Scribble at 2024-05-24 20:30:24 Last modified: 2024-06-01 10:16:15
毎年、夏を前に先の戦争を題材とした本を読む習慣がある。大局的な観点の、それこそ歴史学者が書くものだとか、B級戦犯の人物が綴った本などもあり、そして特にこの「回天」にまつわる本というのは、これまでに何冊か読んでいるのだが、本当に色々なことを考えさせられる。
この、「おぞましい」としか言いようがない兵器と運用方法を考案した人物は、仁科関夫氏 (21) と黒木博司氏 (22) という二人の人物が記録されている。彼らは、回天の運用実験中に事故で死亡したり、実戦投入された回天に自ら乗り込んで戦死している。したがって、なんでこんなものを考案して実戦投入するまでに至ったのかという詳細な記録の類がないため、人の心理にある脆弱性というもの全般に関わるテーマとして、どうしてもわからないところがある。考案者がどちらも早々に死んでしまっているからだ。いくら昔の若者の方が早熟だったのかもしれないとは言え、たかだか21歳や22歳の人間が思いついたことを国家が承認して(当時は海軍大臣が議会の承認もなしに決裁できたわけだが)実行してしまうなんて、本当に正気の沙汰とは思えない。君ら、いまの若者が原発あるいは原発の管理システムを設計して、経済産業省が採用するようなものだ。あるいは、君らがたとえ21歳で司法試験に合格するような秀才であったとしても、それで日本の裁判制度を変えるような法案を作って法務大臣の承認だけで実施されるなんてことに、果たして責任がもてるだろうか。つまり、僕は仁科、黒木の両人に対してではなく、彼らの血気や意欲を利用したとしか思えない、当時の統帥側に強い怒りを覚える。責任がとれないことを言わせて、メチャクチャな責任「感」だけで突っ走るようなことを扇動したということだ。
もちろん、これは世代論争のために言っているわけではない。老人が考案したとしても狂気のアイデアだと思うのだが、ここでのポイントは発案した当人が自ら実行するようなところに置かれてしまうという点にある。若者が考案すると、もちろん当時の戦況では大半の軍人が学徒動員された若者だったわけで、何をするにしても彼らが戦地へ赴く。したがって、老人が何かを発案してやらせるというよりも、同じ世代の若者が発案して、俺達がやらなくては国が滅びる、残してきた妻や子供が酷い目に遭うという、いわば同世代による同調圧力の方が効果的だったということなのだ。本当に、そう考えると切ないし、許し難いものを感じる。そして、かつての日本ではそういう愚行が罷り通る異常な状況にあったのだということを、毎年のように思い起こすことが大切だと思う。そして、これは差別についても同じことが言えると思うが、こういうことを人は状況によって平気でやるし、戦争に負けようと自分が差別される側だった過去があろうと、平気で同じことを他人に繰り返す脆弱性もある。僕は、人類史スケールの保守思想を奉じている哲学者として、こういうことを忘れないようにしたいと思う。
もちろん、亡くなった人々を侮蔑する意図はないが、やはり彼ら回天の発案者たちの思考や態度や行動は間違いであり、愚かであった。そして、人として何事かを冷静に考え反省できる能力なり理性がありさえすれば、天国だか浄土だか、あるいは転生先の世界であろうと、彼ら自身もまた自らのかつての思考や行いを反省している筈だと信じたいわけである。これが理性を尊び信じるということであり、どこそこ神社に祀っただの軍神だなどと言ったくらいで右翼どもが彼らを放免するなんてことは、逆に彼ら自身の理性を無視することだと思う。
一読しての感想と述べておく。
まず、回天という兵器について、回天を運ぶ潜水艦の水雷長をしていた人物が明快な分析を述べている。回天は、潜望鏡の性能が悪くて夜間に視認できないという欠点があった。したがって、昼間の出撃であれば浮上できないため、搭乗員の推定あるいは勘で進路を執るしか方法がない。すると、これは実質的に魚雷と同じであって、人が乗り込んでいようと命中率は殆ど魚雷と変わらないということになる。それに、回天は大量に余った魚雷を繋ぎ合わせて製造されているため、乗り物としての強度に問題があるし、複雑な機構で故障も非常に多かったという。要するに、二十代前半の若者が机上で考案し、厳しい戦局(回天が本格的に兵器として採用され実戦投入されるようになったのは、前年末の試験的な投入を除けば昭和20年に入ってからだった)でヤケクソというほかない状況で作り上げたものだと言える。もちろん、現在も似たようなことが起きていて、たとえばウクライナではドローンが実戦配備されているが、あれは恐らくロシアやアメリカの30代以下の小僧たちが設計しているのだろう。テクノロジーとしては回天と比べて高度だし、精度も高いとは思うが、人が死ぬということについて設計したり製造している側にリアリティが欠落しているであろうという点では同じだと思う。
なお、著者の武田五郎氏は復員されてから大洋漁業常務や大洋ホエールズ(現在の横浜ベイスターズの前身)社長を歴任した後、2010年に87歳で亡くなっている(彼について調べていると、『日刊水産経済新聞』では違う内容の obituary が掲載されていた。なんでも、91歳で亡くなり、佐賀県で葬儀が営まれたという)。つまり、この本が公刊された3年後には亡くなっているのだった。彼がこの本で何度か名前を挙げてなかば糾弾している元第六艦隊参謀の鳥巣健之助氏が、ちょうど武田氏が亡くなったのと同じ年の12月に発売された『[証言録]海軍反省会 2』という本で、本書とは全く異なることを「証言」しているらしいということ、そして『[証言録]海軍反省会 2』は PHP という大手の出版社から、あたかも客観的な歴史資料のような体裁で扱われて公刊され続けていることを思うと、僕は科学哲学という分野について常々言っていることなのだが、出版という活動には色々な危険性があるなと思う。確かに、かたや広く知られていない成果を世に問うという慈善活動のような一面もあるとはいえ、大手の出版社になると在籍している社員はどうしても(悪い意味での)サラリーマンであって、編集とか出版というものについて殆ど何の見識も矜持もない、社内の実務を覚えて仕事に携わっているにすぎないロボットが出版活動や報道を担うことになる。そういう人々が、悪しき権威を盲信して、誰かの話を「歴史の重要な証言」であるかのように検証もせずに記録し垂れ流すことが出版だとかジャーナリズムだと錯覚してしまっては、それこそマスメディア企業なんて広告代理店や官僚の玩具に成り下がるだけだろう。