》その場で成果にするという力だと考えているからだろう。

こういうわけで、記録は記録として意味があるし、カード式の情報整理や情報管理にも一定の利点があると思うのだが、それに偏執したところで得るものが多いという保証はないのである。もちろん、昨今ではカードを作ったり整理しなおす手立てが ICT なりオンライン・サービスによって充実してきている。ルーマンの時代にはなかったマインド・マップやコンセプト・マップは、カード式の整理方法を前進させた新しいタイプの情報管理法であるかもしれない。しかし、それですら登場してから何年も経つ割に、大半の企業では使われていない。はっきり言って、マインド・マップに関する本を書いている人やセミナーの講師だけが使っているのではないかとすら思える。

そもそも、大半の凡人は堅実かつ丁寧に物事を積み上げていくという作業をしたがらないものだ。僕が卒業した進学校ですら、単語カードや単語帳、あるいは出来合いの単語集を使って英単語を中高6年に渡って覚えていった同級生なんて殆どいないと言っていい。しかしそれでも東大や京大には進めるのだから、彼らも子供には単語カードなど勧めないだろう。

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