Scribble at 2026-04-08 12:29:33 Last modified: 2026-04-08 12:30:14

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The Eclipse of Reason in the Age of Artificial Intelligence: Why we are Failing to Cope with AI Development and Steer it Toward Sustainability

フェデリコ・クグルッロ(Federico Cugurullo)によるこの論文は、現代の AI 開発が社会や環境に深刻な混乱を招いている原因を、哲学者マックス・ホルクハイマー(Max Horkheimer)の概念である「理性の失墜(eclipse of reason)」というコンセプトから解き明かしている。著者によると、今の AI 開発には社会全体の幸福や環境保護といった広い視点である「客観的理性(objective reason)」が欠けていて、一部の富裕層や民間企業の個人的な利益を優先する「主観的理性(subjective reason)」が支配的になっているという。この結果、AI は単なる便利な手段として際限なく進化しているけれど、本来目指すべき目的、つまり正義や持続可能性といった高い概念が置き去りにされているのが大きな問題だという。

僕は、決して AI 企業やイージーな一般利用者の代弁をするつもりはないのだけれど、この議論は前提からおかしいと思う。AI のトレーニング・データについて法的あるいは道義的な責任が問われるのは当然だとしても、それ以上の正義や持続可能性まで制約に入れるのは、はっきり言って人工知能の開発をイデオロギーで管理したり制御しようとする国家社会主義者の発想だ。まるで日本とか呼ばれている国の国家官僚みたいな発想だな。そんな未熟で青臭い論文を accept していて大丈夫なのかね。それとも Philosphy and Technology という雑誌を支える学会は社会主義者の集まりなんだろうか。

さらにこの論文では、技術が進化するスピードに人間がその技術を理解して制御するスピードが全く追いついていない現状が指摘されている。教育の現場でも、AI を正しく理解し評価するためのリテラシーが追いついていないから、AI を意識がある存在だと誤解して恋愛感情を持ってしまったり、環境への負荷を無視して AI を環境問題の特効薬だと盲信してしまったりするような混乱が生まれているという。

この「理性の失墜」を逆転させるために、著者は哲学に基づいたロードマップを提案しているんだそうな。具体的には、少数の個人による力の濫用を防ぐ非支配や、生態系の保全と資源の最小化を目指す環境的な持続可能性を、ガバナンスの明確な目標に据えるべきだとしている 。また、公教育やアート・プロジェクトを通じて市民の意識を高めること、そして哲学的な概念を AI の設計や評価に組み込む概念工学を実践することで・・・

おいおい。これ、AI に書かせた文章じゃないのか? あまりにも最近の AI 批評の上っ面だけをなぞったような指摘や提案だらけで、まったく哲学の論文としては許容できないレベルだな。著者はシンガポールの大学で地理学部に所属しているというから、おそらくは哲学のプロパーでない可能性はあるけれど、それにしてもあまりに議論が未熟すぎるし、人が書いたとは思えない画一的な印象がある。学生が何冊かの本からコピペして作ったレポートのようだ。

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