Scribble at 2025-06-25 07:08:36 Last modified: 2025-06-26 19:37:12
ナチスが「良いこと」をしたかどうかはともかく、歴史的被害者が今度は加害者となって「敵」を「殲滅」しようとする構造の逆転に、本当にナチスだけに「歴史のケガレ」を負わせていいのかとやはり思ってしまう。
城アラキ氏のブログを見つけた。Feedly にサイトを登録するのは久しぶりだ。ご存じない方に説明しておくと、彼は漫画の原作者である。先日まで何週間かに渡って、Amazon Prime Video で『バーテンダー 神のグラス』というアニメ作品を昼食時に連れ合いと観ていたので、その作品のスタッフや原作の情報をウィキペディアで確認していると、このブログを見つけたというわけである。
で、彼の記事で見つけた一節を上で引用したのだけど、歴史的な出来事の評価を相対化するのは構わないとしても、これだけでは現状のイスラエルがやっていることをもってして「ユダヤ人」を語ってしまうことになり、これはこれで乱暴な議論ではあろうとおもう。僕も、確かにいまイスラエル政府が実行していることは、ガザ地区に対しては事実上の「虐殺」であると言わざるをえないとは思う。
https://www3.nhk.or.jp/news/special/international_news_navi/articles/feature/2024/01/29/37092.html
この URL に登場する人物が語っているように、現今のイスラエル政府が自己正当化に「ホロコースト」という言葉を使うのは欺瞞的だというのが、大方のまともな社会科学者や知識人(もちろん、まともな保守も含めて)の意見だろう。
で、上の記事で城氏は「構造の逆転」だといい、「ナチスだけに『歴史のケガレ』を負わせていいのか」というわけだが、こういう表現でものごとを相対化することに僕は賛同できない。第一に、現在のイスラエル政府はアウシュビッツの被害者でもなければ、アウシュビッツから生還した人々の子孫ですらない人物も含まれているわけで、ユダヤ人というだけで外国あるいは他の民族に対して何らかの政治的な圧力を加えたり、あるいは被害者ヅラして何かを無条件で正当化できるものではない。それは、福島県の生まれ育ちだというだけで、山口の人をいきなり殴っても構わないなどと言うヤクザものと同じであろう。それに、いまイスラエルがやっていることは国内のパレスチナ人を連行して虐殺した過去の出来事とは明らかに違っており、ガザ地区のあるパレスチナ国は国際法上の国であるから、いまのイスラエル政府は侵略行為をやっていると言って良い。
それから「歴史のケガレ」という妙な表現(いちおう僕は民俗学の素養もあるので)で何を言わんとしているのか、あまり良くわからないのだが、過去に人類が行った所業のうちで二度と繰り返したり称賛してはいけないことという意味であれば(もちろん、こういうことを「ケガレ」と呼ぶのは民俗学用語の誤用である)、ナチスの行いは、とりわけ当時のユダヤ人に対する所業は常識的に否定すべきことのうちに含まれてよいであろう。だが、「ナチスだけに~負わせていいのか」とものごとを相対化することが主旨なのであれば、そこで相対化されるのは現代のイスラエル政府ではなく、当時のユダヤ人なのである。ふつう、ものごとの評価を相対化するとは、そういう意味である。よって、彼は「ナチスだけに~負わせていいのか」と述べて現代のイスラエル政府もナチスと同じくらい否定すべきことをやっているのではあるまいかと相対化するつもりで書いているのだろうとは思うが、彼の表現では「当時のユダヤ人にも虐殺されるだけの理由があった」などと言っているネトウヨと同じになってしまう。