Scribble at 2025-05-31 21:04:23 Last modified: 2025-05-31 21:05:08

Gemini との雑談:日本の国学についてその起こりを教えて。

日本の国学は、**江戸時代中期**に起こった学問で、儒教や仏教といった外来思想の影響を受ける以前の、**日本固有の精神や文化を明らかにすること**を主たる目的としていました。

その起こりは、いくつか段階を経て発展していきました。

**1. 歌学としての国学の萌芽(元禄期)

*** 国学の源流は、江戸時代に形骸化していた中世歌学を批判する動きの中に現れます。

* **契沖(けいちゅう)**が徳川光圀の支援を受け、『万葉集』の実証的な研究を進め、『万葉代匠記』を著しました。彼の実証主義的な姿勢は、後の古典研究に大きな影響を与えました。

* この段階ではまだ「国学」という明確な学問分野として確立されていたわけではありませんが、日本の古典を深く研究する姿勢が培われました。

**2. 古道論の提唱と学問としての体系化(享保期以降)

*** **荷田春満(かだのあずままろ)**は、京都の神官として、神道や古典から古き日本の姿を追求する「古道論」を唱えました。彼は国学の学校創設を幕府に提言しましたが、これは実現しませんでした。しかし、その構想は後の国学者たちに尊重されました。

* 荷田春満の弟子である**賀茂真淵(かものまぶち)**は、契沖や荷田春満の国学を体系化し、学問として確立させました。彼は特に『万葉集』の研究に生涯を捧げ、儒教的な考えを否定し、古い時代の日本人の精神を明らかにしようとしました。

**3. 国学の大成と普及(化政期)

*** 賀茂真淵の門人である**本居宣長(もとおりのりなが)**は、国学を大成させた人物として知られます。『古事記』を実証的に研究し、『古事記伝』を完成させ、日本固有の思想や精神を明らかにしました。また、『源氏物語』の研究を通じて「もののあはれ」という独自の文学論を唱えました。

* 本居宣長の没後、その思想を発展させた**平田篤胤(ひらたあつたね)**が、著作の出版などを通じて国学を庶民に広く普及させました。

このように、国学は契沖による古典研究の基礎固めから始まり、荷田春満が「古道」の概念を提唱し、賀茂真淵が学問として体系化し、そして本居宣長によって大成され、平田篤胤によって広く伝えられていきました。彼らは「国学の四大人」と呼ばれ、日本の国学の発展に大きく貢献しました。

国学の目的は、外来思想に染まる前の日本本来の姿、思想、文化、そして精神性を探求することにあり、その後の尊王攘夷思想や神道思想にも大きな影響を与えました。

国学が始まった頃の儒教と言えば、儒学、つまり朱子学という江戸幕府の公的な学問だったのでは?

おっしゃる通りです。国学が始まった頃の江戸時代中期において、**朱子学は江戸幕府の公的な学問**であり、思想的な柱とされていました。

詳しく見ていきましょう。

* **朱子学の確立と幕府への影響:

** * 江戸時代初期に、**林羅山(はやしらざん)**が徳川家康に仕え、朱子学を幕府の教学として確立させました。林家は代々「大学頭(だいがくのかみ)」として幕府の文教政策を統制し、朱子学は武士の道徳や社会秩序を維持するための重要な学問として推奨されました。

* 特に、5代将軍徳川綱吉の時代には、湯島聖堂が建設され、朱子学がさらに奨励されました。1790年(寛政2年)の「寛政異学の禁」では、朱子学以外の学問を公式には抑制するほど、幕府は朱子学を重視していました。

* **国学と朱子学の対立・批判:

** * 国学は、まさしくこの**朱子学を批判する動きの中から生まれ、発展していきました。

** * 国学者が批判したのは、朱子学が中国の思想であり、中国の倫理観や歴史観を絶対視している点でした。彼らは、そのような外来思想に日本の固有の精神や文化が埋もれてしまっていると考えました。

* 具体的には、以下のような点で朱子学を批判しました。

* **「漢意(からごころ)」からの脱却:** 中国の合理主義的・倫理的な「理」を重視する朱子学に対し、国学は日本固有の「道」や「心」を追求しました。本居宣長は、儒教的な知識や思考が、日本古来の純粋な感情や精神を覆い隠している「漢意」であると批判しました。

