2018年08月29日に初出の投稿

Last modified: 2018-08-29

先に言及した医師(医療政策学者でもあるらしい)の通俗本の件は、まだ Twitter で疑問をもつ人たちとのやりとりが続いているようだ。僕は、データが乏しいからといって「どちらとも言えない」と書くのが無意味であり、どちらかを言ってしまった方がいいというのは、要するに通俗書の読者を含めて情報と学識に非対称性がある人々を、「善意」とか「アウトブレイク」の名によって実験動物扱いしてるのと同じではないかと思うのだが。アメリカなら、そういう適当なことを書いていると簡単に訴訟の対象となるわけだが、日本では栄養学者や医師が書いた本で訴えられるという事例は殆どない。もちろん、いたずらに学問の自由を抑制するようなことは司法が正しく突っぱねてしかるべきだし、特定の分野で正しい意見が学閥などによって抑え込まれてしまう可能性もあるので、通俗書で個人的な見解を書いていること自体を制限するのはよろしくないだろう。近藤誠医師のような人々が一定の割合で出てくるのは、仕方のないことなのだ。したがって、上記でも述べたハーヴァードの医師が「エビデンス」なり「統計」の名によって好き勝手なことを書く(あるいは書かない)ことで読者に一定のミスリードを引き起こしていようと、それはそういう書き方を論じなくてはならず、そういう人物が出てくること自体は止められないと考えるべきである。

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