Scribble at 2022-04-17 23:15:22 Last modified: 2022-04-18 11:18:30

これまで何度か書いたことだが、オンラインには多くの人が期待したり妄想しているほど充実した「情報」やら「リソース」なんてものはない。既に幾つか事例を紹介してきたが、学術研究のリソースなどという、従事したり関心をもつ人が最初から少ないテーマについはなおさら、恐らく利用者の数だけは何十万人といるであろう、有名なプログラムやツールについてすら、実際には参考になる基本情報が数えるほどしかないという事例もある。

その一つが、sed というツールだ。これは UNIX の時代からあったストリーム・エディタで、ファイルなどから入力されたテキスト・データを変換する、古典的で強力かつ有益なプログラムである。それゆえ、初めて世に表れてから50年近くが経過するにもかかわらず、いまだにメンテナンスが続けられていて、殆どの UNIX/GNU Linux システムに最初から当たり前のように同梱されている。

しかし、その情報サイトとして知られる sed.sf.net はリンク先の多くが消失していてメンテナンスも不十分きわまりないし、いくら枯れた道具だと言っても信頼あるチュートリアルがおおよそ20年近くに渡って新しく書かれていないと言っていい。ここ20年にあいだに公開されている sed のページといえば、あいかわらず「使ってみた」系の、ハッカー気取りの小僧がプロのツールとやらに手を出して自意識を埋め合わせるだけのブログ記事やウェブ・ページがばら撒かれているにすぎない。要するに、実務家としての運用経験なり、コンピュータ・サイエンスとしての学術的な観点などから、清々しいほどの執着をもって一つのツールを丁寧に扱うといったコンテンツがない。あるとすれば、それは自著を宣伝するサイトくらいのものである。

また、sed を単独で扱っている著書も、オライリー、アディソン=ウェスリー、それからプレンティス=ホールから awk と合わせて紹介されている本は出ているが、それ以外は殆ど存在しない("Definitive Guide to sed" という自費出版が一冊だけある)。日本の出版社からは皆無であるか、過去にあったとしても Amazon では検索不能な絶版であろう。

もちろん、だからといって誰も sed を使わなくなったというわけではないし、新しく sed を使おうとする人がいなくなっているわけでもないだろう。しかし、その多くはオンラインのマニュアルや man だけで使い始めていたり、会社や大学の先輩や先生や上司から教わるという限られた経緯で習得している筈だ。大学や専門学校の授業で sed を教えたり、あるいは何度も実習して使えるようになるまで叩き込んでいる事例なんて見たことも聞いたこともない。

しかし、学習コストが低いツールであれば、新しく使い始める人が効率的なテキストやチュートリアルやレクチャーもなしに最初から学んでゆくという手順を追っても、特に業界全体の knowledge management として非効率というわけでもないのだろう。それに、sed の用途であるテキストの置換処理だけなら、既に多くのテキスト・エディタが実装しているし、Perl や PHP といったスクリプト言語でも同等の処理ができるため、無理に sed という専用ツールを覚えさせる必要はないと考える人も多いだろう。寧ろ、置換や検索で必要な正規表現を教える方が有効だと判断する正当性もある。

したがって sed のリソースが貧弱だというだけで、オンラインのコンテンツが信用に値しないなどと言うつもりはない。そもそも印刷物ですら殆ど出版されていないし、論文もないのだから、ウェブがこの宇宙に存在していなかったとしても結果は同じことである。

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