* **実証主義の重視:** 儒学、特に朱子学が観念的な理屈を重視するのに対し、契沖や本居宣長らは『万葉集』や『古事記』といった日本の古典を徹底的に実証的に研究することで、当時の日本の言葉や文化、精神をありのままに理解しようとしました。

* **「もののあはれ」の提唱:** 本居宣長は『源氏物語』の研究を通して、「もののあはれ」という日本独自の美的感覚や感情を重視し、儒教的な倫理観とは異なる日本の文学観を提示しました。

このように、国学は江戸幕府の公的な学問であった朱子学という巨大な存在に対し、その中国中心主義や合理主義的な側面を批判し、日本の固有の文化や精神を再評価しようとする動きとして起こったのです。

万葉集や古事記は漢字、つまり中国の文字で書かれた文書ですから、そこに日本の独自な考え方をどうやって読み取ったのでしょうか。

はい、おっしゃる通り、『万葉集』や『古事記』は漢字で書かれています。それなのに、どのようにして国学者が日本の独自の考え方を読み取ったのか、その方法は非常に独創的で、国学の核心とも言える部分です。

### **1. 仮名遣い・音韻からのアプローチ:万葉仮名の徹底的な研究

**『万葉集』は、漢字を日本語の音を表すために使った「**万葉仮名**」で書かれています。当時の日本語の音を忠実に書き留めるために、非常に複雑な漢字の使い分けがなされていました。

* **契沖(けいちゅう)**が始めたのは、この万葉仮名を徹底的に研究することでした。彼は、平安時代以降の仮名遣い(音韻変化)によって失われた、奈良時代本来の日本語の読み方や発音を復元しようとしました。

* 例えば、現代では同じ「あ」と読む漢字でも、奈良時代には発音が異なる複数の漢字が使い分けられていたことを発見しました。この音韻研究によって、当時の言葉が持っていたニュアンスや表現の豊かさを理解しようとしました。

* 賀茂真淵もこの研究を受け継ぎ、言葉の音を通じて、古代日本人の素朴で力強い感情、すなわち「**ますらをぶり**」の精神を読み解こうとしました。漢字の表す意味に囚われず、その漢字が表す「音」に注目することで、日本語そのものの本質に迫ろうとしたのです。

### **2. 漢字の表意性からの脱却:訓読による「古言」の解釈

**『古事記』や『日本書紀』は漢文で書かれていますが、その読まれ方には特徴がありました。

* 国学者たちは、漢文を中国語として読むのではなく、漢字を**日本語として「訓読(くんどく)」**することを重視しました。つまり、漢字の中国的な意味合いや論理を一旦脇に置き、その漢字が当時の日本でどのように読まれ、どのような意味で使われていたのかを徹底的に探ったのです。

* 特に**本居宣長**は、『古事記』の研究において、中国の思想(儒教や仏教など)の影響が少ない、より古い時代の日本語の語彙や表現、つまり「**古言(こげん)**」に注目しました。彼は、漢字の表面的な意味ではなく、古語本来の意味を深く掘り下げていきました。

* 例えば、中国の史書や思想書には見られない、日本の神話が持つ独特の論理や情感、例えば合理性だけでは説明できない「**あやし(神秘的、不思議な)**」なもの、「**おろか(愚か、拙い)**」に見えてもそこに日本独自の神の存在や人の心が表現されているといった側面を読み解きました。

* 儒教的な倫理観で神話を解釈しようとすると、日本の神話が不合理に見えたり、劣っていると見なされたりしますが、宣長はそうした儒教的な「漢意(からごころ)」を排除し、神話が語るそのものから、古代日本人の素直な心や感情、世界観を導き出そうとしました。

### **まとめ

**国学者たちは、漢字という中国の文字で書かれた日本の古典に対し、単に漢字の意味を追うだけでなく、**「音」からのアプローチ(万葉仮名研究)**と、**「古語本来の意味」からのアプローチ(訓読による「古言」の解釈)**を組み合わせることで、そこに息づく日本固有の言語感覚、精神、文化、そして世界観を丹念に読み解いていきました。

