2022年08月28日に初出の投稿

Last modified: 2022-08-28

さきほど PHILSCI.INFO で書いた内容に関連するけど、今世紀に入ってから、とにかく「ワインの哲学」とか「ウイスキーと哲学」とか「映画の哲学」とか、あるいはアニメだのジャズだのお笑いだのと、安物のオタク評論みたいなものをアメリカでも日本でも哲学のプロパーが頻繁に書くようになった。日本だけでなく海外でも、そういうのが業績としてカウントされるのかな。

こんなんだから、学生が「哲学科を出たら生涯年収は何億円になるのか」みたいなことにしか興味を示さなくなるんだよ。いっときは、「人文系の学問は必要だ」とか弁明をいろいろなところで言ってたけど、他の分野なり世の中から冷遇されても自業自得という面はあるね。

ちなみに哲学は大学なんてあってもなくてもやる人は〈こうして〉やるし、いまなら出版社なんて世界から消えてなくなっても大丈夫だ(僕は特別な意味での「権威主義者」だけど、権威は - 岩波書店の諸氏には気の毒だが - 出版社に力の源泉などない)。その根本的な意味合いを日本の出版社は全くわかってないし、チャンスなのに大学教員は理解していない。

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