Scribble at 2021-08-15 20:29:00 Last modified: 2021-08-16 09:40:41

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大前研一『ストラテジック・マインド―変革期の企業戦略』(新潮文庫、1987)

今日は特に目当てというわけでもなく古本で買っておいた、『ストラテジック・マインド―変革期の企業戦略論』(大前研一、新潮文庫、1987)を読み始めて…やはり BBT 大学監修の本と同じような印象を受けた。文庫本なので即座に処分せずに暫く手元に置いておこうとは思うが、いま読まなくてはいけない価値のある本だとは全く思えなかったので、100ページほど読み進めて「第一部」を読み終えたところで次の本へ移ることにした。

実はビジネス書を読み進める一環として、『孫子』を丁寧に読み解く予定にしている。そして、いかに愚劣な経営コンサルどもが中国の古典いわんや軍事・軍略を浅薄に扱っているかを厳密な議論として残しておきたい。そもそも、もう何十年も友人を始めとして周囲に言ってきていることだが、「戦略」なんて外交・軍事用語を平気で企業経営の話に持ち込むコンサルなど、どのみちゴキブリを素手で潰すことすらできない厨二病でしかない。暴論であることを承知の上で言えば、人を殺したり人殺しを命令できない者に、自分の言動について軍事用語を使う資格などないのだ。これは、人殺しもできないくせに生半可な腕前の合気道で武術を語るフランス思想の物書きにも言えることだが、もう少し「真剣」という言葉の意味を正確かつ切実に、日本人なら100回くらい習字でもして考えるべきであろう。

もちろん、軍事・軍略は〈脳筋〉や〈体育会系バカ〉だけのものではない。戦略という言葉を使う段階になれば、当然だが大規模な兵站や資源あるいは外交といった手段も利用する必要があるため、「人殺し」という言葉を使ってもマッチョイズムを言い立てているわけではない。そして逆に、僕も含めて軍隊経験がない大多数の人間に「戦略」を語り論じる資格がないと言いたいわけでもない。しかし、少なくとも日本やアメリカの経営コンサルの大半が口にしたり Harvard Business Review に書いている "strategy" だの「経営戦略」「販売戦略」「マーケティング戦略」だのという御託の類は、軍事用語としての「戦略」を学んだ者としての用法でないどころか、たいていは軍事用語の酷い濫用なのである。そして、そういう馬鹿げた言葉の扱い方を除外すれば、経営学の教員や経営コンサルが口にしている「戦略」が何を言っているのかという内容に応じて議論できるであろう。

少し回り道をしたが、大前研一氏の著作を読み進めて閉口させられたのは、その「戦略」という言葉が意味するところの視野狭窄さである。こういう人物が「グローバル」という言葉を日本に広げたというのだから、外交や国際法あるいは軍事の専門家からすれば、失笑せずにはいられまい。簡単に言うと、彼の「戦略」とは自社・競合他社・顧客という3つの要素だけで成立する、あたかも地面に落ちている一切れの残飯を数匹のアリが競って我が方へと引っ張り合う姿のごとき情景のことらしい。これを軍事衝突の状況に置き換えると、A 国と B 国が重要拠点となる一つの都市を巡って対峙している様子にも置き換えられよう。ふつう、こんな状況で大隊規模の指揮官が考えることを「戦略」などと呼ぶバカは外交や軍事の専門家には一人もいない。こういう状況での作戦計画を「戦略」などと呼ぶのは、ハーヴァードやマッキンゼーの安楽椅子で読書したり空虚なディスカッションをするていどのことで、何億円もの金を大企業や行政体からむしり取っている軟弱野郎どもだけなのだ。

言葉については、これくらいでいい。しかし、この著作はどう考えてもエッセイと言うべきものであって、主張されたり断言されている内容には論証や実証が完全に欠落している。よって、大前氏が斯くあれと書いたことを読者は〈信じる〉しかない。もちろん、大枚を払ってマッキンゼーにコンサルティングを依頼したあちらこちらの企業の経営陣であれば、コミットしてみるしかないであろう。しかし、いまや国内であれ外資系であれ経営コンサルも箕面の猿と同じくらいたくさんいるわけで、コミットするに値するかどうかは、やはり書かれてある内容の説得力が全てであろう。「大前研一」というネーム・バリューは、もちろん多くの上場企業にとっては現在も何らかの高い評価をもつのだろうが、いまや多くの企業だけでなく大学に通う平凡な若者ですら初歩的な critical thinking くらいは知っており、内容に説得力がない限りは、個人の名前や社名だけで他人のコミットメントを受けるには不十分だろう。

というわけで、もうこの手の雑で説得力のない言いっぱなしの経営書など、21世紀の企業人には支持されないと思う。企業の経営に関する雑多な話題について書き殴った文章であれば、それこそ「ブログにでも書いておけ」というフレーズで片付けられるような話でしかないのである(つまり他人様から金を取って売るような文章ではないということ)。

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