彼らのこうした実証的かつ独創的な研究方法によって、外来思想に影響される前の、純粋な日本人の「こころ」が明らかにされたのです。

いわゆるポストモダニズムで言う「エクリチュールよりもパロールを優先する」ということでしょうか。

非常に鋭いご指摘ですね!国学のアプローチを現代思想のレンズを通して見ると、まさに**ポストモダニズムで言う「エクリチュールよりもパロールを優先する」という側面がある**と言えるでしょう。

### **国学の「パロール」重視

**一般的に、ポストモダニズムにおける「エクリチュール」は書かれた言葉、特にその構造や文字に宿る意味、あるいは権力との結びつきを指します。一方、「パロール」は話された言葉、あるいはそこに込められた生きた意味や感情、音声的な側面、非体系的な側面を指します。

国学が『万葉集』や『古事記』に取り組んだ方法には、まさにこのパロールへの傾倒が見られます。

1. **「音」の復元と重視:

** 国学者たちは、漢字の表す意味よりも、それが日本語の**「音」をどのように表していたか**を徹底的に探りました。契沖や賀茂真淵の万葉仮名研究は、書かれた文字(エクリチュール)の背後にある、当時の人々が実際に発していた「生きた言葉」、つまりパロールの音韻を復元しようとする試みでした。漢字の表意性から離れ、音の響きや言葉のリズムに宿る感覚を重視したのです。

2. **「古言」への着目と「漢意」の排除:

** 本居宣長が『古事記』において「古言」を重視したのは、漢文という「エクリチュール」の形式に囚われず、そこに表されているであろう**「古代日本人の素朴な話し言葉や感情」**を読み取ろうとしたからです。彼は、中国的な思想体系(儒教の「理」など)という「エクリチュール」がもたらす固定観念(漢意)を排除し、古代日本人が実際に感じ、話していたであろう「心のまま」の言葉(パロール)に接近しようとしました。

3. **「もののあはれ」の発見:

** 宣長の「もののあはれ」は、儒教的な規範や道徳といった、体系化された「エクリチュール」的な思想では捉えきれない、**人の心に自然に湧き上がる感情や情動**を重視したものです。これは、理屈や構造ではなく、具体的な経験や感覚を通じて現れる「パロール」的な側面と言えます。

### **現代思想との共通点と相違点

**確かに、国学のアプローチは、書かれたテキスト(エクリチュール)が持つ構造や権威性を相対化し、その背後にある生の言葉や声、感情といった「パロール」の領域に焦点を当てようとした点で、ポストモダニズムの思想と類似点を見出すことができます。特に、**ロゴス中心主義(理性や論理を絶対視する思想)に対する批判**という点で共通項があるでしょう。

しかし、決定的な相違点もあります。

* **「本質」の探求:** 国学者は、「古言」や「もののあはれ」を通じて、外来思想に染まる前の**「日本固有の真の精神」や「本質」**を探求しようとしました。彼らは、その「パロール」の奥に、失われた日本の「真実」があると信じていました。

* **ポストモダニズムの「脱構築」:** これに対し、ポストモダニズムは往々にして、パロールの奥に隠された「本質」を認めず、あらゆるものが記号の体系であり、意味は常にずれ続けると主張します。固定的な意味や本質を「脱構築」しようとします。

したがって、国学は「真のパロール」を探し求めるという点で、まだ**「真理」への志向**を持っていたと言えます。ポストモダニズムが「真理の不在」を主張するのとは、この点で大きく異なります。

しかし、書かれた文字の支配から、生きた言葉や感情の領域に光を当てようとした点で、国学の営みは現代思想と響き合う興味深い視点を提供してくれますね。

そのような発想は、日本の古来の感性や思想が漢意から救い出されるべき重要で正しいものであるという前提でのみ支持できると思います。しかし、それは同時に現在の日本に見られる浅薄なナショナリズムにも通じるように思います。

おっしゃる通り、国学が「漢意」から日本の感性や思想を救い出すことを重要視した背景には、**日本の古来のものが優れており、救い出すべきだという強い前提**がありました。そして、その思想は、現代のナショナリズムと結びつく危険性を孕んでいるというご指摘も、非常に的を射ています。

### 国学の功績と危うさ

国学は、確かに日本の古典を実証的に研究し、外来思想のフィルターを通さずに日本独自の文化や精神を理解しようとする点で、学術的な大きな功績を残しました。例えば、中国の歴史観や思想体系を絶対視する当時の風潮の中で、**『古事記』や『万葉集』の独自性**に光を当て、それらを再評価したことは、日本の文化研究において画期的なことでした。

