Scribble at 2026-03-03 12:24:31 Last modified: 2026-03-04 07:55:23
当サイトでは英語の勉強について論説を公開しているが、勉強の仕方全般や読書の仕方については、あまり取り上げていない。もちろん、分野とか目的によってアプローチが色々とあるし、進度や年齢によっても適したやり方があろうと思うので、あくまでも僕が色々と経験して色々と書ける英語についてだけ論じている次第だ。
もちろん、僕のやり方が偏っていたり、それどころか間違っている可能性だってある。なので、「学習理論 (learning theory)」と呼ばれる分野の資料を参考に眺めることもあるし(AI で知られるようになった「機械学習 (machine learning theory)」とは別の、心理学や教育学に属する研究分野だ)、YouTube で英語の勉強あるいは学習について解説している人々の話を聞いたりする。自分の経験や思い込みだけで適当に文章を書いているわけではないのだ。幸か不幸か、いまのところ僕が「英語の勉強について」で議論している内容が間違っていると納得できる議論を見たことはない。
寧ろ、大抵の YouTube でのプレゼンテーションは、他の方法を試したうえで比較しているわけでもない、たかだか東大や慶応の学卒ていどの連中が、自分のわずかな経験を針小棒大に「最強の勉強法」だの「最適解」だのと語っているにすぎない。実際、知性のない人間に限って、こういう「最強」とか「最適解」とか「絶対」などという、ジャンプの漫画で脇役が使うような言葉遣いを平気でやるものだ。そのうち、こういう手合は X などで見ず知らずの他人様に向かって、平気で罵詈雑言を書くようになるのだろう。こうした、言葉を雑に扱う人間に、言葉を使って他人に何かを助言したり提案する資格など、本来はない。これが、ウェブのインチキな「民主化」とやらが引き起こしている、知性や民度の下方圧力なのだ。馬鹿でも大学教授と同じブログ・サービスでものが言える。このこと自体に良し悪しはないが、その結果や成果について的確に良し悪しを判断できない人が接し続けていると、悪貨は良貨を駆逐すると言われるように、安易で短絡的なものを好む人は多いので、馬鹿の声だけが高く評価されるようになる。YouTube でも同様で、参考になるアイデアでプレゼンテーションをしている人のチャネルよりも、離乳食みたいにイージーで負荷の低い、それこそ「馬鹿でもわかる」愚劣な内容のチャネルが人気を博すものだ。もちろん、馬鹿は馬鹿な話で満足するし、さほど馬鹿でない人でも、馬鹿な話の方が「やさしい」し「わかりやすい」からだ。しかし、現実にそれが有効かと言われれば、そんなことはない。FX でセミナーをやっている詐欺師などと同じく、およそ誰も達成できない条件をふっかけたり、あるいは他の重要な条件を隠して解説していたりすることも多々あるし、それから「英語が話せるようになった」と称する人々の大半は、実際には彼ら自身が自覚していない特殊な条件があったがゆえに、成功したり一定の成果を出せただけであるという事実に、当人が気づいていないこともある。その典型が、「100個の単語で話せる」などと言っている連中で、こういうことを言う人の大半が若い「女の子」であることから分かるように、実際にはアメリカの男とベッドで話すことなど語彙や構文が限られているのだ(たぶん、こういう推測にフェミニストが異議を申し立てる必要はないと思う)。
で、余計な話はここまでとして、僕がどういう人物の話を参考にしているかという一例を上にリンクしてご紹介する。もちろん、ジャスティンの話している内容を何から何まで正しいと思うわけではないが、納得のゆく議論、そして僕の議論と同じ主旨をもっていて整合する場合が多いとは思うので、800を超える動画で色々なことを話しているし、僕は全て観ているわけでもないが、彼のチャネルはお勧めできる。特に、ジャスティンの議論で僕が強く支持するのは、次のようなことだ。
・本を読むには最低限の生理的なキャパシティがあり、「1秒で1ページ」などという速読は科学的に言ってナンセンスである。
・或る本を読んだり、そして或ることを学ぶ必要があると納得しなければ、脳も読んだ内容を即座に忘れてしまう。
・本の内容を全て記憶しようとするのは、愚行である。
・重要なのは、本に書かれた文字を記憶することではなく、本に書かれている情報を活用する有効な道筋を見つけることである。
・蛍光ペンなどで色を付けるのは、記憶しようとする行為を実際には仕事しない下請け業者に丸投げするようなものであり、記憶の放棄である。
・脳は記憶を文として蓄えているわけではないので、大量の文をノートに書くと記憶や学習を逆に妨げる。(しかし何を学ぶべきかは読む人がテキストから選んで決めるので、テキストが分厚くなるのは選択肢を保つためにも必要だ。)