Scribble at 2021-09-30 12:57:06 Last modified: 2021-09-30 13:46:33

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●話題騒然! 経営学の本としては異例の売れ行き。たちまち5万部突破!――「驚くほどわかりやすい」「目からウロコの連続」と大好評

入山章栄『世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア』(英治出版、2012)

本書の倍以上の分量がある次作(『世界標準の経理理論』)もよく売れているらしく、これはこれで良いことだと思う。本書は、日本に多い〈えいえいおー系〉の腕力営業を叫ぶガッツだけの本だとか、カルトやニセ科学の脈絡を隠した〈いい人になろう系〉の組織論などを完全に無視して、アメリカのジャーナル・アカデミズムで続いてきた議論を臆面もなく展開する清々しさがある。ただ本書を読んだ限りですら、これまでに何度か書いているが、著者も強調する「科学、なかんずく社会科学としての経営学」という理想には、はっきり言って程遠いと言わざるをえない。それから経営学の著作にも頻繁に見かけるのだが、頼むからポパーやクーンら科学哲学の古典を引き合いに出して〈ハクをつける〉ような論述はやめてもらいたい。

さて内容について幾つかコメントを残しておくと、経営学の通俗書だから仕方ないとは言え、やはり「イノベーション」の概念を非常に狭く扱っていることが分かる。何事か新しいことを発案するというのは、簡単に言えば潤沢な資金がある上場企業の R&D 部署でサラリーマンだけがやっているわけではない。また、最近の偏見で言えば、IT ベンチャーの小僧だけが期待されているわけでもない。学術研究においてもある話だし、著者らが言う既存の技術や知の組み合わせというだけなら、主婦が既製品を独特に組み合わせて新しい生活用具にしてしまうことだって「イノベーション」と言うべきである(実際、そういうところから実用化された商品もある)。すごく矮小な事例で言えば、たとえば GitHub でテキスト・データの履歴を管理する機能を使えることから、テキスト・ファイルを記事としてアップロードして、リポジトリをブログの代わりに使い始めた連中がいた。いまでこそ当たり前の使い方としてサポートされているが、これも「イノベーション」と言っていいだろう(もちろん、これは Pastebin というサイトで似たようなことをしていた人々がいたからなのだが)。

それから、真ん中あたりで「内生性」や「ベンチマーク」の話が出てくるけれど、これらは要するに correlation vs. causation の話や生存バイアスといった、各種の認知バイアスの話と同じである。そして、経営学の「理論」についてのメタ分析も紹介されているが、経営学そのものにおける認知バイアスについての指摘が少ないのは、やはり当人がジャーナル・アカデミズムにおいて theoriy building という名の piecemeal work に没入しているからではないのか。

あと、あいかわらず経営学の「ディシプリン」として経緯やアプローチの分類をしているものの、宗教というコンテクストを完全に無視しているのが不愉快だし、日本人が読む本を書くときにすら躊躇しているのかと思えるのが嘆かわしい。これで科学どころか社会科学を目指すと言われても困る。実際のところ、ビジネス書の読者の大半は、アメリカでも日本でも『7つの習慣』や『ティール組織』のようなカルトまがいの本を愛読しているわけなのだから、アカデミズムとしての経営学を標榜するのであれば、やはり一定の言及は必要だろうと思う。リードには「目からウロコ」などと書かれているが、まだウロコが幾つも貼り付いたまま、1枚や2枚が剥がれ落ちたていどで騒ぐなど笑止と言う他にない。

最後に、本書でも最後の方になって「複雑系」だ何だという疑似科学(カオス理論やカタストロフィー理論が疑似科学だと言っているわけではない。それらを「使う」と称する経営学が疑似科学なのだ)の話が出てくるのだけれど、数学的なモデルを社会科学に応用するなんてアプローチは、それこそ既にローレンツの業績から数えて50年になるような歴史があって、サンタフェ研究所が設立されてからでも35年以上が経つ。それでも僕らが知る限りでは際立った成果なんてないのである。それを「これからは複雑系を使って」などと、50年前と同じような調子で言っていては意味がない。それこそ50年遅れの発想である。科学的なスタンスをもつのであれば、それだけの研究実績の蓄積がありながら、どうして複雑系を援用した研究は大きな成果が出ていないのかという事実からスタートして、その原因なり理論的な難しさを検証するべきだろう。

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