Scribble at 2025-10-06 12:57:26 Last modified: 2025-10-07 16:03:38

或る本について、アマゾンのカスタマー・レビューでは、しばしば「ネットに書いてあるようなことしか書いてない」というコメントを見かけるのだけど、少し待ってほしいと思う。その「ネットに書いてあるようなこと」って、同じジャンルの専門家が書いてる文章なんだろうか。ひょっとして、WELQ とか tabi labo とか、要するに何の見識や学識があるのかも分からないライターやスタッフが、それこそレビューしている当人が書いた本をコピペして記事を書いてるだけなのでは?

「メディア」などと自称している殆どのウェブサイトは、大学でマス・コミュニケーション論やジャーナリズム、あるいは日本語学などを全く学んだこともない、ただ単に日本語の文章を読み書きできるというだけの素人が運営したり、記事を書いたり編集していることが多い。これは、僕が何も権威主義者だとか、国公立大学の大学院博士課程に進んだ経歴があるとか、そういうことで闇雲に彼らを馬鹿だの詐欺師だのと非難しているわけではない(もっとも、こういうメディアにはマニュアルに従って出鱈目な記事を量産する学生や主婦やクラウド・ワーカーなど、情報商材まがいに記事を書いている輩が多いのも事実だがね)。

ただ、こうした人々には悪意や邪気がなくて機械的に作業しているだけとか、あるいは「善意」の人すらいたりする。しかるに、皮肉な話だが、悪意や商売根性のある人間よりも逆に対処するのが難しいのである。自分が機械的に作業しているだけだとか、あるいは善意でやっていると思っている人々に限って、自分がまさか他人の迷惑になるようなことをしているとは思いも寄らないので、自分がやることを客観的に評価したり反省する力がない。要するに、自分の意思でやっていないなら悪事でも許されるとか、あるいは「善意」さえあれば何をやってもいいし許されると思っている人が多いのだ。

こういう人々のやることに迷惑を被らない方法は、たった一つしかない。それは、無視したり逃げることだ。彼らは自分が何の意思もないか、あるいは「善いこと」をしていると思いこんでいるので、たいていそういう人々を説得することは困難である。そして、僕らには凡人に反省させて何かを手助けしてやる責任などない。僕ら自身に悪影響がないかぎり、馬鹿は馬鹿のまま放っておいて自滅させるのが、社会的な淘汰の正しい姿である。自分のやっていることが間違いではないかと指摘されただけで、即座に自分のやっていることを顧みるような態度をとれるくらいなら、自分がやっていることを最初から「善行」だなどと思い上がったりはしない。

  1. もっと新しいノート <<
  2. >> もっと古いノート

冒頭に戻る