Scribble at 2020-01-14 17:47:38 Last modified: 2022-09-30 17:30:12

昔のブログ記事([2006-10-16 00:42:34(JST) @696])より。

同居せし我が良き人が買つて読んでゐた『百鬼夜行抄』といふ漫画に興味を持つた。その後、続刊が出るたびに買ひ求めては楽しく読み通すことたびたび。つい先日も連れ合いが『家守奇譚』といふ小説を買つてきたので、また借りては就寝前に読んでみた。双方がもののけの話なれど、結局のところそれらは人の心を映すものにして人が自ら受け止めねばならぬことがらを一々教えてゐるやうに感じた。

・・・と、どちらもそういう書き出しが似合う風情を醸し出している作品であり、妖怪が続々と現れるにもかかわらず、こちらの登場人物たちは飄々としてそれらを受け流したり向き合ったりする。一体、10月も中旬というのにこの暑さで妖怪の話とはこれ如何に。

しかし、そうした表面的な筋書きはあれ、どちらの作品も妖怪が出てくるだけの怪奇作品といったものではなく、やはり大きなテーマとして人の生き様が物語のどこかに必ず差し挟まれている。とりわけ、双方の作品に於いて死は全ての終結ではく、どこかに言いしれぬ奥行きがある。しかしその奥行きは読み手には殆ど伝わらないものとして描かれており、それはそれでうまいやりかただと思った。そもそも適切な描き方が誰かに正否の理由ともども分かっているわけもないし、何を以てして分かったことになるのかも、我々には分からないのである。

むかしむかし小学生の頃、母親の実家は遠野からも程近い岩手県の南部にあり、よく夏休みに行ったものだった。そこでは川遊びをしたり、鬱蒼と茂る森の中へ分け入ったりもした。母親の実家は川縁にあったため、夜はずっと水音を聞きながら寝床に入っていた。電灯の豆電球が薄ら赤く灯るのをじっと見ていて、その残像なのか本物なのかはともかく、次の日に母親や叔母へ火の玉を見たと言うと、ちょうど昨日の夜に隣家で人が亡くなったことを教えられて、その人が彷徨っていたのだろうかと神妙になったこともある。

誰でも死について何度か思いを巡らせたことがあろうかと思うし、いま述べたようなこともあって、私も例外なくそうした子供時代を送ってきた。単に怖いとか悲しいとか、あるいは何故そもそも生き物は死ぬのかとか。もちろん、物理的に肉体が潰れたり活動を停止すれば死ぬわけだが、それは物理的な条件でそうなるのだから、医学や工学の発達により自明ではなくなるかもしれぬ。しかし、物理的に死を免れようとすると、簡単に思いつくだけでも、宇宙が定常でない限り、あるいは宇宙が収縮したり膨張し続けるにしても若い平行宇宙へ逃げる方法がない限りは、どれほど肉体を活動させ続けられようと不老不死は事実として不可能であろう。また、仮に別の肉体へ意識や記憶をそっくりそのまま移したり、別の宇宙にある別の肉体へとそのような転移が可能であったにせよ、そうしたことが生の延長であるという(詩的感傷ではなく)論理的な正当化がない限り、我々は死を免れぬであろう・・・・

そうした子供じみた空想から歳月を隔てた大人になっても、やはり大多数の人にとって自分や親しい人物の死は忌むべきものであろうし、夜中に突然として自分がいま何かの病気ではないかと思い込んでしまったり、もしくは今このとき遠方から人類のもつ力では軌道を変えられないほど大きな彗星が地球へと近づいているかもしれぬと想像してしまったり、あるいは『百億の昼と千億の夜』で描かれたように、この宇宙全体を小さな実験ケースに収めて眺めている科学者が、いまその手でケースを揺さぶって破壊しようとしているのかもしれないと想像することさえできよう。

あるいは、ここで述べた二つの作品をとおして感じたことだが、すぐ近くにいて生活している者の心中ですら、他人には想像し難いところがあるとも教えられる。しばしば詩的に語られることだが、他者の心もまた一つの宇宙に匹敵するほど、正確に理解することは容易ならざることと思える場合がある。目の前に立ち現れる妖怪や死者を通じて、生ある者どもの生き様を映し出そうとする漫画や小説ではあるが、果たして読み手である我々は死者や妖怪どもの思うところを、作品中の登場人物たちと共によくよく理解できているのだろうか。しかし、それは作者の意図を理解するといった現代国語の試験問題の話として片づけられるものではなく、果たして我々自身が作品に何を投射するかに依存して、それぞれ自分なりの仕方で理解せねばならぬのであろうと思われる。

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