しかし、その根底には、**「日本固有のものが正しい」「日本本来のものが優れている」という価値判断**が強く存在していました。この価値判断は、時に排他的な思想へと繋がりかねない危うさをはらんでいました。

### ナショナリズムへの接続

国学が幕末以降の政治運動、特に**尊王攘夷思想**と結びついたのは、その「日本固有のものを尊ぶ」という前提が大きく影響しています。

* **天皇の神聖化:** 『古事記』研究を通じて、国学は天皇の神聖性を強調し、神話に基づいた「万世一系」の思想を強化しました。これは、後に天皇を「現人神(あらひとがみ)」と位置づける国家神道へと繋がり、国家の統合の精神的支柱となっていきます。

* **「異質なもの」の排除:** 「漢意」を排除し、日本固有のものを純粋化しようとする動きは、「異質なもの」を排斥する思想へと転化しやすくなります。明治維新以降、これが西洋列強に対する排外主義、さらにはアジアへの侵略思想へと繋がる側面も否定できません。

現代においても、「日本は素晴らしい」という感情が、批判的な視点や多角的な視点を欠いたまま、排他的なナショナリズムや、他国の文化・歴史に対する無理解・軽視へと繋がるケースが見受けられます。

### 現代における国学の再評価

このような国学の負の側面を踏まえることは、現代において非常に重要です。国学の研究成果自体は、日本の古典文学や言語学において貴重な資産ですが、その根底にあった思想を盲目的に受け入れるべきではありません。

現代では、国学の営みを歴史的な文脈の中で理解しつつ、その思想が持ちうる**多義性や危険性を認識**することが求められます。自国の文化を深く理解することは重要ですが、それは他国の文化や歴史を尊重し、批判的な視点を持つことと両立するべきものです。

国学の持つ「自国のルーツを探る」という動機は、人類普遍の好奇心であり、決してそれ自体が悪いわけではありません。しかし、その探求が、排他性や優越感に結びつかないよう、私たちは常に歴史から学び、現代の視点から問い続ける必要があります。

本来、真理として求めるべきことは、中国の由来であろうと日本独自であろうと、そういうことが必要条件なのではないはずで、地域や歴史的な経緯で事の是非が決まるかのような発想に留まっている限り、それは哲学にはなりえないと思えますが、どうでしょうか。

おっしゃる通りです。**「地域や歴史的な経緯で事の是非が決まるかのような発想に留まっている限り、それは哲学にはなりえない」**というご意見に、私も全く同感です。

### 哲学の普遍性と国学の限界

哲学が目指すのは、特定の地域や時代、文化を超えた**普遍的な真理や根源的な問いの探求**です。理性、倫理、存在、知識といったテーマは、人類が共通して直面するものです。真理とは、それがどこで生まれたか、誰が言ったかに関わらず、その内容自体が普遍的な妥当性を持つかどうかで判断されるべきです。

国学の営みは、儒教という外来思想が支配的だった時代に、日本の古典を再評価し、その独自の価値を見出したという点で、**文化研究や歴史学、言語学としては極めて重要な功績**がありました。しかし、その根底に「日本固有のものが正しい」「外来思想は不純である」という前提があったとすれば、それはまさにご指摘の通り、**地域や起源によって価値を判断する枠組みに囚われていた**と言わざるを得ません。

このような枠組みに留まる限り、それは文化の特性を論じる学問であり、ナショナリズムの土台となりうる思想ではありますが、**普遍的な真理を問う「哲学」の領域には到達しにくい**と言えるでしょう。哲学は、そうした特定の文化的背景や歴史的制約から一歩引いた、より高次の視点から物事を捉えようとします。

### 現代における思考の重要性

現代においては、多様な文化や思想が交流する中で、地域や歴史的背景に根差した特定の価値観を絶対視することは、往々にして排他的な思想や対立を生み出す原因となります。

重要なのは、ある思想や文化が持つ**固有の価値や美点を認識しつつも、それが普遍的な妥当性を持つかどうかを常に問い続ける**ことです。自己の文化を深く理解することは、他文化を理解する上での足がかりにもなりえますが、それが「自己の文化こそが至高である」という結論に直結するべきではありません。

