Scribble at 2022-10-05 12:50:39 Last modified: unmodified

業界用語や短縮された表現を、とにかく日本の技術者というのはオリジナルの現場でどう呼んでいるのかということについて不勉強な人が多いし、気にもしない人だって多い。僕らのようなウェブ制作の業界では、古くから画像フォーマットの "GIF" を「ジフ」と言ったり「ギフ」と言ったりするわけだが、まず大切なことは、「オリジナルの現場でどう呼んでいるのか」という問いは、決まった唯一の正解があるとまで言っているわけではないということである。一つだけに限らないという現実を知ることも、一つの常識というものだ。よって、アメリカのような国では人名でも幾つか発音があって、標準的な発音とは異なる呼び方を本人がわざわざ求めていたりする場合もある。そういう事情は人によって違うわけだが、それを尊重する人もいれば、知らないか、敢えて尊重しない人もいるわけであり、つまるところ呼ばれる当人ですら常に自分がどう呼ばれる「べき」かを制御できるわけでもない。しょせん、物事の名前とはそういうものなのである。僕がたびたび書いているように、物の名前とか表記方法とか発音が、呼ばれている対象と何か本質的な関係にあるかのような「言葉の魔術説」という錯覚は、言語哲学のまじめな話として避けなくてはいけない。これは分析哲学だけでなくポスト・モダンの思想にも行き着く伝統的な哲学の成果でもあると思うが、言葉の運用の間違いは、要するに当人の認識や思考も歪めてしまうのである。自分自身の使う言葉に裏切られるのだ。

ウェブ制作の業界では、GIF の発音だけに限らず "href" のような略記についても発音が分からないという人は多い。それもそのはずで、そういう人の大半は "href" が "hypertext reference" の略であることすら知らないからだ。物事が決まった経緯とか歴史について無知や無関心であるのは、歴史ドラマや歴史小説を好む割に日本人に酷く顕著な傾向で嘆かわしいのだが、要するに証拠について議論しなくていい戦国時代の怪しいストーリーとかなら気楽に読んだり鑑賞できるからなのだろう。自分の生活に関わる制度や法律については、自分の無知や錯覚を思い知らされるのが嫌だとか、知ったところで具体的なアクションをとるのも面倒だし周囲の人々ともトラブルになる恐れがあるという心配があるのかもしれない。なんにせよ、それを知ったところで自分の仕事には関係がないという一点（僕は酷い錯覚だと思うが）も強力な理由であろう。

というわけで、Microsoft が公開してる動画を１本観るだけでも "Azure" は「アジァー」であって「アジュール」なんて発音は誰もしていないのに、日本人の技術営業（"SE" などど呼ばれるがアメリカ人には理解不能であろう。"system engineer" と説明されたところで、"system" と関係のない "engineer" なんて、そもそも IT 業界にはいないからだ。ちょうど、人間を「呼吸哺乳類」と呼ぶようなものである）はえんえんと「アジュール」と言い続けて、日本人よりも奇怪な発音で英語を話すインド人からでも失笑を買っているわけである。では、"varchar" はどうなのか。

上記の記事（本文のウェブ・フォントが僕の Edge では正しく再現されていないようだ。非常に読みづらい）は、記事のいちばん最後に上で引用したような弁解を載せているけれど、Hacker News でコメントを書いている人の中には clickbait だと憤慨している人もいる。つまり、どれほどジョークだと書いていようと、挑発的な見出しとタイトルをつけて記事を公表すること自体が、Hacker News のようなソーシャル・ブックマークで話題にしてもらうための宣伝にすぎないというわけである。そして、話題にされている "varchar"（可変バイト長の変数）の発音についても、どう読むのか straightforward に書いておらず、結局は何が言いたいのかわからない。ラテン語を持ち出すなら、"varchar" はどう考えても「わーかー」としか読めないだろう。