2018年09月27日に初出の投稿

Last modified: 2018-09-27

さきほど起床するときに、「大きな古時計」という歌を思い起こしていた。なんでだろうと気になっていたが、そうだ、どうして腕時計をしなくなったのかという話をここに書こうと思いながら寝てしまったからだ(笑)。よくそんなことを歌として連想させるものだ。あるいは偶然の一致にすぎないのか。いずれにせよ、せっかく思い出したので書いておこう。

僕が腕時計をしなくなったのは、携帯電話の画面に大きく時刻が表示されて不要になったからというだけの理由ではない。気に入って使っていた腕時計はあるのだが、それを何箇所かの時計屋で電池交換してもらったところ、どの時計屋で交換してもらっても1年たらずで電池がなくなってしまうという経験をしたからだ。2針の時計で電池が1年ていどしかもたないということはなかろう。つまり、すべての時計屋が劣化した不良品を交換に使っていない限りは、内部で機械的な問題が生じて電池の消費が大きくなってしまっている可能性がある。ちゃんとオーバーホールして中身を丁寧に検査してもらった方がいいのだが、3万円ていどの時計でやるほどのことかどうかは判断がつかないし、いまとなっては数万の時計など贅沢品の一種である。

とは言っても、長らく時計を腕に通していたせいもあって、いまだに左腕は時計をはめていた感触が僅かに残っているのが不思議だし、それなりに懐かしい気分もある。それに、時刻を確認するのにスマートフォンを取り出してスイッチを入れてパターンロックを入力するというのも、毎回のことなので面倒なことは確かだ。

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