真理は、それが中国で生まれようと、日本で生まれようと、あるいは古代ギリシャや近代ヨーロッパで生まれようと、その内容が**論理的に整合性が取れているか、経験的に裏付けられるか、そして普遍的な人間存在にとって意味があるか**によって評価されるべきです。

したがって、国学の功績を認めつつも、その思想が持ちうる排他性や、普遍的な真理への到達における限界を認識することは、現代の私たちが健全な思考を育む上で非常に重要だと考えます。

日本国内においても、一般的に「日本には哲学が育たず、思想しかなかった」と言われるのも、こういうところに理由があるのではないかと思います。

## 日本の「哲学不在論」と国学の限界

おっしゃる通り、「日本には哲学が育たず、思想しかなかった」という言説が日本国内でしばしば語られる背景には、まさに国学のような、**地域や起源に重きを置いた思考様式**が影響していると考えられます。

### 「哲学」と「思想」の区別

ここで改めて、「哲学」と「思想」の一般的な区別を整理してみましょう。

* **思想(Thought/Idea)**: 特定の時代、文化、社会の中で形成された、あるまとまった考え方や価値観の体系を指します。個別の事象や現象に対する解釈や行動原理を含みます。国学は、日本固有の古典や精神を重視するという意味で、明確な「思想」体系を構築しました。

* **哲学(Philosophy)**: 時代や地域を超えて、人間存在、知識、真理、倫理、美といった**普遍的な根本問題**について、論理的かつ批判的に探求する営みです。特定の文化や歴史的文脈に根ざしつつも、それらを超越した普遍的な妥当性を求める姿勢が特徴です。

### 日本における「哲学不在論」の背景

日本において「哲学が育たなかった」とされる主な理由は、いくつか考えられます。

1. **普遍性への志向の薄さ**:

国学のように、日本の思考が往々にして「日本固有のものが何か」「日本のあるべき姿は何か」という**自己認識や自己確立**に強い関心を持つ傾向にあったことは否定できません。これは文化や歴史の考察としては重要ですが、その枠内で真理を完結させようとする限り、普遍的な問いへと昇華しにくい側面があります。

2. **実践主義と感覚的理解の優先**:

日本の伝統的な思考には、概念的な論理構築よりも、**実践や体験、あるいは直感的な感覚を通じて物事を理解しようとする**傾向が強いとされます。禅仏教の公案、茶道や武道における「道」の追求などがその例です。これらは「道」として深遠な知恵を含みますが、西洋哲学のような体系的な論理的構築や、概念の普遍化を目指す営みとは異なります。

3. **既存の思想体系の受容と再解釈**:

日本は、中国の儒教や仏教、近代以降の西洋思想など、外来の高度な思想体系を積極的に受容し、それを日本独自の文脈で解釈し、取り入れてきました。この**受容と再解釈の巧みさ**が、新たな哲学体系をゼロから生み出すよりも重視されたという見方もできます。既存の体系を土台に置くことで、根本的な概念の再構築よりも、それらを日本の状況にどう適用するかに焦点が当てられた面があります。

4. **「言挙げせぬ」文化**:

明確な言葉や論理で物事を断定することを避け、曖昧さや余韻、非言語的な理解を重んじる「言挙げせぬ」文化も、体系的な哲学の発展を阻害したという指摘もあります。哲学は、言葉を用いて概念を定義し、論理を構築する作業が不可欠だからです。

### 国学の影響と現代的課題

国学は、まさにこの「日本固有のものの探求」という方向に深く根差していました。その成果は歴史的・文化的に非常に貴重ですが、**「漢意」からの脱却を目指す過程で、普遍的な問いへと思考を深めるのではなく、「日本固有」という枠組みの中に閉じてしまった**側面があると言えるでしょう。

現代において、「日本には哲学がない」という言説を乗り越えるためには、自国の文化や歴史を深く理解しつつも、それらを相対化し、**普遍的な人間の営みや存在、真理といった根本的な問いへと思考を広げる**必要があります。それは、単に西洋哲学を輸入するだけでなく、日本固有の感性や思想から、普遍的な洞察を引き出す新たな試みへと繋がるかもしれません。

日本における哲学の可能性について、どのような視点から関心がありますか?

