Scribble at 2022-01-17 21:18:14 Last modified: 2022-01-17 21:19:09

Morris Tenenbaum と Harry Pollard による Ordinary Differential Equations という大部の本(現在は Dover からペーパーバックで販売されている)を眺めていたりすると、日本の微分方程式のテキストとは根本的に構成が異なることが分かる。おおよそ日本のテキストは微分方程式の定義を冒頭の3行くらいで済ませてしまい、さっさと話を続行するのだが、アメリカのテキストの多くは微分(つまり導関数)の話に戻って説明するところから始まる。たとえ理数系の学生を想定したテキストでもだ。

しばしば、日本の数学の授業は高校までの授業と隔絶していて挫折する人が多いと言われる。そして、かなり長い間にわたって、その原因は公理的なアプローチで計算よりも証明に重心が置かれるからだと言われたりしてきたのだが、僕はそういう説明は全く違うと思う。少なくとも大学のテキストを比較している限り、公理的なアプローチをとろうととるまいと、日本のテキストは〈微分方程式を既に知ってる人〉に復習してもらうかのような書き方をしている。つまりは、論理的でもなければ教育的な配慮もない、簡単に言うとものごとを説明したり解説する素人集団の仕事だったと言っていい。

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