Scribble at 2026-03-10 18:16:58 Last modified: unmodified

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Why Learning Is So Hard As An Adult

ジャスティン・サンの動画から、なかなか参考になるなと思えるセッションをご紹介しよう。これは、大多数の大人が学校時代の勉強方法という「負債」によって、社会人あるいはプロフェッショナルとしての学習方法を正しく身に着けていないという話だ。

特に、学校時代は受験というものがあり、そのために勉強することになるわけだが、困ったことに受験というものは試験を受けた後の結果に対するフィードバックが本人に与えられない。大学受験の場合は、予備校や新聞などで解答の予想が出たりするけれど、そんなことをやっている国は少ないし、解答があるからといって、それは答え合わせにすぎないのだ。実際、大学に入った後で受験勉強での失敗を反省して高校時代の復習をする大学生なんていない。だが、社会人やプロにとってスキルを身に着けたり資格を取るときの勉強というものは、仕事や生活あるいは就職に活かすのであれば結果についての責任が伴うのであり、反省して何らかの修正を求められる。何らかの資格を試験で得たからといって、間違えた事項について間違えたままや知らないままでよいなどということはありえない。したがって、学校時代のような試験を受けて合格したら、試験だけのために勉強したことはさっさと忘れてしまうという態度を続けていたのでは、社会人としての学習には適応できないわけである。これが、学校時代の勉強に慣れてしまった経験による「負債」である。

そして、このような負債をかかえたままで社会人としての学習に挑む人々の大半が、「時間がない」と不平をもらす。しかし、ジャスティンいわく(僕も同感だ)、それは学習心理学の研究によると、間違った思いこみである。ビジネス書でもよく出てくる「マインド・セット」の誤りであり、心理学ではこういう間違った思考のパターン(スキームと呼んだりする)を丁寧に解きほぐして、その根拠が弱いか無いということを指摘して本人に納得してもらうという、「認知行動療法」というサポートの手法も使われている。ジャスティンが認知行動療法を唱えているとまでは言わないが、アイデアとしては有益なものだ。

実際には、学校時代の間違った学び方、その典型はもちろん労働集約型のそれであり、時間をかければかけるほど成果が出るという、勉強の時間をそれなりに増やせるような環境でしか通用しない経験に、ものの考え方が歪められてしまった影響から脱しきれない人が大半だ。しかし、社会人として勉強の時間なんて誰も増やせない。学習の時間を優先しようとして離婚したり家族を置き去りにするような人はいまい(仏陀はそういうタイプだったのだろうか)。そしてもちろん、勉強の時間を確保するために、リモート・ワークの自宅で仕事もせずに資格試験の勉強をしていれば、現実にいま従事している社会人なりプロとしての仕事を放り出していることになる。それは、ただの資格オタクでしかない。

よって、やるべきことは明らかだ。効率の悪い学習方法を見直して、生産性を上げるしかないのだ。もちろん、そのためにインチキな「速読」などを練習するのは時間の浪費である。速くするべきなのは、日々の仕事や生活における判断や思考であって、それらは「何をするべきか」というプロセスさえ身に着けたら簡単に成果が上がる。毎日のルーチン・ワークをチェック・リストやホワイト・ボードへまとめて置くのも一つのやりかたである。こんなことを、毎日のように「えーっと・・・」などと思い出したり、どこへ書いたのかメモを探すなどという愚行を繰り返していたのでは、何をやるにも効率など上がらない。そして、考え方の速度を上げるということも、同様に何を考えるべきなのかというポイントを準備しておけば、それに従って思考のプロセスを進めるだけで済む。もし、それが何かの見落としや偏見や不当な断定をもたらすなどという不安があるなら、いちど判断した内容を再確認してみたり、他のいろいろなソースを使って吟味する手順も用意しておけばいい。僕が専攻していた哲学でも言えることだが、自分が間違う可能性があるからといって、世界中で指摘されたり本に書かれている、クリティカル・シンキングや認知バイアスや詭弁のパターンあるいは認識論と呼ばれる哲学の学説をすべて頭に入れたり、あるいは生成 AI に初期条件として登録しておくなんてことをやるのは、たいていにおいて無駄である。

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