Scribble at 2021-09-20 20:24:14 Last modified: unmodified

[...] キーワードWeb検索からの流入を当て込む「いかがでしたか系」の乱造記事のSEO汚染の波が、Webセキュリティの業界にも押し寄せて来た [...]

「安全なウェブサイトの作り方」HTML版にリンクジュースを注ぎ込む

久しぶりに高木氏のサイトを見ると、なるほどデタラメな内容のページが増えているらしい。ただ、SEO という出来合いの舞台で争うのであれば、検索エンジンのアルゴリズムという制約がある上で対応しなくてはいけないのだから、おおよそ正義や真理を尊ぶ側が不利であるという事実を弁えておく必要がある。場合によっては SEO 業者の手練手管に対抗する(そして実質的に検索エンジンを提供する Google や Microsoft へ対抗することにもなる)ため、コンテンツの主旨を曲げてまで〈最適化〉するべきかどうかの判断を求められることになる。

こうなる理由は、もちろん情報の運用に関わって飯を食っている人間であれば承知していて当たり前の話であろう。検索エンジンは未熟で不完全なアルゴリズムを実装しており、そして恐らくは永久に適切な検索アルゴリズムなど完成しないからである。或るコンテンツ A, B を比較してランキングする(つまり A, B にそれぞれ共通の尺度で何らかの単位での配点を施す)場合、〈良い〉コンテンツ A が〈悪い〉コンテンツ B よりも必ず高い点を得るような、理想的と言えるアルゴリズムを考案するための属性(の集合)を経験的に見つけたり仮説として提案することすら困難である。これは何も検索エンジン企業でアルゴリズムの理論をいじくり回しているアイビー・リーグの PhD 連中が無能だからではなく、原理的な難しさゆえである。それは、〈良い〉とか〈悪い〉という価値の尺度が人によって、それから脈絡や状況によって異なるからなのだ。更に、検索しているエンド・ユーザは、ちょうど自らが求めるコンテンツを検索の結果として出力するために十分な与件を、キーワードやマクロやオプションとして指定するとは限らない。また、そもそも自分がコンテンツに何を求めているのかすら正確には理解していないエンド・ユーザも多いであろう。

以上のように、検索アルゴリズムの原理的な限界という理由に加えて、検索というエンド・ユーザの振る舞いが与件として(検索の条件を的確に指定する前提知識と、それから検索の結果を評価する判断基準において)不完全であるという理由もあって、検索の結果はおおむね不完全となる。したがって、検索の結果が良いか悪いかは、実は結果論だったりするのだ。

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