2021年10月12日に初出の投稿

Last modified: 2021-10-12

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青木幸弘『消費者行動の知識』(日本経済新聞出版、2010)

本書は2010年の発行だが、既にアマゾンでは古本しか出回っていない。理由は分からないが、消費者行動の体系的な概略を与えると宣言されている割に、行動経済学を始めとする消費者心理についての解説が圧倒的に弱いからだろうか。ともあれ、既に品切れとなっているため、書店で見つけるのは難しいと思う。

あと、この手の本では仕方のないことだとは思うが、日本では統計を使って的確に説明することが不得手な研究者やライターが非常に多い。そのせいで、東日本大震災で起きた「放射能ママ」だとか、コロナ禍で増えた陰謀論とかに正しく対抗できる、科学的で適切な反論が殆どないのである。事実を伝えればいいとか、合理的に説明すればいいとか、あるいは統計の数字を見せればいいといった短絡的な態度では、人を納得させたり反省させるには未熟としかいいようがない。そういう執筆者としての無能さには、理系も文系もへったくれもないのだ。

その典型は、政府の資料を安易に使って、一世帯あたりの可処分所得が一ヶ月で40万円だなどと言ってのける神経である。いまや非正規雇用なりひとり親世帯なり生活保護に近い暮らしの世帯が増えており、そうでなくても、この手の通俗本を手にする大半の読者は新卒のサラリーマンであろう。そういう人々が殆どリアリティを感じられない数字を「日本人の平均」だと言われても、何の説得力も感じない。よって、本書のスタンスは、国家官僚や NHK や大新聞で馬鹿げた政策を立案したり報道原稿や記事を書いている人々が年収2,000万円を超える世帯の子息として東大や慶大を出たまんまで世の中を見ている態度と同じではないのかと思われても仕方がない。もちろん、平均の数値を使った説明であるから、現実に大多数の日本人が40万円を飲み食いや貯金に使えるなんて恵まれた暮らしでないのは、著者も分かっている筈だ。しかし、そうであれば「消費者」という本書の大前提を議論するときに、細心の注意を払って物事を描くべきであるのは、本を出す人間としての不完全義務だと思う。

本、しかも本書のような通俗書というものは、冒頭の数ページだけでも読者に反感を持たれたら終わりである。安いだけに、即座にゴミ箱へ放り投げたりメルカリへ出品できるからだ。冒頭で馬鹿げた統計を出されても最後まで丁寧に読み進めるなんてことは、学者か、あるいは僕のようにビジネス書を読む訓練に近いことを無理にやっている人間でもなければ、そうそうやってもらえるものではないのだ。

あと、広告屋やマーケターが気楽に展開する人の生き方とかものの考え方についての類型なり説明というものは、はっきり言ってあまりにも傲慢だ。たとえば女性の「ライフコース」なんてものは、典型的な偏見を美しくて分かりやすいグラフィックスに描きなおしただけじゃないか。そして、本書でも再びマズローだのなんのと三流心理学者(というか、現在はそもそも殆どのプロパーから「心理学者」として認められていないのだが)の御託を持ち出す。各論を並べるだけでは、「公平さ」の担保になどならず、却って陰謀論や偏見や非科学的なインチキを延命させる役にしか立たないのである。

本書が消費者行動について、体系的で広範な話題を取り上げている点は、ひとまず評価していいと思う。それゆえ、本書で解説されている事項なり末尾の参考文献を役立てるには良い。しかし、学術的な説明なり定義を頭ごなしに並べるような本書のスタイルは、特に経営学や経済学や社会学や心理学といった、人文・社会系の分野では説得力に欠ける不十分な著作物で終わってしまうだろう。もともと、大学でまともな教育を受けたり、社会人としての常識をもっているなら、経済学や経営学の学説の大半が未熟だったり間違いだったり、あるいは何らかの政治的・宗教的な動機にもとづく願望や信念の表明にすぎないなんてことは、多くの人が知っているのだ。よって、専門用語や論争点やフレームワークの図式をずらりと並べるだけでは誰も感心しないし説得力も感じないのである。

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