Scribble at 2024-06-01 17:27:06 Last modified: 2024-06-01 18:18:35
ただいま、近藤雄生氏の『吃音』(新潮社、2019)を読んでいる。
実は、僕も吃音とまでは言えないにしても、自宅で何か新しく覚えた言葉や早口言葉を発しようとすると、なぜか言葉が詰まってしまうことがある。「じょ、じょ、じょうほうせきゅりてぃ」とか、普段から慣れていて、もちろん社内の研修ビデオでは何の問題もなく「情報セキュリティ」と言っているのだが、改まって「これから言葉を発音するぞ」といった、肩肘を張ったような姿勢になると、それまでちゃんと言えていた言葉が「じょ、じょ、じょ・・・」となってしまう。たぶん吃音とは別の何かだとは思うのだけれど、言葉を発音しようとして言えないという状況は理解できる。
それに、これも吃音とは別の話なのだが、僕は滑舌が悪い。舌が回らないという自覚がある。なので、高校を卒業するまでの半年くらいのあいだだけ、いまはもうないが道頓堀にある『酔虎伝道頓堀本店』でホール係のアルバイトをやっていたときに、言葉が詰まることがあるし、滑舌が悪いという二つの点を克服するため、色々な工夫をしてみた。その結果、吃音というわけではないので、やはり声を大きく、はっきりと言うことが解決になった。そうして、たとえば酔虎伝では制服に着替えてタイム・カードを打刻した後に、壁の上方に掲げてある訓辞を唱える決まりになっているのだが、僕はアルバイトの中でも早く出勤することが多かったので、一人で大声で訓辞を唱えていると、社員から褒められることが多くなった。こういう経験があって、かなり大きな声で発音するようになったので、補修塾の講師だとか、あるいはファクシミリで子供にアドバイスする家庭教師とか声を使ったアルバイトを幾つかやったことがある。でも、そういう発音や発声の力もいつしか再び衰えてしまい、いまではさほど大声で話したり喋る人間ではない。
あと、研修用の動画を収録していたり、あるいは新入社員に対するガイダンスで長らく喋っていると、やや過呼吸になることがある。これも、吃音とは別だと思うが、言葉が詰まってしまって出にくくなるという状況の原因にはなっているのだろう。