2018年04月01日に初出の投稿

Last modified: 2018-04-01

私は大学で、イギリスロマン派を中心とした英文学の授業を担当しています。いろいろな作品を読んでいるうちに、作品の登場人物が変装したり別人に成りすまし、しかもそれが大変重大なカギとなる場面をしばしば発見しました。関連する参考文献を読み進むと、人間には「ウソ」をつくことが生死にかかわる重大事である場合がしばしばあり、その場合あえて真実を追求するのはかえって逆効果となる、といった解説を発見したのです。むしろ、どうしてお互いに虚偽の発言をし合うことでかばい合うのか、そちらの方がはるかに重大事だと結論していました。たとえば、日本文学では、芥川龍之介の「藪の中」では、侍が襲われその妻が手籠めにされた真相に関しては、登場人物の証言がことごとく食い違いいわば迷宮入りとなります。イタリアの劇作家、ルイッジ・ピランデッロにも、登場人物が何らかの事件があった後別人になってしまい、周囲の人たちも別人として扱い続けるが、しかしあるとき真相を質そうとする者が現れると、筋書きは急転し悲劇的な結末に至るという作品が少なくありません。そのような参考文献を調べているときたまたま、『死の拒絶』に関して言及されているのを見つけ、即刻書店に注文しましたが、和訳は既に絶版になっているようでしたが、幸いアマゾンさんのカタログから発見し無事に入手できました。

「なりすます」人生

「オーキッドハンター」という人物のレビューだが、まぁ・・・この人物こそ、大学の教員だと書いているけれど、なりすましなんだろうなぁ。それとも、こんな支離滅裂な文章を書いておいて大学教員になれるのが日本の大学の実情なら、僕は明日からでもその大学で教授をやってやってもいいな。

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