Scribble at 2024-10-08 10:49:10 Last modified: 2024-10-08 13:14:48

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このような「SNSのルール変更」や「SNSの利用者層の変化」などに左右されずに活動を継続するには、「自分の公式サイト」の改善にコストを割いて「独自ドメインを取得する」「メーリングリストを管理する」といった改善を導入することが推奨されています。また、ブログを公開している場合、ブログサービスを用いるとSNSと同様にサービスのルール変更によって活動を制限される可能性があるため、「自分が所有するウェブサイト上でブログを運営する」という対応が最適です。

「SNSをオンライン活動の拠点にするな」という指摘

とりわけ個人事業主のあいだでブログ・ブームが過ぎ去り、独自ドメインを取得するなんてことも廃れつつある昨今、こういう記事を読むと「レンタル・サーバ業者とドメイン登録事業者の回し者、乙」みたいな感想を抱いてしまうのは事実だ。レンタル・サーバはまだしも、独自ドメインなんて、このところここでも話題にしているが、ここ数年で急激に便乗値上げが始まっていて、インフレなどという比率をはるかに超える値上げ幅を求める企業が続々と出てきている。

ちなみに便乗値上げと言えば、弊社で利用している「クラウドサイン」なんていう電子契約サービスなんて、いきなり利用料金を3倍に値上げしてきたものだから、多くの企業が料金を据え置いている競合の「GMO サイン」へ移ろうとしているようだ。弊社も、もちろん来月には「GMO サイン」へ切り替える。やっぱあれだよな、弁護士の会社なんて何をやっても裁判で勝てると思って、ゲスなことを平気でやるよな。だからあれほど反社とかクズ企業の顧問で食ってるやつが多くて、テレビ・ドラマになるような冤罪事件担当とか行政訴訟の弁護士は少ないんだよな。

話を戻すと、もちろん、理屈はこの記事のとおりだろう。実際、僕も同じ理由でブログ・ホスティングのサービスは使っていない(かつては Medium どころか、あの昔懐かしき Posterous すら使っていたことがある)し、独自ドメインを20年以上も維持している。でも、それはマーケティングを無視しているからであって、たとえば当サイトや PHILSCI.INFO に掲載している論説をどこかの編集者に読んでもらって、ウェブ制作業界の批評本だとか科学哲学の通俗本を書かせてもらって長野県に書庫を兼ねた別荘を建てようなんていう野心を哲学者としてはもちろん、いち社会人としても抱いてはいないからだ。ああ、ちなみになんのことか知らない人に説明しておくと、僕がたびたび「長野県に書庫を兼ねた別荘」云々と書いているのは、哲学や思想の分野で売れた本の著者に、こういうお金の使い方をする人がいるからだ。もちろん、皮肉もあるにはあるが、珍しいことではない。科学哲学でよく売れた本を編纂したり書いた Frederick Suppe とか Henry Ely Kyburg, Jr. といった人々は、本が売れたおかげで田舎に広大な農場を購入して余生を過ごしたと言われている。

ただねぇ、一つだけこの記事の著者に言っておきたいのは、いま SNS 上で多くの客を集めている自称クリエイターなんてのは、Ado とか米津玄師とか一部の例外を除けば「gig クリエイター」なんであって、独自ドメインでウェブサイトを作って並べるような数の成果なんて出してないし、おそらく出せない。その半分くらいは暇な学生やパラサイトと言われてるから、食えなくなったらどのみち派遣とかにクラス・チェンジするしかなくなり、作品を作る暇なんてなくなる。そして、素人としては素晴らしいにしても、そんなの世界中にたくさんいるわけ。なぜなら、そういう SNS で好評を博している作品の大半は、いかに素晴らしいとは言っても殆どそれはオンライン・サービスや生成 AI の能力だからだ。したがって、SNS で刹那的に、それこそアンディー・ウォーホールの予言どころか5分ていどの「世界的な有名人」として消費されてゆく彼らクリエイターというのは、増えれば増えるほど「マスピ作品」を掃き出すロボットの集団としてしか価値がなくなるわけだ。つまり生成 AI が映像や画像や音楽を出力するための初期条件を用意するだけの役割しかない部品ってわけである。

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