Scribble at 2025-06-25 08:38:13 Last modified: unmodified
最近の情報セキュリティ、とりわけ個人情報に対する意識の高まりにより、個人によるドメイン名登録の場合でも、その情報が一律にWhoisで表示されることへの抵抗感が増しつつある。
ドメインの管理なんてものは、そもそもお役所仕事なわけだから、こういう官僚的な発想や態度になるのもしょうがないわけだけど、僕は単純にドメインの登録や管理に関わる設計思想に "privacy by design" というコンセプトが欠落していた「仕様バグ」だとしか思えないんだよね。もちろん WWW やインターネット通信には最初から欠落していたからだ。だからティム・バーナーズ=リーを含めて当時の人々が、プライバシーを軽視するネット・ベンチャーやリバタリアンどもに文句を言う資格なんてないんだよ。当時の技術や知識では仕様に組み込めなかったと言うかもしれないが、それはただの無能の言い訳だ。それは、ドメインを「住所のようなもの」だと解説しているような短絡と同じで、情報を「公開」することと「共有」することの違いが分かっていない人間がお花畑で考えただけの錯覚にすぎない。僕は、こういう点から考えても、例の「インターネットは軍事利用が目的で考案された」というストーリーは都市伝説の類だと思う。軍事利用を目的としているなら、こんな愚かな仕様で DNS を設計するわけがないんだよね。
それから、上に引用した役人的な文章でも分かるように、人々がどう思うかがサービスや仕様を追加したり変更する理由にしているというのが、僕には気に入らないね。もちろん、その逆に人がどう考えていようと勝手に官僚が良かれと思ってやることなんて、(司馬史観に浸っている呑気な人はともかく)だいたい明治時代からこのかた碌でもないことばかりだ。つまり、時流に迎合するのでもなく、思い上がったパターナリズムでもなく、人々の意見を採り入れながら常に検証や吟味や考案や相談といった相互関係を維持しつつ管理し運用し改善していくのが望ましいわけである。これは、企業経営でも同じだよ。巷では「鬼速 PDCA」なんていうフレーズで本も書かれているようだけど、まさしく僕が日頃からご紹介している「いつやるか? 今でしょ!」という名言でも知られているように、人も、そして現実のコンピュータも、真の理論的な意味での「マルチ・タスク」なんてできないのだ(CPU でもプロセスを細切れにして切り替えながら処理している)。やるべきことがあれば、すぐに始めて、必要に応じて他のタスクと切り替えながら進める他にないのである。