Scribble at 2024-07-05 10:00:32 Last modified: unmodified
たぶん、僕が Windows なるものを使い始めたのは、図書館でアルバイトしていたときだから1990年代の前半だと思う。当時は大阪府立図書館が天王寺区の夕陽ヶ丘にあって、以前も書いたので何度も詳しく説明しないが、そこでアルバイトをしていたときに特許関連の資料を検索するシステムが Windows 3.1 か Windows NT で動いていた。それを適当にカスタマイズしては司書に怒られていたのだが、そういう経験を通して「マウス」という妙なデバイスの使い方を覚えたわけである。でも、その頃からずっと困惑させられていることがあって、あれからたぶん30年くらい経つというのに、Windows という GUI のデスクトップ環境には何の改善も向上も見られない。
誰も気にしていないなら、そもそも改善するべきタスクとして「認識」されないのだから仕方ないが、少なくとも一人はここに、長年にわたって困惑させられているユーザが一人いて、しかも20年くらい前までは Windows グラフィカルなデスクトップ環境を専門に扱う InterfaceWorkshop とか crossedge.net なんていうサイトまで運営していたわけだ。もちろん、だから俺様の言う事を聞けなどと言いたいわけではないし、実は大して深刻なことでもないという可能性はある。いま認知行動療法の本とかを読んでいるのだが、要するにこのアプローチは考え方と行動を一式で改めるというものなので、砕けて言えば考え方の癖、あるいはクリシンの本に出てくる認知バイアスでもいいが、そうしたものに影響されている可能性あると言えなくもない。
ただ、こういう心理学の学説じたいが特定の哲学なり思想に影響されていること多いので、いわゆる garbage in, garbage out となって、特定のアプローチを選択することがストア派など特定の哲学のスタンスを受け入れることに結びつきやすいため、哲学者としては可能な限り相対化しておきたいところがある。哲学のプロパーで、『嫌われる勇気』とか『ディール組織』なんていう、特定の哲学やキリスト教の宗派にもとづいている著作を真面目にコミットするべきものとして認めている人なんていないだろう。
で、何に困惑させられているかという本題は、実は簡単だ。アイコンをクリックしても、クリックしたという実感がないし、反応しないことが多いという話である。これには、たとえば冷静に考えてみると、物理的・生理的な原因があって反応しない場合がある。つまり、クリックしているつもりがマウスのボタンを微妙に斜めに押し下げていて、実質的にはドラッグになってしまっているときだ。これは、僕のような高齢者がマウスを使うときに起きやすい問題だ。パソコン教室を開いている人たちは、ただの未熟な親切心だけでそんな事業をやるものではなく、こうしたヒトの生理や運動についても知っておいたほうがよい。あるいはマウスを押し下げる深さが足りないとか、クリックが速すぎるとか、逆に会社で若い人から聞くことが多い事例もある。
しかし、ユーザ側の責任だけではなく、やはり GUI シェルの機能として何らかの設計ミスや仕様不全が放置されているような気もする。どう考えても正確に、アイコンの中心でクリックしているのに、何の反応起きないことがある。そして、UX なりユーザビリティの原則から言って、反応した場合は反応したというリアクションをユーザに返すべきであるから、クリックに反応していようといまいとリアクションが同じという UI の挙動は、はっきり言って UI デザインの初歩も分かっていない人間が基本を設計し、そしてマイクロソフトの従業員の大半が数十年に渡って何の疑問も感じないか、あるいは過小評価して Windows を使い続け、中にはそのまま退職して当時の UI 設計を偉そうに本の中で開陳するような恥知らずもいるのだろう。