Scribble at 2024-05-25 10:38:52 Last modified: unmodified

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大阪市の西淀川区というと、父親が御幣島の印刷会社で製版部長(校正)をしていたことがあって、荷物を届けに行ったことがある。いかにも大阪の下町という感じの工場街で、さほど風景とか街並みに強い印象は残っていない。そもそも30年ほど前の話である。

それから、時期は正確に覚えていないのだが、確か院生の頃に西淀川区で短期のアルバイトをしたことがある。阪神の「福」という駅で降りて、6人乗りの小型ワンボックス・カーで広い公園の脇を通り過ぎると、淀川製鋼(ヨドコウ)の大阪工場がある。ここで、よく知られた物置などを作っていたわけである。夕方に福の駅前で何人かが集合し、それから工場まで送迎されて更衣室に入り、所定の持ち場で作業が始まるのを待つ。それから、作業内容を指示されつつ休憩まで数時間の仕事を続けて、小休憩などがあり、朝方に再び派遣会社の車で駅まで送られてゆくという毎日である。もちろん、休憩時間に他のアルバイトや派遣社員と色々な話をすることもある。中には外国からの出稼ぎで働いている人もいるし、留学生もいた。

実は、どういう作業をしていたのか、細かいことは覚えていない。ただ、広大で巨大な工場のスケールに心地よさのようなものは感じた覚えがある。これは、第一パンの大阪空港工場で働いているときも同じだ。小さな町工場で金属の棒に穴を空ける仕事をしていたときも充実感のようなものはあったから、単にスケールが大きいから良いとか悪いとか言いたいわけではないが、やはり大きな仕事の一部としてなにがしかの役割をもっている実感のようなものを覚えるからなのだろう。考えようによっては、学問においても通時的・共時的なスケールでの分業だと言っているので、その一部をアマチュアでも担っているという実感をもつこともあるが、学問の場合は物置を組み立てる作業とは違って、成果のはっきりした評価がないというのが難しいところだ。哲学においては、東大教授やソルボンヌ大学教授の論文であろうと、たいていは議論を bolster するネジが何本も足りないとか、物置なのにそもそも底板や天板がないとか、そんなのばかりだ。それどころか日本の学者なんて、物置を作っているつもりで簡易便所を作るような奴らばかりだ。そして、表紙には半分ケツが出てる女子高生や転生世界の魔法使いの幼女のイラストを描かんばかりの下らない装丁を施し、やれ「センスの哲学」だの「サバイバルの哲学」だのとクズみたいなタイトルをつけて子供だましの本ばかり乱造する。

なんでこんな話をしているのかというと、たまたま Google Maps で西淀川のあたりを眺めたからだ。地図というのは、ぼんやりと眺めているだけでも色々な発見がある。そういう単純なところから解説してもいいのに、なんで人文地理学の教科書というのは、ああも左翼的な切り口や国家官僚的なデザイン思考を最初に押し出してくるのか。僕は、俯瞰的なパースペクティブを前提にしかものを考えたり語れない、しょせんはテクノロジーに依存しているだけの地理学というのは、なんだかんだ言っても初学者の半分を無視していると思う。確かに、子供の頃に買ってもらった地球儀だとか日本地図のパズルみたいなものに親しんでいる読者もいるとは思うが、もう半分は文字通り地に足のついた(しかし、日本の社会学みたいな、敢えて PC でない表現を使うが「女々しい」動機とは異なる)視点をもっていないと、三流の都市計画論の学者と同じく、博士号をもつ厨二病として他人にものを教えるような手合に成り下がってしまうと思う。

ともあれ、西淀川には、仕事で足を運んだこともあるグリコの本社だとか(阿倍野のシャープでも感じたが、日本の大企業というのは社屋が古くて、しかもヨーロッパのようなしっかりした建築物としての古さではないから、単純に貧相なだけなんだよね。あれを、良き伝統を残してるとか勘違いしてる人も多いんだろうけど、どうにかならないものだろうか)、荷物をわざわざ引き取りに行った宅配便の倉庫だとか、足を運んだ記憶が色々とある。

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