2018年03月31日に初出の投稿

Last modified: 2018-04-02

カレーラーメンを食べた後は、図書館で幾つもの棚をながめていた。最近は交通・運輸や都市計画の棚を眺めているのだけれど、今日はそれなりに時間を使ってじっくり見てみた。やはり、「歩行」という観点で都市の交通を計画したり批評するという観点が全くない。かろうじて路地について取り上げている著作が見受けられるにしても、これらは社会学的なセンチメンタリズムが強く、あまり有効ではないと思う。それにしても、この「交通」という言葉を使った分野は、どうしてこうも公共交通機関と車のロジスティクスしか眼中にないのだろうか。確かに、歩行者は助成金などくれないし、歩行者を研究してトヨタや日産のシンクタンクに入社できるとは思えないが、そうであってみれば、もはや車椅子や視覚障害者だけではなく、歩行者全般が「交通に関する社会的な弱者」と言っていいだろう。

もう何年も前から「車社会」などという否定的なニュアンスの言葉を頻繁に見かけてきたのだけれど、結局はそれがどうしたというのか。またぞろ、日本の社会科学者特有の「るーるーるるるー」とか由紀さをりの歌が聞こえてきそうな、負け犬の哀愁という自意識を描くだけのエッセイみたいな文章を積み上げて社会学の実績にでもするつもりなのか。

  1. もっと新しいノート <<
  2. >> もっと古いノート

冒頭に戻る


※ 以下の SNS 共有ボタンは JavaScript を使っておらず、ボタンを押すまでは SNS サイトと全く通信しません。

Google+ Twitter Facebook