Scribble at 2026-01-08 06:41:33 Last modified: 2026-01-08 13:14:35
この議論は既に何度も「英語の勉強について」という論説で述べているのだが、学習者は仕方ないとしても、教育者と出版業界あるいは文部行政がいつまで経っても同じことの繰り返しをしているように思うので、やはり繰り返して述べておく必要があろう。昨日も出社してジュンク堂の英語教材が並んだ棚を眺めていると、あいかわらず100語で話せるとか、中学英語で話すとか、その手の(英語話者にとっては無礼としか思えない)デタラメなことを書いてる連中の本が一掃される気配はない。
僕が、これから「英会話を勉強したい」と思っている方々に、まずお勧めしたいことがある。それは、アマゾンで「洋書」のカテゴリーを探して、"English as a Second Language" (ESL) というサブ・カテゴリーを御覧いただきたいのだ。ESL は留学生や移民あるいはビジネスで英語圏へ滞在する人たちなど、英語を母語としない人々が英語を学ぶための教育分野を指していて、それらで使う教材の意味もある。なので、このジャンルの教材はアメリカ人やイギリス人にとっての「国語」ではなく、あくまでも非英語圏に生まれ住んできた人々が英語を学ぶために活用する教材として制作されている。こういう教材が必要な理由は幾つかあって、たとえば、英語圏で生まれ住んでいるなら知っていてあたりまえのことを移民や留学生には背景知識として求められない。何か手順として親から必ず教えられて育っているような人にとって当然の知識は、ESL の教材で当然のように前提されることはないのである。アメリカ人なら中学生ですら過去の大統領を知っていて、彼らの有名なフレーズを口にすることもあろうが、そんな知識を移民に求めることはできないのである。また、イギリス人なら多くの人が知っているシェークスピアのセリフだとか、各国で放映されている過去の有名なテレビ・コマーシャルやドラマの決め台詞なども、外国人には分からない。それから、女性的とされるフレーズや助動詞の使い方を男性がわざわざ口にしても、それは状況によっては解釈が難しい(ガチで LGBTQ の人だったりする)ため、こういうことも ESL の教材には出てこない(まぁ、いまならネイティヴの教材にも使えないと思うが)。
さて、その ESL の教材は色々とあるのだが、圧倒的に多いのは文法の本かフレーズの本であり、日本で「英会話」に相当する本は、ビジネス・シーンや街頭・家庭でのシーンを想定した会話の教材であろう。大学の出版局や教育出版社が手掛けているものもあるにはあるが、素人が Amazon KDP かアメリカの印刷屋から independently published(自費出版)で発行している本も多い。しかし、日本以外の国で英語を学ぶ人々は、たいていこういう本は使わない(Ryuko, Kubota, "Learning a foreign language as leisure and consumption: Enjoyment, desire, and the business of eikaiwa," International Journal of Bilingual Education and Bilingualism, Vol.14, Nol.4 (July 2011), pp.473-488, DOI:10.1080/13670050.2011.573069)。教育関連の研究者から見れば、日本における「英会話」とは英会話の勉強をしているという自意識を確立するための消費財つまり娯楽であって、英会話スクールとは、いわゆる「ガイジン」を見物するためのレジャーランドだとさえ言えるらしい。
つまり、TOEIC でスコア900を出していようと大半の人が英語で話したり仕事ができない、つまり英語でコミュニケーションができないのは、「英会話」の勉強をしているからなのだ。他の国で英語を学ぶ人々にとっては、英語を習得することが英語圏なり英語を使う職場での生活なり仕事に直結しているため、相手と「英会話」のような型ができていればいいというものではない。実質的な成果が重要なのである。それに比べて、「英会話」しか求めていない日本人がアメリカに行くと、便所がどこにあるかを尋ねるフレーズを発するだけで終わってしまう。相手に何か説明されても、自分の足で便所まで行ってウンコできる人なんて殆どいないわけで、結局はアメリカ人に連れて行ってもらう人が大半なのだ。こんなことでは、ウンコすらできないようなやつが英語圏で生活できるわけはないので、英語というよりも英語圏で生きる術を身につけていないということなのである。これは、言葉が使える使えないという以前に、社会人としては最悪最低だ。