Scribble at 2025-01-26 14:13:12 Last modified: 2025-01-27 13:08:55

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寄付で運営されているから仕方ないとは言え、もう最近は NPR のような公共メディアですらクズみたいな広告をベタベタと貼り付け始めていて、非常に不愉快な思いをしている。これ、たとえば寄付したり購読したら、サイトやアプリの画面から本当に消えてくれるのかな。NPR の場合は単なる運営団体への寄付だから、広告が消えたりはしないよね。だったら、なおさら寄付なんてしても意味ないなと思ってしまうんだけど、寄付をしないと更に広告が増えるのかもしれない。

ちなみに、上の画像で示した画面でも分かるように、広告の表示箇所に "Sponsor Message" なんて表記してるわけだけど、僕らの感覚ではネット広告の出稿者なんて、実際にはどこのサイトに広告が表示されてるかも知らないケースが大半なので(だからこそ、YouTube の詐欺チャネルの動画に大企業の広告が流れたりする)、こんなのを「スポンサー」と呼ぶのは杜撰と言うべきだろう。それなら、直に金をくれる ad network 企業をスポンサーと呼べばいいのだ。もともと、"sponsor" という言葉はシステム上の参加者や出稿者というだけではなく、そのコンテンツについて責任もとるような人物や企業を意味しているはずだからだ。それゆえ、みなさんもご承知のように元SMAPの中居くんのトラブルが発覚したら、広告をフジテレビに出稿していたスポンサーは広告を取り下げたわけだ。

ここでも繰り返しておくが、僕は広告というものは広告業や広告代理店業も含めて必要なメディアだし仕事だと思っている。これは何も僕の所属している会社の株主が電通だから言っているわけではない。でも、そういう一般論はともかくとして、僕は世の中に出回っている、いまとなっては大多数の広告は不必要どころか害悪だと思っている。したがって、電通を叩いたり広告そのものをゴミだノイズだと言うことは僕の本意ではない。そうではなく、やはりどういう広告をどう配信することが(商売としても)効果的であり、また情報の共有や伝達という観点から見ても合理的であり、そしてビジネス倫理としても適正であるかという条件や基準を考え、そしてそういう条件や基準に見合わない広告や事業者を媒体なり市場から放逐し再び入り込めないようにすることが、本来の意味で言う社会的な正義なのだと思っている。そして、これは当サイトの落書きで僕が何日かにわたって繰り返している「排除」の議論の一つではあるが、こういうアイデアは社会というものを維持したり防衛するためには必要な知恵なのである。これを「必要悪」などと、誰に遠慮しているのかは知らないが露悪的に言う事自体が、僕は間違いでもあり不誠実でもあると思う。

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