Scribble at 2024-09-10 08:01:52 Last modified: unmodified
A minimalist website. Perfect for the readers, which is perfect for the writer. Not so perfect for advertisers and marketers, perhaps, but we’re not creating sites for them. We’re creating sites for us.
no-JavaScript とか no-CSS といったコンセプトの事例も含めて、こういうことを提唱する人は1年に1人くらい Hacker News にサイトを紹介してくれるのだけど、僕はこういうのは菜食主義者の自己紹介みたいなもので、「ああ、あなたはそういうのが好きなのね」で終わってしまう。もちろん、彼らのコンセプトを軽視したいわけでも無視したいわけでもないし、僕も個人のサイトですら不必要な要素やテクノロジーを濫用しすぎているとは思う。正直、個人のサイトに CMS、端的に言って WordPress なんているだろうかと思うんだよね。もちろん多くの人は HTML や CSS を理解しないし理解しようともしないし、そして理解する義務はないのだから、そういう人たちのために CMS があると「なんとかスフェア」の確立にとって都合がいいし、オンライン言論の自由とやらを形成するための礎とやらになるのだろう。でも、その結果と言えば、夥しい数で増え続けているヘイト・スピーチや広告目的のブログ記事、そして自己承認欲求だけでバラ撒かれるオナニー動画とかゲームの中継などなどであって、個々の事例について是非は言えるにしても、言論だの何とかスフェアだのを夢想している人々と現実との乖離は著しい。確かに、CMS や各種の自動化を廃止して、ウェブ・コンテンツを制作するスキルというハードルを課したら、素人が簡単にコンテンツを公開できなくなるであろう。でも、そんなハードルをつくってもスパム業者や色々な活動家にとっては大した負荷でもなかろう。
理想的あるいは特定の動機や目的をもつ人のためだけに最適化されたプラットフォームや技術だけを使うべきだというスローガンは、技術を制約しているようでいて、実際にはその利用者を制約するのであるから、原則としてそんなスローガンが自由主義社会で受け入れられるとは思えない。簡単に言えば、左翼だけがスタイルシートを使えるようにするべきだとか、ネトウヨだけが PHP を利用できる公的な資格制度を作るべきだと言っているのと同じだからだ。したがって、この手の「ミニマリスト」が社会科学の観点から言って稚拙かつ浅薄な思想でしか動いていないと思えるのは、明らかに原因と結果とを取り違えているからにほかならない。ミニマリズムであろうと広告を排除したウェブ・ページであろうと、そういうものは人々がウェブ・コンテンツを利用するにあたっての見識や習慣などから導かれた結果なのであって、広告や JavaScript を使わずにウェブ・ページを制作する方法など、どれほど詳しく解説したところで世の中は決して変わらない。それこそ「ネーミング指向の社会学」と呼ばれる、目立つ事象に特別な名前をつけて喜んでいるだけの連中と同じことである。