いまのところ、日本は明治時代以来の「輸入学問」としての哲学にとどまっていて、大学の研究者の成果も大半が海外の哲学者の解釈や解説が圧倒的多数を占めています。しかし他方で、日本の独自の哲学を謳って本を書いているような人々の著作は、これまで述べているような浅薄なナショナリズムを掲げるだけであるように思います。

## 現代日本の哲学と「日本独自の哲学」の課題

おっしゃる通り、現在の日本の哲学研究の現状と、「日本独自の哲学」を謳う動きの課題について、非常に的確なご指摘だと思います。

### 「輸入学問」としての哲学研究の現状

明治時代以降、日本が西洋の学問体系を急速に導入した中で、哲学も例外ではありませんでした。大学における哲学研究は、主に**ドイツ観念論、フランス現代思想、英米分析哲学など、西洋哲学の主要な潮流を学び、解釈し、紹介すること**に重点が置かれてきました。これは、日本に近代的な学問としての哲学を根付かせる上で不可欠なプロセスであり、その功績は計り知れません。多くの優れた研究者が、西洋哲学の深い理解と、その成果を日本社会に紹介する役割を担ってきました。

しかし、その結果として、日本の哲学研究が**「輸入学問」の域を出ない**という批判や、**海外の哲学者の解釈や解説に終始し、日本から世界に発信する独自の理論や概念が少ない**という現状も指摘されてきました。研究者の多くは、西洋哲学の古典や現代の議論を深く掘り下げ、その理解を深めることに注力しており、これは学術研究として正当な営みです。ただ、その蓄積が、日本ならではの視点や問題意識から生まれる新たな哲学の創出に繋がりきれていないという側面も確かにあるでしょう。

### 「日本独自の哲学」を謳う動きの課題

一方で、「日本独自の哲学」を追求しようとする一部の動きについては、ご指摘のように**浅薄なナショナリズムに陥ってしまう**という問題が顕著に見られます。彼らの主張は、往々にして以下のような特徴を持っています。

* **排他性と優越史観**: 「日本固有のものは優れている」「西洋思想は日本には合わない」といった、排他的な選民思想や優越感を伴う主張が見られます。これは、異なる文化や思想に対する深い理解を欠き、対話を拒否する姿勢に繋がりかねません。

* **非批判的受容**: 日本の伝統や文化を「良いもの」として盲目的に受け入れ、その中に存在する矛盾や問題点、あるいは歴史的な背景などを批判的に検証する視点が欠如していることがあります。

* **学術的基盤の脆弱性**: 緻密な文献研究や論理的な推論に基づかず、感情論や情緒的な訴え、あるいは都合の良い解釈に終始する傾向が見られます。これは、哲学という学問が持つ普遍性や客観性を損なうことになります。

* **政治的利用の危険性**: 「日本独自の哲学」という旗印が、特定の政治的イデオロギーやナショナリズムを扇動するために利用される危険性も常に存在します。

### 日本における哲学の可能性

このような状況の中で、日本における哲学が真に独自の発展を遂げるためには、どのような方向性があるのでしょうか。

* **「輸入学問」としての蓄積の深化**: まずは、これまで培ってきた西洋哲学の深い理解と研究を継続し、その知識を土台とすることが重要です。これにより、世界的な哲学コミュニティとの共通言語と共通認識を保持できます。

* **「固有性」と「普遍性」の架け橋**: 日本の文化や歴史、感性の中に深く根ざした問題意識や視点を、普遍的な哲学の問いへと昇華させる試みが必要です。例えば、環境問題や共生社会、テクノロジーと人間といった現代的な課題に対し、日本の伝統的な思想や美意識、あるいは社会構造から得られる洞察が、世界に通用する哲学的な議論へと展開できないかを探ることです。

* **批判的視点の徹底**: 「日本固有」であることを無条件に肯定するのではなく、自国の思想や歴史に対しても徹底した批判的検証を行う姿勢が不可欠です。それによって初めて、本当に普遍的な価値を持つ知見が抽出されうるでしょう。

現在の状況は、日本哲学が新たなフェーズに進むための過渡期と捉えることもできるかもしれません。これまでの蓄積を踏まえつつ、狭いナショナリズムに陥ることなく、真に普遍的な問いへと向かうための新たなアプローチが模索されている段階だと言えるのではないでしょうか。

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